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2007.11.25 (Sun)

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その34)

◆ポルタヴァの戦い博物館へ

8月29日(水)
灼熱地獄のヤルタを発ち、ドニエプロペトロフスク経由でウクライナ北東部の学園都市ポルタヴァへやって来たにゃおんちゃん。昨日はここポルタヴァ在住のアンドレイ氏に案内してもらい、市内を見て回った。アンドレイ氏は英語の教師なのだが、学校が夏休み中につき仕事はそれほど忙しくないらしく、本日も付き合ってくれるとのこと。ありがたやー、ありがたやー。
ポルタヴァにあるのに「キエフ」という名前のこのホテル、朝食付きなので食事に行くが・・・全然美味しくない。サラダとペリメニを少し食べておしまいにする。

9時過ぎにアンドレイから電話が来た。今からホテルに俺を迎えに来るという。どうやら、「ポルタヴァの戦い」に関する記念館に連れて行ってくれるらしい。
ポルタヴァの戦いとは、18世紀初頭にロシアとスウェーデンがバルト海の覇権を巡る戦い(大北方戦争)を繰り広げた際の最大の戦い。この戦いでスウェーデン軍は壊滅し、ロシアはイヴァン4世(イワン雷帝)以来の悲願だったバルト海進出を果たす。当時のロシア皇帝ピョートル1世(ピョートル大帝)はロマノフ朝中興の祖となった偉大な皇帝であり、にゃおんちゃんの大好きな皇帝陛下である。以前に「ポルタヴァといえば、ポルタヴァの戦いが有名だなぁ」という話になった際、にゃおんちゃんがピョートル大帝好きであることを知ったアンドレイは、ここに連れて行ってやろうと思っていたのだそうだ。ありがたやー、ありがたやー。


ホテルからバス停に向かい、そこからバスに乗って移動すること約20分、畑のど真ん中みたいなところで降ろされる。目の前には改築工事真っ最中のボロ屋が一軒、道路の反対側には教会とバカデカいモニュメントと林があるのみ。えー?ここ?
早速中に入ってみるが、小さな博物館なので巨大な展示物は無く、大きなものでもせいぜい大砲程度。絵画や古戦場からの出土品(銃や鎧)が多い。

アンドレイと二人で「ピョートル大帝マンセー」な会話で盛り上がる。ピョートル大帝は、西欧から見れば辺境の未開国に等しかったロシアを大国へと引き上げた偉大な皇帝だが、身長2m近くの大男でパーティーが死ぬほど大好きな大酒飲み。お忍びで出かけるのが大好きで、オランダの船大工に弟子入りして自らハンマーを振り回して造船を学んだり、飲み屋で仲良くなったおっさんを「飲んだくれ大臣」に任命したりと、非常にお茶目な人なのだ。ちなみに、サンクト=ペテルブルクを建設したのもこの人。
二人とも、「彼は偉大な皇帝だ。ただしちょっとイカレているが」という意見で一致する。

大砲とロシア兵 ピョートル大帝のデスマスク
左:大砲とロシア兵。
右:ピョートル大帝のデスマスク。

ポルタヴァの戦いの記念碑
博物館の向かいにある記念碑



◆まったり、ほのぼの、ポルタヴァ

アンドレイは一旦職場へ戻って片付けなくてはならない仕事があるため、街へ戻ってきたところで分かれる。また夕方に合流する予定だが、それまでホテルに帰って寝ることにする。やはり本格的に風邪をひいてしまったようで、具合が悪くなってきた。毎年東欧に来て、毎年風邪をひいている俺って・・・。
近所のカフェでパスタを食べた後、ホテルに戻って寝る。

16時過ぎにアンドレイと再会して、引き続きポルタヴァ市内をお散歩。夕日に染まる街の景色がとっても綺麗。
そして、ポルタヴァにもレーニン像があった。ハゲ頭のてっぺんにとまっている小鳥が、まるでちょんまげのように見えて、二人とも大爆笑。「あの鳥は粛清だ!」と二人で大はしゃぎ。

ちょんまげレーニン像 夕暮れの中に立つレーニン像
左:小鳥がとまってちょんまげを結っているように見えるレーニン。小鳥は粛清確実。
右:暮れなずむ夕日を見つめながら、レーニンは何を思うのか。

刑務所の向かいにある教会 オペラハウスの前にあった銅像
左:ポルタヴァには街の中に刑務所があり、その向かいには教会が建っている。
   罪深き囚人のために建てられたものなのだろうか・・・。
右:オペラハウスの正面に建つ銅像。
   右手の部分に携帯電話を挟めるというお茶目ないたずらをした奴がいるらしい。w



レーニン像の向かいには民族資料館らしき建物が建っている。
ヴェールカ・セルジューチカは子どもの頃にドイツ人と文通していたのだが、その際に自分の住んでいる家の写真を相手にせがまれた。しかし、彼が当時住んでいた家は小さなボロ家だったため、彼は悩みぬいた末にこの建物の写真を「これが僕の家です」と送ったそうだ。ちょwwwwwwwwwwww

民族資料館・・・らしい
こんな写真を送られた相手もさぞかし驚いたことだろう・・・。


続いて我々が向かったのは街外れにある公園。この公園には遊園地があり、時々サーカスもやって来るのだという。もうだいぶ暗くなっていたが、子どもが楽しそうに遊んでいた。遊具はソ連時代の遺物と思わしきポンコツばかりなのだが、のんびりしていて実に良い雰囲気。最新の絶叫マシン目当てに何時間も行列を作る日本人がアホらしく思えたほど。
愛する家族と一緒なら、こんなショボい遊園地でも十分楽しいよね。この街、良いところだなぁ。

ポルタヴァの遊園地その1
池や川ではなく、ビニール製の巨大なプールに浮かべてあるボート。

ポルタヴァの遊園地その2
この手の遊具はどこの街でも、街の真ん中にある公園に置かれている。キシナウ、リガ、タリンなどでも見た。

ポルタヴァの遊園地その3
ゴーカートだってあるんです!奥に写っている男の子たちが何やら一生懸命機械いじりしてました。

ポルタヴァの遊園地その4
にゃおんちゃんが一目惚れした一品。このブサ可愛さは語り尽くせない。これに乗ってキエフに行きたいくらいだ。


《つづく》

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19:33  |  2007モルドバ・ウクライナ  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

いつも読むだけでスイマセン、楽しみに待っておりました~!!
毎度通りすがりでスイマセン |  2007年11月27日(火) 05:33 |  URL |  【コメント編集】

●返事が遅くなりまして、申し訳ない

出張連発で留守にしておりました。ごめんなさい。
にゃおんちゃん |  2007年12月05日(水) 22:44 |  URL |  【コメント編集】

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