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2011.07.13 (Wed)

2009カザフスタン・南朝鮮旅行記(第23回)

◆カザフスタンのアイデンティティーとは?

さて、国立中央博物館で見たくもない朝鮮トーテムポールを見て気分が悪くなったにゃおん氏は、共和国広場へ向かう。広場の真ん中に立つ黄金人間のスタチューでも見に行こうか。
博物館からダラダラと続く坂を下りると、共和国広場にたどり着いた。しかし、残念ながら共和国広場は工事中で高いフェンスに覆われており、大半の部分は立ち入り禁止になっていた。5年前にミンスクへ行った際にもレーニン広場が工事中で、その3年後に再度訪問したところ地下にショッピングモールが作られていて驚いたのだが、ここもそういう工事をしているのだろうか?

共和国広場はサトパエフ通りを挟んで南北に分かれており、南側には一目で官公庁だと分かる巨大なビルがそびえ立ち、アルマトイの市街地を見下ろしている。今は地方議会の建物だが、アルマトイが首都だった頃は中央政府のビルだったのだろう。
北側には噴水と黄金人間のスタチューがある。この黄金人間は独立後のカザフスタンを象徴するシンボルのひとつなのか、色んなところで見かける。

共和国広場
共和国広場


歴史の浅い旧ソ連諸国の多くは、どこに自分達のアイデンティティーを見いだすか悩んでいる。西欧諸国のように確固たる独自の文化や言語を持ち、長期間に渡り独立を維持していた国など殆ど無い。はっきり言ってしまうと、紙幣に描く人物すら事欠くようなショボい歴史しか有していない国がたくさんあるのだ。

モルドバなどはその分かりやすい例で、どの紙幣を見ても描かれているのはシュテファン大公ばかりで泣けてくる。外国人でも知ってる偉人なんて、せいぜいウラジーミル1世、ヤロスラウ1世、ボフダン・フメリニツキー、タラス・シェフチェンコくらいしかいないウクライナが凄くリッチに見えるほど。
他にはベラルーシやらタジキスタンやら、「ソ連が崩壊しちゃったせいで独立する羽目になった」ような国まで存在する。

カザフスタンもその「ショボい歴史しか有していない」ほうに分類される国なので、アイデンティティーを確立させるのは容易ではないはず。黄金人間を見ていると、これをカザフスタンの文化的象徴にしようという政府の意図が感じられるのだが、果たして黄金人間を遺した古代スキタイが現代のカザフ人の祖先と言えるのだろうか?


民族的アイデンティティーを確立させる方法のひとつとして民族言語を重用するケースは、旧ソ連諸国に限らず世界中でポピュラーな手法だが、この国の場合はカザフ語が帝政ロシア&ソ連統治下で捨て置かれていた時期が長かったため、高等概念を表現したり高等教育で用いるにはまだまだ改良が必要なレベル。
なので、カザフ語は義務教育における必修言語となっているものの、カザフ語のみで教育を受けている人はまずいない。独立後に教育を受けた国民(つまり若者)の殆どはロシア語とカザフ語の両方を理解する。

そもそも、テレビでも新聞でも書籍でもロシア語が用いられており、カザフ語は学校の授業と家庭での会話くらいしか出番が無いのだ。ヨーコさんも親兄弟や友達との会話にはロシア語を用いていたし、街を歩いていても聞こえてくるのはロシア語ばかり。民族語の地位に関しては、カザフスタンはモルドバよりも酷い。

しかし、100年後ならいざ知らず、現時点ではロシア語を排除しなかったカザフスタン政府の選択は正しい。所詮、人間は言語を超えて思考することはできないので、未熟な言語で教育しても国民が総白痴化するという結果になるだけ。それは南北朝鮮が証明している。漢字を排斥して諺文(ハングル)オンリーにした結果、朝鮮人は高度な概念に対する理解力が低下し、さらにはそれについて思考することそのものをしなくなる、という重大な知的退化に直面したのだから。
そう考えると、英語が分からなくても問題なく高等教育を受けられたり、ノーベル賞を受賞するような科学者を生み出しちゃったりする日本は凄い・・・というか、異常?

たぶん、大統領府のアルマトイ事務所
たぶん、大統領府のアルマトイ事務所

子供宮殿
子供宮殿
児童の教育施設らしいのだが、上から見ると螺旋状の形をしている面白い建物。


そんなことを考えながら共和国広場の周辺をウロついていたら、『自由の夜明け』像を見つけた。1986年に発生したアルマアタ事件の20周年を記念して作られたものらしい。
像には何やら説明文が書かれているが英語で書いてあるはずもなく、にゃおんちゃんがこれに気づいたのはアルマアタ事件について調べていたときにこの像の写真を見た記憶があったからに過ぎない。

アルマアタ事件とは1986年12月に、カザフスタン共産党のトップだったディンムハメッド・クナーエフ(カザフ人)が解任され、ゲンナジー・コルビン(ロシア人)が就任したことに怒ったカザフ人が起こした民族暴動で、鎮圧の過程で200~1,000人の市民が犠牲になったと言われている。
この事件に関する資料は多くが未だに非公開となっており、正確な死者数は依然として不明のまま。

カザフスタン政府はアルマアタ事件を「連邦政府から虐げられてきたカザフ人が起こした最初の民族的反乱」という位置付けをしているが、プロパガンダの匂いがしてハッキリ言ってかなり怪しい。
この事件は、クナーエフを頂点とするカザフ・マフィアの腐敗ぶりに怒ったゴルバチョフが、クナーエフのクビを飛ばして連邦政府に忠実なコルビンを据えて綱紀粛正を図ろうとしたところ、利権を取り上げられたクナーエフの手下どもが問題を民族対立にすり替えて暴動を扇動した、というのが真相なのではないかと思う。
本当にカザフ人が連邦政府やロシア人に対して凄まじい怨嗟を抱いていたとしたら、今頃はロシア人の住めない国になっているはず。しかし、実際はロシア系住民は減少傾向にあるとはいえ、未だに人口の27%を占めているのだ。

カザフスタン政府が民族意識を無理やりでっち上げようとしている形跡が、こんな銅像ひとつからですら垣間見えてしまい、にゃおんちゃんの気分はどんどん重くなっていく。

「自由の夜明け」像
「自由の夜明け」像



≪つづく≫


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