2017年06月 / 05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2007.12.15 (Sat)

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その37)

◆母なる都市キエフへ帰還

具合が悪いので寝台でゴロゴロすること数時間、乗客が列車を降りる準備を始めて車内が慌しい雰囲気になる。車掌も切符を返しにきた。どうやら、もうすぐキエフに着く模様。こっちの寝台列車は乗車した際に車掌が切符を回収し、降りる駅が近くなると返しに来る。
窓から外の景色を見ていると、手前にドニエプル川が。そして、その向こうには見えるのは巨大な「祖国の母」像と、黄金に輝くペチェルースカ大修道院。キエフよ、私は帰ってきた!

思えば、色々と縁あって訳も分からないままウクライナにやって来たのが2年前。一週間ほどここキエフに滞在していたのだが、そのときのカルチャーショックたるや凄まじく、そのときの驚きがそれ以降毎年東欧へやって来るモチベーションの元となっている。
元々、にゃおんちゃんは動じないというかニブいタイプなので、カルチャーショックを受けることはあまり無い。というか、日本人がアメリカやフランスへ旅行に行っても「なんじゃこりゃー!」ってほどのカルチャーショックは受けないと思う。だって、アメリカやフランスのことって、特に関心持って暮らしてなくてもそれなりに知っているじゃない?
でもウクライナは違う。名前くらいは知っていても、どこにあるのか分からない人のほうが多いようなレベルの国。ウクライナについて何も知らないままキエフにやって来たにゃおんちゃんは、一週間毎日「なんじゃこりゃー!」に遭遇する日々を送っていたのだ。

あのときは「もう二度とここに来ることは無いだろうな」と思っていたのに、たった2年後にまた来ることになるとは、人生は分からない。「ラトヴィア?あんなチェキストどもの国、もう二度と行くか!」などと悪態ついているにゃおんちゃんだが、5年後にはラトヴィアに住んでいたりして・・・。

ドニエプル川とその向こうに見えるキエフ市街
手前がドニエプル川。左に見える巨大な像が高さ60メートルの巨大な女神像「祖国の母」。
反対側に見える高い建物が世界遺産にもなっている「ペチェルースカ大修道院」。


列車を降りて駅舎の中へ入っただけで懐かしい気持ちで一杯になる。2年前、ここからキエフを去ったんだよね。ヴィニリュスでは駅前にあるマックを見ただけで感激したし、にゃおんちゃんは単純な男だ。
駅を出ると天気が良く暖かったので、街まで歩いていくことにした。散歩がてら、空港へ行くバスの時間と乗り場でも確認しておくか。えーと、どこから乗るんだっけ?勝利広場だったかな?駅からそう遠くないので、行ってみようか。

駅からタラス・シェフチェンコ通りまでやって来ると、「エクスプレス・ホテル」や日本食レストラン「ヤキトリヤ」など、馴染みのある建物が見えた。「ヤキトリヤ」はロシアやウクライナに展開してる日本料理屋のチェーン店で、2年前にここで寿司を食った。それも、たった1週間の滞在で2回も。にゃおんちゃんが望んだわけではなく、付き合いで行く羽目になっただけだが。
「エクスプレス・ホテル」は1階にウクライナ鉄道局の切符売り場がある。ここでミンスク行きの列車のチケットを買い、近くにあるベラルーシ大使館領事部でビザを貰ったことを思い出す。ベラルーシなぁ・・・また行きたいような行きたくないような・・・。

それから2年前と比較すると、何となく街に活気があるように思える。あのときは、「ここは本当に人口250万人の都市か?」と思うくらいショボく感じたが、今回は一国の首都らしい活気が感じ取れる。
それもそのはず、近年のウクライナ経済は毎年7%を越えるスピードで成長しているのだ。4,000万人の人口を擁し、教育レベルもそれなりに高いので、最近はIT技術者の重要な供給元となっているのだという。

キエフの道路標識
「↑ タラス・シェフチェンコ通り 0.4km」と書いてある。こんな標識を見ただけで感激する単純なにゃおんちゃん。

エクスプレス・ホテル
これはエクスプレス・ホテル。1階に鉄道局の切符売り場があるので、駅まで行かなくてもいい。
今回はキエフから飛行機に乗って帰るので、ここに用は無い。

キエフ駅
これがキエフ駅(北口)。やはり「バクザール」としか書いておらず、実に無骨。


30分ほどブラブラと歩いてやって来た勝利広場。名前のとおり独ソ戦勝利を祝って作られた広場で、ど真ん中に記念碑が建っている。うぇーん、悔しいよぉママー。。゜゜(´□`。)°゜。
心の中で「お前のせいでソ連が戦勝国になってしまったのだ!」とヒトラーに悪態をつきながらバス停を探すが、どこにも見当たらない。バス停自体はあるのだが、どれも路線バスやマルシュルートカ用のもので、空港バスのものではない。仕方ないので近くにあるキアーヴィア(こっちではよく見かける旅行代理店)のオフィスに入って尋ねると、「ここじゃなくてキエフ駅の南口だ」と言われる。どうやら移転したらしい。Σ(゚Д゚;エーッ!

キエフを去るのは明後日の朝なので、当日にバスの時間や乗り場を確認するのは嫌。だから、絶対に今のうちに確認する。バスに乗って駅北口まで戻り、南口へ行くと・・・あった。「空港バス乗り場」と書いてある看板が立っていて、時刻表もある。15~30分間隔で運行されていることを確認して帰る。ちなみに、南口の駅舎は無骨な北口とは対照的に凄くモダンなデザイン。


勝利広場北口へ戻り、ジュースを飲んで休憩していると、近くで貸し部屋の客引きをしていたおばさんが話しかけて来た。話をしてみると、部屋の値段は手ごろなのだが、場所が悪い。という訳で断ることにしたのだが、おばさんも引き下がらない。ロシア語があまり通じないと見るや、おばさんはどこかから英語の分かる青年を引っ張ってきて通訳させだした。

その青年はレバノンから来た留学生でキエフに住んでいるという。青年は「キエフは物価が上がって、今じゃ街中のホテルはどこでも1泊100USD以上するぞ。このおばさんの家は地下鉄に乗ればすぐだ。君は学生なんだろ?」と言う。にゃおんちゃん、おやじなんですけど・・・。
部屋の値段は手ごろなのだが、中心部から遠い。キエフの地下鉄が早くて快適なのは知っているが、地下鉄駅からおばさんの家までどれほどの距離があるのかも分からない。

部屋を見てから決めるという方法もあるが、もし何か問題があってダメだったらさらに1時間をロスすることになる。にゃおんちゃん、風邪ひいて具合悪いし、ここまでの倹約が功を奏して金に余裕あるから、ホテルに泊まることにするよ。
そのことを青年に告げるとおばさんも諦めて去っていったので、地下鉄に乗って中心部へ向かう。キエフ駅から地下鉄に乗って、キエフの街のど真ん中にある独立広場(マイダン・ネザレージュノスチ)へ移動する。


《つづく》

関連記事
15:36  |  2007モルドバ・ウクライナ  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://powerpopisland.blog68.fc2.com/tb.php/252-419607d5

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。