【思い出の80'sメタル】第9回:ECT COMPILATION(Part3) - 訳の分からん連中が次々と登場
前回の記事の続きです。
今回は訳の分からん連中がゾロゾロと出てきます。こんなバンドの映像が残っている・・・というか、存在していたなんて凄いですね。
◆MARINO THE BAND / 1.不明 2.Suzie Don't Rock n' Roll
フランク・マリノでもなく、大谷令文のMARINOでもなく、MARINO THE BANDである・・・。知らんがな、誰だお前。
というわけで調べてみました。1983年にイギリスのハルでマリノというギタリストを中心に結成されており、数本のカセットと5〜6枚のアルバムを出しているそうだ。ここに収録されているのは、多分「GYPSY AT HEART」というアルバムを出した1986年のライヴだろう。また、この女性シンガーのリサ・ドミニクは後にソロに転向し、1980年代後半から90年代初頭にかけて3枚ほどアルバムを出している。
しかし、どうしてこのバンドがメタル扱いされているのか分からん。1曲目などはまるでBLONDIEのようだし、2曲目は普通のロックンロールである。別に悪いバンドではないが、他に収録するバンドがあるのでは?
うーむ・・・これ以上何も言うことは無い。次、行ってみよー!
◆WILDFIRE / 1.Jerusalem 2.Natural Selection
日本では見事にスルーされたが、残した2枚のアルバムはいずれも佳作。また、ゲイリー・バーデンのSTATETROOPERの前身バンドとして知られている。"Jerusalem"を「新しいシングル」と紹介しているので、「SUMMER LIGHTNING」リリース後の1985年頃のライヴか。
MCでサポートメンバーのキーボード奏者を「ゲリー・バーデンのバンドSTATETROOPERのスティーヴ・グローバー」と紹介している。てっきり、WILDFIREからVoが抜けてSTATETROOPERに移行したと思っていのだが、両者は並行して活動していた時期があるのだろうか?
ジェフ・サマーズ(G)、ブルース・ビスランド(Ds)という実力者がいるバンドなので、演奏はとてもしっかりしている。一方、アルバムでは良い歌を披露していたポール・マリオ・デイだが、ライヴになるとちょっと音程が怪しい。
っていうか、お前その髪型何とかしろよ。それじゃ林屋ペーかピザ屋の店員にしか見えんぞ。マイクを握り締めてカメラに流し目されても、林屋ペーじゃ笑ってしまうのだ。
WILDFIREからSTATETROOPERになった理由は、まさかこれじゃないだろうね?w
◆SPIDER / 1.Rock Tonite 2.All The Time
SPINAL TAPが出てきたのかと思ったら、SPIDERだった。w
イギリスにはSTATUS QUOから影響を受けたハード・ブギー一直線のバンドがたくさんいたが、このハンドはVARDISと並ぶブギー野郎の代表格。「RAISE THE BANNER」収録の"Rock Tonite"を演奏しているので、1986年頃の映像と思われる。
このバンドはMOTORHEADばりに凄いスピードで爆走するVARDISと違って普通にノリの良い曲が多いので、とにかく楽しい。アルバムも踊りだしたくなるようなノリノリの曲が満載だったが、こんなに楽しいライヴをやるバンドだとは知らなかった。やたら原色の衣装ばかり着てアホっぽいのもこのハンドらしくて微笑ましい。
初めて聴いた気がしないキャッチーなメロディと軽快なテンポの曲ばかりなだけに、もっと人気があってもおかしくないバンドだったが、当時の日本で「SPIDERが好き」などと言おうものならノータリンのような扱いを受けたのは一体どういうことだ!
嫌なことがあっても、こんな楽しいライヴで踊り狂ったら「明日もまた頑張ろう」と思えそう。アホだけど素敵なバンドでした。
◆GARY MOORE & PHIL LYNOTT / 1.Out In The Fields 2.Military Man
アイルランドを代表するHR界のヒーロー二人が過去の因縁を乗り越えて、1986年に行った奇跡のプロジェクト。この翌年にフィル・ライノットが亡くなってしまうだけに、もう一度二人の共演を見ることができて本当に良かった。
メンバーは、ゲイリー・ムーアとフィルに加え、チャーリー・モーガン(Ds)、ニール・カーター(Key)とPVと同じメンツ。ついでに着ている衣装もPVと同じ。
プロジェクトのメイン曲である"Out In The Fields"を演奏しているのは当たり前だが、"Parisienne Walkways"でも"Still In Love With You"でも"Stop Messin' Around"でもなく、"Military Man"を演奏しているのは珍しいかもしれない。この曲の中間で転調する部分のフィルの歌とロマンティックなギターソロは本当に素敵だ。
ところが、いつもどおり力いっぱいギターを弾きまくるゲイリー親方と違って、フィル親父は明らかに具合の悪そうな顔をしており元気が無い。歌声も何だか弱々しいし、ゲイリー親方が顔をクシャクシャにしてギターを弾いていても、フィル親父はそれに絡むことも無くボーっと立って見ているだけ。風邪をひいて熱でも出していたのか、あるいは二日酔いで吐きそうだったのか。w
◆TARAZARA / 1.Behind The Mask 2.Fantasy
また知らないバンドが出てきた。しかも、パッケージには「TERA RAZA」と書いてあるのだがどこで調べても見つからず、途方に暮れる。散々調べまわった末に正しい名前は「TARARAZA」であることが発覚した。いくらブートといえども、バンド名くらいは正しく表記してくれ・・・。
さて、やっと正しい名前が判明したものの、メンバーの名前と1985年に"Fantasy"というシングルをリリースしていること以外、何も分からない。
ちょっとグラムっぽい格好をしているが、キーボード・プレイヤーを含む5人編成のバンドで、メロディアスでポップなHRを演奏している。哀愁を帯びたメロディがあるわけではないがイギリスのバンドらしく押し引きのツボを心得ており、演奏のほうも無難。これだけやれれば、メジャーからアルバムを出していてもおかしくないんだけどなぁ・・・。
シンガーのダニエルズは現在はT-REXのカヴァー・バンドT-REXTASYというバンドをやっている他、何故か布袋寅泰の「CAPTAIN ROCK」というアルバムにバック・コーラスで参加している。
◆CHARIOT / 1.When The Moon Shines 2.Vigilante
DIRTY DEEDSの前身として知られているバンドで、1980年代半ばに2枚のアルバムを残している。いずれの曲も「THE WARRIOR」からの選曲であることから、1984〜5年頃のライヴと思われる。
次作「BURNING AMBITION」で化ける彼らだが、この頃は普通のダサメタルだったので特に期待していなかった。ところが、凄いパワフルな演奏をしており、ライヴだと結構聴ける。『Shades』が第一弾アーティストとして発掘してきただけあって、斜陽のロンドンのクラブシーンをくぐり抜けてきたバンドらしいタフなライヴを披露している。
どこを切ってもNWOBHMそのものという楽曲の上におっさんくさい声の歌が載っているマイナーメタルなのだが、あの時代特有のサウンドなので好きな人にはたまらない代物だ。あと3年早くデビューしていれば、NWOBHMの一員としてもっと高い評価を受けたバンドかもしれない。もっとも、今でもDIRTY DEEDSとして現役なので、本人達はそんなことは気にしてないと思うが。
◆PERSIAN RISK / 1.Women In Rock 2.Rise Up
1979年にカーディフで結成されたバンドで、NWOBHMなどとっくに終わった1986年にアルバムを一枚出してひっそりと消えている。ポール・ディアノのBATTLEZONEのメンバーを輩出している他、ヴォーカリストのカール・センテンスがウド・ダークシュナイダーの後任としてACCEPTに加入する噂があった。
唯一のアルバム「RISE UP」は1986年という時代に配慮してハードポップ色の強いものだったが、それ以前にリリースされたシングルなどから分かるとおり、本来の彼らはNWOBHM色の強いHMバンド。JUDAS PRIESTのような格好をしていることから分かるとおり、このライヴでは本来の彼ららしいハードな演奏を聴くことができる。
カール・センテンスはACCEPTから誘われるだけあって、堂々とした歌とステージングを披露している。垢抜けてないのが難点なのだが、それは実際に垢抜けないバンドにいるのだから仕方ない。w
もしACCEPTのような大物バンドに加入していれば、2年もすれば堂々とした風格を持つシンガーに成長していたかもしれない。
《Part4へつづく》
【思い出の80'sメタル】第8回:ECT COMPILATION(Part2) - ハナタレ小僧メタルのDVDにHAWKWINDは反則!
前回の記事の続きです。
Part2の今回もシビレるバンドが続々と登場します。
◆TORME / 1.Star 2.Hardcore
「BACK TO BABYLON」リリース時のメンバーで、Voはもちろんフィリップ・ルイス(元GIRL)。正確な時期は不明だが、「BACK TO BABYLON」リリース後の1985〜6年頃のライヴであることは間違いない。
フロント3人が長身の色男なうえにイギリス人らしく衣装のセンスがいいので、格好いいったらありゃしない。当時雑誌で見たよりも化粧が濃く、バーニー・トーメ(写真左)などまるで吸血鬼のようだが、映画「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」に登場する美しい吸血鬼を彷彿させる。この当時のイギリスのHRシーンで一番華と勢いを感じさせたバンドは間違いなく彼らだ。
クリス・ヘイルマン(B)とイアン・ホワイトウッド(Ds)も後にSHARK ISLANDや再結成SHAM 69で活躍するツワモノなので、演奏もそのへんの普通のHRバンドより上手い。
これほどのバンドが結局インディーズでの活動から抜け出せずに崩壊してしまったのだから、当時のイギリスのメジャー・レーベルはよほど腐っていたんだな。
◆WAYSTED / 1.Rolling Out The Dice 2.Heaven Tonight
フィン、ピート・ウェイ、ポール・チャップマン、ジェリー・シャーリー、ジミー・デ・リラの5人編成なので、「THE GOOD, THE BAD, THE WAYSTED」リリース後の1985年のライヴ。
いつもどおりシマシマのスパッツをはいて飛び跳ねるようにベースを弾いてるピート・ウェイは格好良いのだが、一方のフィンは名物のヘンテコな蜘蛛の巣Tシャツを着ているうえに、江頭2:50みたいな動きをするので笑ってしまう。よりによって美形のTORMEの次がこれである。w
インディーズにドロップしていた時期とはいえ、歴戦の勇士が集まったバンドなので良いライヴをしている。特に名手ジェリー・シャーリーのドラムは素晴らしい。「佇まいは江頭2:50だが歌声はスティーヴ・マリオット」というフィンも熱唱している。ただし、この日は調子が悪かったのか高声が出ておらず、名曲"Heaven Tonight"のサビの部分をフェイクして歌っているのが少し残念。
それにしてもこのバンドはメンバーがよく動く。渋いブリティッシュHRをベテランが渾身の力で演奏しているのは格好良い。
◆SHY / 1.Keep The Fires Burning 2.Hold On(To Your Love)
"Hold On(To Your Love)"を「ニュー・シングル」と紹介しているので、「BRAVE THE STORM」をリリースした1985年のライヴだろう。
にゃおんちゃんはこのバンドが大好きで相当期待していたのだが、悲惨以外の何物でもなかった。
演奏は普通なのだが、何が酷いってトニー・ミルズが全然歌えてない。"Keep The Fires Burning"も怪しい出来だが、"Hold On(To Your Love)"ははっきり言ってメチャクチャである。いくらシングル曲だからって、こんなに歌えない曲をテレビでやるなよ。バンドの評判を落としたいのか、お前ら。
確かにこの曲はハイトーンの部分が続く曲なので、どんなヴォーカリストにとってもキツいのは間違いないが、歌が命のメロディックHRでこれはマズい。おまけにコーラスもヨレヨレで酷い。加えて、トニーは衣装はダサダサなうえに、ステージアクションも格好悪すぎる。近所の兄ちゃんが間違えてステージに上がっているようにしか見えない。
そんな中で唯一の救いはスティーヴ・ハリス(写真右)のギター。アルバムでも印象的なフレーズを連発する隠れた名ギタリストなのだが、ライヴでも非常に丁寧なプレイでそれを再現している。どうしてこの人がギター・ヒーロー扱いされなかったのか、不思議でならない。
◆TOBRUK / 1.Breakdown 2.Falling
「新しいシングル」と言って"Falling"を紹介しているので、「WILD ON THE RUN」をリリースした1985年のライヴだろう。
「イギリスのBON JOVI」などと言われた彼らだが、当時から何だか北欧のバンドのような気がしていた。ライヴ映像を見ていると、金髪のメンバーが多いことやヤボったい衣装のせいで、ますますそんな印象が強くなる。
とはいえ、演奏はしっかりしているし、歌もきちんと歌えている。ピョンピョン飛び跳ねながら演奏する姿はベテランのような貫禄は無いものの、とても若々しくエネルギッシュだ。名曲"Falling"が聴けるのは嬉しい。
いまいち垢抜けてないので風格を感じないのだが、考えてみればデビュー当時のBON JOVIだってこんなものだった。アルバム3〜4枚くらい出せばそれなりの地位を築けたバンドかもしれない。
◆HAWKWIND / 1.The Right Stuff 2.Angels Of Death
うーむ・・・にゃおんちゃんはこのバンドについては殆ど何も知らないのだ。メンバーだって顔を見て分かるのはボーカルのデイヴ・ブロック(写真右)だけだ。「STONEHENGE/THIS IS HAWKWIND DO NOT PANIC」に収録されている"Angels Of Death"を演奏しており、曲が終わるとカメラがパーンしてWARRIORが出演するので、どうやら1985年のライヴの模様。
1960年代から活動しているバンドだけあって(メンバーは相当入れ替わっているが)、メチャクチャ上手くてスリリングな演奏をしている。グルーヴを自由自在にコントロールしながら演奏する様は圧巻で、ここまでに登場したバンドなどハナタレ小僧に思える。昔のロック・バンドってこういうのが当たり前に上手いんだよねぇ。
それにしてもこんなに凄いバンドだとは知らなかった。いや、マジで凄いですよ。
えらい昔に少しだけアルバムを聴かせてもらったことがあるのだが、そのときにはぶっ飛びまくりのサイケな音像に驚いた。しかし、ここに収められているライヴはそこまで酩酊感は強くない。スペーシーで少しサイケなイギリスの普通のロック・バンドといった感じで、これならにゃおんちゃんでも聴ける。少しこのバンドについて勉強してみようかな。
◆WARRIOR / 1.Fighting For The Earth 2.Defenders Of Creation
後にSTEVE STEVENS ATOMIC PLAYBOYSに加入するペリー・マッカーシー(写真左)や、SHADOW KINGやFOREIGNERに参加するブルース・ターゴン(写真右)がいたバンド。日本では日系人ギタリストのトミー・アサカワがいることでも話題になった。サンディエゴ出身のバンドなのだが、『Virgin』と契約していたのでイギリスのマーケットも重視していたようだ。しかし、この渡英から帰国間もなく彼らは解散している。
MALICE、ARMERD SAINT、LIZZY BORDENなどと同様に欧州のHMに影響を受けているバンドなのだが、彼らと違ってインパクトや迫力よりも独特の世界観の醸成に重きを置いていたようなところがある。多分、そういった点が分かりにくく地味な印象を与えてしまったのだろう。
1985年といえばLAメタル全盛期でどこのメジャー・レーベルもLA出身のバンドを抱えていた。そんな群雄割拠の時代に、「分かりやすさ、インパクト第一」のアメリカでこんな音が注目されるわけがない。
特に演奏が上手いバンドではないが独自の世界を構築しよういう意図が感じられ、新人離れした印象を受ける。アルバムを3枚くらい出せば面白い存在になっていたかも。
◆MAMA'S BOYS / 1.Needle In The Groove 2.Power & Passion
2曲とも「新しいアルバムからの曲」と紹介しているので、「POWER & PASSION」をリリースした1985年のライヴと思われる。この時期はアメリカ進出にも成功した他、最高傑作「POWER & PASSION」を引っさげて日本でも素晴らしいライヴを披露しており、まさに彼らの黄金期。
久しぶりに聴いたが、このバンドは本当に演奏が上手い。トリオ編成の利点を生かして自由自在にグルーヴをコントロールしているのが分かる。"Needle In The Groove"などはローリー・ギャラガーを彷彿させる渋い曲なのだが、冗談みたいなバンド名とは裏腹に、こういったブルージーな曲もこなす懐の深さを持つ。
1970年代のブルージーなHRをベースとする、どちらかといえば地味なバンドなのだが、こんなライヴができるならそりゃ日本でもアメリカでも人気出るわ。
ヘッドバンギングできる曲など皆無だが、気持ち良いリズムと歌うギターに酔いしれてしまい、一晩中聴いていられそうな心地良さを持つ。次のアルバムで普通のハードポップになってずっこけてしまったのが本当に惜しい。
《Part3につづく》
【思い出の80'sメタル】第7回:ECT COMPILATION(Part1) - ジャッキー・ボディミードに(;´Д`)ハァハァする
先日、東京へ行った際に色々とブツを漁ってきたのですが、そのひとつに「ECT COMPILATION」というDVDがあります。イギリスのチャンネル4で放映されていた「ECT」という番組の映像を集めたもので、主に1980年代中頃にイギリスで活動していたバンド26組が収録されています。
で、収録されているバンドが凄い。マイナーなバンドばかりなのですが、当時のシーンではそれなりに話題になったバンドばかり。こういったバンドの動く姿を見ることができるブツは貴重です。しかも、口パクじゃなくてちゃんと演奏してます。
あまりに凄い代物で、こればかり見ていてまだ他のブツのチェックすらしていません。
早速内容を紹介したいと思います。
◆TYGERS OF PAN TANG / 1.The Wreck-Age 2.Desert Of No Love
1曲目は、なんと"The Wreck-Age"。そう、1985年に復活したときのラインナップによるライヴなのだ。ニール・シェファードがいるので、「THE WRECK AGE」発表後の1985年のライヴと思われる。
演奏のほうは、まぁ普通・・・っていうか、どちらかというとあまり上手くない。アルバムではかつての上ずり癖が改善されて伸びやかな歌を披露していたジョン・デヴァリルだが、ライヴではまだ上ずる場面が多い。とはいえ、立ち姿が美しくマイクを握り締めて立っているだけで絵になる。現在は舞台俳優をやっているというのも納得。
ただし、スティーヴ・ラムだけは、アルバムでもかなりテクニカルなソロを弾いていたがライヴでもきちんと再現しており、すごく上手い。
しかし、ニール・シェファードというギタリストはブロンドのカーリーヘアーのうえにレス・ポールを使っているのでジョン・サイクスそっくり。考えてみれば、フレッド・パーサーもそうだった。このバンドのギタリストになるには、そういう条件でもあるのだろうか・・・。
◆GIRLSCHOOL / 1.Running Wild 2.I Want You Back
画面に現れたのは、一瞬リタ・フォードと見間違うかようなセクシーなシンガー。なんと、Voがジャッキー・ボディミードだった頃のライヴ映像だった。MCで「ニュー・アルバムからの曲」と言って"I Want You Back"を紹介しているので、「RUNNING WILD」リリースから間もない1985年頃の映像と思われる。
デビュー当時にはMOTORHEADの妹分と言われてイカツいイメージのバンドだったが、この頃は『Mercury』に移籍してアメリカ進出を狙った時期なのでポップでメロディアスなHRバンドに変身している。ただし、看板メンバーのケリー・ジョンソンが不在なうえにポップ化しているので、この時期のGIRLSCHOOLは認めないという人も多い。
というわけであまり評判のよろしくない時期のライヴだが、楽曲は良質なメロディアスHRだし演奏も上手い。いや、マジで驚いた。あまり演奏の上手いバンドという認識は無かったのだが、ドラムもギターも歌もしっかりしている。可愛らしい声で一生懸命歌うケリー・ジョンソンも好きだったが、個人的にはジャッキー・ボディミードのほうが数段上だと思う。このライヴでもばっちり歌えていて、パンチのある歌声を披露している。
特にジャッキーはソロで売り出してもイケそうな逸材だったと思う。上手くいけばリタ・フォードのようになれたかもしれないのだが・・・。
◆MOTORHEAD / 1.Nothing Up My Sleeve 2.Bomber 3.Mean Machine
レミー、フィル・キャンベル、ワーゼル、ピート・ギルというラインナップのライヴ。で、何故かメンバー全員スーツを着ているのだが、どう見てもヤクザにしか見えない。「新作からの曲だ」と言って"Mean Machine"を紹介しているので、「ORGASMATRON」をリリースした1986年の映像だろう。
この時期はファスト・エディ、アニマル・テイラーと立て続けに黄金期を支えた名物メンバーを失ったうえに、鬼才ビル・ラズウェルがプロデュースを努めた「ORGASMATRON」も評判が悪く、彼らの歴史の中でも一番落ち目だった時期と言われている。
しかし、ライヴではいつもと何ら変わらないMOTORHEADで、評判が悪い「ORGASMATRON」の曲も爆音フルスピードで演奏。昔の曲と並べても違和感は全く無い。新入りメンバーも、ファスト・エディ、アニマル・テイラーほどキャラは立っていないが、レミーが選んだだけあって演奏のほうは何ら問題ない。っていうか、フィル・キャンベルは今でも在籍してるし。ファスト・エディよりもはるかに在籍期間が長いのに、影の薄い可哀想な人である。
◆MAGNUM / 1.How Far From Jerusalem 2.Just Like An Arrow
"Just Like An Arrow"を「ニュー・シングル」と紹介していることから、「ON A STORYTELLER'S NIGHT」リリース直後の1985年のライヴと思われる。
実績あるベテランなので、演奏はもちろん完璧。ボブ・カトレイおじさんの歌声はいつ聞いても力強く気品に満ちている。サミー・ヘイガーが"Voice Of America"なら、ボブおじさんはさしずめ"Voice Of Britain"といったところか。ボブおじさんが歌えば、他愛の無いラブソングもシェイクスピアの世界に早変わりする。
この時期はメジャーとの契約を失って苦しい時期だったのだが、落ちぶれバンドの悲哀など微塵も感じない。結局、この後の彼らは"Just Like An Arrow"のヒットですぐにメジャーへ復帰するのだが、これだけ堂々としたライヴをするのだからそれも当然か。
最前列にいる観客と頻繁にハイタッチをするところにボブおじさんの人柄が現れているような気がして、微笑ましい。
◆MADAM X / 1.High In High School 2.Come One Come All
なんと、MADAM Xである。セバスチャン・バックや後にVIXENに加入するロキシー・ペトルッチがいたあのバンド。こんなバンドの映像が残っていたとは・・・。ただし、今回収録されているのはバズ加入前のもので、Voはブレット・カイザー。多分、「WE RESERVE THE RIGHT」リリース後の1985年のライヴではないか。
デトロイト出身の彼らが特にイギリスで人気があったという記憶は無いのだが、『Jet』と契約していたのでイギリスでのプロモーションにも力を入れていたのだろうか。
TWISTED SISTERがイギリスで人気があったことを考えれば、タイプが似ている彼らだって成功できる可能性はあったのかもしれない。
ケバケバしい格好をしていたバンドゆえ色物扱いされていたが、思いのほか演奏はしっかりしている。曲はシンプルだし技術的に難しいことをしているわけではないのだが、アメリカのバンドらしいワイルドなノリはしっかり出ている。
特にロキシーは重たくてパワフルなビートを叩き出していて、やっぱり上手い。ニコニコしながらプレイする姿も素敵だ。
◆ROBIN GEORGE / 1.Heartline 2.Don't Turn Away
日本では見事にスルーされたが、シングル・ヒットが狙える音楽性なので『Bronze』が結構プッシュしてイギリスではそれなりに話題になったソロ・アーティスト。2曲とも「DANGEROUS MUSIC」からの選曲で、ベーシストが後にオジー・オズボーンのバンドに加入するフィル・スーザンであることから、1985年頃のライヴと思われる。
基本的にはアダルトなメロディックHRを志向するミュージシャンなのだが、プロデューサーとしての仕事でも活躍していたせいかオーヴァー・プロデュース気味なところがあり、シーケンサーなどを多用していた点で日本では酷評されていた記憶がある。
ライヴではそのようなことも無く普通に演奏しており、イギリスらしい愁いを帯びたメロディックHRを聴くことができる。
個人的には、ブライアン・アダムスをもう少しHR色を強くしてイギリス風にしたようなものだと思っているのだが、歌もメロディーもブライアン・アダムスのような快活さや分かりやすさは無い。良く言えばイギリス的だが、悪く言えばモッサリしていて煮え切らない。
シングル・ヒットがあればまた違った展開になったのだろうが・・・。
《Part2につづく》
【思い出の80'sメタル】第6回:UFO - 神無き未確認飛行物体について語る
早くも第6回となったこのシリーズ。「香ばしき国々」と違って、こっちは書くのが楽です。
で、今回取り上げるのはUFO。
おいおい、あれも'70年代のバンドじゃねーか、だって?失礼な。マイケル脱退後も1983年まで飛行を続けましたぞ。(後に再結成して今も活動中)
というわけで、今回はマイケル・シェンカー脱退後の'80年代のUFOのお話。
さて、左の写真はオールドファンにはお馴染み、マイケル・シェンカー在籍時のUFOの写真です。皆さん、「UFO=マイケル・シェンカー」と思ってませんか?にゃおんちゃんが中高校生の頃には周りにUFOのファンはたくさんいましたが、UFOというよりマイケル・シェンカーのファンばかりでね。マイケル脱退後のUFOのアルバムを持っていた奴なんてひとりもいやしねぇ。
試しに'80年代のアルバムを聞かせても、「マイケルがいないからつまんない」とかぬかしやがる。マイケル脱退後も音楽性なんてそんなに変わってないだろうが。おめーらはギタリストの名前で音楽聴いてるんか、こら!・・・と憤ること甚だしかった若き日のにゃおんちゃん。
「UFO=フィル・モグ&ピート・ウェイ」なんですよ!あの二人がいればUFOなんです!
つーか、ピート・ウェイだけではWAYSTEDになっちまうから、「UFO=フィル・モグ」と言ってもいい。マイケル・シェンカーがいても、フィル・モグがいなけりゃMICHAEL SCHENKER GROUP(MSG)になっちゃうじゃないですか。
「マイケルがいないからつまんない」と言ったにゃおんちゃんの友達にとって、UFOはマイケルのギター以外は聴きどころが無いバンドだったのでしょうか。ぐぬぬぬ・・・。
(写真:左からダニー・ペイロネル、フィル・モグ、マイケル・シェンカー、アンディ・パーカー、ピート・ウェイ)
と、いつまでも恨み言を言っても仕方ない。始めましょう。
ドラッグとアルコールに蝕まれ、心身の健康と引き換えに凄まじい慟哭のギターを轟かせた名手マイケル・シェンカー。そんな彼も'70年代末には廃人寸前となり、様々な奇行と失踪を繰り返した末に1979年についにバンドを去りました。
バンドにしてみればたまったものではない。ツアーの真っ最中に突然姿を消して、2ヶ月も3ヶ月も行方不明になるのですから。代えの効かない看板ギタリストということで、これまで何度マイケルが失踪しても根気強く耐えていたバンドでしたが、ついに音をあげて彼を諦めることに。
で、そのマイケルの後任として加入した新ギタリスト、その名はポール・チャップマン。
チャップマンは、なんとゲイリー・ムーアの後任としてSKID ROWに加入したことがあるという経歴の持ち主。また、LONESTARというバンドでも質の高いアルバムをリリースしており、地味ながらもギタープレイにもソングライティングにも定評のあった人です。
実はチャップマンはマイケル・シェンカーが加入して間もない1974年にも一度UFOに加入しています。しかし、このときはマイケル・シェンカーがツイン・ギターとなることに激しく抵抗したため、チャップマンの加入はご破算に。その後、彼はLONESTARを結成するのですが、その活動と平行してマイケル・シェンカーが失踪するたびに助っ人としてバンドに加わりピンチを救ってきた、という実績があります。
気心も知れているし曲も書けるしギターも上手い、ということで即戦力となるギタリストを必要としていた当時のUFOにとっては最適だったのではないでしょうか。マイケルに匹敵するスーパー・ギタリストなんてそんな簡単に見つからないし。というか、そのマイケル・シェンカーだって、当時はドイツの取るに足らないバンドだったSCORPIONSでギターを弾いていたところをUFOにスカウトされているわけで。
(写真:左からピート・ウェイ、ポール・チャップマン、フィル・モグ、ポール・レイモンド、アンディ・パーカー)
'79年5月の来日公演を経て、'80年にチャップマン加入後初のアルバム「NO PLACE TO RUN」をリリース。BEATLESを手掛けたことで有名なジョージ・マーティンをプロデューサーに迎えたことで話題になりました。
マイケル・シェンカー在籍時に比べると、ダイナミックな展開の曲や落差のあるギター・ソロが無い分地味に聞こえますが、UFOらしいドライブ感のあるR&Rソングが詰まっているアルバムです。チャップマンも名曲"Lettin' Go"にクレジットされている他、"Mystery Train"ではマイケル・シェンカーには無いブルージーなギターを披露するなど、地味ながらも「らしさ」を披露しています。
また、'70年代後半にアメリカ進出に成功していたことから、このアルバムを引っさげてアメリカ・ツアーも敢行しています。なお、アルバムのリリース後にポール・レイモンドがMSGに加入するため脱退し、元WILD HORSESのニール・カーターが加入しています。
続く'81年には「THE WILD, THE WILLING AND THE INNOCENT」をリリース。当時はオーケストラやホーンを導入したことで物議を呼んだ問題作だったらしいのですが、今聞くとそんなことよりも地味さ加減のほうが問題のような気がします。
チャップマン作の曲が約半数を占め、彼の貢献度が高いアルバムなのですが、これという決め曲に欠けるのが難点。決して悪いアルバムではないのだが・・・。ただし、"Profession Of Violence"ではマイケル・シェンカーとはまた一味違った強烈な泣きギターを披露しています。
NWOBHMに乗り損ねたUFOでしたが、この頃からアメリカ市場でも失速しはじめ、アルバムどころかバンド自体が地味な存在になっていきます。多分、このへんの商業的な失敗が'80年代のUFOの評価が低い原因なんでしょうね。
'82年に発表の「MECHANIX」では、前作がイマイチだったことでバンドも相当悩んだのでしょうか。コンパクトでキャッチーな楽曲が多くなり、ギタリスト至上主義から完全に脱却し、楽曲重視のバンドへと変身しつつあるのが分かります。
そんな作風のとおり、捨て曲無し・・・とまでは言わないが、このバンドにしては比較的楽曲が粒ぞろいなアルバムで、'80年代のUFOのベスト・アルバムに推す人も多い1枚です。"The Writer"や"Let It Rain"といった名曲も収録されています。
しかし、そんな佳作にも関わらずアメリカでは前作以上に売れず、'70年代に築いたファンベースは完全に失いました。
とにかく、この頃のUFOのキーワードは「地味」。ダイナミックな楽曲の上にマイケル・シェンカーのギターが乱舞する'70年代と比較しちゃうと、ノリの良さとかキャッチーなメロディで勝負する姿勢は地味に見えちゃうのでしょうか。
ラストアルバムとなったのが、この'83年リリースの「MAKING CONTACT」。前作リリース後にピート・ウェイが脱退しており、このアルバムではポール・チャップマンがベースを弾いています。
根っからのロックンロール野郎ピートが去ったせいか、ニール・カーター作の楽曲が増え、前作のポッフ化にさらに拍車がかかっています。マイケル・シェンカー在籍時のUFOが好きな人にとっては、もはやただのブリティッシュ・ハードポップにしか聞こえないかもしれませんが、アルバム自体の出来は良く、「モグ/カーターによる新生UFO」と思えば楽しんで聴ける一枚です。
しかし、僚友ピート・ウェイに去られたショックが大きかったのか、フィル・モグはすっかり気落ちしてしまい、このアルバムを最後に解散します。ちなみに、ラストツアーには当時TALASに在籍していたビリー・シーンが助っ人で参加しています。
ところが、'85年になってフィル・モグは突如UFOを復活させました。フィルとポール・レイモンド以外のメンバーは全員新顔で、ギターにアトミック・トミー・M、ベースにポール・グレイ(元DAMNED)、ドラムにジム・シンプソン(元MAGNUM)という顔ぶれでした。
当初はレコード契約が無いままツアーを行っていたのですが、ネブワーズ・フェスティバルなどで好評だったこともあり、めでたく古巣『Chrysalis』と再契約した彼らは'86年に「MISDEMEANOUR」をリリース。
前作「MAKING CONTACT」をさらにポップかつモダンにした作風で、ニック・タウバーの立体感のある音作りが特徴的なアルバムでしたが、アトミック・トミー・Mというソロイスト志向のギタリストがいるせいで軟弱な印象はありません。"Heaven's Gate"のようなハードな曲から、"This Time"や"Night Run"のようなキーボードが前面に出たポップな曲までと、バランスの良いアルバムです。
にゃおんちゃんは、シンプルながらも奥行きのあるサウンドに驚いた記憶が。ベテランに相応しいアダルトでモダンなHRでした。
ところが、話題になった割には全く売れず、結局これ一枚でUFOは再び墜落してしまいました。
誰もがUFOのことを忘れた'88年になって、突如「AIN'T MISBEHAVIN」というミニ・アルバムがリリースされました。「MISDEMEANOUR」に続くアルバムのプリ・プロダクション時のデモを収録したものらしいのですが、まぁ出来のほうはナニです。w
余談ですが、UFOを復活させる際にフィルはアメリカまで行ってギタリストを探しています。その際に候補となったのがアトミック・トミー・Mと、なんとイングヴェイ・マルムスティーン。イングヴェイはフィルに会いますが、フィルが明確な音楽的プランを持っていなかったことや、ALCATRAZZのほうが自分の好きにできると判断したことから、ALCATRAZZに加入してしまいました。もし、このときイングヴェイがUFOに加入していたら、どうなっていたのでしょうか。
また、アトミック・トミー・Mは本名をトミー・マックレンドンといい、子供の頃は立川に住んでいたという日系アメリカ人。兄のダニー・マックレンドンはエンジニアとしてLOUDNESSなどのアルバムを手掛けています。
そして1995年に突如リリースされたのがこれ。「MISDEMEANOUR」リリース直前の'85年12月のライヴを収録したもので、ギタリストはもちろんアトミック・トミー・M。
10曲中8曲が「MISDEMEANOUR」からの選曲となっており、昔の曲を期待して買うとがっかりしますが、演奏も悪くないので、あのアルバムを気に入った人なら買う価値があると思います。
とにかく、アトミック・トミー・Mがこれでもかというくらいギターを弾きまくっていて、かなりメタリックな音像です。スタジオ盤でも相当弾きまくってますが、あれ以上です。マイケル・シェンカーともポール・チャップマンとも異なるトレブリーなトーンで、ゲイリー・ムーアばりのマシンガン・ピッキングを炸裂させています。
と、まぁ'80年代のUFOの活動を簡単に綴るとこんな感じです。前半はUFOらしいノリの良いR&R、後半は洗練されたハード・ポップ路線と音楽性は違いますが、5枚のアルバムには駄作はひとつもありません。(「AIN'T MISBEHAVIN」を除く)考えてみれば、このバンドはマイケル・シェンカー加入後は駄作が無いんですよね。もっとも、'91年の再結成後は冴えないアルバムを連発しますが・・・。
そういうわけで、「マイケル・シェンカーが好き」なのではなく「UFOが好き」という人には、この時代のアルバムも是非聴いてもらいたいものです。にゃおんちゃんのオススメは「MECHANIX」です。
アルバムでは地味ですが、ブート版などを聞くとポール・チャップマンも中々良いギターを弾いていますよ。
さて、メンバー達のその後についても説明しておきましょう。
◆ピート・ウェイ
1981年にUFOを脱退すると、'82年に元MOTORHEADの"ファスト"エディ・クラークとFASTWAYを結成しますがこれもすぐに脱退し、'83年にWAYSTEDを結成。後に『Capital』との契約を得て、ダニー・ヴォーン(後にTYKETTOを結成)を擁してアメリカ進出もしますが、'80年代末には解散してしまいしまた。
◆ポール・レイモンド
1980年にUFOを脱退し、MSGを経て'83年にWAYSTEDに加入。しかし、アルバム一枚ですぐに脱退して、'85年には再結成UFOに参加。その後は日本に移住してPAUL RAYMOND PROJECTなんてのをやっていました。数年のブランクを経て、'93年に黄金期のラインナップで復活したUFOにその一員として戻りました。
◆アンディ・パーカー
一時期WAYSTEDや再々結成したUFOに加入しましたが、基本的にミュージシャン稼業を引退して親族とビジネスをしています。
◆ポール・チャップマン
ポール・チャップマンは'85年にWAYSTEDに加入。WAYSTED解散後は特に目立った活動はしていません。もったいない・・・。
◆ニール・カーター
UFO解散後、'84年にGARY MOORE BANDに加入。1990年にゲイリー・ムーアがブルース路線に転向するまで、歌にリズム・ギターにキーボードとマルチ・プレイヤーぶりを発揮して彼を支え続けました。
にゃおんちゃんは'85年にライヴを見ましたが、ニールは大活躍でした。アルバムでは全部ゲイリーが歌ってますが、ライヴでは「ゲイリーと並ぶもうひとりのフロントマン」という感じで、かなりの部分をニールが歌っていました。
◆アトミック・トミー・M
UFO解散後に故郷サンフランシスコに戻り、1998年に元TESLAのブライアン・ホイートとSOULMOTORというハンドを結成してアルバム3枚をリリースしました。
◆フィル・モグ
再結成UFO解散後はしばらく隠居状態にありましたが、甥のナイジェル・モグがQUIREBOYSで活躍するのを見てやる気を取り戻し、ピート・ウェイを誘って'91年にUFOを復活させました。
その後はマイケル・シェンカーを含む黄金期のラインナップに戻り話題になりましたが、現在はフィル、ピート、ポール・レイモンド、ヴィニー・ムーア、ジェイソン・ボーナムというラインナップで活動しています。マイケル・シェンカーが戻ってきてもハズレのアルバムばかり出していたUFOですが、このメンバーで2004年にリリースした「HERE YOU ARE」は久しぶりに良いアルバムでした。
【思い出の80'sメタル】第5回:JONATHAN DANIEL - ツアー・マネジャーやってる場合じゃないですよ、先生!
第5回は、バンドじゃなくて個人を紹介します。かといってソロ・アーティストなわけでもなく、完全ないちプレイヤー。
その名はジョナサン・ダニエル。日本では、CANDYやELECTRIC ANGELSのメンバーとして知られている左利きのベーシストです。
元GUNS N'ROSESのギルビー・クラークがいたことで知られているCANDYですが、元々はジョナサンとドラムのジョン・シューベルトがアメリカ東海岸で結成したバンドです。
チャンスを求めてLAに移り住んだ彼らは、カイル・ヴィンセント(Vo)とギルビー・クラーク(G)を加え、デモ・テープを作成。このデモがGO-GO'SやRUNAWAYSを発掘したキム・フォーリーの目に留まり、1985年に『Mercury』から「WHATEVER HAPPENED TO FUN」でデビュー。
この当時、地元LAでのCANDYの人気は凄まじく、若き日のGUNS N'ROSESのメンバーも彼らの人気に嫉妬していたとかしてないとか・・・。
アメリカはもちろん、日本でも大掛かりなプロモーションが行われ大型新人として話題になりましたが、爽やかなルックスとポップな音楽性が仇になったのか、BAY CITY ROLLERSのようなアイドル的な売り出し方をされて見事にずっこけることに・・・。
その後、カイルが脱退。ギルビーがボーカルを兼務し、ライアン・ロキシー(G)が加入しますが、狂った歯車は元に戻らなかったのか、ギルビーがバンドを去り、活動はストップします。
ちみなに、CANDY解散後、カイルはソロ・アーティストとなりアルバムを数枚リリースしていますが、にゃおんちゃんはあまり興味ないので詳しいことは知りません。調べる気にもならんかったっす。ギルビーはKILL FOR THRILLS、GUNS N'ROSESを経てソロとなり、ここ数年は様々なトリビュート・アルバムに参加してはせっせと小銭を稼いでます。
(写真左からジョナサン、ギルビー、カイル、ジョン)
しかし、ギルビーを除く三人(ジョナサン、ジョン、ライアン)はバンド続行を決意し、地元であるNYへ戻り、シェーン(Vo)を加えてELECTRIC ANGELSと改名し、心機一転。
当時KISSにいたブルース・キューリックの協力を得て作成した3曲入りデモが話題となり、めでたく『Atlantic』との契約を得た彼らは名手トニー・ヴィスコンティをプロデューサーに迎え、1990年に「ELCTRIC ANGELS」でデビューしました。
CANDY同様キャッチーでポップながらも、色気としたたかさを増したサウンドでマニアの間では話題になりました。特にミック・ジャガーとデヴィッド・ボウイを足して2で割ったような妖艶な魅力を持つシェーンの歌は素晴らしく、にゃおんちゃんの仲間内では「すごいボーカリストが現れた!」と話題になりました。特に女の子は皆ヤラレてましたね。
にゃおんちゃんは"Rattlesnake Kisses"のPVを見たことがありますが、シェーンはセクシーで美しい瞳の男でした。あー、言っておきますが、にゃおんちゃんに同性愛の趣味はありませんぜ。同性愛の趣味があるのはシェーンなんです。そうなんです、彼はゲイなんです。女の子達が嘆き悲しんだのは言うまでもありません。
そんなELECTRIC ANGELSでしたが、デビューした時期が悪かった。オルタナ・ブームの影響でアルバム1枚でレーベルをドロップする羽目となり、まもなく解散してしまいました。
その後、ライアンを除く3人はTHE LOVELESSを結成し、1995年に「A TALE OF GIN AND SALVATION」でデビュー。ELECTRIC ANGELSどころかCANDYよりもさらに爽やかなサウンドでHR色は皆無ですが、曲の良さは両者に劣らない良心的なアルバムです。にも関わらず、インディペンデントからのリリースだったこともあり、何も起きずにこれ1枚で消滅。
2000年にシェーンがURANIUM235というバンドでデビューしますが、やはりこれもアルバム1枚で消え去りました。ちなみにこのバンド、ELECTRIC ANGELSやTHE LOVELESSとは全く異なるインダストリアル系のサウンドでした。
2002年8月にはLAで一夜限りのCANDY再結成ライヴがあり、ジョナサンとジョンが参加しましたが、その後進展は無い模様。写真を見たところ、ジョナサンは角刈りになってるし、ジョンは髭面のおっさんになってるし、結構ショックでした。
CANDY時代から約10年間、3つのバンドで一貫して良質の楽曲を提供し続けてきたジョナサンは、もっと評価されてもいいはず。
2005年にブッチ・ウォーカーが来日した際、なんとツアー・マネージャーがジョナサンでした。にゃおんちゃんがジョナサンを見つけたら、ブッチそっちのけでサインを貰いに駆け寄ったに違いないでしょう。いや、それどころかブッチを捕まえて「おい、そこのおまい。この人と写真とるから、シャッター押してくれ」などと言いかねない。
裏方さんの仕事もいいけど、彼ほどの才能があればプロデューサーやソング・ライターとしてもやっていけそうなものだが・・・。復活を望む!




