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2007.01.16 (Tue)

【黒猫ポンセの野望】「HEARTS OF IRON II」リプレイ(その3)

これまでの経過はこちら
ドイツ風にカール・ポテンテと改名してあります。よろしく。


兵隊さんが街にやって来た - 1946年1月1日~7月17日

Guicho Zurdoに一泡吹かせるべく、タッグを組んだヒトラー総統と黒猫ポンセ改めポテンテ補佐官は、当面の政治方針として次のことを目標に掲げた。 

・ヴェルサイユ条約により課された賠償金の支払い拒否
・フランスに割譲したエルザス・ロートリンゲン(アルザス・ロレーヌ)地方の再占領
・ポーランドに割譲したボーゼン州と西プロイセン州の再占領
・国際連盟保護下の自由都市ダンツィヒの占領
・オーストリア併合による大ドイツ成立

要するに、まずは第一次世界大戦によって失った領土を取り戻し、さらにオーストリアを併合してドイツ民族の統一国家建設を実現しようということだ。なお、ダンツィヒ同様国際連盟保護下にあったザールラントのドイツ復帰と、徴兵制の復活は既に実現している。


ドイツがゲーム開始後最初に行ったことは、ヴェルサイユ条約によって非武装地帯と定められていたラインラント(ドイツ西部ライン川沿岸)進駐だった。自国の領土に自国の軍隊が駐屯できないとは理不尽にもほどがある。
しかし、これは明確な条約違反でありヴェルサイユ体制に対する挑戦であることから、フランスが怒って軍を差し向けてくる危険性もあり、総統とポテンテにとって大きな賭けであった。この時点でのドイツ国防軍が有する陸軍戦力は歩兵36個師団と軽戦車3個師団のみ。ドイツは既に1933年に国際連盟を脱退しており、外交的に孤立しつつある状況だった。 もし英仏と戦争になろうものなら、そう簡単に国境を破られることは無いにしても苦戦は免れない。

ラインラント進駐しかし、フランスは不快感を示したのみで何ら具体的な報復措置を採ることは無く、ラインラントへ進駐したドイツ陸軍第12軍は1月3日、『強いドイツ』復活を願う市民から熱烈な歓迎を受けてケルンへの入城を果たしたのだった。総統とポテンテは、まず最初の賭けに勝った。
後日、ヒトラー総統はこのときの話になると、決まって次のように漏らした。

「ラインラント進駐後の48時間は私の人生で最も神経をすり減らしたときだった。もしフランスがラインラントに兵を進めたら、我が軍は尻尾を巻いて撤退しなければならなかっただろう。私の不退転の頑張りと冷静さがドイツを作ったのだ」


ポテンテは続いてルクセンブルク侵攻作戦を立案した。ルクセンブルクは19世紀にはドイツ連邦(ドイツ同盟)に加盟していたが、後に独仏の緩衝地帯とするべく両国の話し合いの末に永世中立国として独立したという経緯を持つ。そういった経緯から、ヒトラー総統やポテンテは「あそこは元々ドイツ領だ。奪還して何が悪い?」と考えており、またフランス攻略の際には重要な拠点となる場所であることから、いずれ何としても手に入れなければならない場所であった。
しかし、ルクセンブルクはフランスが独立を保障していることから、下手に手を出せば今度こそフランスと全面戦争となりかねない危険性があり、検討を重ねた結果断念することとなった。

当初、ヒトラー総統はポテンテ補佐官が戦争という戦争にことごとく反対するのではないかと恐れていた。ところが、予想に反してポテンテは自らルクセンブルク攻略作戦を持ち出してきたのだ。この積極的な姿勢を見た総統はいたく喜び、「まあ、焦ることない。チャンスはいくらでもある」と労をねぎらった。
ラインラント進駐以降、来るべき戦争に備えた軍備増強のため、必要な資源の確保や軍需産業を担う各企業との折衝などで多忙な日々を過ごしていたポテンテだったが、7月に入ると次の重要な決断を迫られた。



誰が為に鐘は鳴る - 1936年7月18日~12月31日

人民戦線のポスター7月18日、スペインでフランスシコ・フランコ将軍率いる軍部を中心とする右派(国民戦線)が、資本家や教会などの保守派から支援を受けて、左派政権(人民戦線)に対して武装蜂起した。いわゆるスペイン内戦の勃発だ。
1930年代のスペインの政治情勢は混乱を極めていた。1931年にスペイン・ブルボン朝王政が倒れて共和制が成立したが、右派と左派の激しい抗争が続いていた。1936年2月の総選挙で左派が辛勝したが、政権を支える社会党、共産党、アナーキストの内部抗争による社会混乱が続き、ついには軍部が不満を爆発させて内戦に突入したのであった。

英仏は介入しない姿勢を打ち出したが、ソ連は人民戦線を、イタリアは国民戦線支持を宣言して武器や資金、さらには義勇兵などを送り込んでいた。そして、我が国にもフランコ将軍から救援要請が届いた。
7月20日、ヒトラー総統は閣議を開催し、そこで今後の対応について話し合いを行った。なお、閣議には総統の補佐役としてカール・ポテンテ(軍事担当)、マルティン・ボルマン(内政担当)、ヨアヒム・フォン・リッベントロップ(外交担当)の三人も出席している。この三人は総統の側近中の側近として大きな影響力を持ち、『ヒトラーの三奉行』として政府・ナチ党内で頭角を現しつつあった。

「これ以上、欧州の赤化を許してはならない。我が国にはスペインを共産主義の魔の手から守る使命がある!」

会議はヒトラー総統のこの一言によって、たった10分で決着した。唯物史観を掲げて神を冒涜し、暴力による革命を肯定するボルシェヴィキが輸出する邪悪な共産主義思想はこの世から抹殺されなければならない。
フランコ将軍の要請どおり、航空戦力が弱い国民戦線を支援すべくフーゴ・シュペール空軍少将を司令官とする航空部隊『コンドル軍団』がスペインへと派遣された。ポテンテ補佐官は大規模な陸戦部隊投入を進言したが、ベルリン・オリンピック開幕を目前に控えていたことから総統はこれを却下した。


1936ベルリン・オリンピックそして8月1日、ベルリン・オリンピックが開催された。ナチスのプロパガンダに使われた、いわくつきの大会だ。ベルリン・オリンピアシュタディオンに詰め掛けた多くの観客がナチ式敬礼で「ハイル!」と出迎える中、ヒトラー総統は高らかに開会宣言を高らかに行った。
それから約2週間、世界はスポーツに熱狂してスペインの戦火など忘れたかのように見えた。


総統がオリンピックに関連する様々な行事に忙殺されている間、ポテンテ補佐官はスペインのコンドル軍団と頻繁に連絡をやり取りしては、しきりに国防省への出入りを繰り返していた。彼は国民戦線の戦いに不安を感じていたのだ。
いくら人民戦線が無政府主義に侵された暴徒の集団とはいえ、一応は選挙によって成立した政権。それに対して蜂起した国民戦線は、いわば反乱軍なのだ。果たして、国民戦線は民衆から支持されているのだろうか?わずかばかりの義勇兵を送った程度で十分なのだろうか?
しかも国民戦線の支配地域は北西部のガリシア地方と南西部のアンダルシア地方で、両地域は人民戦線の支配地域やポルトガル領によって分断された状態となっていた。良く見れば挟撃が可能な状況だが、悪く見れば分断されて各個撃破される可能性がある。

いずれ起こる英仏との戦争に備え、その背後に位置するスペインには是が非でも親独的な政権を打ち立てておく必要がある。もしスペインと軍事同盟を結ぶことができれば、我が軍は西部戦線でぐっと有利になるのだ。ポテンテは国民戦線との軍事同盟締結と陸戦部隊投入について総統に掛け合ったところ、スペイン内戦を部隊運用や新兵器に関するテストの場としたい国防省の協力もあって総統の許可を得ることに成功した。
マドリード詣でを命じられたノイラート外相とヒンデンブルク情報相によって、国民戦線との関係は見る見るうちに深まり、9月27日に軍事同盟の締結に成功した。


国民戦線との同盟締結によってドイツは自動的に人民戦線に宣戦布告する格好となり、すぐさまルントシュテット将軍率いる陸戦部隊とケッセルリンク中将率いるルフトバッフェ(ドイツ空軍)爆撃機部隊からなる正規軍部隊『スペイン派遣軍』がガリシア地方のラ・コルーニャへと向かった。
最新装備のドイツ軍は民兵主体の人民戦線部隊をスペイン各地で蹴散らし、わずか2ヶ月半で国民戦線を勝利へと導いた。12月18日には人民戦線最後の拠点バダホスが陥落し、スペイン内戦は史実よりも2年以上早く終結した。

年末には国家元首である総統となったフランコがベルリンを訪問し、ドイツ=スペインのファシズム同盟を世界にアピールした。史実では色々と理由をつけて枢軸入りを断り続け、上手いこと逃げおおせたスペインだが、ポテンテの作戦によって同盟締結・枢軸入りが実現した。
歓迎晩餐会の席上、ヒトラーは一蓮托生の仲となったフランコ向かって次のように言った。
「死ぬときは一緒です。地獄の底まで付き合ってもらいますぞ、はっはっは」


≪つづく≫

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