2017年06月 / 05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2007.03.19 (Mon)

黒猫が選ぶ80'Sメタル100選(その1) - BLIZZARD OF OZZ/OZZY OSBOURNE

にゃおんちゃんに弟子ができました。DEE君という高校生の可愛い男の子です。
そのDEE君たっての希望により新企画『黒猫が選ぶ80'sメタル100選』の登場です。

本当は70年代や90年代のものも入れたいところですが、そんなことをしたら500枚くらい選ぶ羽目になりそうなので、80年代オンリーで100枚ぽっきりにしておきます。何年かかるかわかりませんが、チマチマとやってきますわ。
なお、DEE君のような初心者向けの企画ですので、クサレ系を出したり、ヒネくれたセレクトはしません。至って真っ当な、世間一般で名盤と呼ばれてるものが多くなるでしょう。そういうわけなので、まにやの皆さん、いぢめないでね。

さて、それでは行ってみよう。記念すべき初回の登場作品はこれ。

BLIZZARD OF OZZ / OZZY OSBOURNE (1980)
BLIZZARD OF OZZ  1.I Don't Know
 2.Crazy Train
 3.Goodbye To Romance
 4.Dee
 5.Suicide Solution
 6.Mr.Crowley
 7.No Bone Movies
 8.Revelation (Mother Earth)
 9.Steal Away (The Night)
10.You Lookin' At Me Lookin' At You
Produced by
OZZY OSBOURNE, BOB DAISLEY, LEE KERSLAKE & RANDY RHOADS
Performed by
OZZY OSBOURNE (Vo), RANDY RHOADS (G), BOB DAISLEY(B), LEE KERSLAKE (Ds)


【歴史】
1979年、BLACK SABBATHをクビになったオジー・オズボーンはアメリカへ渡るが、10年以上も在籍したバンドから解雇されたショックで、ホテルに閉じこもり酒浸りの日々を過ごしていた。そんなオジーを見かねたマネージャーのシャロン・アーデン(後にオジーの妻となる)は自分のバンドを結成することを勧め、オジーは自分のパートナーとなるギタリストを探しはじめた。そして、知人の紹介によってオーディションに現われたのが当時OUIET RIOTというローカル・バンドのギタリストだったランディ・ローズだった。小柄で可愛らしい顔をしたランディを見て女の子と勘違いするほど泥酔していたオジーだが、彼のギターを聴くとその場で合格を言い渡した。

将来を悲観してしょぼくれていたオジーだったが、ランディの才能と穏やかな人柄に励まされて立ち直り、二人は次々と曲を書き上げるとボブ・ディズリー(B:元RAINBOW)とリー・カースレイク(Ds:元URIAH HEEP)を引き連れてスタジオに入り、アルバム2枚分の楽曲をレコーディングした。そして、その半分がオジーのソロ第1作として1980年にリリースされた本作品。
乾いていて抜けの良い音像、シャープでソリッドなリフを持つ楽曲など、それまでのオーセンティックなHRサウンドとは大きく異なり、JUDAS PRIESTの「BRITISH STEEL」やIRON MAIDENの1stと並んで「HMという新しい音楽」の教科書となった。オジーが「HMの帝王」と称されるようになったのも、全ては本作があってのこと。BLACK SABBATH時代の重く暗く混沌とした音を予想していた人はさぞかし驚いたことだろう。

BLIZZARD OF OZZ 1981
1981年当時のBLIZZARD OF OZZ(当時はこういう名前の"バンド"だった)
左からルディ・サーゾ、ランディ、トミー・アルドリッジ、オジー


何より、ランディ・ローズのギターも従来のロック・ギターとは一線を画す斬新なものだった。粒が細かく広角的でサスティーンの効いたサウンドに加え、それまでの主流だったペンタトニック・スケールと手クセ主体のものではなく、幼少の頃から学んでいたクラシックの知識を生かして様々なスケールを駆使したギター・ソロを披露した。それまでのベタなHRギターとは異なり、シャープな音で華麗なフレーズを構築していくそのプレイは多くのギター小僧に影響を与え、1980年代に登場した若手ギタリストは皆「影響を受けたギタリストはエドワード・ヴァン・ヘイレンとランディ・ローズ」と公言するほどだった。
陽性でカラッとしたギターを弾くエディ・ヴァン・ヘイレンに対して、ランディの弾くメロディは欧州的で憂いを帯びていたことから、ここ日本でも絶大な人気を誇った。


【本作の聴きどころ】
捨て曲がひとつもない楽曲の充実度の素晴らしく、ドライヴ感あふれる鋭いリフを持つ①、メジャー・キーを使ったキャッチーなリフにも関わらず狂気を感じさせる②、「狂人オジー」のイメージからは想像もつかない甘く切ないバラードの③、引きずるような重たいリフとグルーヴするリズムが最高に格好良い⑤、ランディとドン・エイリー(Key)が見事なソロを披露するドラマティックな⑥と⑧など、発売から25年以上を経た今でもオジーのライヴでは欠かさず演奏される曲が勢揃いしている。

なお、2002年に発売されたリマスター盤ではリズム隊がロバート・トゥルージロ(B:現METALLICA)とマイケル・ボーディン(Ds)のプレイに差し替えられている。ボブ・ディズリーとリー・カースレイクがこのアルバムの出版印税を巡ってオジーを訴え、シャロンを激怒させたためだ。
オリジナル盤を聞き込んだ人には意見もあるだろうが、ベースもドラムもオリジナルに忠実にプレイされているし、奥に引っ込んでいたランディのギターがリマスターを施したことによってはっきりと聞こえるようになったので、特別なこだわりがある人を除いてリマスター盤を購入することをお勧めする。

ランディ・ローズ  


【その後】
本作で世界中のメタル・キッズの度肝を抜いたオジーとランディは、1981年にリズム隊をQUIET RIOT時代の盟友ルディ・サーゾ(B)、パット・トラヴァースやゲイリー・ムーアとも渡り合った名手トミー・アルドリッジ(Ds)に変えて長いツアーに出る。同年、残り半分の楽曲を2ndアルバム「DIARY OF A MAD MAN」としてリリースした後もツアーは続いた。
そして、その2ndアルバムに伴うツアー中の1982年3月19日、悲劇は起こった。

この日、たまたまツアー・バスの運転手の自宅近くを通りかかった一行は、彼の自宅に立ち寄り暫しの休息を取っていた。その運転手はセスナ機を所有していたことから、ランディと衣装係りの女性が飛行機に乗り込み遊覧飛行を楽しむことにした。ところが、飛行機は超低空飛行でバスの上を通り抜けようとした飛行機はバスに接触し、そのままバランスを失って近くの林の中にある民家に激突して炎上した。乗っていた3人は即死だった。運転手はドラッグユーザーだったという噂がある。楽しい休息は一転して惨劇と化し、トミー・アルドリッジとドン・エイリーは消火器を持って飛行機に駆け寄ったが、激しく燃え盛る炎の前でどうすることもできなかったという。
こうして可愛らしいルックスと穏やかな人柄で誰からも愛された天使のような天才ギタリストは、わずか25歳でこの世を去った。大事なパートナーを失ったオジーはショックから立ち直れず、それでも契約上続ける必要のあったツアーを乗り切るために毎日浴びるように酒を飲み、それまで以上に奇行をエスカレートさせていくことになる。

再び3月19日がやって来た。今年はランディの25周忌だ。ランディが眠っているサン・ベルナルディーノの墓地には、今年も多くのファンが集まるに違いない。
May you rest in peace, Randy...


【参考作品】
「BILZZARD OF OZZ」を聞いて気に入ったら、次の2枚をお勧めしたい。
まずは2nd「DIARY OF A MAD MAN」。1stと同時期に録音されているものなので悪いはずがない。こちらにも"Over The Mountain"、"Flying High Again"、"Tonight"といった名曲が収録されている。
続いて「TRIBUTE」。「ランディの死を商売にしたくない」と長年ライヴ音源の発売を拒み続けてきたオジーだったが、1987年になって遂に本作を発表した。オジーやランディのお母さんの直筆のコメントが添えられている愛情あふれる1枚。選曲も申し分ないし、最高にスリリングなプレイが収録されている。

DIARY OF A MAD MAN TRIBUTE


【Youtube】
唯一存在するランディ在籍時のプロショット映像がこれ。1981年4月28日に「AFTER HOURS」というテレビ番組用に収録されたもので、1stから4曲を演奏している。

I Don't Know / OZZY OSBOURNE


関連記事
19:09  |  黒猫の80'Sメタル100選  |  TB(0)  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●初めまして!

初めまして。
三ヶ月ほど前に【思い出の80'sメタル】第6回:UFO にたどりついて以来、
ときどき拝見してます。

ラトヴィアやウクライナ語についてうかがいたいこともあったのですが
気後れしてしまって、今までただ拝見するばかりでしたが-----

BLIZZARD OF OZZとDIARY OF A MAD MANは、唯一(二?)十代からコンスタントにずっと聴き続けてるアルバムだったので、うれしくなってコメントしてしまいました。

次回を楽しみにしてます。まずは風邪を治して・・・・・お大事に。
ようよ |  2007年03月29日(木) 07:46 |  URL |  【コメント編集】

●いらっしゃいませ

貴ブログを拝見させていただきました。フライングVを持った元・神様とフィオレンティーナのファンだったのですね。
にゃおんちゃんも神様のファンでした。かつては最愛のギタリストだったんですよ。今はすっかり狂人と化したうえに、マイク・ヴァーニーが紹介するアメリカ人ミュージシャンと組むようになってからまるで冴えなくて、「元」神様と呼ぶようになってしまいましたが。

フィオレンティーナといえば、ロベルト・バッジォ・・・年がバレる。w
にゃおんちゃん |  2007年03月29日(木) 22:29 |  URL |  【コメント編集】

「フライングVを持った元・神様」熱は、昨年6月頃に突然再発しまして、
’84年以降のことは全然知らなかったので、驚くことがいろいろあります(^^;)。

フィオレンティーナといえばアントニョーニですよ!(嘘) バティとルイ・コスタ世代です。 どのみち彼らよりお姉さんではありますが(汗) 
ようよ |  2007年03月30日(金) 22:47 |  URL |  【コメント編集】

●84年といえば、レイ・ケ・・・・・・ゲフンゲフン

これを最後に神様の元を去っていましたか。
http://www.youtube.com/watch?v=YWxZsfyB0_c

もしかして、この場違いな格好とステージ・アクションで笑わせてくれたオッサンが原因じゃないでしょうね?w
でも、今聞くと、意外にちゃんと歌えていて驚きますね。ゲイリーさんだと声がひっくり返っちゃうところでもしっかり歌ってますし。まあ、元々は実力派AORシンガーとしてヒット曲も飛ばしている人ですからね。歌詞を間違えまくりなのがアレですが。
にゃおんちゃん |  2007年03月31日(土) 00:00 |  URL |  【コメント編集】

●ギクッ

それが原因でというワケじゃないですが、結果的には「MUSIC LIFE」を捨てて「JJ」に走ることになりましたです(笑)
ようよ |  2007年04月01日(日) 22:36 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://powerpopisland.blog68.fc2.com/tb.php/186-834fd795

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。