2017年10月 / 09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2008.09.10 (Wed)

2008ベラルーシ・ウクライナ旅行記(その11)

前回の続きです。

◆博物館でグロ写真

大祖国戦争史国立博物館にやって来た。どんなものがあるか、見てみよう。

キエフの大祖国戦争博物館と同様、ここでも時系列に従って展示物が並んでいる。キエフと比較すると兵器や銃の展示物が多いが、逆に資料はあまり充実してなくて、殆どが写真からおこしたパネル。

「たいしたもん無ぇなぁ~」なんて思いながら見ていたところ、ナチスの将校がパルチザンを処刑している写真が平気で展示してあって驚く。とっ捕まえたパルチザンの首に縄をかけて次々と処刑していくのだ。女性だろうがおかまいなしで、処刑した後は見せしめとして吊るしておく。うーむ・・・凄い。結構グロいので写真は貼りませんよ。しかし、子どもも見に来るだろうに、こんな写真を展示しておいていいのか?
ベラルーシはパルチザン活動が活発な土地だったので、その分ナチスの統治も苛烈なものとなり、約200万人が死んだと言われている。単純計算で4人に1人が死んでいることになる。

独ソ戦当時のソ連首脳陣   赤軍の将軍様達
左:独ソ戦当時のソ連首脳陣。スターリン、モロトフ、カガノヴィッチ・・・悪党が勢揃いです。
右:その悪党に振り回された将軍様達。ティモシェンコ、ジューコフ、ブジョーンヌイ等々。

1937年式40mm対戦車砲
1937年式40mm対戦車砲。パンターやティーガーには効きません。

1941年のレーニン広場
1941年のレーニン広場。ドイツ統治下なのでレーニン像が倒されて台座のみ残っています。
後ろにある巨大な政府のビルはこの当時からあったのですね。


最後に何故かピョートル・マシェロフ(元ベラルーシ共産党第一書記)に関する展示物があった。1970年代に活躍した政治家なので、第二次世界大戦は関係ないはずだが・・・?
マシェロフはベラルーシで「グラスノスチ(情報公開)」の先駆けのようなことをした人で、人民からの人気が高かったらしい。ブレジネフの後継者のひとりと言われていたが、1978年に交通事故で死んでいる。KGBの関与が疑われているところが、とってもソ連。

特に珍しいものは無かったが、結構面白かった。300円でこれだけ楽しめれば十分。



◆勝利広場で敗北感を噛み締める

大祖国戦争史国立博物館から独立通りに沿って北へ向かうとスヴィスラチ川があり、その両岸には公園が広がっている。公園へ入ると、噴水で男の子がいたずらしているのが見えた。その子は水の噴き出し口をふさいで右に左に水を飛ばして遊んでいた。
横に立ってその様子を眺めていると、男の子はこちらに攻撃を仕掛けてきたので応戦する。うりゃー!

5分間ほど男の子と噴水バトルを繰り広げるが、男の子はびしょ濡れになることをまるで厭ず、戦意喪失したにゃおんちゃんがギブアップ。ふと辺りを見渡すと、いつの間にか数名のギャラリーがいて我々の熱い戦いを見ていた。見せもんじゃねーぞっ!(#゚Д゚)ゴルァ!!
「ムキーッ!」と叫びながら逃亡するにゃおんちゃん。ニヤニヤ笑うギャラリーの女の子達。

噴水にいたずらする男の子
噴水にいたずらする男の子。猫は水が苦手なのだ!


公園を抜けて独立通りに戻ると、スヴィスラチ川に掛かる橋のたもとに「第1回会議場博物館」を見つけた。1898年にここでロシア社会民主労働党(ソビエト共産党の前身)の結党大会が開かれたそうな。博物館なんて言っても、木造の小さな家なんですけどね。

ロシア社会民主労働党はロシア初のマルクス主義政党だが、結党直後からボリシェヴィキとメンシェヴィキの二派に分かれて対立していたので、党としての活動実績なんざ殆ど何も無い。そもそも、ここで開かれた第1回会議の時点から対立が激しく、党の綱領すら決められなかったのだ。参加者はたった9名だったというのに。
ソビエト共産党の前身はボリシェヴィキであって、ロシア社会民主労働党だなんて思ってる人は殆どいないと思うのだが、この小さな家は今でも大事に保存されている。
にゃおんちゃんはそんな木っ端政党に興味無いので、見学はおろか写真すら撮らなかった。

※1916年の2月革命によってロシア帝国が倒れると、ロシアには臨時政府が樹立された。その頃のボリシェヴィキは少数派だったが、クーデター(10月革命)を起こして実権を掌握。その後のロシア内戦、ポーランド・ソビエト戦争を乗り切って1922年に「ソビエト社会主義共和国連邦」を建国した。

ボリシェヴィキ:レーニン率いる共産主義左派
メンシェヴィキ:ブレハーノフ率いる社会主義右派



橋を渡ってスヴィスラチ川の北側に行くと、ロータリーの真ん中に独ソ戦の勝利を記念する塔が建っている。勝利広場だ。
塔の手前には戦死した兵士を追悼する炎が絶えず燃やされている。ガスを使っているようで、ゴーッと凄い音がする。道路に囲まれたロータリーの真ん中にあるので地下道を通って広場へ行くのだが、そこにもオブジェがある。

「大祖国戦争」などと銘打って総力戦をやっただけあって、ソ連政府にとって独ソ戦の勝利は自らの正統性を示す大事なものらしく、どこの都市に行ってもそれを記念する博物館や広場がある。
悪党のくせに!悪党のくせに!

悔しい・・・。今度やるときは絶対にイタ公抜きでやろうね、ドイツの皆さん。

ミンスクの勝利広場
ミンスクの勝利広場。


《つづく》

関連記事

テーマ : 東欧 - ジャンル : 海外情報

20:04  |  2008ベラルーシ・ウクライナ  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

しれっと同志水力発電所所長らしき人物が写ってい(ry
pianoman |  2008年09月22日(月) 12:39 |  URL |  【コメント編集】

めざといですな。w
カリウム工場の工場長もおりますぜ。
にゃおんちゃん |  2008年09月25日(木) 01:53 |  URL |  【コメント編集】

 大祖国戦争史国立博物館の向かい側の公園に観覧車があるのですが、乗りましたか?
 ミンスクの珍妙な町並みを上空から見ることができて、鳥肌ものです。いや本当に。

 クリスタルのような形をした珍妙な国立図書館には行きましたか?ルカ先生の命で建てられたようです。香ばしもの好きには必見の建物なんですが、本当に信じられんくらい豪華です。私はその豪華さの無意味性に心底感動しました。いや本当に

 もしご存知なかったら、「何のこっちゃ」?なので、リンクを貼っておきます。
 
 http://englishrussia.com/index.php/2007/08/24/death-star-of-minsk/

 あとモルドバにいったときのことなのですが、通りがかりに何度もケラケラ笑われました。あれはヨーロッパでは唯一の経験です。
 ただ、ぼったくりなど実害が生じるような目には遭いませんでした。
 今年もまたモルドバに行かれるのですか?
 キルギスは何やら暴動起こってるし、トルクメニはビザ取れんし、タジクは危ねえし、やっぱりモルドバ何ですか?

 当方、中央アジアは、ウズベキスタンのみ行ったことがあるのですが、治安はいいし、物価は安いし、ビザも簡単にとれるし、結構お勧めですよ。ただ、相当貧しいので、いろいろ不便なことはありますが。私は真夏にいったのですが、どこにもクーラーがなく、40度にも達する中、ふらふらになりながら、町を練り歩きました。
 黒猫様のカザフ探訪記と比べてみても、ウズベクの方が大分貧しいですね。

 では、ちょっとアルバニアに行ってきます。
 香ばしい国ウオッチャーとしてはどうしても外せないので。
 
 
べラファン |  2010年08月25日(水) 21:44 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://powerpopisland.blog68.fc2.com/tb.php/314-21c10508

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。