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2007.09.26 (Wed)

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その17)

◆衝撃の「キターイ?」

逃げるようにしてジプシーの居住区を去ったにゃおんちゃんは、山を下りてソロカの街を目指す。その途中の家でこんなものを発見。(写真下) ソ連の匂いには敏感ですから、私。1941-1945と書いてあるから、第二次世界大戦関連のものだ。
後でヘレンに聞いたところ、「この家からは独ソ戦に従軍して戦死した人が出ているので、この家を愛国者の家として称えるプレート」なのだという。戦車も兵隊もベルトコンベアー式に送り込んでメチャクチャな戦死者を出しているロクデナシのソ連だが、こういうところで戦死者をちゃんと称えてるのは偉い。日本で同じことをしたら、「極悪人」だの「右翼」だの言われちゃうからな。情けない。

ついでにソ連が誇る高級車「ボルガ」も発見。小型車のラーダは今でもバリバリ現役で街中を走り回っているが、ボルガは中々発見できない。かつては共産党幹部御用達の高級車だったが、今じゃ中古のトヨタやオペルよりも安いんだろうなぁ・・・。
写真を撮っていると通りがかりのおじさんがジロジロ見るので、「ボルガ!ボルガ!」とアピール。すると、おじさんは「ソビエトの車だな」と言ってすぐに去っていった。現地人にとっては珍しいものではないらしい。

愛国者の家
独ソ戦に従軍して戦死した人の家を称えるプレート。

ソ連製高級車ボルガ
ソ連製高級車ボルガ。今じゃナニな車だが、中国車とか朝鮮車を買うくらいならこっちのほうがマシ。


そんなことを考えながら歩いていると、この街のランドマーク『ソロカ円形要塞』に到着。モルドバが誇る数少ない(というか殆ど唯一の)英雄シュテファン大公が1499年に築いたもので、オスマン帝国との戦いの際に重要拠点としてその名を馳せた。保存状態も良く、現在はモルドバの数少ない観光名所となっている。
中へ入り入場料を払うと、ボランティアガイドらしきおじさんが話しかけてきた。何故かフランス語で。ロシア語で「ワタシ、フランス語ワカラナイヨ」と返事をすると、今度は物凄い速さでロシア語を喋りだした。この要塞について説明しているようだが、さっぱり分からない。唯一分かったことは、「もうすぐポーランドから団体客がやって来るから、早く見て回りなさい」ということだけ。

というわけで早速見て回るが、はっきり言ってそれほど面白くない。元々中世にはそれほど興味が無いうえに、イスタンブールで凄いモスクを見ちゃっているので何の感動も無い。要塞の上から見たソロカの街とドニエストル川は綺麗だったが、それとて展望台からのパノラマを楽しんだ後では全然ありがたみが無い。
ちなみに、石でできた要塞がでーんとあるだけで、展示物等は一切無し。多分、それらは博物館かどこかにあるのだろう。残念ながら博物館の場所を知らないし、行っている時間も無い。

円形要塞正面
円形要塞正面。結構デカいですよ。4~5階建てのビルに相当する高さ。

円形要塞内部
円形要塞内部。本当は別途撮影料を払わなくちゃいけないらしい。知らなかったのだ。許せ。


要塞の真ん中には井戸があり、バケツで汲んで飲むことができる。ペットボトルに水を補充していると、地元民らしき男の子達がやって来た。そして、にゃおんちゃんの顔を見て一言。

「キターイ?(ロシア語で"中国"の意味)」

だーっ!ついに言われてしまった!
今まで中国人とか朝鮮人とか言われたことが無いのが自慢だったのにーっ!

バルト三国やベラルーシの皆さんは、何も言わなくてもにゃおんちゃんのことを「日本人」だと分かってくれた。カナダやイギリスやフィンランドの皆さんも同じ。南朝鮮でアメリカ人に間違えられたり、ウクライナでタイ人に間違えられたりはしたが、それでもシナチョン認定されたことは無かった。
いやー、すげーショック。これで俺もついに支那人デビューか。嬉しくねぇ・・・。



◆モルドバ大好きに変身

支那人認定されて泣きながら要塞を去る。お昼ごはんを食べてなかったので、レストランに寄ってママリーガを食す。すっかりお気に入りとなった一品だ。店内には浅黒い肌の人(ジプシー)がたくさん。ジプシーの女の子ってやっぱり綺麗。美人率の高さは台湾のタイヤル族といい勝負かもしれん。でも、ジプシーは問題が多すぎるから、タイヤル族の圧勝だけど。
ちなみに、ソロカは欧州でも有数の「ジプシーの街」らしい。

食事を終えると、炎天下の中をヒィハァ言いながら走ってバスターミナルまで戻る。キシナウ行き16時のバスで帰る。実質4時間程度のソロカ滞在だったが、実に楽しかった。キシナウは見所など何も無い貧乏臭い都市だが、モルドバの田舎は来る価値あると思うよ。別に何があるという訳ではないのだが、本当に美しく楽しかった。
モルドバへの好感度急上昇。もう一回くらい来てもいいかもしれん。偽ソ連探索もあることだし、来年また来ようか?
猛暑にも関わらず真面目に観光してしまったのでヘロヘロ。バスの中でひたすら爆睡し、気づいたらキシナウに着いていた。帰りも所要時間は3時間半で、19時半にキシナウ到着。


キシナウに到着したので、ヘレンに電話する。「ソロカ最高。教えてくれて、ありがとう。俺、モルドバ好きになっちゃった」と言うと、愛国少女ヘレンは声を弾ませて喜んでいた。しかも、これから俺を見送りにバスターミナルまで来るという。
いやー、あなたは何ていい人なんだ。もし日本に遊びに来ることがあったら、私が責任持ってサポートさせていただきますよ。

モルドバ大好き(ただし田舎だけ)に変身したにゃおんちゃんだが、それでも今夜この国を去る予定は変わらない。オデッサ行き(パランカ経由)のバスチケットを買い、待合室でヘレンが来るのを待つ。
しかし、この後に支那人認定に続く衝撃が待ち受けていることなど、このときのにゃおんちゃんには知る由も無いのであった。



【旅の情報:ソロカ編】
・ソロカ行きのバスは北ターミナル(Gara de Nord)発着。バスは朝はたくさんあるが、それ以降は1~2時間に1本といったところ。これにはオタチ行きなど、ソロカを経由するものも含む。所要時間は3時間半、運賃は25MDL。
・ソロカ発キシナウ行きのバスは最終が20時。その前が17時。
・モルドバ北部最大の都市バルツィ行きのバスもある。7時~15時の間に1時間に1本ずつ走っている。
・川の向こうはウクライナ。橋は無いが渡し舟がある。地元の人に聞いたところ向こう岸にはパスポート・コントロールの事務所があるそうなので、渡し舟でウクライナに入国することも可能な模様。ただし、そこから先はまともにバスが走っているか不明なので、お勧めしない。
・オデッサ行きのバスもあるが、昼12時発の1本のみ。また、沿ドニエストル領を経由する可能性が高いので、やはりあまりお勧めしない。所要時間は約7時間。
・本文に登場する展望台や村、ジプシーの集落への行き方は、文章で説明するのはちと難しい。知りたい人は別途メールください。
・ジプシーだが、地元民が警戒するくらいなので、ほんとに注意したほうがいい。親友にジプシーの子がいるヘレンでさえも「写真を撮ったり立ち話をするだけにしておきなさい」と言っていた。


《つづく》

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20:17  |  2007モルドバ・ウクライナ  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●シナ人デビュー、ご愁傷様です

やっぱり日本人が居ない場所だと中国人だと思われるんですかね~。逆に言うと、中国人ってどこにでもいて、どこでも迷惑かけてるんですねorz
keta |  2007年09月27日(木) 11:42 |  URL |  【コメント編集】

●マジで嫌っす

東洋人=中国人だと思っているフシあり。何故なら、奴らはどこにでもいるから。
迷惑かけているかどうかは不明ですが、現地人から好かれているとは思えません。だって、あいつらはいつどこでもうるさいし、集団で固まってるし、痰は吐くし、ゴミを捨てるからねぇ。

携帯灰皿を持ち歩いている俺を、あいつらと一緒にするな。(怒)
にゃおんちゃん |  2007年09月27日(木) 21:41 |  URL |  【コメント編集】

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