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2007.03.29 (Thu)

【世界の香ばしき国々】第39回:コンゴ民主共和国(Part12) - コンゴのぬかるみはどこまで続く?

前回の続きです。
コメントを残してくれた皆様、ありがとうございました。まだゲホゲホいってますが、おかげさまで熱は下がりました。食欲もあるしすぐに元気になると思います。

さて、コンゴ編の最終回です。いやー、長かった・・・。書くのも大変でしたが、それ以上に厄介なのが書いていると気分が陰鬱になり、心が荒んでいくことでした。コロンビアにコンゴですよ。西半球と東半球で一番ヤバい国をそれぞれ登場させたわけで、これ以上香ばしい国はもうスーダンくらいしか残ってないのではないかと。
ギザギザ・ハートになりたくないので、当分は長編は書きません。


◆貴公子ジョセフ・カビラはコンゴを救えるか?

国連の仲介によってコンゴ政府と周辺諸国は1999年7月、ルサカ合意と呼ばれる停戦協定に調印した。国連はこれを受けて「国連コンゴ民主共和国ミッション(MONUC)」を設立し、各国部隊の監視とゲリラの武装解除を試みた。
ところが、この協定を守って撤退したのはナミビアのみ。それ以外の国はコンゴに居座り続け、ゲリラも武装解除を拒否し、挙句の果てにカビラが国連部隊の展開を妨害したため、停戦はすぐに事実上無効化てしまった。

2001年1月にカビラが側近のボディガードに射殺されるという事態が発生。この暗殺劇はウガンダとルワンダが裏で糸を引いていたといわれている。再び内戦突入かと思われたが、カビラの長男であるジョセフ・カビラ国軍参謀総長がすぐに大統領に就任した。
ジョセフ・カビラジョセフ・カビラは1971年にキヴ州で生まれているが、父ローランがタンザニアを拠点にゲリラ活動を行っていたことから、タンザニアで育っている。その後、ウガンダやルワンダなどでの生活を経て北京の中国国防大学(人民解放軍の幹部候補を養成する大学)へ留学し、1998年にコンゴへ帰国。帰国後は少将の地位を与えられ、高等教育を受けたプロの軍人として国軍参謀総長に就任していた。お坊ちゃまで育ちがいいせいか、父ローランの悪党面と比較すると非常にスマートな好青年という印象を受ける。

29歳のジョセフ・カビラに対し、その若さを危惧する声も多数あったが、彼は大統領になると内戦終結を目指して各武装勢力との交渉を開始した。2002年いっぱいを和平交渉に費やし、年末には包括和平合意が成立。2003年夏にはその合意に基づき、RCDとMLCの代表を含む暫定内閣を発足させた。
2004年にはモブツ派の残党がクーデターを起こしたが鎮圧に成功し、2005年12月には新憲法の是非を問う国民投票を行った。2006年2月には新憲法が発効し、7月には大統領選が行われた。モブツ時代に彼を信任する形式的な大統領選が行われたことはあるが、民主的な選挙はこれが1960年の独立以来初めてのものとなった。


やっと選挙までこぎつけたというのに、コンゴの民は騒ぎを起こし続ける。
カビラとベンバ、双方の支持者はお互いに各地で衝突し、罵り合い、投石などを繰り広げた。それのみならず、相手の選挙事務所を襲撃して警備をしていた警察官を殺害し、女性事務員をレイプするなんてことまでやらかしている。半世紀近くまともな選挙が行われたことが無いコンゴ人にとって民主主義とは、敵対候補の事務所を襲撃して警察官を殺し、女性をレイプすることらしい。
そういう物騒で理不尽な世の中を変えるために、選挙して民主的な政治をするんじゃないのかい?と思うが、コンゴ人にとっての民主主義とはそういうものではないようだ。

また、この選挙には1,300人の選挙監視団が投入されているにも関わらず、各候補とも選挙期間中に市内の病院すべてに救急車を寄贈したり、投票会場となる小学校の屋根の修理代を寄付したりと凄まじい実弾攻勢を繰り広げている。あげくの果てに選挙管理委員会が「現状では票の買収を禁じる法律はない。裕福な候補者が金を配るのは自由だ」と言い張るのだから救いようが無い。
こんな国で選挙なんかやるのは間違っている。民主主義が成功する基準は一人当たりのGDPが2,000ドル以上と言われている。それ以下の国で民主化すると余計に混乱するだけだという。モブツやローラン・カビラのことを「独裁者」と罵ったが、選挙をやってもこのザマではコンゴ人には独裁政治がお似合いなのかもしれない。


選挙には33名が立候補したが、最終的にはジョセフ・カビラと副大統領ジャンピエール・ベンバ(MLCのリーダー)の一騎打ちとなり、11月に決選投票が行われてジョセフ・カビラが勝利した。
このベンバという男、元々はビジネスマンでモブツの親族に当たる。モブツ政権下でビジネスマンとして大成功を収め、今ではコンゴでも有数の金持ちだという。ベンバ陣営は「カビラはタンザニア育ちで外国人も同然だ。彼はコンゴを外国に売り飛ばそうとしている」というキャンペーンを行ってカビラに対抗していた。
余談になるが、この第二次カビラ政権で首相を務めるのは何とアントワーヌ・ギゼンガ。そう、コンゴ動乱の際にルムンバ派がスタンレーヴィルに打ち立てた政権で大統領を務めた男だ。81歳の高齢にも関わらずPALUという政党を率いて出馬し、決選投票ではカビラ支持にまわっていた。

国際社会はこの選挙を全面支援し、EUやAU、各国のNGOなどが計1,300人の選挙監視員を派遣。国連も約17,000人規模の平和維持部隊を派遣した。政権は国内すべてを掌握しておらず、依然として内戦状態は続いている。
また、選挙に敗れたベンバが案の定「選挙に不正があった」と騒ぎ出して、最高裁に異議を申し立てた。最高裁がこれを却下すると、ベンバは手下に命じて最高裁を襲撃するという暴挙に出た。怒ったカビラは「大逆罪」の容疑で逮捕状を出すが、ベンバは手下の民兵組織の武装解除を拒否しており、依然として政情不安な状態が続いている。東部は特に酷く、民族対立とも相まって虐殺・略奪・レイプの頻発する無法地帯と化しているという。

この国は今も呪われ続けている。
35歳の若き大統領は、この生き地獄のような国を救えるのだろうか。


《コンゴ民主共和国編終了》

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22:12  |  コンゴ民主共和国/ザイール  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●お疲れ様でした

コンゴ民主共和国編を最後まで読ませていただきました。本当にお疲れ様でした。
次はどんなクズ国家が登場するか楽しみです。ハイル・マイン・フューラー!
羊 |  2007年03月30日(金) 08:31 |  URL |  【コメント編集】

コンゴを超える国は容易に見つかりませんぜ。なにせ、香ばしさ世界一ですから。
どうしましょうかね。w
にゃおんちゃん |  2007年03月31日(土) 15:46 |  URL |  【コメント編集】

●総統閣下

僕はウガンダとルーマニアを特に希望していますが、アジアの実に香ばしい国を二つ見つけましたぞ。
アジア有数のクズ国家であるアフガニスタンと21世紀最初の独立国にして21世紀最初のクズ国家である東ティモールは如何でしょうか?
羊 |  2007年03月31日(土) 20:13 |  URL |  【コメント編集】

中東がまだ無いのでレバノンとかアルジェリアはどうでしょうか

南アジアも、パキスタンやスリランカ、ネパールと色々ありますが
う |  2007年04月01日(日) 03:36 |  URL |  【コメント編集】

勘弁してください (;´д`)
にゃおんちゃん |  2007年04月01日(日) 21:00 |  URL |  【コメント編集】

…ああ、それで去年ドバイに行ったときに会ったコンゴ人はほとんどカビラの名前・顔入りTシャツを着ていたんだな…

はじめまして。いつも楽しく拝見させていただいております。とうとう最狂国家・コンゴが!
次は箸休めの意味で、傭兵におもちゃにされちゃった挙句首都以外の自治体が全部国から逃げ出しちゃったトホホ国家・コモロ連合などいかがでしょう?(笑
opqr |  2007年04月16日(月) 22:39 |  URL |  【コメント編集】

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