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2009.08.19 (Wed)

【世界の香ばしき国々】第53回:ローデシア(Part7)

前回の記事の続きです。ローデシア編は今回で終了となります。


◆落日のローデシア

ポルトガルでカーネーション革命が発生し、モザンビークとアンゴラが共産主義国として独立する見通しとなると、これに衝撃を受けた南アフリカ政府は方針を転換した。隣国(※8)がソ連の支援を受けた共産主義国となれば、自国に対してもゲリラ戦を仕掛けられる危険性があるからだ。
南アフリカ首相B.J.フォルスターはスミス政権を説得し、周辺国やゲリラも交えた会談の場(「ルサカ会談」)をセットする。スミスはルサカ会談において制憲会議の招集、拘禁中の黒人指導者の釈放などを約束するが、間もなく交渉は暗礁に乗り上げたうえに、ローデシア政府がZANUの指導者ンダバニンギ・シトレを逮捕したため、ルサカ会談による協議体制はすぐにパーになってしまった。

1975年4月、スミス政権のわがままぶりに怒った「アフリカ統一機構(OAU)」と南アフリカを除く周辺諸国は、「外交交渉による解決が不可能となった際には、武力闘争の準備をする」と宣言し、悪党をやっつけるためには手段を選ばない姿勢を打ち出した。(ダルエスサラーム宣言)

※8:南西アフリカ
南アフリカはアンゴラとは直接国境を接していないが、その間にある南西アフリカはドイツの植民地だったことから、第一次世界大戦後は国際連盟により南アフリカの委任統治領となっていた。しかし、第二次世界大戦によって国際連盟が消滅すると、南アフリカはどさくさにまぎれて併合して自国領にしてしまった。
結局、冷戦が終結すると特別扱いしてもらえなくなった南アフリカは南西アフリカを手放す羽目となり、南西アフリカは1990年に『ナミビア共和国』として独立した。



1975年8月、フォルスターのセッティングによりスミスと黒人勢力が再び交渉に臨むが、やはり決裂。スミス政権は黒人にも参政権を与えることについては同意していたが、具体的な実施方法や実施時期の話になるとゴネ倒したりすっとぼける姿勢を変えなかったからだ。
要するに「交渉します」というポーズを取るだけで、アパルトヘイトを止めるつもりなんかこれっぽっちも無かったということ。

1976年になるとモザンビークが国境の完全封鎖に踏み切り、輸出入の80%がモザンビーク経由だったローデシアの物流に深刻な打撃を与えた。ローデシアも越境空爆などで報復したものの、そんなことで問題が解決するはずもなく、ローデシアは全ての輸出入を南アフリカ経由で行うことになった。
しかし、こうなると黒人勢力との交渉を望む南アフリカ政府に頭が上がらなくなるうえに、輸送コストが増大して経済にも悪影響が生じる。さらに悪いことに、ローデシアに関する物資を全て取り扱うことになった南アフリカの港湾機能がパンクしてしまい、スミス政権が従来の強硬姿勢を貫くことはもはや不可能となった。

ローデシアが傾き始めるとアメリカが調停に乗り出してきた。共産ゲリラのZAPUやZANUがこのままローデシアを制圧したら困るからだ。モザンビーク、アンゴラに加えてローデシアまで赤化すれば、豊富な天然資源を有する南アフリカやザイールはアカに包囲されることになる。
一方、ローデシアを支援してきた南アフリカもモザンビークとアンゴラが独立したことに加え、国内で激化する反アパルトヘイト運動に対して武力で応酬したため国際社会から袋叩きに遭い、従来のような支援を続けることが困難になりつつあった。

アメリカからはフォード政権で国務長官として外交交渉を一手に引き受けていたヘンリー・キッシンジャーが派遣され、フォルスター首相と共にスミス政権との交渉に当たるが、キッシンジャーの提案は「2年以内にアパルトヘイトを止めろ」という衝撃的なものだった。スミス政権は、助けてくれると思っていたアメリカと南アフリカから「お前はもうおしまいだ」と引導を渡されたのだ。
1976年10月には長年いがみ合っていたZANUとZAPUが和解して統一戦線を結成したため、ゲリラ活動が余計に激化した。ローデシアの白人至上主義体制はもはや風前の灯火となっていた。

フォード大統領とキッシンジャー国務長官
左がジェラルド・フォード大統領、右がヘンリー・キッシンジャー国務長官
キッシンジャーはニクソン&フォードの両政権で外交政策立案・交渉を担い、デタントやベトナムからの米軍撤退を実現させた外交の達人。ともすればハト派と誤解されがちなキッシンジャーだが、チリのアジェンデ政権を叩き潰したり、ローデシアに引導を渡したりと冷徹な一面もある。
ハト派というより、大国間のパワーバランスを重視する現実主義者と言うべきか。




◆ローデシアの終焉

ローデシアの赤化を防ぎたいアメリカと、少しでも自分たちの既得権を保護したいスミス政権は「穏健派の黒人政治家を担いで、白人の既得権を保護しつつも黒人に一定の権利を与えて共産化を防ごう」という戦略を取った。
スミス政権は穏健派黒人指導者アベル・ムゾレワを交渉相手に選び、1978年に3月に「ソールズベリー協定」を結んで白人至上主義体制に終止符を打つことを宣言する。しかし、ここまで往生際の悪い連中があっさりと支配を諦めるわけがない。

ソールズベリー協定の内容は、下院議会100議席のうち72議席を黒人に与えるというものだったが、その一方で各省庁は白人・黒人それぞれ1名ずつの大臣を持ち、しかも国家機関の人事権は白人主体の別組織が握るというシロモノ。おまけに白人が持つ大農場は憲法で所有権を保証して今までどおりのまま。
黒人が大統領や首相になったところで、白人が政府を牛耳って今までどおり甘い汁を吸う、という意図が丸見えである。

1979年4月に総選挙が行われ、第一党となった「統一アフリカ民族会議(UANC)」の党首ムゾレワが首相になった。しかし、反政府ゲリラが投票をボイコットしたため投票率は64.5%と低迷した。国名も黒人に配慮して『ジンバブエ・ローデシア』と改名されたが、白人の小ざかしいやり方は黒人のさらなる怒りを招き、国連やアフリカ諸国はムゾレワ政権を承認せず、アフリカ諸国に突き上げられたアメリカとイギリスも結局ローデシアに対する経済封鎖を解除しなかった。

アベル・ムゾレワとイアン・スミス
左がアベル・ムゾレワ、右がイアン・スミス、真ん中の人は不明。
ランカスター・ハウス協定についてイギリス政府と交渉した際の写真。


国内経済は疲弊し、一方でゲリラの闘争は激化し、どこの国も承認してくれない。この結果に落胆した白人はついにアパルトヘイトによる支配を諦め、イギリスが示した「向こう7年間は土地の所有権を保証し、その後は政府が市場価格で買い取る」「国会議員の20%を白人優先枠とする」という調停案(ランカスター・ハウス協定)に同意した。
ちなみに、この際にスミスは「こんな協定を結ぶなど正気の沙汰ではない」と激怒し、調印を拒否している。しかし、議会はUANCが多数派を占めており、スミスはムゾレワ内閣の閣僚の一人に過ぎない。彼ができることは、交渉場所(イギリス)から立ち去り一人帰国することだけだった。

これまでまるで役立たずだったイギリスだが、1979年にマーガレット・サッチャーが首相になると一転して積極的に動き出し、ランカスター・ハウス協定を成立させると、ローデシア政府と黒人ゲリラの停戦協定、新憲法の制定、それに基づく総選挙の実施、それまでの暫定統治体制等の整備をテキパキと進めた。
イギリスに主導権を握られたことが面白くないZANUとZAPUが文句を言っても、「黙れ!」と一喝している。さすが鉄の女。


こうして、イギリスに反逆して独立したローデシアという国は「存在しなかったこと」になり、一旦イギリス領に復帰してから独立をやり直すこととなった。
1979年12月12日、ローデシア政府はイギリス政府から派遣された提督クリストファー・ソームズ卿に全ての権限を委譲し、14年間の短い歴史を終えた。余談だが、ソームズ卿は「ヒトラーと戦った偉大なデブ」ことウィンストン・チャーチル元首相の娘婿である。

イギリスによる暫定統治を経て、1980年2月に総選挙が行われた。国会の定数は100。そのうち20議席が白人枠なので、残り80議席を巡って選挙戦が繰り広げられた。
結果は社会主義路線を掲げたZANUが57議席を獲得し、リーダーのロバート・ムガベが政府首班(首相)となった。民族主義を掲げたZAPUは20議席、ムゾレワ前首相率いるUANCは3議席と惨敗した。

そして1980年4月18日、南ローデシアは『ジンバブエ共和国』として独立を果たした。世界中がこの独立を歓迎し、その前途を祝福した。それが30年後には国民が「たとえ差別されてもローデシア時代のほうがマシだった」と嘆くほど最低のバカ国に成り下がるとは、このとき誰が予想したであろうか。

ジンバブエ独立式典の様子
1980年4月18日にハラレのルファロ競技場で行われたジンバブエ独立式典の様子。中央のポールからイギリス国旗が下ろされ、ジンバブエ国旗が掲揚されるというシーン。
なお、この式典にはボブ・マーリーが国賓として招待され、コンサートを行っている。音源も残っているので、興味のある人は探してみるといい。



≪ローデシア編終了≫


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20:11  |  ジンバブエ/ローデシア  |  TB(0)  |  CM(9)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

更新お疲れ様です。ローデシア時代も結構ひどいですね。いや、アフリカでは標準的?
keta |  2009年08月21日(金) 17:25 |  URL |  【コメント編集】

●乙でした

がんばってた目的は最低ですが、ローデシアの白人って優秀すぎませんか?
世界を敵に回してそこそこの経済を作り、軍隊は少数精鋭で最強。
その後のジンバブエを見てると白人至上主義者は「それみたことか!」
って思ってそうですね。

次はどこをやってくださるのでしょうか。楽しみに待っています。
ジェム |  2009年08月23日(日) 12:40 |  URL |  【コメント編集】

●勉強になりました

ローデシア編を最後まで読ませて頂きました。本当に勉強になりました。どうもありがとうございます。
次はどんな実に香ばしい国(クズ国家・非承認国家・消滅した国家)が登場するのか楽しみです。ハイル・マイン・フューラー!
羊(陸軍大将) |  2009年08月23日(日) 20:43 |  URL |  【コメント編集】

●コメントありがとうございます

>>ketaさん
黒人を差別する極悪国家だったとはいえ、経済封鎖を食らっても何とか金を稼いで国民を養っていたのですから、ローデシアは実はそんなに酷い国ではなかったのかもしれません。私が話をしたジンバブエ人も「ローデシア時代のほうがマシだった」と言ってましたし。
国連に加盟し各国からも承認されている、いわゆる「真っ当な国」のほうが、独裁は酷いわ国民を殺しまくるわのクズなわけで。


>>ジェムさん
そうなんですよ。南アが「リアル北斗の拳」状態になったのと同様、ローデシアも黒人に対する差別を止めた途端に荒廃してしまったのです。南アほど急激ではありませんでしたがね。
つまり、それまでこっぴどい扱いを受けていた連中に十分な教育や経験を積ませないまま自由だけを与えると、迷走してグダグダの国家運営をしたり、あるいは犯罪者集団になってしまうことが多いようなのです。
前者についてはここに今まで登場したバカ国家がそうですし、後者については南アの黒人や、日韓併合直後に大量に本土に押し寄せて各地でトラブルを起こした不逞朝鮮人が該当します。

民主国家というのは、国民がバカだと機能しないんですね。むしろ余計に混乱するだけという。そう考えると、ある程度社会が成熟するまでは独裁もやむを得ないんじゃないかと。
開発独裁体制を敷いていた国家の独裁者は、決して権力欲に取りつかれていたのではなく、「国民が賢くなるまでは俺が舵取りするしかねーだろ」という危機感があったのではないかと。実際、トルコのケマル・アタトゥルクはそんなことを言ってますし、かつてのシンガポールやマレーシアはかなり強権的な政治体制でしたが、政府の強力なリーダーシップによって経済的安定を手に入れたわけで。

私は中共やミャンマーの軍事政権をボロクソに書いてますが、ああでもしないと国が崩壊しちゃうかもしれないわけで、一種の必要悪的な側面があることは理解しています。


>>羊さん
気長にお待ちくだされ。

にゃおんちゃん |  2009年08月23日(日) 21:38 |  URL |  【コメント編集】

ローデシア編 大変楽しく読ませていただきました。

ジンバブエ崩壊の序章である「白人の農地を政府が買い取り」というのが、
イギリス政府発案というのが初耳でした。
てっきりムガベ発案かと思ってました。
黒人をなだめるのに手っ取り早いし、白人の力削げるし、
他人の国だからどうなろうと知ったこっちゃないのだろうけど、
結構な愚策だとは思わなかったんだろうか・・・


シリーズを通して思うのは、
独裁者だろうと悪政だろうと、たとえ一部の国民の為といえど、
国民のために政治をすると国としては機能するもんですね。
自分の権力のために政治しだすと即ぶっ壊れますけど。
しめじ |  2009年08月30日(日) 23:15 |  URL |  【コメント編集】

●Re: タイトルなし

>>しめじさん

ありがとうございました。
農地の買い取りについては、マイノリティに転落する白人を救うための苦肉の策だったのではないかと思います。
国民を虐げれば国全体が疲弊する訳で、「国民のための政治をしないと国がぶっ壊れる」というのは当然なのでしょうね。
にゃおんちゃん |  2009年09月03日(木) 18:19 |  URL |  【コメント編集】

この文章の内容って、www.rhodesia.jpの文章を参考にしてますよね?
ちゃんと、参考文献として挙げるべきじゃないですか?
参考文献を挙げないと、人のサイトをパクったことになりますよ。
通りすがり |  2009年09月04日(金) 01:52 |  URL |  【コメント編集】

最近までそのサイトの存在を知りませんでした。
知っていたらローデシアを取り上げることもなかったでしょう。
英語と格闘して一生懸命調べたのに・・・(つД`)シクシク
にゃおんちゃん |  2009年09月07日(月) 21:31 |  URL |  【コメント編集】

アフリカ南部のジンバブエで19歳男性が獣姦罪で起訴された
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp1-20120714-982894.html

ジンバブエは凄いところですね。

にゃおんちゃん早く南朝鮮旅行記のつづきを書いてくれ!
名無しのイワンさん |  2012年07月14日(土) 19:12 |  URL |  【コメント編集】

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