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2007.01.17 (Wed)

【黒猫ポンセの野望】「HEARTS OF IRON II」リプレイ(その4)

これまでの経過はこちら
私の座右の銘は「今度はイタリア抜きでやろうぜ!」です。そういうことなんです、はい。


コミンテルンを叩け! - 1937年1月1日~3月13日

ゲームが始まって1年が過ぎた。スペイン派遣軍の撤収作業で多忙だったことからクリスマス休暇を取れなかったポテンテは、2月下旬にフランコ総統との打ち合わせでスペインを訪問したついでにイビザ島で休暇を満喫していた。
猫は寒さが苦手なのだ。陰鬱な曇天が続く寒いドイツで毎日仕事に明け暮れ、体力的にも精神的にも消耗していたポテンテは、太陽が降り注ぐイビザで思う存分ひなたぼっこをして英気を養った。

日向の匂いを漂わせたポテンテがお土産に買ったひまわりの種を片手にベルリンへ戻って早々の3月13日、日独伊防共協定締結のイベントが起こった。
「世界に共産主義を輸出する」と公言しているコミンテルンの影響によって社会が混乱することを、多くの国の指導者危惧していた。そして、ドイツは共産勢力の影響を封じ込めるべく、今後5年間にわたりイタリアや日本と情報を共有し、相互支援と対抗措置を定めた協定を締結することとした。

しかし、ヒトラー総統は1933年にイタリアを率いる独裁者ベニート・ムッソリーニ総帥と会談した際に「若造」呼ばわりされたことを根に持っており、またポテンテ補佐官も日頃から軟弱極まりないイタリア軍のことを「ヘタリア軍」と呼んでバカにしていた。このようなことから、イタリアと命運を共にする関係になることについて、ドイツはとても消極的だった。
西にはイギリスとフランス、東にはソ連と、敵に囲まれたドイツは喉から手が出るほど味方を欲していたが、そのドイツといえどもイタリアを同盟国とすることには二の足を踏んだ。1935年10月にエチオピアへ侵攻したイタリアが国際社会から総スカンを食らって以来、ドイツはイタリアに対して武器や物資などを援助してきたことから両国の関係は良好になりつつあったが、それもイタリアが英仏陣営に加わってドイツ包囲網を作ることへの警戒に過ぎない。
ポテンテ補佐官はムッソリーニの写真を見て一言つぶやいた。
「頼りない味方は強大な敵より恐ろしい」

ヒトラーの三奉行(ポテンテ、ボルマン、リッベントロップ)を中心に外交セクション、軍部のトップによって検討が重ねられた結果、「軍事同盟ではないし、今後イタリアとの協力が必要な事態になることも考えられるので、協定締結に応じよう」との結論に至った。
イタリアをアテにすることの危険性を力説するポテンテ補佐官は、「あんなヘタリアよりもトルコと組むべきだ!」と激しく抵抗したが、リッベントロップ補佐官から「これは防共協定だ。ソ連とイタリア、どっちが危険だと思う?」と説得されて渋々締結に同意した。



ケマル・アタトゥルクとの邂逅 - 1937年3月14日~9月26日

防共協定の締結を終えると、ヒトラー総統はポテンテが主張したトルコとの同盟について話を切り出してきた。

アドルフ・ヒトラー

ポテンテ君、貴君が主張していたトルコとの同盟だが、実現可能なのか?
トルコのケマル・アタトゥルク大統領は親独的だが、中立志向が強い人物だ。

黒猫ポンセ

総統閣下、私はぎ印ドイツ帝国を飛び出す前に内緒でリクルート活動をしていて、その頃に短期間ですがケマル大統領の元に厄介になっていたことがあるのですよ。
私はケマル閣下を大変尊敬していて、閣下のことならホクロの数まで知っています。

アドルフ・ヒトラー

君は油断も隙もない猫だな。
しかし、トルコとの同盟が実現すれば、我が国は来るべき戦争において中東でかなり優位な状況に立つことが出来る。

黒猫ポンセ

はい、英仏と戦争になった暁にはトルコが中東にある英仏の植民地を攻略してくれるでしょうし、ソ連と戦う際にはカフカスで道案内を務めてくれるでしょう。彼らは頼もしい同盟国となってくれるはずです。

アドルフ・ヒトラー

うむ、それではポテンテ君、この件は全面的に君に任せる。
ノイラート、ヒンデンブルク、リッベントロップにもこのことを伝えておくから、彼らを好きに使ってよいぞ。

黒猫ポンセ

はい、それでは同盟が実現するまで、しばしお待ちください。


1937年6月6日、盧溝橋事件が発生。これをきっかけに日中戦争が勃発した。中国側は国民党、共産党、各軍閥が統一戦線を組んで日本に対抗することとなった。

ヒトラー総統のお墨付きを貰ったポテンテは、1937年の春から初夏にかけてドイツ帝国外交スタッフの総力をあげてケマル大統領を口説き落としにかかった。
ケマル・アタトゥルク大統領をはじめとするトルコ共和国首脳陣は親独的だったが、彼らは戦争に巻き込まれることを恐れていた。第一次世界大戦の敗戦によってオスマン帝国が崩壊し、戦勝国によって占領される危機からやっと守りきったのが現在のトルコ共和国なのだ。ケマル大統領の強力なリーダーシップによって急速に近代化が進んでいたものの、1924年に建国されたばかりの新興国家だった当時のトルコに戦争という博打を打つ余裕などなかった。

黒猫ポンセ

閣下、ご無沙汰しておりました。ポンセでございます。
あ、今はポテンテという名前に変わりましたが。

ケマル・アタトゥルク

おぉ!ポンセではないか。元気にしておったか?
お前が以前に私に教えてくれた日本式とドイツ式をミックスした生産効率向上マニュアルな、あれを我が国の工場に導入したら生産効率が15%もアップしたのだ。

黒猫ポンセ

一宿一飯の恩義を返せたようで、それは何よりです。

ケマル・アタトゥルク

ところでポンセよ、いきなり私を訪ねてくるとは何かあったのか?

黒猫ポンセ

はい、実は私は現在ナチス・ドイツで総統補佐官を勤めておりまして・・・。

ケマル・アタトゥルク

ドイツと同盟しろと言いに来たのだな?
ダメだ、ダメだ。いくらお前の頼みでもそれは無理だぞ。

黒猫ポンセ

それは百も承知のうえでお願いに来たのです。
閣下、これはドイツとトルコ、双方にとって利益となる話です。

ケマル・アタトゥルク

今のドイツは英仏のみならず、ソ連やアメリカまで相手に戦争しそうな勢いではないか。世界中を敵に回して勝てると思うのか?個人的にはドイツの窮状には同情するが、そのために我が国を破滅に導くことはできん。

黒猫ポンセ

閣下はトルコ国民だけが生き残ることができればそれで良いとお考えですか?メスヘティアやアゼルバイジャンでスターリンの恐怖政治に怯えて暮らす同胞を、キプロスでギリシャ人の弾圧に耐えて暮らす同胞を救おうとは思わないのですか?

ケマル・アタトゥルク

うむむ・・・。しかし、ヒトラーはアーリア人至上主義を唱えているではないか。私はあのような危険な男とトルコの命運を共にしたくはない。

黒猫ポンセ

私がいる限りそのようなことはさせません。閣下、私の目標はイギリスやフランスが牛耳る現在の世界秩序を破壊し、そして共産主義をこの世から抹殺することなのです。

ケマル・アタトゥルク

ポンセよ、お前が世界を戦争の渦に放り込んでまで作りたい世界とは、一体どのようなものだ?何故そこまでするのだ?

黒猫ポンセ

私は黒猫です。黒であるがゆえに言われなき差別に遭ったこともあります。だから、私は白人が世界を支配する世の中に終止符を打ちたいのです!植民地支配や搾取に苦しむ民衆を解放し、世界を多極化するのです。

ケマル・アタトゥルク

うーむ・・・ドイツ版「大東亜共栄圏」を作ろうというのか。

黒猫ポンセ

そして、私が思い描く戦後の世界では、トルコには中東において重要な役割を担ってもらう予定です。

ケマル・アタトゥルク

オスマン帝国のように再びアラブ世界に君臨しろと言いたいのか?

黒猫ポンセ 

いいえ、閣下が掲げる政教分離や世俗主義、近代化の推進は他のイスラム国家にとっても模範となるものです。トルコには中東の近代化や民主主義のリーダーとなってもらいたいたいのです。

ケマル・アタトゥルク

・・・分かった、ポンセよ。このケマル・アタトゥルクとトルコ国民もお前の夢に乗ろう。

1937年9月26日、トルコ共和国はドイツとの軍事同盟を締結し、枢軸国入りを果たした。
「同盟締結成る」の知らせがベルリンに届いた日、ヒトラー総統は滅多に披露しない口笛を披露するほど上機嫌だったという。

総統と親方またこの頃、防共協定締結を受けてイタリアのムッソリーニ総帥がベルリンを訪問していた。かつてはヒトラーを「若造」と罵ったムッソリーニだったが、そのヒトラーの手腕によって一糸乱れぬ軍国主義国家へと生まれ変わったドイツを見て感銘を受け、ヒトラーに対する認識を改めたようだった。
大のイタリア嫌いを公言するポテンテ補佐官が事あるごとにムッソリーニの側近に対して「ヘタリア、ヘタリア」とイタリア軍の軟弱ぶりを当てこすったため、ノイラート外相が顔面蒼白となる場面が幾度かあったものの、ムッソリーニは上機嫌で帰国した。


≪つづく≫

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22:15  |  黒猫ポンセの野望  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

むう、トルコか。わしにその発想はなかったわい。

そちらも既に経験しておろうが、軍事同盟に関してひとつの教訓がある。

ハ ン ガ リ ー に 期 待 す る な 。
Guicho Zurdo |  2007年01月18日(木) 01:25 |  URL |  【コメント編集】

それでもイタ公よりはマシで。
黒猫ポンセ |  2007年01月18日(木) 19:20 |  URL |  【コメント編集】

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