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2009.11.04 (Wed)

2009カザフスタン・南朝鮮旅行記(第8回)

◆アスタナにて我が兄弟と出会う(10月4日)

前日はアルマトイからアスタナへ移動しただけで終わったようなもの。本格的なアスタナ観光は今日から。ということで張り切って早起きしたのだが、前夜に買った大量の食材を処分すべく、食べてくれる人がいるわけでもないのにお料理する羽目となり、結局家を出たのは昼近くになった。時間と手間を考えたら、いつものようにスタローヴァヤ(カフェテリア形式の大衆食堂)で簡単に済ませるべきだった。
さて、どこに行こうか・・・。まずは街の中心部にでも行ってみるか。

ブラブラと街を歩くが、印象は「なんの変哲も無いソ連の地方都市」といったところ。ブレスト(ベラルーシ)やポルタヴァ(ウクライナ)のような地方都市とさして変わらない。それでも、アルマトイと比較すると全体的に建物が新しく、緑地帯が多くて区画に余裕があるため、印象はかなり異なる。
しかし、えらい田舎だなぁ・・・。ホントに人口が75万人もいる都市なのか?中心部のショボさたるや相当なもので、人口35万人の旭川市のほうがずーっと都会に見える。といっても、中心街がショボいのはアスタナだけではなく、旧ソ連諸国の都市はどこもこんな感じ。一国の首都であり旧ソ連を代表する都市であるキエフ(ウクライナ)やミンスク(ベラルーシ)ですら、札幌よりショボいのだから。

大統領府の裏にある公園
大統領府の裏にある公園。昼だというのにお日様の位置が随分と低い。


アパートの前を走るサリャルカ通りを北へ進み、アバイ大通りで右折して東へ向かうと、大きな公園にたどり着いた。公園の向こう側にはフェンスに囲まれた大きな建物があり、地図で確認するとそれは大統領府だった。どうやら、ここは大統領府の裏にあるノヴァヤ公園のようだ。確か、大統領府の中には博物館があったな。後で行ってみるか。
時計を見ると家を出てから30分ほど経っていた。少し歩き疲れたし天気も良いから、ここで日向ぼっこして休憩していこう。そう思いベンチを探していると、木陰に私の兄弟(黒猫)が。おぉ!カザフスタンに住む我が兄弟よ!幸いなことに彼は嫌がることなく私に抱かれ、背中を撫でてやると喉を鳴らして喜んだ。ベンチに座り、ニャンコと共に暫し日光浴を楽しむ。

しかし、昼だというのに15時過ぎかと勘違いしそうなほど太陽の高さは低く、自分が緯度の高いところにいることを実感する。これで冬になったらどんなことになるのやら?我が兄弟よ、君はどうやって冬を過ごしているんだい?しかし、ニャンコがそんな問いかけに答えるはずもなく、気持ち良さそうな顔をして私の隣で眠るのみ。
ベンチでニャンコとイチャイチャしていると、近くで遊んでいた子供達が寄ってきた。よしよし、君たちも我が兄弟を可愛がってあげなさい。キャッキャと騒ぎながら猫を撫でる子供達。旧ソ連諸国の人は猫好きが多く、「うちにも猫いるよ」と言う人はざら。街中でもよく見かけるし、この黒猫のようにまるで警戒心の無い人懐っこい猫は全然珍しくない。
これが南朝鮮に行くと、「猫?気持ち悪い!」と言う奴ばかりなのだから、世界は広い。ああ、だから私は朝鮮人が嫌いなのか?

アスタナで会った我が兄弟
アスタナで会った我が兄弟。人懐っこくて可愛い奴でした。


だが、いつまでもここでニャンコとイチャイチャしてる訳にもいかない。そろそろ行かなくては・・・。
というわけで涙を飲んで我が兄弟に別れを告げ、大統領府へ向かう。ところが、どうやらお昼休みの時間に入ってしまったようで、入口の警備員に「14時半になったら来なさい」と言われて追い返される。仕方ない、その辺をウロウロして時間を潰してこよう。

大統領府の正面に回ると、そこはだだっ広い広場になっていた。ところどころに噴水とベンチくらいはあるが、それ以外は何も無い。日曜日の昼下がりだというのに人が全然いなくて寂しい。何だか、カザフスタンの権威主義的な体制を表しているような気が。
大統領府の北側には国会議事堂が、南側にはショッピングモール(シネ・テンポレ・モールという名前らしい)が、正面にはグランドパーク・エシェル・ホテルがある。ショッピングモールに入ってみるが、売っているのは貴金属やら装飾品やら洋服やらそんなものばかりで、当然のことながら高い。見る気も失せてしまい、銀行で両替だけしてすぐに出る。レートは1USD=151KZTで、アルマトイ空港の両替所と殆ど一緒。だが、ここのレートが悪いわけではなく、空港の両替所のレートが良心的なのだ。

国会議事堂  アバイ像
左:国会議事堂。近代的なデザインですが、カザフスタンらしさは皆無ですね。
右:カザフスタンを代表する民族詩人アバイ・クナンバエフの像。彼はウクライナにおけるタラス・シェフチェンコのような存在で、カザフスタン各地に彼の名前を関した道路やら建物がある。


アバイ大通りをさらに東へ進むと、レスプブリカ大通りにぶつかる。この辺りが一応アスタナで一番活気のある商業地区らしい。昨日見た異様な建造物群はこの街の南端に集中しており、この辺りにはおかしな建物は無い・・・と思ったら、あったよ・・・また変なのが・・・。地図を見ても何も書いていないが、まあ政府関係の建物であることは間違いない。しかし、これまた奇抜というか何というか・・・。
写真を撮るべく辺りをウロウロしていると、ベラルーシ大使館を発見。昨年の夏にベラルーシ=リトアニア国境で身柄を拘束されたことを思い出すと腹が立ってきた。誰もいないと思って「バーカバーカ」と悪態をついていると、玄関の横にある警察官詰所に突如人影が。慌てて逃げ出す。驚かすなや!

そして、その1ブロック隣にはロシア大使館が。ここアスタナはどうか知らないが、アルマトイには抑留された日本兵が建設した道路や建物がたくさんある。「いつかシベリア抑留のツケを払わせてやる!」と怒りに震えるにゃおん氏。時間があれば日本人墓地にお参りにも行こうと思う。
にゃおんちゃんの爺さんは元関東軍所属で満州事変にも従軍したというツワモノだが、幸いなことに終戦時は南樺太にいたためシベリアに連れ去られずに済んでいる。しかし、戦後しばらく抑留された過去を持つため、死ぬまでロシア人のことを「露助」と呼んで忌み嫌っていた。その孫が露助の国をチョロチョロしているのを見たらどう思うだろうか?
呑んだくれで粗暴な露助どもだが、私にはとても興味深い連中なのだから仕方ない。

ロシア大使館の向かいに食堂を見つけた。さしてお腹は空いてなかったが、冷やかしで入ってみたところ何やら美味しそうなものを発見。デカい鍋でお米を炊き込んでいる。プロフだ!
プロフは、炒めた野菜や羊肉をお米と一緒にスパイスで炊き上げた、ウズベキスタンの伝統的なお米料理。パエリアの中央アジア版といったところか。試しに食べてみたところ・・・旨い!おぉ、これで私はもうカザフスタンで食い物に困らないぞ。「一週間毎日ボルシチでも平気」な私にとって、「一週間毎日プロフ」など望むところである。

レスプブリカ通りの様子
レスプブリカ通りの様子。手前にド派手なビルがひとつ、奥にも変な建物が・・・。

謎の建物
また変な建物が。このセンス・・・どうにかならんですか?

そんなことをして時間を潰していると14時半になったので、『大統領博物館』へと向かう。偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下が、その偉大さを愚民ども国民に伝えるために作った博物館である。腰ぎんちゃくにチヤホヤされてのほぜ上がった馬鹿カザフスタンを世界のTop50に入る経済大国にすべく日夜執務に邁進されているナザルバエフ閣下の半生を知ることができるありがたーい展示物がたくさんあるという。さて、どんなものやら?


≪つづく≫


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テーマ : 海外旅行 - ジャンル : 旅行

23:22  |  2009カザフスタン・南朝鮮  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

カザフスタンて楽しそうですね カザフスタンてイスラム教国らしいですが戒律は厳しいのですが? 
通りすがり一号 |  2009年11月05日(木) 22:23 |  URL |  【コメント編集】

●いいえ、全然

ソ連の統治を経て世俗化しているうえに、ロシア系住民が多いので、酒も買えるし、エロDVDも売ってました。カザフ人が食べるかどうかは不明ですが、スーパーマーケットや市場には豚肉もありました。一応イスラム教国ですが、スカーフをした人もそんなに多くなかったし、チャドルを着てる人など全く見ませんでした。
カザフスタンは中央アジアの中でも特にヨーロッパナイズされているので、時々ウクライナかベラルーシにいるような錯覚に陥るほどでした。
にゃおんちゃん |  2009年11月10日(火) 01:37 |  URL |  【コメント編集】

●Foods

にゃおんちゃん

仕事が忙しそうですね。

ピロシキ・ボルシチ・ペルメに・ベリンキ・キエフカツレッツ・シシカバブ等は全て美味しくてウクライナでは食事に困らない気がします。
Crimean Tatarのプロブとラグマンには嵌りました。
余りにも気に入ってしまって、ロシア語も片言しか話せないのに
何軒ものレストランに通いました(笑)。

にゃおんちゃんの行って来た所は殆ど回って来ました。
後程、色々と確認したい点もあるので、後日にゃおんちゃんに再度質問します。

先ず、Leninの像は各地に沢山ある様です。例として、バフチサラーイ近くにもありました。
ヤルタのCity Hallにはウクライナ国旗旗が靡いていましたが、
ロシアの国旗は無かったです。
Livadia & Alupka等は入場料が40uahになっていました。季節がら寒かったせいかSwallow's Nestへの道程は、それ程大変では無かったです。
ヤルタのCentral Marketからのバスは、#37ではなく、#34でした。
Simferopol => Kievは、クペーが220uah位で、リュクスは700uah位でした。理由があって、リュクスは購入出来ず、
クペーになりましたが、純粋なCrimean Tatar美女と二人だけだったので、友達になりLuckyでした。彼女は五ヶ国語が話せたので、
英語で色々と話が出来、彼女の話では90%のCrimean Tatarは白い肌にDark Hair & Eyesとの事で、トルコ系やアジア系が入っていないのが普通だと言っていました。
また、 ウクライナ・ロシアが故意にCrimean Tatarをスラブ・白人系と異なる様に見せていると言っていました。
彼女達はイスラム経ですが、モスクには人生で5回も言っていないとかで、引退後になってから宗教に力を入れだすのが今では、一般的だそうです。ソ連時代の影響で、イスラム教の様々な習慣が無くなった様です。
ピロシキの様なCrimean TatarのHome Cooking Foodもご馳走になりました。
バフチサラーイのCrimean TatarのKhans Palaceへ雨の中を一人で行って来たご利益がありました(笑)。

それにしてもKhans Palaceは素晴らしい!


Romanov

ロシア圏には黒猫を良く見かけたので、にゃおんちゃんかと思って
話しかけ続けましたが、どうも違ったみたいでした。

Romanov |  2009年12月27日(日) 17:17 |  URL |  【コメント編集】

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