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2009.08.05 (Wed)

【世界の香ばしき国々】第48回:ローデシア(Part2)

前回の記事の続きです。

ブログのデザインを変えてみました。見やすくなったと思うのですが、いかがでしょうか?
最初、ヘッダーの部分にソ連国旗を置いてみたのですが、ロクでもない雰囲気が漂ってしまったので、ディナモ・キエフのロゴに変更しました。何だか、ディナモの応援サイトみたいになっちゃいましたね。


◆「アフリカのナポレオン」と呼ばれた男

成金帝国主義者セシル・ローズ1853年にイギリス・ハートフォードシャー州で牧師の息子として生まれたセシル・ジョン・ローズは生まれつき病弱で、鉱山で働いていた兄を頼って気候の良いケープ植民地へと移住する。
やがて健康を取り戻したローズは坑夫となるが、採掘場へ排水ポンプを貸し出す商売で成功すると、ロスチャイルド財閥(イギリスのユダヤ系巨大財閥)から融資を取り付けて南アフリカ中のダイヤモンド鉱山を買い漁った。
悪名高き「デ・ビアス鉱業会社」はローズがロスチャイルド財閥の後ろ盾を得て1881年に設立した会社で、20世紀初頭には全世界で産出されるダイアモンドの90%を独占し、厳しい価格統制を敷いて莫大な利益をあげた。

1888年、ボーア人国家(トランスヴァール共和国とオレンジ自由国)の北にある地域ザンベジア(後の南北ローデシア)が手付かずになっていることに目を付けたローズは、金や武器で各部族の酋長を懐柔して採掘権を確保。さらに地下資源の採掘のみならず、その地域一帯の統治に関する特許をイギリス政府に申請した。当初、イギリス政府は成り上がりのローズを信用しておらず特許を与えることを渋っていたが、ロスチャイルド財閥の支援を受けたローズは政府関係者に猛烈なロビー攻勢を仕掛けて許可を引き出し、1889年に『イギリス南アフリカ会社』を設立してここをを植民地とした。

アフリカの植民地(1914年)← アフリカにおける各国の植民地獲得状況(1914年)
     ※地図をクリックすると拡大します

「NORTHERN RHODESIA」と「SOUTHERN RHODESIA」と書かれている部分がセシル・ローズの獲得した土地。
見てのとおり、イタ公を自力で撃退したエチオピアと、アメリカ様の庇護の下で独立したリベリアを除き、アフリカ全土がどこかの植民地となっている。


イギリス本土の4倍を超える広大な土地を手に入れたローズは、そこを『ローデシア』と命名した。意味は「ローズの家」。こんな名前をつけるセンスから分かるとおり、ローズは傲慢極まりない成金親父かつ筋金入りの帝国主義者で、著書の中で次のような記述を残している。

神は世界地図が、より多くイギリス領に塗られることを望んでおられる。出来ることなら、私は夜空に浮かぶ星さえも併合したい。

実におこがましい男である。

ちなみに、南アフリカは金も大量に産出する国だが、こちらもロスチャイルド家の支援を受けたアーネスト・オッペンハイマーなる男が『アングロ・アメリカン』という会社を設立し、莫大な利益を上げている。後に南アフリカに君臨するオッペンハイマー財閥はこうして生まれた。オッペンハイマー財閥は後にデビアス社を買収し、金・銀・クロムに加えてダイヤモンドの世界市場も牛耳る存在となった。
ローズにしろオッペンハイマーにしろ我々には想像もつかない資産を持つ大富豪なのだが、そんな彼らでさえロスチャイルド財閥の手下に過ぎないのだ。ユダヤ人が嫌われる理由が何となく分かる。


イギリスは「カイロ、ケープタウン、カルカッタを結ぶ三角形の内部を自国の勢力圏とする」基本方針(3C政策)に基づき、ケープタウンからカイロまでアフリカ大陸を南北に縦断する植民地獲得を目指していた。
一方、ドイツやポルトガルは東西に横断する植民地建設を目指していたし、オランダとは南アフリカの支配権を巡って以前から激しく対立するなど、この頃のアフリカでは欧州列強が熾烈な植民地獲得競争を繰り広げていた。

イギリス政府の意向を受けたローズは3C政策推進の尖兵となり、ローデシアの植民地化のみならずケープタウンとカイロを結ぶ鉄道の建設などにも携わった。世界最大の鉱業者となったローズは南アフリカの鉄道・電信・新聞業をも支配し、その経済力をバックに政界に進出すると1890年にはケープ植民地自治政府の首相にまで登りつめた。政治・経済の両面においてアフリカ南部を牛耳る人物となった彼は、「アフリカのナポレオン」と呼ばれた。


広大な土地を手に入れたローズだったが、ケープ植民地とは異なりローデシアには彼が期待していたような豊富な鉱物資源は埋蔵されていなかった。しかし、ローデシアはイギリス政府の直轄地ではなく南アフリカ会社の所有地なので、統治にかかる費用は当然南アフリカ会社が負担しなければならない。
経費ばかりかさんで儲けが薄いことに不満を覚えたローズは、ボーア人国家にある鉱山を手に入れるべく、1895年にトランスヴァール共和国に住むイギリス人に武器弾薬を送りつけて反乱を起こすよう陰謀を企てた。彼らが反乱を起こしたら、邦人保護の名目で南アフリカ会社が保有する軍隊が両国に侵攻し、そのまま併合してやろうという算段だ。ボーア人国家はケープ植民地とローデシアの間にあって邪魔なうえに良質の鉱山が存在する。上手いこと併合できれば一石二鳥である。

ところがローズのこの企みは、現地のイギリス人が蜂起に失敗したうえに侵攻した南アフリカ会社軍がボーア人に包囲されて全軍が捕虜になる、という惨憺たる結果に終わった。ローズの悪巧みはボーア人のみならず世界中からヒンシュクを買い、庇いきれなくなったイギリス政府も彼を見捨てたため、ローズは自治政府首相を辞める羽目となり失脚した。(ジェームソン蜂起)


ボーア人兵士トカゲの尻尾切りでローズを見捨てたイギリスだが、ほとぼりが冷めると再びボーア人国家に対してちょっかいを掛けはじめる。イギリスはこの鬱陶しいボーア人国家を何としても潰して鉱山を手に入れるつもりだった。イギリスは挑発行為を繰り返してボーア人を暴発させると、1899年に両者は戦争(ボーア戦争)を開始した。イギリス軍はボーア人のゲリラ戦に苦しめられ甚大な被害を出したが、何とか勝利して1902年に両国を併合した。
ちなみに、ローズはボーア戦争が始まるとキンバリー(現在の南アフリカ共和国北ケープ州都)にある自分の鉱山を守るため現地へ向かったが、攻め込んできたボーア人の部隊に4ヶ月間も包囲される羽目となり、これが原因で体調を崩して1902年に49歳の若さで病死した。

ローズは生涯独身を通したため、膨大な遺産の大半はオックスフォード大学に寄贈された。大学はこれを元手に「ローズ奨学基金」を設立して優秀な学生に奨学金を提供するが、ローズの遺言により対象となるのはイギリス人・ドイツ人・アメリカ人に限定されていた。(※1)
余談だがビル・クリントン元アメリカ大統領もかつてローズ奨学生としてオックスフォード大学に留学した経験を持つ。「ローズ奨学金を貰ってオックスフォード大学に留学」というのはアメリカ人にとってはエリート中のエリートの証だそうな。

※1:ローズ奨学制度
ローズはアングロ・サクソンこそ最も優れた人種であり、アングロ・サクソンによる支配が人類全体の幸福に繋がると信じていたから。しかし、差別的と批判されたので後に対象者を拡大している。



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18:29  |  ジンバブエ/ローデシア  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

ボーア人側の人種差別とボーア人指導者の頑迷さを
無視して一方的にイギリス側を批難するのはアンフェアかと
名無しさん |  2012年11月07日(水) 04:28 |  URL |  【コメント編集】

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