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2006.04.09 (Sun)

【世界の香ばしき国々】第8回:アルバニア - スターリン原理主義とネズミ講の国

さて、久しぶりの「香ばしき国々」更新です。
今回はついに欧州の国が登場。欧州といえども、変な国は探せばあるものです。

◆国民の1/3がネズミ講に騙された国
おまいら、ネズミ講って知ってますか?正確には「無限連鎖講」、またの名を「マルチ商法」とか「ネットワーク・ビジネス」とかいうアレだよ。一時期は社会問題になり、取り締まりも強化されて下火になったが、インターネットの普及によって近年再び増加傾向にあるアレだ。
さて、おまいら、ちょっと想像してみてください。

アムウェイ社やタッパーウェア社が破産して無一文になった何万人もの民衆が泥酔して首相官邸を包囲し、銃をぶっ放しながら「金返せ、バカヤロー!」と暴れる光景

こんなこと、有り得ないでしょ?ところがこういうことが本当に起こるのが馬鹿国クォリティ。1997年にアルバニアという国で実際に起きた出来事なんだ。

ネズミ講の被害に遭った民衆は、その怒りの矛先をネズミ講の胴元ではなく何故か政府に対して向け、国内のあちこちで街頭デモを始めた。数に勝るデモ隊は機動隊を蹴散らすと、いつのまにか暴徒と化し、政府機関の建物に次々と放火。暴徒の勢いはとどまるところを知らず、軍や警察の武器庫を襲撃して武器を奪い、無関係の商店や銀行に押し入る始末。ついには、いくつかの主要都市は暴徒に乗っ取られて無政府状態と化し、大統領が非常事態宣言を発令し、欧州安全保障協力機構(OSCE)に治安維持部隊の派遣を要請する事態となった。
うーむ、香ばしすぎるぞ、アルバニア!


にゃおんちゃんはアルバニアとシルバニアの区別もつかなかったアホだが、きっと他にもそういうアホは10人くらいはいるだろうから、そういう人達のために一応説明しておく。

アルバニア国旗アルバニアはバルカン半島南部アドリア海に面し、セルビア・モンテネグロ、マケドニア、ギリシャに囲まれた山岳地帯にひっそりと位置する国。昔、学校の地理の授業ではアルバニアは共産主義国と習ったのだが、「すぐ隣に共産主義で連邦制のユーゴスラビアがあるのにどうしてここだけ独立国?」と不思議に思ったのはにゃおんちゃんだけではないだろう。

アルバニア位置図今でこそアルバニアといえばネズミ講暴動のエピソードが有名だが、昔はこの国の名物といえば「鎖国」。東側の国はどこも閉鎖的だったとはいえ、アルバニアの鎖国政策はかなり厳重で、情報が殆ど伝わってこない謎の国だった。わずかに伝わってくる情報も、「アルバニアでは車が走ってないので、信号機は首都のティラナにひとつあるだけ」とか、「未だに牛や馬を使って畑を耕してる」とかロクでもないものばかり。
時代に逆行している国といえば今では北朝鮮が有名(あの国は既に1940年代を通り越し、1920年代に突入中)だが、昔はアルバニアが「中世に逆戻りしている国」として有名だった。

面積は約29万k㎡(四国の約1.5倍)、人口は310万人、一人当たりGDPは2,500$(2005年)。この国が絶対に欧州最貧国に違いないと思っていたら、何と旧ユーゴの貧乏国(マケドニアやボスニア・ヘルツェゴビナ)やウクライナ、モルドバよりも豊かではないか。何をしてそんなに稼いでいるのだ?
あ、それからノーベル平和賞を受賞したかの有名なマザー・テレサは、本名をアグネス・ゴンジャ・ボヤジュといって、実はアルバニア人。ただし、マケドニア出身だが。


◆独立までの道程
実は、アルバニア人は謎の民族。彼らの話す言語(アルバニア語)は、インド=ヨーロッパ語族に属するとはいえ、スラブ語族ともラテン語族とも全く異なる独自の言語。民族としての正確な出自には不明な点が多く、古代イリュリア人が祖先なのではないかと言われているが、そもそもイリュリア人自体に謎が多い。ローマ帝国時代には最後の軍人皇帝として有名なディオクレティアヌス帝など数人の皇帝を輩出した民族にも関わらず、忽然と歴史から消え去ってしまったのだから。
バスク人にはかなわないが、アルメニア人に匹敵する怪しさである。

4世紀の東西ローマ分裂後は当然のことながらビザンチン(東ローマ)帝国に帰属したが、ビザンチン帝国の衰退によって14世紀にはセルビア王国に併合される。しかし、15世紀になるとオスマン・トルコ帝国がビザンチン帝国もセルビア王国も攻め滅ぼし、バルカン半島の支配者となる。
すると、アルバニア人はイスラム教に改宗するなどしてオスマン帝国に取り入り、それまでとは逆にセルビア人を弾圧しコソボ地方を奪い取ったりしている。

20世紀に入り西欧列強との争いに敗れたオスマン帝国が衰退し始めると、帝政ロシアの後ろ盾を得たギリシャやセルビアなどのバルカン諸国は同盟を結んでオスマン帝国に対抗し、1912年の第一次バルカン戦争で勝利してトルコ人を追い払った。
こうなると、今までオスマン帝国に媚びへつらっていたアルバニア人の立場は悪くなる。「僕達だってオスマン帝国に支配されていた民族なんですよ!」と被害者面して独立を宣言するもののバルカン諸国がそれを認めるはずもなく、周辺各国によって領土を分割されそうになる。うーむ、そういえば日本の隣にもこんな奴らがいましたね。
バルカン諸国の台頭を嫌ったオーストリアやイタリアの政治的介入によってかろうじて独立は死守したものの、コソボはセルビアとモンテネグロに取り上げられ、アルバニア人に与えられたのは役立たずの山岳地帯ばかりだった。
ともあれ、1912年に一応「アルバニア共和国」として独立を達成した。


◆共和制→絶対王政→共産主義
独立したのもつかの間、1914年に第一次世界大戦が勃発すると、アルバニアは各国の軍隊の通り道となり、ドサクサ紛れにそのまま駐留されて殆ど解体状態に陥ってしまった。
しかし、アラーの神はアルバニアを見捨てなかった。
第一次世界大戦の最中にアルバニアに石油が発見されたため、アメリカ・イギリス・イタリアといった列強が石油利権を狙ってアルバニア分割を阻止したのだ。

ゾグー1世1925年にアフメド・ゾグーが大統領になると、彼はイタリアに接近し、大量のイタリア資本を国内に誘導することで政権を強固なものにした。ゾグーはセルビアから支援を受けて政権を奪取したくせに、あっさりとセルビアを裏切ってイタリアに走ったことから分かるとおり、権力欲に取りつかれた独裁者で、'28年には王政を敷きゾグー1世として即位した。
ゾグーは、バルカン諸国の中でも群を抜いて貧しかったアルバニアをイタリア資本を使って近代化したり、氏族社会を解体して均質なアルバニア国民を形成しようとしたという功績はあるものの、独裁が酷く民衆に恨まれたうえにベニート・ムソッソリーニ率いるイタリア・ファシスト党政権と対立して、 '39年にギリシャへ放逐されている。以後、第二次世界大戦終了までアルバニアにはイタリアの傀儡政権が置かれ、保護領という扱いを受けることとなる。

第二次世界大戦中、バルカン半島南部では後にユーゴスラビア連邦人民共和国を建国するヨシップ・チトー率いる共産ゲリラ「チトー・パルチザン」が枢軸国を相手に抵抗運動を繰り広げていたが、アルバニアでもエンヴェル・ホッジャ率いるアルバニア共産党がゲリラ活動を行っていた。
枢軸国が第二次世界大戦に敗退すると共産党がアルバニアを掌握し、1946年に「アルバニア人民共和国」が建国され、ホッジャが最高指導者に就任した。


◆スターリン主義でGO!
建国直後は同じ共産主義国であるユーゴスラビアと良好な関係を持ち、国家予算の50%に匹敵する額の援助を受けていた。しかし、ホッジャは筋金入りのマルクス=レーニン主義者でスターリンを崇拝していたことから、ユーゴスラビアがソ連とは異なる独自の社会主義国家建設を目指すようになると、チトーを「この修正主義者め!」と罵り、'48年には断交してしまった。

修正主義と戦う偉大なる同志エンヴェル・ホッジャ書記長その後、「小中華」ならぬ「小ソ連」を目指してスターリン主義路線を爆走していたアルバニアだが、1956年に思わぬ事態に直面する。フルシチョフのスターリン批判だ。
スターリンの死後、ソ連の最高指導者となったニキータ・フルシチョフはスターリン批判を行い、それまでは異なる国家運営を行い始めた。

共産主義の総本山を自負するソ連は、ユーゴスラビアのような独自の方法による国家運営など当然認めず、スターリン時代の1948年にユーゴをコミンフォルムから追放し、両国の関係は断絶していた。「小ソ連」を自負するアルバニアは当然ソ連に付き従い、重要な援助元だったにも関わらずユーゴと断交までしている。にも関わらず、当の総本山たるソ連が日和見主義に走り、スターリンを批判してユーゴスラビアとの関係を修復しようとしているのだ。これではアルバニアの立場が無い。
ホッジャは、自分に対してもユーゴとの和解を囁くフルシチョフを「この修正主義者め!」と罵り、'61年にはソ連とも断交してしまった。


絶対絶命のピンチに陥ったアルバニアだったが、しかし世界にはまだ強力なスターリン主義者がひとり残っていた。
そう、毛沢東である。

中国もフルシチョフのスターリン批判に憤慨した国のひとつだった。毛沢東自身がスターリン主義の中国版ともいえる毛沢東主義で国家運営を行っているのだから、本家にそれを否定されるようなことを言われては立場が無くなるわけで、中ソ関係は急激に悪化した。そういう訳で、中国にとってアルバニアは思想を共にする同志であることから、毛沢東はアルバニアに対して様々な援助を行うようになった。

1960年代半ば、ハンガリーやチェコスロバキアはフルシチョフのスターリン批判を受けて、「人間の顔をした社会主義」というスローガンを掲げてより穏やかな共産主義を模索し始めた。すると、これが自国に波及することを恐れたソ連を始めとする周辺国は、ハンガリーとチェコスロバキアに軍事介入を行い、この改革運動を叩き潰した。
これを見てすっかり震えあがったアルバニアはワルシャワ条約機構から脱退し、ソ連を仮想敵国として国民皆兵政策を取り、国民殆どに行き渡る量の銃器を中国から買い漁った。ワルシャワ条約機構は東側諸国が西側へ対抗するための軍事同盟だが、これに加入しているが故にハンガリーやチェコスロバキアの場合のように軍事介入の口実にされかねない。もっとも、ハンガリーやチェコスロバキアとアルバニアは立ち位置が正反対だが・・・。こうして、経済面のみならず軍事面でも、遠く離れた中国だけがアルバニアにとって唯一の頼みの綱となった。
ちなみに、「俺達もああいう目に遭うかもしれない」と思ったのはユーゴスラビアも同じなのだが、彼らは西側と人や物の交流を盛んにすることで自国をソ連の横暴から守ろうとした。アルバニアとは随分対照的である。

ホッジャは、自分と並ぶ最後のスターリン主義者(貧乏国の馬鹿ゲリラの頭目などは除く)である毛沢東に惚れ込み、1967年には文化大革命に刺激を受けて、自国にもその思想を持ち込んだ。
といってもアルバニアの場合はあまり過激なことは行われず、せいぜい宗教が禁止になった程度。そのかわり、「我が国は世界初の無神国家である!」とわざわざ宣言し、憲法を改正して法律上でも宗教を禁止にしてしまった。というわけで、全ての教会やモスクは閉鎖。閉鎖後は、破壊したり焼き払ったり、あるいは倉庫やスポーツクラブに改造するという徹底ぶり。スターリン時代のソ連ですらここまでやってない。宗教弾圧に関しては、アルバニアは師匠超えを達成した。


◆欧州のヒッキー国家
どこまでも一貫してスターリン主義を信奉し、それを曲げるようなことを言う奴は相手が誰であろうと「この修正主義者め!」と罵るホッジャは、個人的には結構好きだったりするのだが、そんなものに付き合わされる国民はたまったものではないだろう。実際、援助元がユーゴ→ソ連→中国と「より貧乏な国」に移り変わっている訳で、アルバニアの経済は苦しくなっていく一方だった。
そんな頑固一徹、骨の髄までスターリン主義者のホッジャにもついに年貢の納め時がやってきた。

1972年、アメリカ大統領リチャード・ニクソンが中国を訪問。中国もこれを受けて米中共同声明(上海コミュニケ)などを通じて対アメリカ政策の転換を発表した。中国が文化大革命を終息させ方針変更を打ち出していたときからアルバニアと中国の仲はギクシャクし始めていたが、ニクソンの中国訪問がトドメとなった。ホッジャは「この修正主義者め!」と毛沢東すらも罵り、米中が国交を樹立する前年の'78年には中国とも断交してしまった。
こうして、スターリン主義に固執し続けた結果、お友達が誰もいなくなったアルバニアは徹底した鎖国政策を取り、引きこもりと化す道を選ぶ。
そして、ホッジャは'85年に76歳で死去した。 葬儀に際してはホッジャの遺言により他国からの弔問は弔問外交の場になるとしてことごとく拒否され、ソ連からの弔電は送り返されたという。


決して多くなかった中国の援助すら失ったアルバニアは極貧の一途を辿り、「欧州一の貧乏国」とか「未だに中世のような生活をしている国」などと馬鹿にされるようになる。
そして1991年のソ連崩壊を受けて、ついに一党独裁による共産主義体制を放棄し、複数政党による民主化、国際社会への復帰による外資導入を目指すこととした。国名も「アルバニア共和国」に変更されている。

'92年の総選挙では与党社会党(元アルバニア共産党)が大敗し、野党民主党が圧勝する。これを受けて、ホッジャの死後国家指導者の地位にあったラミズ・アリアが大統領を辞任し、民主党の党首であるサリ・ ベリシャが新大統領に就任した。
ベリシャはIMFの指導の下、民主化・民営化・開放・外資導入による経済改革を進め、一定の成果を上げた。中国からの援助が止まって以来ズタズタだった経済も徐々に回復し、'95年にはGDPがプラスに転じた。この頃のアルバニアのマクロ経済指標は東欧諸国の中でもトップクラスだったという。元が酷かったとはいえ、この国は急激に経済発展していたのだ。
ところが・・・。


◆ネズミ講騒乱
アルバニアでは、1990年代前半から多数のネズミ講投資会社が月利10~35%という高金利をうたい文句に国民に投資を呼びかけていた。始めのうちはきちんと支払いが行われていたため、出資者は次第に増加し国民の1/3がネズミ講に投資したという。しかし、新しい参加者がいなくなった時点でネズミ講は破綻する。
そして'97年、限界に達したネズミ講会社が次々と破綻。自分の預金が全て消失したことを知った国民は自分の貪欲さとマヌケさを棚に上げて、国のいたるところで暴れ始めた。ネズミ講被害者の人数があまりにも多かったため機動隊はあっという間に蹴散らされ、軍や警察の武器庫を襲撃した暴徒がそこらじゅうで銃をぶっ放し始め、アルバニアは無政府状態に陥った。

不思議なことに民衆の怒りは倒産した投資会社ではなく、政府に向けられた。その理由として投資会社と政府や与党との癒着が挙げられている。政府の役人や与党・民主党員など国家の中枢に位置するエリート達の多くがネズミ講に出資しており、ネズミ講会社のCMは国営テレビでも流されていたという。そこで、多くの国民はこれらの会社は政府と深いつながりがある優良企業と思い込み、「それじゃ俺も」と出資したのだという。
しかし、ネズミ講が破綻した後、エリート達は既に出資金を引き上げていて、被害を受けたのは後から入会した庶民であることが発覚した。そりゃ皆怒るわな。

頭に血が上ったアルバニア人たちは、アルバニアに滞在する自国民を救出に来た外国のヘリに向かって対空砲火を行ったり、軍事基地から戦車を盗み出して、それで銀行を破壊して金を強奪したりと、やりたい放題。外務省も襲撃され、そこから持ち出された名前の記されていないアルバニア・パスポートが100$で売られていたという。
このときに不正に持ち出された武器は63万点、爆発物は6300tにのぼるが、現在までに回収されたのはたったの4%。武器の大半は今でも各家庭の裏庭や物置に隠されているに違いない。


ここまで酷くないが、旧ソ連諸国などでもネズミ講は社会問題になっている。私有財産を否定する共産主義国の国民が、投資に対するリスクなど理解している訳がない。しかも、アルバニアは1990年まで鎖国状態だったため、国民の経済に関する知識や情報は他の東欧諸国以上に乏しかった。
何しろ、被害総額がGDPの30~40%に匹敵するというのだから尋常ではない。ちなみに、いち早くこれに気づいた国際経済機関がアルバニアに注意を呼びかけたところ、 「ネズミ講が廃れる訳がない。国内に加入者がいなくなったら、対象者を国外に広げればよい」という答えが返ってきたそうである。アルバニア人の知識はこの程度なのだ。

このネズミ講の正体はコソボ解放軍(KLA)の資金源となっているアルバニア人マフィアが、麻薬密売やユーゴ紛争時に経済制裁を食らって物資が不足していたセルビアなどへの密輸で儲けた金のマネーロンダリング用に作った組織と言われている。他にもイタリア・マフィアやリビアなどとのつながりも見え隠れし、とにかく怪しさ1,000%の組織だ。
アルバニアはイタリアとユーゴの間にあり、かつ誰も知らない、取るに足らない貧乏国である。その手の組織を動かすには何かと都合が良い。しかし、そんな国で多額の金が動けば、すぐに当局や国際機関から怪しまれる。だから、金の出所をカモフラージュするためのネズミ講、という訳だ。
しかし、アルバニア国民があまりにお馬鹿なせいで急速に巨大化したことと、いくつかのネズミ講組織が資金をショートさせ、一部の投資家たちが一斉に資金を引き上げたために銀行で取り付け騒ぎが起こり、それが原因で全てが破綻してしまったらしい。
ちみなに、マフィアはこのネズミ講で儲けた金でアルバニア国内の不動産や企業を買い漁り、アルバニア政府に対して大きな影響力を持つようになったという。


◆その後のアルバニア
ネズミ講騒動がまだ完全に治まらない中行われた1997年の総選挙では、当然ながら民主党は敗北。単独過半数を獲得した社会党を中心とする左翼政党5党からなる中道左派連立政権が成立した。この選挙結果を受けてベリシャは辞任し、社会党書記長のレジェプ・メイダニが新大統領に就任した。
その後、2002年の大統領でアルフレッド・モイシウ元国防相が新大統領に選出されている。

2000年にはWTO加盟も果たし、1990年代半ばには500$以下だった国民一人当たりのGDPが、2002年には1,560$、2005年には2,500$と急成長を遂げている。
なんだ、おまいら、やればできるじゃないか。

テーマ : 東欧 - ジャンル : 海外情報

23:24  |  アルバニア  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●めちゃくちゃおもしろい

はじめまして、アルバニア史めちゃくちゃ楽しく読ませていただきました(笑)
よくここまでライトに書き上げましたね、深い知識と管理人様のユーモアに感激です。
独裁者がやりたことやり出したらもう目も当てられないのは、有史以来無くなりませんねw
ちなみに2chのなんJ板のまとめサイトの「世界史で一番草が生えた出来事といえば」というスレッドにアルバニアねずみ講とあり、検索したら貴サイトに辿り着きました。

徹底鈍行 |  2013年03月31日(日) 08:02 |  URL |  【コメント編集】

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