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2008.09.02 (Tue)

2008ベラルーシ・ウクライナ旅行記(その9)

前回の続きです。

◆オヴィールにおびえーるにゃおん氏

初日、2日目と移動だけで終わってしまったので、今日から本格的な旅が始まる。

昨夜はシャシリクを食べた後、夜遊びにも行かずおとなしく部屋に戻り23時半に就寝。
ところが、起きると10時近くでパニクる。大佐にオヴィール(警察署内にある外国人登録所)に連れて行ってくれるよう頼んでおり、彼が9時に迎えに来る約束だったのに、寝坊してすっぽかしてしまった。よっぽど疲れていたんだねぇ・・・。圧政国家の官憲相手にナメた態度をとっていた私だが、やっぱり緊張していたのだろうか?

恐る恐る電話すると大佐は怒ってはいなかったが、「俺はこれから仕事だから、今日は無理」と言われてしまった。今日は一人でミンスク観光だなぁ・・・と思いながら出かける準備をしていると、大佐から「妹がお前を迎えに行く」という連絡が。
ありがたやー、ありがたやー。何から何まですまん、大佐。

※ベラルーシでは全ての外国人は入国後72時間以内に「レギストラーツィア(滞在登録)」を行う必要があります。オヴィールへ行って「私こと○○は△月×日から□日まで◎◎に滞在しています」という登録をしなくてはなりません。当局のあずかり知らぬところで外国人にウロウロされるのが嫌、という共産主義時代の名残であり、ロシアやベラルーシなどでは未だにこんな面倒な制度が残っているのです。
ホテルに泊まった場合はホテルが代行してくれるのですが、にゃおんちゃんのように民泊している場合は自分で警察へ行かなくてはなりません。これを怠ると、街角で警官にパスポートチェックを食らった際に付け込まれて賄賂をたかられる羽目になります。バルト三国を除く旧ソ連諸国は難癖つけて金をむしろうとするクソ警官が多いので、運が悪いとちゃんと手続きしていても絡まれますけどね。



30分後、呼び鈴が鳴る。エントランスまで行き扉を開ける(あっちの高層アパートは殆どがインチキ・オートロックなので、エントランスまで開けにいかないといけない)と、そこには大佐に全然似てない可愛らしい女の子が立っていた。
「あ、あなたがにゃおんちゃんね?私、マリナ。大佐の妹よ」

マリナは大佐が怪しい日本人とメールやらチャットやらでやりとりしていることを知っており、「お兄ちゃんからあなたのことを色々聞いている」と言う大佐、変なこと言ってないだろうな?
マリナは20歳の大学生だが、運転免許もマイカーも持っている。彼女の愛車はボロボロのマツダ323(ファミリア)で、価格を聞くと30万円。必死にバイトして貯めた金で買ったと言うが、日本人の私の感覚だと逆に処分代を要求したくなるような廃車同然の代物・・・。


さて、オヴィールがどこにあるか分からないので、まずは日本大使館へ行って場所を確認しなければならない。大使館の場所は知っている。以前に宿泊したユビレイーナヤ・ホテルの向かいにある。
マリナの運転で大使館へ向かうが・・・免許取り立てらしく非常に危なっかしい。しかし、「俺が運転するから、お前はそこをどけ!」とも言えず、ヒヤヒヤしながら移動する。街中の景色なんか見る余裕まるで無し。どこをどう走ったかも覚えちゃいない。

綱渡りのようなヒヤヒヤした30分を過ごした後、何とか大使館へ到着。疲れた・・・もう疲れた。
大使館はユビレイーナヤ・ホテルから道路を渡った西側にある大きなビル(エンターテイメント施設らしい)の一室にある。入口に「日本国大使館」と書いてある小さな看板があり、マリナはそこに描かれている菊の御門を見て「これはサクラ?」と尋ねてくる。彼女は桜がどんな花かよく知らないが、桜が日本人にとって特別な花であることは知っていた。どこで知ったのだろう?

大使館へ行き要件を話すと、領事部の若い男性職員はすぐに場所を調べ、地図のコピーまでくれて親切に対応してくれた。しかも、最後に「お気をつけて」と声を掛けてくれるなど、とっても丁重な対応。

お気をつけて・・・。

オヴィールってそんなに恐ろしい場所なんですか? (((( ;゚Д゚)))

薄暗い取調室で鬼警官に取り囲まれて尋問を受ける光景を想像し、震えあがる小心者のにゃおんちゃん。


在ベラルーシ日本大使館
大使館が入っているビルの玄関にひっそりと掲げられていた看板。
菊の御門と「日本国」という文字を見た瞬間、何故か少しだけホッとしました。



◆ソビエト・テーマパーク

にゃおんちゃんの部屋がある地区を管轄するオヴィールは幸いなことに大使館から近く、20分ほどで到着。マリナの危ない運転には長時間耐えられそうもないので、非常に助かった。
しかし、どういう訳かオヴィールは扉が閉まっていて中に入れない。正午少し前だったので昼休みなのかと思い、マリナと「昼飯でも食って時間つぶすか?」と話していると、おじさんがやって来て扉の前で悪態をつき始めた。「10時に来ても閉まっていた!11時に来ても閉まっていた!もう一度来てみたが、やっぱり閉まっていた!また明日来なくちゃいけない!バカみたいな制度だ!」と怒っている。
理由は分からないが、今日は手続きできないことが判明。仕方ない・・・メシでも食いに行くか。

マリナと二人で近くのレストランへ行き、「黒パンとヴァレニキ、ボルシチ」というとってもロシアな昼食を食べる。美味しそうにボルシチを飲むにゃおんちゃんを見たマリアは驚いている。
「あなた、ボルシチ好きなの?」
「うん」
「ロシア料理は平気?」
「うん、こっちに来ると毎日スタローヴァヤ(食堂)でメシ食ってるよ」
「(驚いた顔をして)まるでベラルーシ人みたい・・・」

私の味覚はソ連仕様ですか?


食事を終えるとマリナは用事があるので帰るとのこと。中心街へ行くなら送ってあげるという申し出があったが、これ以上寿命が縮まる思いをしたくないので、近くの地下鉄の駅まで送ってもらうことにする。
10分ほど走ったところで車を停めたマリナは交差点を指差し、「あそこが駅よ。フルンゼスカヤ駅」と言う。

フルンゼ・・・

一瞬絶句するにゃおんちゃんだが、マリナは私に何も言う間を与えず去って行った。

※ミハイル・フルンゼ。ボリシェヴィキの重鎮にして、ロシア内戦で赤軍を率いて活躍した野戦指揮官。レーニン死後、スターリンと対決するが1925年に病死している。


ここはベラルーシ。「社会主義市場経済」を掲げ、変革に背を向けるこの国では、ソ連は「否定すべき過去」ではない。レーニンやらフルンゼやらキーロフといったボリシェヴィキの連中の名前がついた道路や建物が未だにゴロゴロしている。さすがにスターリンとトロツキーは無いが。
うーむ、さすが「ロシア以上にソ連が残っている国」とか「ソビエト・テーマパーク」と言われるだけのことはある。

さて、それじゃこの「ソ連な国」で何をして過ごそうか。


「レーニン通り」と書いてある表示
「レーニン通り」と書いてある表示。
街の真ん中にあり、この周辺だけは綺麗に整備されていてピカピカです。


《つづく》

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20:45  |  2008ベラルーシ・ウクライナ  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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