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2009.08.01 (Sat)

【世界の香ばしき国々】第47回:ローデシア(Part1)

皆様、お待たせしました。「香ばしき国々」、久しぶりの更新です。
今回登場する国は「ローデシア」。かつて南アフリカと共にアパルトヘイト政策を推進し、白人至上主義の極悪国家として世界中に悪名を轟かせましたが、1980年に消滅して今は「ジンバブエ共和国」となっています。

当コーナーの第一回でジンバブエを取り上げており、そこでもローデシアについて少し触れているのですが、何しろあれは3年も前によく分からないまま書いたもの。いずれきちんとした形で書き直したいと以前から思っていました。
今回はローデシアについてのみとしますが、ジンバブエについてもいずれきちんとした形で再登場させたいと思っています。


◆ジンバブエって、どんなハエ?

ハエの名前ではなく、13~14世紀にこの地で栄えた王国の名前が由来。ジンバブエの人口の70%を占めるショナ族の言葉で「石の家」を意味し、その名のとおり彼らは石造建築に関して優れた知識を持っていた。ショナ族の支族であるカランガ族が建設したと考えられているこれら巨大石製建築物群は「グレート・ジンバブエ遺跡」として世界遺産にも登録されており、このどうしようもない国の数少ない観光名所となっている。
現在の「ジンバブエ共和国」と区別するため『グレート・ジンバブエ』と呼ばれているこの王国は、遥か彼方のインドや中国とも交易を行って栄えたという。14世紀に最盛期を迎えるが、あまりに進んだ文明を持ちすぎたせいか森林伐採やそれに伴う土壌疲弊、土砂流出などの環境破壊を招き、旱魃や飢饉等何らかの天災によって15世紀後半には突如として滅びてしまった。

廃墟と化したグレート・ジンバブエ遺跡は19世紀になって白人に発見されるが、そのスケールの大きさや建築技術の高さに驚いた白人研究者は、「未開人の黒人にこんなものを作れるはずがないので、これはアラブ人が作ったものに違いない」と決め付け、記録が残っていないのをいいことに20世紀半ばまでまもとに研究しようとしなかった。
当時、この地域はイギリスの植民地だったり、「ローデシア」なるアパルトヘイト国家が統治していたため、この遺跡は「黒人はアホだから俺達が指導してやらなくてはならない」と考える白人にとって非常に都合が悪かったからだ。

グレート・ジンバブエが衰退するとモノモタパ王国(マンボ王国)やロズウィ王国(ロジ王国)が金や象牙を輸出して栄えるが、16世紀になると他民族が領内に大移動してきたり、黄金に目をつけたポルトガル人の襲撃を受けたりして衰退していった。しかし、ポルトガルには内陸部へ進出するだけの力は無く、ジンバブエはいくつもの小国が分立する状態が続く。
当初、アフリカに進出した白人は基本的に沿岸部に拠点を築いて貿易や奴隷狩りをする程度で、不便なうえに風土病がある内陸部にはあまり積極的に進出しなかった。しかし、18世紀末になるとアフリカは産業革命によって工業化した欧州への原料供給元として注目され、欧州列強は鉱山開発や農場建設のため競って内陸へ進出するようになった。

グレートジンバブエ遺跡
グレートジンバブエ遺跡。世界遺産にも登録されている。


白人がアフリカ大陸南部へ進出したのは17世紀。オランダ人が東インド植民地(現インドネシア)と本国を行き来する際の補給基地を現在のケープタウン周辺に建設したところから始まる。やがてオランダ人やフランス人が基地周辺への入植を開始し、そこは『ケープ植民地』と呼ばれるようになった。入植者は農民が多かったことから比較的すぐに土着化し、彼らは「ボーア人」とか「アフリカーナー」と呼ばれるようになった。
当時のオランダは東南アジアやインド南部、さらには南北アメリカ大陸にも植民地を持つ大国だったが、17世紀後半に英蘭戦争でイギリスに敗れてからは没落の一途を辿り、ケープ植民地も1814年にはイギリスに奪い取られた。

イギリスは他国に先駆けて19世紀前半に奴隷貿易の禁止に踏み切っているが、ボーア人には黒人奴隷の労働力に依存する農場経営者が多かったため、彼らの生活は大打撃を受けた。しかもイギリス統治下では、彼らは「英語を話せない二流市民」として差別された。黒人を差別していたボーア人が、今度はイギリス人によって差別される立場となったのだ。
結局、ボーア人はケープ植民地を捨てて北方の内陸部に大移動し、1852年に『トランスヴァール共和国』、1854年に『オレンジ自由国』という二つの国を建国した。両国は姉妹のような関係で、共通の大統領を戴いていたこともある。

トランスヴァール共和国・オレンジ自由国位置図
トランスヴァール共和国・オレンジ自由国位置図
後に両国とも南アフリカ連邦に併合され、トランスヴァール州、オレンジ自由州となっている。
スワジランドとレソトが残っているのは、ズールー族やボーア人の侵略に悩まされた両国が自ら進んでイギリスの保護領となったため。



内陸へ移動して新国家を建設したボーア人だが、彼らに安息の日が訪れることはなかった。領内で大規模な金やダイヤモンドの鉱床が見つかったからだ。この鉱物資源のせいで両国は再びイギリスから付け狙われることになってしまった。
金やダイヤモンドが埋まっているのが分かった以上、掘り出さない手は無い。しかし、農場経営者が多いボーア人は金やダイヤを掘り出すための技術も資金も持っておらず、結局は多数のイギリス人資本家や技術者が両国へ進出することを許す羽目となった。
ボーア人は「俺達、また追い出されちゃうのか?」と警戒心を募らせ、イギリス人に参政権を与えず、さらに彼らが起こした事業に対して重税を課したため、イギリスとの関係はさらに険悪になった。

一方、その両国の北に広がる未開の地ザンベジア(後のローデシア)はまだどこの植民地にもなっていなかったが、19世紀半ばにイギリス人探検家デイヴィッド・リヴィングストンによってこの地の様子が欧州に伝わると、セシル・ローズなる実業家が進出してこの地で鉱山開発に乗り出す。

19世紀半ばに撮影されたボーア人一家の写真 
19世紀半ばに撮影されたボーア人一家の写真


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21:03  |  ジンバブエ/ローデシア  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

このシリーズ、待ってました!
ムガベの前がよくわからなかったので期待してます。
  |  2009年08月02日(日) 09:01 |  URL |  【コメント編集】

●お久し振りです、総統閣下

1年以上雲隠れしておりましたが、久し振りに遊びに参ります、総統閣下。

個人的には、消滅した国ではユーゴスラビアとビアフラ共和国についての記事を期待しております。後、ソマリア編とカンボジア編、ハイチ編のリメイクも密かに楽しみにしてます。

今後も「世界の香ばしき国々」の更新を密かに楽しみにしてますぞ。ハイル・マイン・フューラー!
羊(陸軍大将) |  2009年08月02日(日) 21:56 |  URL |  【コメント編集】

復活おめでとうございます。
名無しのイワンさん |  2009年08月05日(水) 17:29 |  URL |  【コメント編集】

ありがとうございます。頑張ります。
にゃおんちゃん |  2009年08月06日(木) 20:23 |  URL |  【コメント編集】

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