2008.10.20 (Mon)
2008ベラルーシ・ウクライナ旅行記(その17)
前回の続きです。
◆サーシャとトリシャンカ
ネスヴィジ城へやって来たが、閉館時刻を過ぎていて入城できず。現地に住む中学生スパルタクの案内で城に隣接する公園へ向かう。公園自体はミンスクやキエフなどこれまで訪れた都市にあるものと別に何ら変わりは無い。木々が生い茂る林の中に花壇や遊歩道が整備されている。
しかし、スパルタクは実に雄弁で、ラジヴィル家に関する逸話や言い伝えを次から次へと披露してくれる。どこで覚えたのか尋ねたところ、祖母から教わったそうな。その土地の歴史がこうやって語り継がれるなんて素晴らしいね。
スパルタクは色々と話してくれたが全部は無理なので、その一部を紹介しましょう。

左:ラジヴィル公が飼っていた犬。胸にラジヴィル一族の証であるペンダントをしている。
ラジヴィル公は熊を飼っていたが、城から逃げ出しこの森に住み着いた。その熊はやがて大きくなって人に危害を加えるようになったため、ラジヴィル公は犬を使って熊を追う。しかし、熊の反撃に遭った際にこの犬がラジヴィル公をかばって死んでしまった。犬の忠誠心に心を打たれたラジヴィル公は一族の証であるペンダントを捧げ、このモニュメントを作ってその死を悼んだ。
右:ラジヴィル公の娘マリナ。
彼女は身分の低い男に恋をしたが、所詮許されぬ恋。二人は密会を重ねていたが、やがてラジヴィル公にバレてしまい男は殺された。マリナは男の死を嘆き悲しみ、何日も屋外で泣き続け、やがて凍死してしまった。このオブジェは凍死した際の彼女の姿らしい。

1941年にドイツ軍がこの地に侵攻し、この場所で1,500人の地元民を虐殺したことを示す石碑。
夜には来たくない場所だな・・・。
にゃおんちゃん、マリナ、スパルタクの三人で歩いていると、やがてとこからともなく二人の子どもが加わった。二人ともスパルタクの友達らしい。年を聞くと14歳と12歳とのこと。
一人は普通のベラルーシ人の子どもだが、もう一人は丸坊主で浅黒い肌を持ち、耳にピアスをしている。ジプシーの子だ。
で、この子が実に面白い。クリクリした目が利発そうな印象を醸し出す、実に面白い子である。
「ねぇねぇ、あなたはどこから来たの?」
「日本だよ」
「日本?この公園にはヤポンスキー・パークがあるんだよ!」
「ヤ、ヤポンスキー・パーク??」
日本庭園でもあるのか?スパルタクに尋ねると、日本から輸入した木を植えてあるらしい。マリナは「それってサクラ?」と目を輝かせている。よし、後で行ってみよう。
この子の面白い台詞はさらに続く。にゃおんちゃんがマリナと英語で、スパルタクと片言のロシア語で話しているのを見た彼はこう言った。
「あなたは何ヶ国語を話せるの?」
「日本語と英語、それからロシア語を少し」
「三ヶ国語だね。でも俺も三ヶ国語を話せるんだよ!」
「へー、君は何を話すんだい?」
「えーと、ロシア語でしょ、ベラルーシ語でしょ、それからトリシャンカ!」
一同爆笑。
トリシャンカ(トラシャンカ)ってのはこの辺りのジプシーが話す言葉で、ベラルーシ語、ロシア語、ウクライナ語、ポーランド語がゴチャ混ぜになったもの。到底、まともな言語と呼べるものではない。ちなみに、ルカシェンコが話す言葉もトリシャンカだそうな。
にゃおんちゃんも負けずに一発カマす。
カメラをバッグから出し入れする際にミンスクで購入したルカシェンコ切手を落としてしまった。「おぉ、いかんいかん。これはとても大事なものなんだよ」と言いながら拾い上げると、子ども達が興味を示して覗き込んできた。そこで一言。
「俺の友達、サーシャ」
子ども達、爆笑。マリナも笑っている。そんなにウケるとは思わんかった。
サーシャってのはアルクサンドルの愛称。ロバートのことをボビーと言ったりするのと一緒。ルカシェンコ親父のことをサーシャと呼んだのがよほど可笑しかったらしい。
ミンスクの街中で「ルカシェンコ、ルカシェンコ」とデカい声で話していると周りの人がギョッとしてしまうため、悟られないように「サーシャ」と言うことにしたのがきっかけ。この国で暮らす大佐&マリナへのささやかな配慮である。
日本では街中でデカい声で「福田のアホ、麻生のボケ」と言ったところで誰も気に留めないが、この国ではそうはいかない。もちろん、いくら圧政国家ベラルーシといえどもルカシェンコの悪口を言ったくらいで逮捕されることは無い。しかし、そこは壁に耳あり障子に目あり。運悪くそばに当局の人間がいたりすると、後で大佐やマリナに迷惑がかかるとも限らない。

公園の様子。綺麗に整備されています。
《つづく》
◆サーシャとトリシャンカ
ネスヴィジ城へやって来たが、閉館時刻を過ぎていて入城できず。現地に住む中学生スパルタクの案内で城に隣接する公園へ向かう。公園自体はミンスクやキエフなどこれまで訪れた都市にあるものと別に何ら変わりは無い。木々が生い茂る林の中に花壇や遊歩道が整備されている。
しかし、スパルタクは実に雄弁で、ラジヴィル家に関する逸話や言い伝えを次から次へと披露してくれる。どこで覚えたのか尋ねたところ、祖母から教わったそうな。その土地の歴史がこうやって語り継がれるなんて素晴らしいね。
スパルタクは色々と話してくれたが全部は無理なので、その一部を紹介しましょう。

左:ラジヴィル公が飼っていた犬。胸にラジヴィル一族の証であるペンダントをしている。
ラジヴィル公は熊を飼っていたが、城から逃げ出しこの森に住み着いた。その熊はやがて大きくなって人に危害を加えるようになったため、ラジヴィル公は犬を使って熊を追う。しかし、熊の反撃に遭った際にこの犬がラジヴィル公をかばって死んでしまった。犬の忠誠心に心を打たれたラジヴィル公は一族の証であるペンダントを捧げ、このモニュメントを作ってその死を悼んだ。
右:ラジヴィル公の娘マリナ。
彼女は身分の低い男に恋をしたが、所詮許されぬ恋。二人は密会を重ねていたが、やがてラジヴィル公にバレてしまい男は殺された。マリナは男の死を嘆き悲しみ、何日も屋外で泣き続け、やがて凍死してしまった。このオブジェは凍死した際の彼女の姿らしい。

1941年にドイツ軍がこの地に侵攻し、この場所で1,500人の地元民を虐殺したことを示す石碑。
夜には来たくない場所だな・・・。
にゃおんちゃん、マリナ、スパルタクの三人で歩いていると、やがてとこからともなく二人の子どもが加わった。二人ともスパルタクの友達らしい。年を聞くと14歳と12歳とのこと。
一人は普通のベラルーシ人の子どもだが、もう一人は丸坊主で浅黒い肌を持ち、耳にピアスをしている。ジプシーの子だ。
で、この子が実に面白い。クリクリした目が利発そうな印象を醸し出す、実に面白い子である。
「ねぇねぇ、あなたはどこから来たの?」
「日本だよ」
「日本?この公園にはヤポンスキー・パークがあるんだよ!」
「ヤ、ヤポンスキー・パーク??」
日本庭園でもあるのか?スパルタクに尋ねると、日本から輸入した木を植えてあるらしい。マリナは「それってサクラ?」と目を輝かせている。よし、後で行ってみよう。
この子の面白い台詞はさらに続く。にゃおんちゃんがマリナと英語で、スパルタクと片言のロシア語で話しているのを見た彼はこう言った。
「あなたは何ヶ国語を話せるの?」
「日本語と英語、それからロシア語を少し」
「三ヶ国語だね。でも俺も三ヶ国語を話せるんだよ!」
「へー、君は何を話すんだい?」
「えーと、ロシア語でしょ、ベラルーシ語でしょ、それからトリシャンカ!」
一同爆笑。
トリシャンカ(トラシャンカ)ってのはこの辺りのジプシーが話す言葉で、ベラルーシ語、ロシア語、ウクライナ語、ポーランド語がゴチャ混ぜになったもの。到底、まともな言語と呼べるものではない。ちなみに、ルカシェンコが話す言葉もトリシャンカだそうな。
にゃおんちゃんも負けずに一発カマす。
カメラをバッグから出し入れする際にミンスクで購入したルカシェンコ切手を落としてしまった。「おぉ、いかんいかん。これはとても大事なものなんだよ」と言いながら拾い上げると、子ども達が興味を示して覗き込んできた。そこで一言。
「俺の友達、サーシャ」
子ども達、爆笑。マリナも笑っている。そんなにウケるとは思わんかった。
サーシャってのはアルクサンドルの愛称。ロバートのことをボビーと言ったりするのと一緒。ルカシェンコ親父のことをサーシャと呼んだのがよほど可笑しかったらしい。
ミンスクの街中で「ルカシェンコ、ルカシェンコ」とデカい声で話していると周りの人がギョッとしてしまうため、悟られないように「サーシャ」と言うことにしたのがきっかけ。この国で暮らす大佐&マリナへのささやかな配慮である。
日本では街中でデカい声で「福田のアホ、麻生のボケ」と言ったところで誰も気に留めないが、この国ではそうはいかない。もちろん、いくら圧政国家ベラルーシといえどもルカシェンコの悪口を言ったくらいで逮捕されることは無い。しかし、そこは壁に耳あり障子に目あり。運悪くそばに当局の人間がいたりすると、後で大佐やマリナに迷惑がかかるとも限らない。

公園の様子。綺麗に整備されています。
《つづく》
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