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2007.02.26 (Mon)

【世界の香ばしき国々】第28回:コンゴ民主共和国(Part1) - 史上最強の香ばしき国、ついに登場

「黒猫ポンセの野望」がお休みの間に、これを登場させちゃいましょう。
「香ばしき国々」シリーズ記念すべき10ヶ国目は、にゃおんちゃんが世界一香ばしいと思う国『コンゴ民主共和国』です。10ヶ国到達記念としてコツコツ書き上げた大作です。恐ろしく長い代物なので覚悟してください。確実に10回は続きます。


◆アフリカ一悲惨、すなわち世界一悲惨

さて、記念すべき「世界の香ばしき国」10ヶ国目の舞台はコンゴ民主共和国。アフリカ中央部コンゴ盆地に広がる国で、以前は「ザイール共和国」と呼ばれていた。ザイールといえばアフリカを語るうえでは避けて通ることができない名物国。いや、名物といっても何か美味しいものがあるわけじゃなくて、香ばしさ加減が名物なのだが・・・。
アフリカ諸国の殆どは独立から半世紀近くが経過した今も悲惨な状態が続いているが、その中でもこの国の悲惨さは他国の追随を許さない。アフリカ一悲惨ってことは、つまり世界一悲惨ってこと。植民地時代も相当酷いのだが、独立以後もこれでもかと言うくらいダメダメな状態が続いている。
この国は広大な領土と6,000万人近い人口を持つアフリカ有数の大国。しかも豊富な天然資源を有しており、独立直後は優れた潜在能力を持つ新興国家として発展が期待されていた。ところが、その潜在能力が仇となった。

この国が持つ天然資源の量たるや半端ではなく、世界の埋蔵量の65%を占めるコバルトをはじめ、銅、ダイヤモンド、石油、各種レアメタルと多岐に及ぶ。当然、この資源を狙って各国が暗躍するし、他のアフリカ諸国と同様この国が独立した1960年といえば東西冷戦の真っ只中。東隣のコンゴ共和国(当時コンゴ人民共和国)や南隣のアンゴラは共産主義国だったので、アメリカとソ連はその中間に位置する広大なこの国巡って激しく争った。
資源とイデオロギーという争いの種を2つも抱えたこの国の利害関係は複雑に入り組み、多くの欲望が渦巻く魑魅魍魎の世界と化した。「コンゴ動乱」と呼ばれる激しい内戦の末に親米の凶悪な独裁政権(モブツ政権)が誕生したが、それでもこの国から混乱が消えることはなかった。


それから約30年後、東西冷戦の終結によってモブツ大統領の支配力が低下すると、ルワンダ内戦がこの国に飛び火して再び内戦が始まった。この国の天然資源を狙う周辺諸国の支援を受けた反政府ゲリラは見事モブツ政権打倒を果たしたものの、馬鹿国のお約束どおり内輪揉め(民族間対立)が始まる。マヌケな大統領がパトロンの周辺国を刺激したことによって、ただの内輪揉めが周辺国数ヶ国を巻き込む激しい紛争へと発展し150万人が死亡した。
東西冷戦の終結によってイデオロギーの対立は消えたものの、従来の天然資源を巡る利権争いに加えて、今度は民族という損得によらない対立軸が生まれたため有効な解決方法が見つからず、特に戦闘が激しい東部は殆ど無法地帯と化している。
コンゴ民主共和国国旗2003年にはエボラ出血熱が大流行し、大量の死者を出した。エボラ出血熱は人間のみならずゴリラにも感染し、コンゴ民主共和国領内のゴリラの2/3が死亡したといわれている。正直言って、何をやったらここまで酷い状況になるのかマジで分からない。ゴリラも迷惑してるんだろうな・・・。


コンゴ民主共和国位置図

先に登場したが、実は「コンゴ」という名前の国は二つあって、
ひとつはこの「コンゴ民主共和国」(Democratic Republic of the Congo)
もうひとつは西隣にある「コンゴ共和国」(Republic of the Congo)

かつてコンゴ民主共和国のほうは「ザイール共和国」と名乗っていたので区別がついたが、モブツ政権崩壊後に改名しやがったので非常に紛らわしいことになってしまった。 ベルギー領コンゴとフランス領コンゴが分かれて独立しただけで、中国や朝鮮のように「本家と元祖で争うラーメン屋」という状態ではない。元々、この一帯は現在のガボンやアンゴラ北部まで含めて「コンゴ王国」というひとつの国だったが、後に西洋人が植民地化した際に切り刻んで分割統治したため、コンゴ人は今では4つの国に分かれて暮らしている。
とにかく紛らわしいので、本文ではコンゴ民主共和国を「コンゴ」と、コンゴ共和国を「西コンゴ」と呼んで区別することにする。ただし、「西コンゴ」などという呼称は、にゃおんちゃんが便宜上勝手に名付けたもので、一般的には通用しないので注意願いたい。

面積は234.5k㎡(アルゼンチンより少し小さい程度)、人口は約5,400万人(2004年)、一人当たりGDPは116$。凄いです、底辺クラスのGDPです。にゃおんちゃんがいつも見ているIMFのランキングには179の国と地域が載っているが、この国はブービー。(最下位はブルンジ)
人口が多いとはいえ、これだけ天然資源に恵まれていてこの数値は有り得ない。ゴリラに統治させたほうが100倍マシじゃないかと思う、いやマジで。



◆ベルギー国王レオポルド2世の野望

コンゴ盆地へ最初にやってきた西欧人はポルトガル人だった。15世紀にこの地にやってきた彼らは奴隷貿易を始めたが、沿岸部に港や交易拠点を築く程度で、内陸部まで入り込んで植民地を建設するということはかなり後の時代まで行われなかった。これは別にコンゴ盆地に限らず、ギニア湾岸や東アフリカでも同じ。様子がよく分からないうえに風土病がある内陸部までは怖くて入れなかったのだろう。西欧諸国がアフリカの奥深くまで支配しだすのは、様々な探検家によって地形が明らかになり、風土病に対する研究が進んだ19世紀末から20世紀前半にかけてのこと。

当時のコンゴ盆地一帯はバンツー語族系のバコンゴ族が作った「コンゴ王国」が支配しており、活発な交易によって繁栄していた。コンゴ盆地にやって来たポルトガル人は周辺部族からの攻撃に悩んでいたコンゴ王国に加勢し、それと引き換えに沿岸部に拠点を作って貿易を始めた。
しかし、強欲なポルトガル人がその程度で満足するわけがない。15世紀末になるとポルトガルはコンゴの南隣アンゴラへの入植を開始し、さらに1665年にはコンゴ王国の内乱に乗じて国王を殺害して、そのまま植民地にしてしまった。以後、アンゴラやコンゴ盆地はブラジル(当時のポルトガル最大の植民地)への奴隷供給源となり、毎年10,000人を超える黒人奴隷がブラジルへ送られた。
しかし、やがて産業革命が起こり、機械化によって人手がそれほど必要とされなくなると奴隷貿易も下火になり、19世紀になるとイギリスやアメリカをはじめとする欧米列強の間でも奴隷制度に対する風当たりが強くなる。奴隷に負う部分が大きかったポルトガルの植民地経営は一気に苦しくなり、他にこれといった資源も無い未開の地コンゴは放置されるようになった。


悪徳国王レオポルド2世そんな忘れられかけていたコンゴに目をつけたのがベルギー国王レオポルド2世。産炭国のベルギーは石炭マネーで潤っていたうえに高度な農業が発達しており、植民地など持たなくても十分に金持ちだった。しかし、レオポルド2世は近隣のイギリス、フランス、オランダが植民地でボロ儲けしているのを見て、 「余も植民地を持ってボロ儲けするのじゃ」という野心を抱いた。
レオポルド2世は世界各地の情勢を調べた末にコンゴに目をつけるのだが、議会や国民から植民地獲得に対する理解が得られず計画は頓挫しかけた。19世紀後半のベルギーでは既に厳格な三権分立が確立されており、国王といえども立憲君主制の下では勝手なことはできなかった。

すると国王は1876年に学術的研究や人道主義を掲げた「コンゴ国際協会」なるダミー組織を作り、「あくまで国王個人の慈善活動として、未開人に文明を伝えるための研究や人道的支援を行う」と偽って、有名なイギリス人探検家ヘンリー・モートン・スタンレーを雇用してコンゴへ派遣した。
名目上は調査でも実際は植民地建設のための下調べと準備。ということで、1879年にコンゴへ入ったスタンレーは現地の部族達を言葉巧みに丸め込んでは自分達に協力させ、内陸へ向かう開発用の道路や橋を作り、1881年には後に首都となるレオポルドヴィル(現キンシャサ)を建設している。

≪Part 2につづく≫

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18:27  |  コンゴ民主共和国/ザイール  |  TB(1)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

この前リクエストしたコンゴ民主共和国に関する記事を見せて頂きました。ど~もありがとうございます!イヤッホゥー!

この記事の「ゴリラに統治させたほうが100倍マシじゃないかと思う」と言う所を見た時、思わず爆笑しました(笑)。
続きの記事を楽しみにしてます(特にモブツについて詳しくかつ面白く書いて欲しいと思います。)。後、これからも世界の香ばしいクズ国家を面白可笑しく紹介して欲しいと思います。ハイル・マイン・フューラー!
羊 |  2007年02月26日(月) 19:19 |  URL |  【コメント編集】

●追記

上の記事は、「ありがとうございます!」を題名にするつもりでしたが、間違ってURIの所に書いてしまうと言うチョンボをやらかしてしまいました。トホホ・・・。
羊 |  2007年02月26日(月) 19:31 |  URL |  【コメント編集】

●ありがとうございます

コメントありがとうございます。
実は次は10ヶ国到達記念でコンゴを取り上げようと早い時期から決めておりまして、コツコツと準備してました。「ゴリラが統治したほうがマシ」とかボロクソに書いてますが、ナイジェリアやコンゴなどはアフリカの中でも優れた潜在能力を持つ国で、独立直後は将来を嘱望されていた国だったのです。にもかかわらずキチガイがのさばってこのザマですから、怒り倍増で「バカ」とか「ゴミ」とか「ゴリラ以下」とか書いてしまうんですわ。

アフリカ人が劣等民族などとは微塵も思っていませんが、アフリカの政治家というとモブツやらアミンやらムガベやらキチガイと悪党ばかりで、ケマル・アタトゥルクや朴正煕のような人物がひとりも出てこないことを考えると、やはりアフリカの政治家には何か問題があるのではないかと思います。
比較的評判の良い人物を探しても、タンザニアのエニレレは経済面ではまるでダメでしたし、南アのマンデラは政治家や指導者というよりは黒人解放の闘士ですしねぇ。
あ、エジプトの英雄ナセルがいたか。でもナセルはアフリカ人ってより、アラブ人だしなぁ・・・。
にゃおんちゃん |  2007年02月28日(水) 02:44 |  URL |  【コメント編集】

アフリカで優秀な政治家はセレツエカーマぐらいですかね?
名無しのイワンさん |  2014年07月15日(火) 23:10 |  URL |  【コメント編集】

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銅、コバルト、ダイヤモンドなどを産する世界トップクラスの鉱産資源国。輸出の約9割を鉱産資源が占める。コバルトの埋蔵量は世界の約65%。かつてはウランの採掘も行われており、1945年に広島市に投下された原子爆弾の原料はコンゴ民主共和国産であった。地下資源に恵まれる
2007/03/17(土) 05:54:14 | 国を集めた

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