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2006.04.24 (Mon)

【世界の香ばしき国々】第11回:ニカラグア(Part3) - サンディニスタ革命

前回の記事の続きです。
今回はソモサの息子たちの時代の話。香ばしさに拍車がかかります。

◆「名を捨てて実を取る」ルイスの処世術
パパ・ソモサの死後、長男で国会議長を務めていたルイス・ソモサが臨時大統領に就任した。翌年の大統領選挙では保守党が選挙をボイコットしたことから、ルイスは悠々と当選。ルイスは弟のアナスタシオ・ソモサ・デバイレ(愛称タチート)を国家警備隊長官に任命し、父が築いた独裁体制の維持に成功した。
パパ・ソモサが死んだ直後に、エミリアーノ・チャモロ亡き後その跡を継いだペドロ・ホアキン・チャモロやサンディーノ軍の生き残り達が挙兵するが、ソモサ政権が揺らぐことはなかった。

※パパ・ソモサも次男ソモサも「アナスタシオ・ソモサ」という名前で区別が付かないので、次男ソモサについては愛称の「タチート」という名前で標記します。

しかし、ニカラグア国民も政府の横暴にひたすら耐えていたわけではない。
1959年のキューバ革命は貧困に苦しむ中南米諸国の庶民に希望を与えた。フィデル・カストロやチェ・ゲバラ率いる反政府ゲリラが独裁政権を倒して共産主義政権を樹立したのだ。しかも、アメリカの喉元カリブ海で。

早速、ニカラグアでもこれに触発された10人の若者が第二のキューバ革命を目指して、1961年に打倒ソモサと共産主義国家建設を目標としたゲリラ組織を立ち上げた。その名も「サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)」。パパ・ソモサに殺されたかつて英雄サンディーノの名前が由来となっている。後にソモサ政権と死闘を繰り広げたFSLNも最初の頃は弱小で、しかも素人の集団。サンディーノ軍の生き残りを軍事教官に招いて戦闘のイロハから学ばなければならない有様だった。
リーダーのカルロス・フォンセカは1936年生まれでこのとき25歳。年は若いものの、10代の頃から反政府運動に加わって逮捕されたり、ソ連を訪問して各国の青年共産主義者が集まる大会に参加した経験を持つ。


1963年、ルイスは2期目の大統領選には出馬せず、長年パパ・ソモサの秘書を勤めたレネ・シックを支援して彼を当選させた。といっても、ルイスが権力欲の無い清廉潔白な人間なんてことは絶対無い。原因はアメリカの圧力である。
当時のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディは「進歩のための同盟」という中南米諸国向けの援助プランを打ち出した。中南米諸国はどこも貧富の差が激しく、多数の貧民の中には共産主義を支持する人も多かった。そこでアメリカが莫大な経済・軍事援助を行うかわりに中南米諸国に政治・経済改革を迫り、その国の経済を安定させて共産化を防ぐというものだ。
アメリカは、これに従う国には多額の援助を与えるが、逆らう国にはCIAが容赦なくクーデターを仕掛けるという姿勢を徹底した。グアテマラのイディゴラス政権などは親米だったにも関わらず、これを無視したためクーデターに遭って1963年に崩壊している。

ニカラグアも形だけのインチキ選挙でソモサ親子が長年権力の座に居座って暴利を貪っているだけに、アメリカに睨まれる危険性があった。ルイスにしてみれば、大統領の座にこだわってアメリカに嫌がらせされるくらいなら、院政をひいて裏から政治を牛耳ればそれで済む話。大統領は盟友シックだし、国家警備隊長官は弟のタチートだ。「ニカラグアは独裁国家でありませんよ。ちきんとした選挙が行われている民主主義国家ですよ」とアピールしてアメリカから援助をがっぽり貰ったら、あとは身内で山分けすればいいのだ。


◆パパ以上の暴君タチート・ソモサ
ところが、タチートがこれに異を唱えた。こいつはパパ・ソモサの横暴に残虐性が加わったとんでもない男なので、ルイスの「名を捨てて実を取る」ようなやり方は生ぬるいと感じていた。
ルイスがアメリカの意向を受けて国民に少しだけ自由を与えると、国民はたちまち政府の、特に国家警備隊の横暴を糾弾し不正を暴き立てた。しかしその後の状況は一転した。口うるさいケネディが1963年に凶弾に倒れると、新大統領のリンドン・ジョンソンはベトナムに正規軍を投入しドミニカ共和国にも侵攻するなど、ケネディ時代とは一転して強行策を打ち出してきた。しかも、この年の夏からFSLNが武力闘争を開始している。

タチートにしてみれば「兄貴がケネディに遠慮して貧乏人どもに甘い顔をするからこんなことになるんだ!もうケネディはいないんだから、逆らう奴は締め上げたらいいじゃないか!」といったところで、憤懣やるかたない。さらに追い討ちを掛けるように今度はシックがタチートの反対を押し切り、反ソモサ運動の活動家を殺した国家警備隊の士官を逮捕して軍法会議に掛けてしまった。

これで完全にブチ切れたタチートは、1966年8月にシックが心臓麻痺で急死すると間髪置かずにクーデターを起こし、実権を掌握した。その後の大統領選ではルイスが病気で体調を崩していたことから、タチートが出馬して当選した。野党は統一候補を立てて対抗したものの、例によって不正のオンパレードのインチキ選挙なのでタチートが圧勝するのは当然だった。
タチートが当選すると6万人の市民が選挙不正に対する抗議デモを起こしたが、兄ルイスと違って逆らう者には容赦無いタチートは国家警備隊を差し向けてデモを鎮圧した。また、この数ヵ月後にルイスが病死しているが、タチートが毒殺したという説がある。詳しいことは謎だが、タチートならやりかねない。


1967年に入るとFSLNはそれなりにゲリラとしての体裁を整えられるになっていた。また、ソモサ政権と戦う組織が他に無かったことから、徐々に民衆からの支持を集めつつあった。しかし容赦無い男タチートがFSLNの存在など許すわけがない。重火器とヘリで武装した国家警備隊がFSLNの本拠地を襲撃し、散々に打ち破って壊滅させた。この戦いでFSLNは戦闘要員の半数を失い、生き残ったメンバーもフォンセカと共にキューバに落ち延びた者、グアテマラやコスタリカなどの周辺国へ逃げた者、国内に潜伏する者とバラバラになってしまった。

1971年には、憲法に再選禁止条項があることから自分の大統領再選は難しい判断したタチートは任期の1年延長を提案するが、国会はこれを拒否。すると、タチートは国会を解散させたうえに、憲法まで停止するという暴挙に出た。そして、かつてパパ・ソモサがやったように保守党に取引を持ちかけ、「クピア・クミ協定」と呼ばれる密約を結んで保守党と軍部とソモサ一族による集団指導体制を作り上げた。
翌1972年には首都マナグアでM6.3の大地震が発生し、2万人の死者が出た。本来なら復興支援に当たるべき国家警備隊が略奪行為に走り、各国から集まった約1,000万ドルの義援金は全てタチートが着服して、マナグアの街を瓦礫の山のまま野ざらしにした。
散々蓄財したのだから海外に逃げて遊んで暮らせばいいものを、権力欲に憑かれたタチートは地震の際に発した非常事態宣言を悪用し、どさくさにまぎれて大統領に復帰している。また、1974年には再選禁止条項の廃止に成功し、夢の終身大統領への道を作った。


◆内訌に悩むFSLN、アメリカに睨まれるソモサ政権
一方のFSLNは国内に潜伏するメンバーが次々と逮捕・殺害され、苦しい状況が続く。FSLNは活動の建て直しを迫られるが、その際の方向性を巡って内紛が起こり、GPP派・プロレタリア派・蜂起派の三派に分裂してしまった。分裂を回避すべく各派を説得していたリーダーのフォンセカが1976年に国家警備隊に暗殺されると、GPP派がプロレタリア派をFSLNから除名してしまい、これを期に三派は完全に決裂した。
こうなるとタチートは笑いが止まらない。あまりに激しく笑いすぎたせいか、1977年には心筋梗塞で死にそうになるが、「憎まれっ子世にはばかる」でしぶとく生き返った。

しかしこの年、ジミー・カーターはアメリカ大統領に就任すると、「人権外交」と呼ばれる政策を推進することに。長年ソモサ一族による暴虐の嵐が吹き荒れるニカラグアなどは「人権」という言葉から最も縁遠いだけに真っ先に目をつけられ、人権を尊重しないと援助を凍結するという警告を受けた。
ニカラグアはソモサ一族による圧政が続き、グアテマラやエルサルバドルではまるでオリンピックのように数年に一度の割合でクーデターが起きるなど、中央アメリカ諸国では何十年も酷い政治が続いて庶民の生活は一向に改善されなかった。こんなことがこのまま続けば、第二・第三のキューバ革命が中央アメリカで続発するかもしれない。そんなアメリカの危機感の現れだった。
しかし、馬鹿国にそんなアメリカの気持ちなど分かるはずもなく、同様の警告を受けたグアテマラやエルサルバドルなどは啖呵を切って自ら援助を拒否する始末。しかし、タチートにそこまでやる度胸はなく、大地震以来続いていた非常事態宣言を解除して野党の活動を許可するなど、若干の自由を国民に与えてアメリカに配慮した。

すると、やっぱり途端にあちこちからソモサ政権に対する怨嗟が吹き出してきた。
真っ先に動いたのがダニエル・オルテガ率いるFSLN蜂起派。オルテガは教会活動家と強いパイプを持っていたことから、カソリック教会とその信者の農民の支援を得て闘争を開始した。
一方、FSLNとはスタンスが異なるものの同じく反ソモサを掲げるペドロ・ホアキン・チャモロも「ニカラグア民主解放同盟」を結成し、自分が社主を務める新聞紙で反ソモサ・キャンペーンを張り国家警備隊の不正を連日取り上げた。その不正というのが、兵士から募った献血で集めた血液をアメリカに密売するというビジネス。この当時、国家警備隊はタチートの息子アナスタシオ・ソモサ・ポルトカレーリョ(愛称チグイン)に任されており、こいつが金儲けのためにこの商売を先導していた。ソモサ一族のキチガイぶりは代を重ねるごとに酷くなる一方で、3代目となるこのチグインはタチート以上に凶暴かつ残虐な男だった。趣味が赤ん坊殺しだというのだから、おおよそ人間とは思えない。

※孫ソモサも「アナスタシオ・ソモサ」という名前で区別が付かないので、孫ソモサについては愛称の「チグイン」という名前で標記します。


◆悪の帝国ソモサ政権崩壊
秘密を暴露されたチグインは怒り狂い、1978年1月にチャモロを暗殺した。しかし、これが国民の怒りに火をつけてしまった。
堪忍袋の緒が切れた国民はニカラグア各都市でストライキやデモを立て続けに起こし、ソモサ一族が経営する企業を焼き討ちにするなど、FSLNが期待していた市民蜂起がついに始まった。さらに、マナグア南方の街マサヤのモニンボ地区に至っては住民が国家警備隊を追い出すとバリケードを作って立てこもり、政府への反抗を開始した。FSLNも幹部を送って住民を支援するが、国家警備隊は重火器による砲撃と無差別空爆を行った末に市内へ突入し、住民約200人が死亡した。

リーダーのチャモロを殺された民主解放同盟は職業団体や教会組織とも連携して反政府拡大戦線(FAO)を結成し、2ヵ月後には殆ど全ての労働者と学生が企業や教会・学校を占拠してストライキやデモを繰り返した。
タチートは自分の任期が切れる1981年まで大統領を続けることを明言したが、ニカラグアはもはや内乱状態に陥っていた。普段は政治的発言を控えるはずのカソリックの大司教が「もう我慢ならん。ソモサは退陣せよ」と勧告し、神父が銃を取ってFSLNと共に戦い始めたのだから、ただごとではない。


1978年8月にはFSLNが警備の一瞬の隙を突いて国会宮殿(国会議事堂)の占拠に成功し、国家警備隊参謀長を殺害して国会議員と職員など2,000人を人質に立てこもった。
ソモサ一族の悪行三昧には周辺国も眉をひそめていただけに、こうなると見限るのも早い。FSLNを叩くためとはいえ、以前から国家警備隊に幾度も国境侵犯をされていたコスタリカはソモサ政権の承認を取り消した。パナマやコロンビアは反ソモサ勢力を支援する義勇軍を募り、パナマにいたっては現役の閣僚がその隊長を務めるほどの肩入れようだった。国連もOASもソモサ政権を批難する決議を行うに至っては、ついにアメリカはソモサを見限り、「ソモサ無きソモサ体制の維持」を模索するようになった。アメリカにしてみれば、共産主義者のFSLNに政権を取られるのは最悪のシナリオである。国家の体制はこのまま維持し、大統領の首を挿げ替えるだけで済ませたい。

1979年初頭にはようやくFSLN三派が統一された。FSLNはさらにFAOやその他諸勢力と大同団結し、ニカラグア国内の反ソモサ勢力の大連合が完成した。アメリカはFSLNが革命の主導権を握り始めたことに危機感を抱き、OASを通じて和平調停に乗り出すが、大統領のイスにしがみつくタチートはこれを一蹴してしまった。
そして5月、反ソモサ勢力は最終攻勢を仕掛けた。殆どの市民もゼネストでこれに同調し、ニカラグア全土で一斉蜂起した。ソモサの悪あがきは最後まで続き、国家警備隊による無差別爆撃などで4万人(当時のニカラグアの人口の約6%)が死亡した。しかしFSLNが首都マナグアを包囲した7月、孤立無援となったタチートはついにアメリカへ逃亡した。逃亡者が相次ぎ最後には1万人以下まで減った国家警備隊も無条件降伏し、約40年に及んだソモサ政権は崩壊した。
結局、ニカラグアはキューバの二の舞となり、アメリカが一番恐れていた事態が現実となった。せめて国家警備隊が残っていれば、気に入らない左翼政権ができても後でクーデターで引っくり返すことも可能だったが、もうそれすら不可能となった。

《Part4につづく》

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21:39  |  ニカラグア  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>しかも、アメリカの喉元カスピ海で。
カリブの間違いですよね
ヒドイ誤記すぎる…
ななし |  2011年09月18日(日) 15:39 |  URL |  【コメント編集】

●うはー!かっこ悪い!

ご指摘ありがとう!直しておきました。
今まで気づかなかったとは・・・。いやー、間抜けだ。かっこ悪い。(^^;
にゃおんちゃん |  2011年10月11日(火) 19:35 |  URL |  【コメント編集】

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