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2008.02.15 (Fri)

【世界の香ばしき国々】第42回:沿ドニエストル・モルドバ共和国(Part3)

◆トランスニストリア紛争

書記長改め大統領となったゴルバチョフは、沿ドニエストルに対して「こんな独立は認めない」と即ダメ出しするが、翌1991年にソ連そのものが崩壊。15の連邦構成共和国はそれぞれ主権国家として独立することとなった。
モルダビアSSRも『モルドバ共和国』として独立するが、共産主義の呪縛から開放されたモルドバ人は民族主義(大ルーマニア主義)に熱狂した。だからモルドバの国旗はルーマニアと殆ど一緒だし、(1994年までは)国歌も同じ。通貨の単位も同じ「レイ」(ただし、同じ通貨ではない)。
ついには「ルーマニアとの統合を目指そう!」などと言い出す者まで現れた。

「モルドバ(ルーマニア)人国家に暮らすマイノリティ」に転落することを恐れたトランスニストリアの連中は『沿ドニエストル・モルドバ共和国』として改めて独立を宣言する。
しかし、トランスニストリアは農業国モルドバの中で例外的に工業化が進んでいて、GDPの40%を稼ぎ、電力の90%を供給する地域。当然、モルドバ側が独立を認めるはずがない。 トランスニストリアに工業地域が集中しているのは、ウクライナ南部の大都市オデッサから近いことに加え、ソ連政府がモルドバの離反を警戒してのことと言われている。
ただでさえ「モルドバ共和国内の少数民族」として迫害される恐怖があるのに、これだけ整ったインフラを持っていれば、トランスニストリアの連中が「俺達だけで独立したほうが裕福になれるのでは?」と考えたのは当然かもしれない。

ルーマニア国旗     モルドバ国旗
左がルーマニア国旗で、右がモルドバ国旗。
金をばら撒いて名誉教授の称号を買いあさっているオヤジがいる某宗教団体の旗ではない。


沿ドニエストル政府がモルドバの役人をトランスニストリアから追い出すと、両者の対立はついには武力紛争へと発展した。
戦闘は1991年12月に始まったが、ロシアやウクライナからやって来た義勇兵が沿ドニエストル軍に多数加わり、さらにトランスニストリアに駐留していたロシア軍(旧ソ連第14軍)が武器を大量に横流しして支援した。中にはロシア軍を脱走して沿ドニエストル軍に加わった兵士までいたらしい。

戦力の劣るモルドバ軍はドニエストル川東岸から追い出された挙句、西岸にあるモルドバ第4の都市ベンデール(人口約10万人)まで失った。
モルドバ空軍はドニエストル川に掛かる橋を爆破して沿ドニエストル軍の渡河を阻止しようとしたが、失敗したうえに近くの村を誤爆、さらにはトランスニストリアからの対空砲火によってMiG-29を撃ち落されるという大失態を演じた。また、ベンデールやドゥバッサリ(トランスニストリア北部にあるドニエストル川沿岸の都市)周辺では市街戦が発生し、一般市民を含む1,000人近い死傷者を出している。

1992年7月にモルドバが事実上敗北を認める形で両者は和平協定を結び、沿ドニエストル、ロシア、ウクライナからなる平和維持軍がベンデールやドニエストル川沿岸に駐留して停戦を監視することとなった。
モルドバ政府はOSCEによる平和維持部隊の派遣とロシア軍の撤退を求めているが、未だにどちらも実現していない。協定では2002年までにロシア軍は完全撤退することになっていたが、ロシア軍はその後も色々と理由をつけてトランスニストリアに居座っている。ロシア側は、この地域の安全保障を担保する明確な案が提示されないうちは撤退は不可能と考えており、「まずは撤退してくれ。話はそれからだ」というモルドバ側やOSECの主張とは大きな隔たりがある。

1992年の紛争の様子 その1  1992年の紛争の様子 その1
左:破壊されたZU23対空戦車(1992年ベンデール)
右:モルドバ軍の歩兵戦車を狙う沿ドニエストル兵(1992年ベンデール)


現在トランスニストリアに駐留しているロシア軍は、ソ連陸軍第14軍改め「在モルドバ共和国沿ドニエストル地域ロシア軍作戦集団」。モスクワ軍管区所属で、規模は2個の自動車化狙撃兵(機械化歩兵のこと)大隊を中心とする約1,500名。
首都ティラスポリから北方130kmにあるコルバスナにはロシア軍が管理する巨大な武器庫があり、ピーク時には4万トンを超える武器弾薬が保管されていた言われている。これは、ソ連崩壊時にハンガリー等から引き上げてきたソ連軍が置いていったもの。このような膨大な武器弾薬が「非承認国家」という怪しい地域に存在しているため、沿ドニエストル政府と駐留ロシア軍には武器密売に関する悪い噂が絶えない。

事態を重く見たOSCEはキシナウに事務所を置いて頻繁に査察を行い、これまでに約50%がロシア国内に移送されるか廃棄されたことを確認している。しかし、今なお2万トンを越える武器がトランスニストリアに残されているのだ。
OSCEによればチェチェンやアフリカ等の紛争地に流れている武器の多くはこの国を出所とするものであり、インターポール(ICPO:国際刑事警察機構)はこの国の秘密警察幹部を武器密売の容疑により国際指名手配している。

そんな噂は我が国を敵視するモルドバと西側諸国によるプロパガンダだ!

沿ドニエストル政府はこのように反論しているが、果たしてどうだろうか?
火の無いところに煙は立たない。

ベラルーシやウクライナですら、金に困ってソ連時代のポンコツ兵器をイランやイラクに叩き売りしてアメリカを激怒させたことがあるのに、国内に膨大な武器弾薬が捨て置かれているうえに、その両国以上に外貨獲得手段に乏しいこの国がやらないはずが無い。
ロシア国内ですら兵器の管理が徹底できなくて流出が問題になっていたのだから、本国から離れていて監視の目が届きづらいこの地域なら、なおさら容易だろう。沿ドニエストル政府高官と駐留ロシア軍幹部が結託して小遣い稼ぎをしていても全く不思議ではない。


ちなみに、ロシアはここまでこの連中を支援しておきながら、沿ドニエストル政府を承認するつもりは全く無い。沿ドニエストル政府は「ロシア様、お願いだから併合してください。それがダメなら、せめて自由連合(※2)を!」と必死に頼んでいるが、ロシアにその気は無い。
他国の分離独立運動を支援するような真似をしたら国際社会から袋叩きにされるうえに、チェチェンの独立を認めざるを得なくなるからだ。

ロシアにしてみれば沿ドニエストル問題は、モルドバやウクライナがロシアの影響圏を脱してEU諸国へ接近することを防ぎ、影響力確保のため相手を揺さぶるカードのひとつに過ぎない。沿ドニエストル共和国は意外なことに70%以上の企業が既に民営化されているが、そのうちの50%以上はロシア資本なのでなおさらコントロールしやすい。
そもそも、1990年に当時ソ連最高会議議長だったアナトリー・ルキヤノフ(ゴルバチョフが軟禁された「ソ連8月クーデター」の黒幕的存在)が独立紛争を起こすようトランスニストリアの地方当局幹部に命じたのだ、という説もある。

※2:自由連合
外交や防衛などの権限を他国に委ねるが、形式上は独立主権国家であり、どこかの大国の保護国ではない。パラオやマーシャル諸島、ミクロネシア連邦などがこれに該当する。これらの国は外交や防衛の権限を委ねることでアメリカの安全保障体制に協力し、それと引き換えに経済援助を得ている。
実際は信託統治に毛が生えた程度なので、これらの国を独立国と呼ぶのは無理があると思う。





◆トランスニストリアの概況

沿ドニエストル共和国の面積は4,163平方キロメートルで、石川県や徳島県ほどの大きさしかない。
人口は、政府のサイトによれば約555,000人(2004年)となっているが、最新の統計資料では537,000人へと減少している。年率換算すれば-1.1%となるわけで、人口が100万人にも満たないこの小国とにとっては深刻な問題に違いない。この国の経済はモルドバ同様欧州では最低クラスなので、移住するチャンスを得た連中がロシアやウクライナなどへ移住しているのだろうか。

非承認国家ゆえに主要国際機関の調査対象となっていない場合が多く、資料によって統計数値にバラつきがあるが、沿ドニエストル政府が公表しているGDPは4.2億US$(2004年)。一人当たりに換算すると約660US$で、隣国ウクライナ(1,750US$)の1/3程度。数値上はフィリピンやジンバブエより貧しい。
しかし、非承認というハンディを抱えているにも関らず、この地域は前述のとおり工業インフラの整備が進んでおり、機械・金属分野などに優良企業を抱えているため、国民の生活はモルドバ(約880US$)とそれほど違わない。どちらも欧州最貧国には違いないが、物価差を考えれば沿ドニエストルのほうが実質的には裕福かもしれない。それはティラスポリの街がキシナウよりもはるかに綺麗なことからも伺える。

数値上はフィリピンやジンバブエ以下といっても、乞食や失業者が街を徘徊していたり巨大なスラムがあるわけではない。ソ連時代の遺産として最低限の社会基盤や福祉が整備されているし、他の発展途上国のように社会が階層化している訳ではないので、一人当たりGDP660US$という見かけ上の数字ほど貧しくは無い。
1990年代には周辺国のハイパーインフレやロシアの通貨危機の影響によって苦しんだものの、2005年以降は年率5%以上の経済成長率を維持している。インフレ傾向はあるものの、それはロシアやウクライナも同様で、この国だけが特に酷い訳ではない。

余談だが、ナゴルノ・カラバフ共和国の首都ステパナケルトも、バクー(アゼルバイジャン共和国の首都)よりずっと綺麗だという。「こんなことなら分離独立なんかするんじゃなかった」と民衆に言われないよう、施政者は必死なのだ。

沿ドニエストル政府庁舎  プロパガンダ看板
左:沿ドニエストル政府庁舎とその前にそびえ立つレーニン像
右:ティラスポリの街中にあるプロパガンダ看板


民族構成は、モルドバ(ルーマニア)系が31.9%、ウクライナ系が28.8%、ロシア系が30.4%。
約6割を占めるスラヴ系住民がモルドバ系住民を支配する国とも言えるが、それを嫌ったモルドバ系が逃げ出しているという話は聞いたことが無い。スラヴ系とモルドバ系の比率は年代や出典によって若干バラつきがあるものの、どの資料を見ても2%程度の誤差。
人口が減少していることを踏まえても、「この国を出て行く人は多い」のかもしれないが、「モルドバ人だけが逃げ出している」とは考えられない。したがって、トランスニストリア問題の本質は民族対立ではないということになる。

この国はモルドバの民族主義に対する反発から生まれた国であり、「トランスニストリア人」などという民族はいないことから、他の未承認国家とは異なりエスノ・ナショナリズムの立場には立っていない。
だから3つの公用語(ロシア語、ウクライナ語、モルドバ語)を持ち、民族を理由に差別や迫害に遭うことは(少なくとも表面上は)無い。独立紛争によってグルジア人が住めない国になってしまったアブハジアや南オセチアとは全く異なる。そもそも、1991年の紛争の際にはモルドバ系住民も武器を取り、モルドバ軍を相手に戦っているのだ。


民族という概念を拠りどころにできない彼らは、今まで慣れ親しんできた「ソ連的価値観」こそが国民が共有すべき価値観として考えているのではないか。だとすれば、時代錯誤なイデオロギーをブチ上げてソ連を賛美したり、国旗・国章に「鎌とハンマー」を採用して周囲を驚かせていることにも納得が行く。
というか正確には、他に拠りどころとすべき思想や国民が共有できる価値観を見つけられなかったのだろう。

また、スラヴ系が主導権を握っている国にも関らず、国名の中にあえて「モルドバ」と入れているのは、大ルーマニア主義に対するアンチテーゼであり、ソ連的な価値観を踏襲するという意味がある。
「モルドバ人なんて民族はいない。俺達は皆ルーマニア人だ」という大ルーマニア主義に対し、かつてソ連が唱えていた「モルドバ人はルーマニア人とは異なる民族である」という主張(モルドバ主義とでも言うべきか?)を掲げることによって、ソ連崩壊前夜から存在そのものが否定されかけていた『モルドバ民族』の最後の砦となることを主張しているのだ。

彼らは国家運営を行う際に「少なくとも最低限の生活が保証されていたソ連時代から学ぶべきものもある」程度には考えているかもしれないが、「マルクス=レーニン主義による共産国家の復活」を目指しているとは思えない。非承認というハンディを抱えているうえに、周辺国が市場経済へ移行した途端に大混乱に陥ったのを横目で見ている訳で、これは彼らなりに最良の選択をした結果なのかもしれない。


とはいえ、何事にも本音と建前がある。
「全ての民族が平等な多民族国家」というのは、かつてのソ連同様建前で、この国が「スラヴ系主導の国」であることは間違いない。その証拠にモルドバ語の公用語としての地位は有名無実化し、ロシア語以外の言語は殆ど使われていない。モルドバ語で教育する学校も一応存在するが、公文書も街で見かける看板も全部ロシア語で書かれているし、現政権にモルドバ人の閣僚はいない。

しかし、現実にはモルドバと沿ドニエストルの両国民は日常的に相互を自由に行き来し、殆どの人間がモルドバ語とロシア語の両方を理解する。もしモルドバ人が弾圧されていたら、あっという間に皆逃げ出して国内にモルドバ系住民はいなくなるはずだ。
したがって、紛争の発端はともかく、現時点では民族的対立による分離独立運動というよりも、指向する政治体制の違いや、沿ドニエストル政府上層部の持つ利権、さらにはその背後にいるロシアの横槍によって分離状態が固定化していると見るべきだろう。


《Part4につづく》

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Comment

●参考文献等に関して

はじめまして、学部で沿ドニエストル問題に関して論文を書こうと思い資料を探していたところ、この記事に出会いました。
多くの事象に関して詳しく書いてあり、とても感動しております。そこで、よろしければこれらの情報をどんなものを参考にして調べられたのか教えて頂けないでしょうか?
残念ながら論文ではBLOG参考文献として書くことが出来ないため、文献を教えて頂ければ幸いです。もう数年更新がないようなのですが、お返事頂ければ嬉しく思います。
どうぞよろしくお願い致します。
ゆういち |  2015年01月27日(火) 15:58 |  URL |  【コメント編集】

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