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2007.06.29 (Fri)

2006バルト三国旅行記(その45) - ラトヴィアで見つけた日の丸(9月14日)

最近、打率が恐ろしく低迷中の当ブログですが、マジで仕事が忙しいんです。もう3週間休み無しで働いてます。勘弁してつかぁさい。

というわけで、困ったときの旅行記。
ヴィリニュス→シャウレイ→クライペダ→リエパーヤ→リガと来て、ただいまリガ滞在2日目。


◆微動だにしない兵士へお笑いテロを敢行?

朝8時30分に目が覚める。蚊がうるさくてよく眠れなかったうえに、熱っぽくて具合が悪い。

リエパーヤで風邪をひいてから今日で3日目。昨年、キエフ(ウクライナ)でも風邪をひいて熱を出し、ピークはその3日後のミンスク(ベラルーシ)にいたときだった。20kg近い重量の荷物を担いで、フラフラしながら英語など全く通じないミンスクをさまよい歩いた悪夢が頭をよぎる。
今日一日リガで過ごすので移動の予定は無し。今日がピークになってくれるといいが・・・。

具合が悪いうえに毎日歩きづくめで足がガタガタなので、ゆっくりと風呂につかって体を労わる。普段はシャワーを浴びる程度で済ませてしまうことが多いので、こんなときじゃないとゆっくり風呂に浸かることは無いかもしれない。たまにはいいもんだ。

アウデーユ通りだったかな・・・?  聖ヨハネ教会
リガ旧市街地の裏路地にて撮影。朝なので人通りも少ない。


1時間ほどゆっくりと風呂に浸かって10時に外出。持参した風邪薬が切れたので、薬屋を探して旧市街地を散歩する。ダウガヴァ川のほとりを通ってブラックヘッドのギルドまでブラブラと歩いた末に薬屋を発見。幸いなことに店員のおばちゃんは英語を理解する人で、お湯に溶いて飲むタイプのものを勧めてくれた。「これは絶対に効く」と太鼓判を押すので購入。
ちなみに、別れ際にこの店員が言った「Uz redzesanos(さようなら)」が、ラトヴィアに来て初めて普通に聞いたラトヴィア語。街を歩いていても聞こえてくるのはロシア語ばかりだし、昨夜バーで話した若者達はラトヴィア語を使っていたが、普段からそうしているというより、意図的に使っているような感じがした。

さて、お湯など持っていないしホテルに戻るのも面倒なので、近所の商店でミネラルウォーターを買って飲む。間違って炭酸入りの水を買ってしまい、ゲフゲフ言いながら飲むことに。
こっちでは何故か炭酸入りのもののほうが多い。これまでに幾度間違えたことか。そして今回も間違えた。きっと次回も間違えて、ゲフゲフ言いながら水を飲むのだろう。

リガ城の正面入口にある公園のベンチに座って薬を飲んでいると、ちょうど衛兵が交代するところを見ることができた。兵士たちは銃を縦に構え、ドイツ兵よろしくガチョウ歩きをしながら任務を交代する。交代して任務についた兵士はピクリとも動かず、城の入口に立っている。
どうせ普通に話しかけても多分無視されるだろうから、ジョークを言ったり変な顔をして笑わせてやりたい衝動に駆られるが、銃口を向けられたりすると怖いので止めておく。

ちなみに、リガ城は超ヘボい。城と呼べるほどのものではなく、ただの屋敷程度。

リガ城の兵士

リガ城  ユーゲントシュティール様式の銀行
上:ガチョウ歩きする兵士
左下:リガ城。ヘボいです。 右下:銀行の建物。これもユーゲントシュティール様式。 


◆リガで見つけた日の丸

しばし公園で日向ぼっこをした後、軍事博物館へ移動。今日も天気はいいが風が冷たくて寒い。
かつては火薬庫だった建物のこの軍事博物館、中に入るとあらゆる時代の兵器が展示されている。下の階から歴史順に並んでいるようで、下の階には中世の鎧なども展示されていたが、あまり興味が無いの目もくれずに上を目指す。
案の定、上のほうに行くと第一次世界大戦仕様と思われる大砲やら、第二次世界大戦の頃に使われたであろう迫撃砲などが置いてあった。しかし、表示が全てラトヴィア語で書かれているので殆ど理解できない。

ラトヴィア軍事博物館
軍事博物館の外観。なかなか可愛らしい。


最上階の一番奥の部屋で日の丸を発見。キエフの大祖国戦争博物館でボロボロになった日の丸を見つけた際に涙が出そうになったことを思い出す。あの日の丸はシベリアに抑留された日本兵から取り上げたものらしいが、ここに展示されている日の丸はどのようにしてここに来たのだろうか?
解説文はやはり全てラトヴィア語で書かれており、全然意味が分からない。仕方が無いので通りかかったカップルを捕まえて尋ねてみると、親切な彼らは英語に翻訳してくれた。ありがとう!
彼らの話によると、この日の丸は日本兵から取り上げたものではなく、シベリア送りとなったラトヴィア人が日本兵と意気投合して譲り受けたものらしい。うーん・・・ソルジェニーツィンによればラトヴィア人はチェキストだらけなはずなのだが・・・。w

そんなわけで、キエフで見たものほど悲壮感は漂わない。

ラトヴィアで見つけた日の丸
軍事博物館で見つけた日の丸。


他にもソ連に併合される前の時代の軍旗、ソ連時代のプロパガンダ・ポスター、1991年の再独立の際に作られたであろう独立闘争を呼びかける看板などが展示されていた。軍事博物館などと言うわりには兵器が全然無くてショボいのだが、こういう小物は結構充実していて面白い。

ラトヴィアの軍旗
最初の独立後に作られた軍旗。

皆様もご存知のスターリン  プロパガンダ・ポスターその1
左:グルジアからやってきた鬼畜 右:ラトヴィア語で書かれているので、併合後のもの?

プロパガンダ・ポスターその2
こんなポスターにそそのかされて赤軍に入ろうものなら、酷い目に遭うこと間違いなし。

レーニン壷
壷にまで描かれてしまった同志レーニン。珍品です、笑います。


≪つづく≫

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22:29  |  2006バルト三国  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

旅行記しか読まない私には、にゃおんちゃんの不幸がちょっぴり嬉しい。
haru |  2007年07月02日(月) 18:56 |  URL |  【コメント編集】

(;´д`)トホホのホー
にゃおんちゃん |  2007年07月04日(水) 22:14 |  URL |  【コメント編集】

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