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2006.12.22 (Fri)

2006バルト三国旅行記(その35) - バルトの真実(9月11日)

前回の記事の続きです。
何だかんだ言いつつもとても快適だったバルトの旅。しかし、ここで厳しい現実の一端を見せつけられてヘコみます。


◆ラトビアの田舎で日本人と遭遇

ホテル探しを始めて10分、街のど真ん中にあるリーヴァ・ホテルに飛び込むと、空室あり・値段もお手頃なので即決する。今夜の宿の確保完了、一泊25LVL(約5,500円)なり。部屋はまるでどこかの学生寮のような安っぽい作りだったが、どうせ一晩寝るだけなので構わない。
ヴィリニュスに住む友人ユリアに電話して、リエパーヤに無事着いたことを報告する。次はどこに行くのか聞かれたので、クルディーガに行こうと思ってると答えると、 「どこ、それ?聞いたことないわね。そんなところで何をするの?」と激しいツッコミを受ける。
グルディーガは中世のラトビアに存在したクールラント公国の首都だった街なので、クールラント公国の名残を探しに行きたいのだ。ロシア皇帝を輩出したこともある国なのだが、ユリアは知らないようだ。「リガへ行きなさい。とても素敵な街よ」と言うユリア。

電話を終えるとシャワーを浴び、ロクに髪も乾かさずに出かける。日が沈む前に少しでもこの街を見ておきたい。
この街の目抜き通りらしき歩行天国を歩くが、こんな田舎町に不似合いなほどデカく立派なロックカフェがある以外はロクなものが無い。すぐに引き返してホテルのすぐそばにあるツーリスト・インフォで地図と観光パンフを物色していると、驚くべきことに後ろから日本語が聞こえてきた。えぇぇ?と思い振り向くと、そこには日本人の青年3人が立っていた。思わず「あ、日本人」と呟いてしまったので、今度は向こうがびっくりすることに。ヴィリニュスですらロクに日本人を見たことが無いのに、まさかこんな辺鄙な都市で遭遇するとは。

早速情報交換をと思い話を聞くと、彼らは内閣府の派遣事業でバルト三国を旅しているらしい。エストニアからラトビアへやって来て、明日はヴィリニュスへ向かうそうだ。にゃおんちゃんとは逆の移動パターンだ。エストニアのパルヌゥに行こうと思っているので、彼らの印象を聞いたところ「学生の街」だとのこと。
彼らは手持ちのLVLを使いきりたいらしく、にゃおんちゃんに土産物屋を見なかったかと尋ねてくるが、この街の中心部には土産物屋どころか普通の店すらロクに無いのだ。そのことを告げると彼らはツーリスト・インフォの隣にある土産物屋で買い物をすることを決めたようだった。団体行動なのでとにかく自由時間が無い、とボヤいていた。
彼らから見たら、にゃおんちゃんなどまるで徘徊する浮浪者のようなものだ。何せその日・その時の気分で行き先を変え、あちこちをフラフラと歩いているのだから。


◆夕焼けを見ながら考えたこと

日本人の青年と別れ、夕焼けで真っ赤に染まったリエパーヤの街を歩く。教会や役所、市場などそれなりに古めかしく大きな建物もいくつかあるが、文化遺産としてはたいした価値があるとは思えないものばかり。
そんなうらぶれた地方都市リエパーヤで一際目立つのがこの二つの教会。しかし、閉館時間をとっくに過ぎているので中に入ることもできず、外から眺めておしまい。

キエフ(ウクライナ)やミンスク(ベラルーシ)なども一国の首都とは思えないほどショボくれた都市だったが、ラトビアの一地方都市に過ぎないこの街のうらぶれ方は半端ではない。街の中心部だというのに人通りも少なく商店街らしきものが殆ど無いのだ。 人口14万人の都市だからこんなものなのだろうか?

聖アンナ教会聖ヨセフ大聖堂
 左は聖アンナ教会、右は聖ヨセフ大聖堂


裏路地に入るとショボさは一層増す。
石畳は車のタイヤがパンクするんじゃないかと思うほどガタガタ、家屋は木造のものが多いうえにペンキがハゲてボロボロ。さすがに人が住んでいるだけあって、窓ガラスが割れていたり雑草がボーボーということはなく、スラム街のような荒れ果てた雰囲気は無いが、とにかく何もかもがボロくて相当くたびれている。
ドイツ風の木造家屋が多くクライペダよりもよほどドイツ的なのだが、何ボロいので感慨よりも妙な寂寥感に駆られる。そういや、この街もリーバウという名前で中世にはドイツ人が多く住んでいたところだったな。

バルト三国はいずれも一人当たりのGDPは7,000$程度なのだが、ヴィリニュスやクライペダはそんなことを感じさせないほどとても綺麗な街だった。もちろん、よく見れば建物の壁が崩れ落ちていたり、道路に穴が開いていたりするのだが、街全体の雰囲気は決して貧乏臭いものではなかった。それだけに、いつしか「バルトって意外と豊かじゃん」と錯覚していたが、ここで思いっきり現実を見せつけられたような気がした。

リエパーヤの裏路地


リトアニアはEUに加盟した途端に労働力人口が20%も周辺国に流出している。EU加盟国の国民は、EU圏内のどこにでも自由に住み、就職する権利が与えられている。だから多くのリトアニア人はより良い仕事・豊かな暮らしを求めてドイツやイギリスへと去っていった。ラトビアだって同じようなものだろう。本当に豊かならこれほど労働力人口が流出するわけがない。
かつてはソ連の一部だったことを考えれば、表彰状を送りたくなるほどよくやっているバルト三国だが、それでもこれが一人当たりGDP7,000$の国の現実なのだ。
ユリアが「ヴィリニュスの街はいつもあちこちで工事をしていて、ここ数年で急激に綺麗になった」と言っていたのを思い出した。そういえばクライペダでもあちこちで工事をしていた。 多分、ヴィリニュスにしろクライペダにしろ、以前はこの街のようにボロボロだったのだろう。これがバルトの現実なのだ。

もちろん、この国には未来がある。悲観するような現実ではないが、あまりに居心地が良いのでいつかし先進国にいるのと同じような気分になっていたところに、突然冷水を浴びせられたような格好となったことがショックだったのだ。
リエパーヤの夕焼けを見ながらそんなことを考えていた。

リエパーヤの夕暮れ

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テーマ : バルト三国 - ジャンル : 旅行

21:22  |  2006バルト三国  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

バルト三国って「元ソ連だった国」ってイメージだけでしたが微妙に違うんですね。
文章が上手ですので、自分が探検しておるようです。
うーむ面白い。
代吉 |  2006年12月26日(火) 04:29 |  URL |  【コメント編集】

ありがとうございます。ダラダラと続いていてしまって、全然上手い文章じゃなくてごめんなさい。

あんな小さなバルト三国でもそれぞれ違うんですよー。リトアニアとラトビアは似ている点も多いのですが、エストニアなんて全然違います。
エストニア編は・・・まだまだ先になりそうですね。
にゃおんちゃん |  2006年12月26日(火) 21:03 |  URL |  【コメント編集】

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