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2011.07.11 (Mon)

2009カザフスタン・南朝鮮旅行記(第22回)

長らくお待たせしました。
2年近く前の旅行記なので速やかに終わらせたいのですが、もうすぐ引越しを控えておりまして・・・。
南朝鮮でも色々とあったので、完結にはまだしばらく掛かりそうです。ごめんね~。


◆加茂ジャパン終焉の地を訪ねる

アスタナからアルマトイへ戻り、今夜のホテルを確保したにゃおん氏。フライトは明日の夜なので、アルマトイには約1日半の滞在となる。さて、何をしようか・・・?

地図を見ながら行き先を探していたところ、近くに『アルマトイ・セントラルスタジアム』があることに気づいた。ああ、加茂監督のクビが飛んだあの競技場か・・・。こんなところまで来たついでだ、見に行ってみようか。


1997年10月4日、フランス・ワールドカップ出場を目指すサッカー日本代表はアジア地区最終予選へ進み、ここアルマトイでカザフスタン代表と対戦した。
最終予選へ進んだ10ヶ国がA組・B組に分かれてホーム&アウェイのリーグ戦を行い、1位のチームは無条件でフランス行きが決定する。リーグ戦で2位となったチームは3位決定戦を行い、勝者はワールドカップ出場、敗者はオセアニア地区1位とのプレーオフに回ることとなる。
ここまで8試合中3試合を消化し、日本は1勝1敗1引き分けの勝ち点4で3位。首位の南朝鮮(勝ち点9)に追いつくためには、アウェイとはいえどうしてもここカザフスタンで勝っておく必要があった。

試合は前半22分に秋田豊のヘディングシュートで日本が先制。194cmの長身FWヴィクトル・ズバレフ目掛けてロングボールを放り込んでくるしか能が無いカザフスタンのプレイを考えると楽勝かと思われたが、速いパス回しを特徴とする日本代表はこのスタジアムの劣悪なピッチに苦しみ、追加点を奪えず苦戦を強いられていた。
ピッチはTVで見ていても分かるほどデコボコで、パスが真っ直ぐに走らない。端のほうは芝生じゃなくて雑草やクローバーが茂っているというとんでもないスタジアムで、あの中田英寿をして「今まで色んな酷い所でプレーしたけど、ここは本当に酷い」と言わしめたほど。
ロスタイムに突入した後半46分、ゴール前でこぼれ球を拾ったパベル・エフテエフが前線にパスを送ると、これを待ち受けていたズバレフがノートラップでシュートを放ち、カザフスタンが同点に追いつく。そして、試合はそのままタイムアップ。

この日UAEに勝利した南朝鮮との勝ち点差は7に広がり、1位通過は早くも絶望的となった。幸いなことに2位UAEも負けたので、日本は目標を「リーグ戦2位通過+プレーオフ」に切り替えてフランスを目指すこととなった。
日本はこの前の試合である南朝鮮戦(9月28日 国立競技場)で、加茂周監督の采配ミスが原因で悪夢の逆転負けを喫しており、そして今日のこの負けにも等しい引き分けである。チームの雰囲気は最悪で、選手間で喧嘩が起こるほど事態は悪化していた。
試合終了後、JFA(日本サッカー協会)は加茂監督の更迭を発表し、岡田武史コーチが監督に昇格して残り試合の指揮を取ることとなった。

翌日のスポーツ紙の一面 
翌日のスポーツ紙の一面

カザフスタンは2002年にUEFA(欧州サッカー連盟)に転籍したので、もう今はワールドカップ予選で日本と戦うことはなくなった。そのニュースを知ったとき、「もうあのデコボコのピッチで試合しなくていいのね」と安堵した記憶がある。
ちなみに、知り合いにこのときアルマトイ(とタシケント)まで遠征した人がいて、予選終了後に話を聞いたところ、「ホテルは高いうえにボロい、警官はバカで高圧的、食い物は不味いし、どうしようもない国だ」と憤慨していた。
あれから12年、自分がその「どうしようもない国」に来ることになるとはねぇ。


ホテルの近くにトラム(路面電車)の停留所があったので、乗ってみようかと思い電車を待つことに。しかし、待てど暮らせど電車が来ない。15分近く待ったのに来ないので、歩いて行くことにした。せっかくトラムがあっても、これじゃ使いものにならんぜよ・・・。

さらに歩くこと15分ほどでスタジアムへ到着。しかし、内部は大規模な改修工事の真っ最中で、あのデコボコのピッチは全て剥がされて基礎から作り直している模様。あんなピッチで国際Aマッチなんかやったら格好悪いわな。貧乏だった頃ならいざ知らず、今のカザフスタンにはこんな改修工事は朝飯前だろうし。
という訳で中には入れず、「ここで加茂さんのクビが飛んだんだなぁ」という感慨にふける気分にもなれず。スタジアムの外側をグルッと回ってみるが、特に目ぼしいものは無い。つまらん・・・移動しよう。

アルマトイ・セントラルスタジアム正面
アルマトイ・セントラルスタジアム正面

アルマトイ・セントラルスタジアム内部
中はこんな感じで工事中



◆カザフスタンで朝鮮人の秘密について考える

スタジアムの裏を走るサトパエフ(Satpaev)通りからバスに乗り、共和国広場の裏手にある『国立中央博物館』へ向かう。
博物館の入場料は80KZT~100KTZ(130円~160円)程度だったと思う。ガイドブックには別料金を払えば撮影可能と書いてあるが、係員に尋ねたところ「写真はダメ」と言われた。カザフスタンはホントに撮影禁止の場所が多くて嫌になる。写真を撮られると魂を吸い取られるとでも思ってるのだろうか?

という訳で内部の写真は無いのだが、展示物は意外とまともだった。古代遊牧民の遺跡から発掘された出土品やカザフ人の生活を支えた身の回りの物などが多く展示され、歴史民俗博物館のような感じだった。
黄金人間もレプリカが展示されていたが、にゃおんちゃんはアスタナで既に見ていたので特に感慨は無し。それよりもドンブラ(カザフスタンの伝統楽器)のコーナーに展示されていたULYTAUの写真が印象的だった。
ロックバンドが国立博物館で紹介されているなんて変な話だが、カザフスタンの伝統楽器を用いる彼らはある意味「とってもカザフスタンらしいバンド」だし、大使館にお呼ばれして演奏している映像なんかも見たことがあるので、「政府公認の音楽大使」のような存在として何かしらの支援を受けているのだろう。
ボラット?あれは偽カザフ人だから無理です。ノコノコ入国したらとっ捕まって処刑されます。w

カザフスタン国立歴史博物館<br />
カザフスタン国立中央博物館


驚くべきことに、この博物館の隅っこには南朝鮮の展示コーナーがあった。カザフスタンの総人口の0.5%は高麗人(李朝時代に朝鮮から逃げ出して帝政ロシア領内に移住した朝鮮人の末裔)だから高麗人文化の展示物があっても不自然ではないが、展示されているものがまた凄い。
「天下大将軍、地下女将軍」と書いてある禍々しいトーテムポール(「チャンソン」という)が鎮座しているのである。

チャンソンはエベンキ族(シベリアや中国北部に住むツングース系民族)と朝鮮人だけに見られる風習であることから、朝鮮人の先祖はエベンキ族であると言われている。しかし、朝鮮人どもは自分たちの先祖が実は高麗人でもなければ百済人でもなく、北方から流れてきたツングース系民族だったことをよほど知られたくないらしく、認める者は誰ひとりいないどころか、今は亡き「ENJOY KOREA」(通称エンコリ)で日本人がこの手のスレッドを立てると速攻で削除していた。お前らの顔を見ればツングース系の血が混じっているのは一目瞭然だっての。w
にゃおんちゃんが「朝鮮人という民族が確立されたのはずーっと後のこと。半万年前になんか存在すらしていない」と言うのはこういう理由があるから。

おそらく、エベンキ族の一派が南下して朝鮮半島に住み着き、彼らはワイ人(ワイ族)と呼ばれる民族になった。そして、このワイ族が新羅を作り、唐と組んで百済・倭国連合を破って百済人(及び倭人)を追い払い、百済の被支配階級(多分これもワイ族)を吸収したのが朝鮮人の起源なのだろう。
また、高麗や李氏朝鮮はモンゴルや清の属国(というか殆ど奴隷)だったことから、モンゴル族や女真族との混血も相当進んでいたと考えられ、その結果が現在の朝鮮人になったものと思われる。

しかし、いかんせんツングース系には文字を持たなかった民族が多く、さらに元々ズボラなうえに都合の悪いものは容赦なく抹殺する朝鮮人の性質のせいで、資料が殆ど残っていない。

ロクに資料が残っていないのをいいことに歪曲ばかりしないでくださいね、朝鮮人の皆さん!



≪つづく≫

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01:29  |  2009カザフスタン・南朝鮮  |  TB(0)  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

待ってました。やっと再会ですね。楽しみにしているのでぼちぼち更新してください。 先月1週間ベラルーシをふらふらしていました。少しミンスクを離れると、じゃがいも畑•麦畑•森がとても奇麗でした。高速道路をパトカー先導で暴走するベンツ走っていて、ベラルーシ人の友達に聞くと「あれはサーシャの友達」って言ってました。パチパチ(拍手)革命は実現しますかね??
kuro |  2011年07月12日(火) 12:35 |  URL |  【コメント編集】

にゃおんちゃん、終にブログが再開されましたね。
ありがとう!

朝鮮人の先祖はエベンキ族なんですか?
そうすると、エベンキ族も朝鮮人と同じように神を造れるのでしょうか?

この調子だとニダーランドでも凄いことになっているのではないかと期待してしまいます。

引越し先は毛蟹村内なんですか?
まさか、ニダーランド?

今年こそは旧ソ連諸国に再度侵攻するのでしょうか?
Romanov |  2011年07月13日(水) 07:45 |  URL |  【コメント編集】

●大変お待たせしました

>>kuroさん
おぉ!ベラルーシへ行きましたか。拍手するデモ隊には遭遇しましたか?拍手して歩いてるだけで市民を逮捕しちゃうんだから、ルカシェンコ閣下は相変わらず無茶しまくりですね。
個人的にはあれは失敗すると思ってます。彼らは外国からまともな支援を受けていませんし、ベラルーシは野党が貧弱すぎるので。
でも、ルカシェンコ政権のままでは、「最期は衰弱死」という結末が見えているので、いずれ何か大きな動きがあるのではないかと思っています。


>>Romanovさん
エベンキ族は朝鮮人の祖先と言われているだけで、「朝鮮人のような奴ら」という訳ではありません(・・・と思う)。残念ながらエベンキ族に遭遇した経験が無いので、彼らも「斜め上」なのかどうか知りようがありません。
個人的にはアルメニア人には朝鮮人と同じ匂いを感じましたが、サンプル数が少なすぎて、「アルメニア人は朝鮮人と同類」とまでは断言できません。

今のところNIS諸国へ行く予定はありませんが、実は昨年の夏に所用でウクライナへ行っているので、後でそのときのエピソードをいくつか書こうかと思ってます。
残念ながら「プライベートの旅行」ではないので、旅行記を書けるようなレベルではありません。
にゃおんちゃん |  2011年07月13日(水) 22:53 |  URL |  【コメント編集】

にゃおんちゃん

>実は昨年の夏に所用でウクライナへ行っているので、
>後でそのときのエピソードをいくつか書こうかと思ってます。

にゃおんちゃんの記事はどれも面白いのですが、個人的にはにゃおんちゃんのウクライナ関連の旅行記が一番好きです。

にゃおんちゃんとウクライナには運命的な絆を感じます。

これからはニダーランド征伐記ですね。にゃおんちゃんが、どのような粛清をして来たのか楽しみです!
Romanov |  2011年07月14日(木) 00:53 |  URL |  【コメント編集】

●はじめましてです

はぁ~なるほど~。。。
とか思いつつ別に朝鮮人の差別じゃないことのための
アカウントなんて別にどうでもよくね?とか思う今日このごろです。
半万年が嘘とか月見/黒猫の閲覧者なら説明不要ッ!

理由?
鮮人だから。これでいきましょう。
(でもこれだとウン十年後に理由なき差別をしていた、とか言われるのか?)
遅れましたがにゃおん先生再開おめでとうございます。
気落ちしておられるでしょうが記事楽しみにしております。
名無しのイワンさん |  2011年07月22日(金) 23:45 |  URL |  【コメント編集】

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