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2006.12.06 (Wed)

【世界の香ばしき国々】第23回:コロンビア(Part3) - 腐敗と麻薬と殺戮の時代へ

前回の記事の続きです。
国内の混乱が収まらないコロンビアに、ついに軍事政権が誕生しました。普通の国なら軍事政権の強権政治によって少しは混乱が収まるものなのですが、この国は違いました。国家の成り立ちは周辺諸国とそれほど違わないのに、どうしてこの国だけはこんなにグダグダなんでしょうか。


◆軍事政権を経て国民戦線の時代へ - 1953年~1974年
1953年、ゴメス大統領が陸軍総司令官グスタボ・ロハス・ピニージャを解任しようとしたところ、ロハスが軍事クーデターを起こし、ゴメスを追放して軍事政権を打ち立てた。
ロハスは自由党支持者の自衛組織に恩赦を与えて投降を促すと彼らを武装解除し、彼らに奪われた大地主の土地を奪還するため各地に軍を派遣した。しかし、自衛組織の中心だった零細農民達は農地改革を求めて激しく抵抗したため、ロハスは貧困対策を取ることと武装農民に特赦を与えることで彼らを納得させた。
また、彼はアルゼンチンのペロン政権ばりのポヒュリスト政策を掲げて国民からの支持を得ようとしたことから、自由党支持者を殺害して投獄されていた保守党支持の過激派まで釈放した。ところが、こいつらは釈放された途端に再び自由党支持者の農民を次々と殺し始めたため、せっかく武装解除した農民達が再武装してしまった。

ポピュリスト政策に失敗したロハスは一転して強硬姿勢を取り、独裁政治を行うようになった。「オラ達を散々いたぶった地主やテロリストに恩赦を与えるなんて、ロハスはとんでもない奴だべ!オラ達はもう政治家なんて信じねぇ!」と怒った農民達が南部にあるトリマ州に武装自治区を作ると、軍隊を投入してこれを叩き潰した。
これらの武装農民は、1959年にキューバ革命が起きると共産主義の影響を受けて「コロンビア革命軍(FARC)」を結成し、反政府ゲリラ活動を行うことになる。

ロハスがしくじったのを見た保守党と自由党の指導者は、それまで散々争っていたにも関わらず軍事政権打倒で利害が一致したことから結託し、ゼネストと路上抗議行動を繰り返してロハスを退陣に追い込んだ。総スカンを食らったロハスはコロンビアに居られなくなり、2年間ほどスペインへ逃亡する羽目となった。
ロハス追放に成功した両者は1958年に「国民戦線」と呼ばれる協定を結び、両党が4年ごとに交代で大統領を務め、全ての政府関係職を公平に分けることで決着をつけた。両党によるこのような談合によってラ・ビオレンシアは終結したものの、一度武装した農民達は貧富の差の解消を訴えて武装解除を拒否したため、これ以降のコロンビアは武装農民のゲリラ活動に悩まされるようになる。


◆「ゲリラと麻薬の国」へ - 1960年代前半~1970年代前半
1960年代に入ると国民戦線の談合政治に対する抗議運動が活発になり、1964年に前述のトリマ州の農民達がFARCを結成する。FARCはマルクス=レーニン主義を掲げる共産ゲリラだが、他の南米諸国の共産ゲリラ組織とは異なり、都市に住むインテリ層や労働者階級出身の兵士が殆どおらず、メンバーの90%が地方の農民で占められている。結成当時には1,000名程度だった兵力は、冷戦時代にソ連からの援助などによって次第に増え、1980年代末には4,000人に達することになる。(現在は約18,000人)
またコロンビアの共産ゲリラ組織はFARCだけではなく、キューバ革命に影響を受けた都市中間層出身のインテリが中心となって作られた「民族解放軍 (ELN)」、毛沢東主義を信奉する「人民解放軍(EPL)」などが存在した。これらのゲリラの兵力は1960年代には数百名程度だったが、1980年代末には1,000人規模にまで増え、爆弾テロや石油パイプラインの爆破などを繰り返して暴れまわることになる。(現在は約5,000人)

冷戦時代には共産ゲリラなどどこの国にもいたが、コロンビアには「4月19日運動(M-19)」という右翼のゲリラまでいた。民族主義者まで愛想を尽かしてゲリラを組織するほどコロンビア政府は無能だったのか。
3つの共産ゲリラは支援元がソ連だったりキューバだったりという違いこそあるものの、いずれも共産主義を標榜するゲリラであるのに対して、M-19はロハス軍事政権支持者が作った「国家人民連合(ANAPO)」を母体としており、反米であり民族主義を掲げている。保守党と自由党の談合政治に失望した過激なインテリ民族主義者達が、合法的な手段による社会変革は不可能と考えて1970年代初頭に結成した。しかし、その割にはグループ内にはポピュリストやキューバとつながりのある共産主義者なども多数いて、何だかよく分からないごった煮団体の様相を呈していた。

これらのゲリラ組織は険峻な山岳地帯と熱帯雨林が多いコロンビアの自然条件を活かして国内各地に武装自治区を作り立てこもったため、コロンビア国内には政府の統治が及ばない地区がいくつもできあがった。
それでも1960年代はまだマシなほうだった。国民戦線体制によって支配層同士による争いが無かったからだ。しかし、保守党と自由党の癒着は確かに死者の数は減らしたが、農業問題と貧困の増大には何の対処もしなかった。1974年に国民戦線体制終了すると、絶対貧困層は就労人口の50%と以前の2倍に増大していた。地方部ではさらに酷く、70%近くの国民が貧困に喘いでいた。

ゲリラ組織は闘争資金確保のために支配地域の農家に対してマリファナやコカの栽培を奨励し、それを売って資金を稼いでいた。貧困にあえぐ貧乏農民が、コーヒーよりもずっと儲かるマリファナを栽培して生計を立てようと考えても不思議ではない。後にコロンビア政府がアメリカの圧力によってコーヒーの価格維持協定を破棄し、さらにIMFの指導によって市場開放政策を取って自由貿易を行うようになると国内の農業は壊滅的な状況に陥り、零細コーヒー農家は次々と麻薬栽培へと走った。
農村部を基盤とするFARCは笑いが止まらない。政府の政策を恨んだ国民がゲリラに加わったうえに、彼らが栽培するマリファナやコカで大儲けできるようになったのだ。FARCの兵員は急激に増大し、装備は一気に近代化された。さらに武力闘争のみならず、行政組織を整備していくつかのサービスを住民に提供できるレベルまで発展した。

1970年代前半の時点でコロンビアはメキシコを抜いて世界最大のマリファナ生産国となっており、北部を中心に8~10万人がマリファナの栽培や密輸に従事していた。アメリカ国内で流通するマリファナの70%をコロンビア産が占めるようになリ、密輸で大儲けした成金マフィアが次々と現われた。警察は腐敗が酷く、賄賂によって無力化していた。
1970年代後半になるとアメリカでコカインの需要が高まると、コロンビアの農民はよりコンパクトで儲けの大きいコカを栽培するようになる。マリファナと違ってコカインは精製作業が必要となるため、マフィアがこれを受け持った。パブロ・エスコバルのメデジン・カルテルやオレフェラ兄弟のカリ・カルテルはこのコカインの精製と密売によって急成長し、後に世界中にその名を轟かす極悪マフィアへと成長した。


◆麻薬カルテルと右翼民兵組織の台頭 - 1978年~1982年
ゲリラやマフィアが麻薬でウハウハしている間、政府は何もしなかった。いや、できなかったと言うべきか。麻薬でボロ儲けしている悪党を叩き潰すどころか、ELNやM-19のテロや誘拐によって要人を殺されていた有様だった。
1978年に大統領となった自由党のフリオ・セサール・トゥルバイは強硬路線を採り、戒厳令を敷き国家保安法を作ってゲリラや共産主義者を弾圧した。公安警察は怪しい奴を片っ端から捕まえ、拷問に掛けた末に殺害して「行方不明」扱いにした。それでも、M-19のテロに悩まされ国内情勢は一向に安定しなかった。

M-19は1970年代末からキューバの支援を受けて闘争を激化させ、南部ではいくつかの都市を制圧するなど奮闘していた。1980年にはドミニカ大使館を襲撃して14人の各国大使を人質に取り、実行犯は政府から巨額の身代金を獲得したうえに、まんまとキューバへの亡命に成功している。ゲリラに屈して赤っ恥をかいたトゥルバイは威信を回復すべくFARCに「恩赦を与えるから投降しろ」と凄んでみせたが、FARCから「寝ぼけたこと言ってるんじゃないよ、バカ」と一蹴されて恥の上塗りをする羽目となった。
この頃の政府はゲリラにコケにされるどころかマフィアにもナメられており、カルテルが雇った殺し屋によって当局や司法関係者が殺害されている。ゲリラどころかヤクザにまでナメられる政府・・・どこまでもダメな国である。


コロンビアでコカイン製造が始まって間もない頃には、ゲリラとマフィアは連携していた。FARCをはじめとして農村部を支配するゲリラが栽培を受け持ち、カルテルがそれを精製し販売するという構図だ。ところが大儲けしたカルテルの連中が農場など不動産への投資を始めたため、ゲリラと敵対するようになった。ゲリラから見れば、麻薬マネーを武器に農場を買い漁るカルテルは自分達の敵となる新たな地主階級の出現であり、奴らの金満ぶりは自分達が信奉する共産主義思想に反するものだった。

やがてカルテルと敵対するようになったゲリラは、コカ栽培の他にもう一つ絶好の収入源を発見した。それはカルテルの要人とその親類を誘拐することだった。カルテルはマフィアであってゲリラではないので重火器など持っておらず自力で人質を奪還するのは無理。それでいて金だけは余るほど持っているのだから、ゲリラにとっては絶好のカモである。
これで味をしめたコロンビアの左翼ゲリラは現在でも「ビジネスとして」誘拐を行っている。イデオロギーなどそっちのけなので人質は理不尽に殺されることはなく、金さえ払えば無傷で解放してもらえる。ゲリラから見れば人質は「商品」なので、たとえ誘拐されても結構丁重に扱ってもらえるらしい。

しかし、やられっぱなしでいるマフィアではない。激怒したカルテルの親分達は元軍人やゲリラ兵など武器の扱いに慣れたプロの傭兵を雇い、「誘拐者へ死を(MAS)」という民兵組織を立ち上げた。MASは「誘拐をするゲリラどもは全員ぶっ殺せ」をスローガンに掲げ、ゲリラやそのシンパを次々と殺害した。M-19などはこのMASに酷い目に遭わされ、「もう二度とカルテル関係者には手を出しません」という誓約をさせられている。
同じくゲリラの誘拐ビジネスの被害者だった地主や大企業なども、これを見て政府や軍からの支援を得て民兵組織を結成している。民間人が傭兵を雇ってドンパチを始めようとしているのに、政府はそれを咎めるどころか「なに?ゲリラを叩いてくれるのか?よし、盛大にやってくれ!」と言わんばかりに協力していたのだ。本当に情けない。


4,000m級の山々を有する山脈が3本も国土の中央部を縦断しているうえに熱帯雨林が多いコロンビアは、その地形特性から中央政府の統制が地方にまでなかなか及ばない。そのため、地方の農場・牧場主は用心棒を雇って自分の土地を守る習慣が昔からあり、法律でも自衛権が認められていた。これが後に右翼民兵組織を多数生む土壌となった。

MASが活動を始めると、コロンビアには次々と右翼民兵組織が生まれた。中西部のアンティオキア州に住むカスターニョ兄弟は父親をFARCに殺されたという過去を持ち、MASの活躍を見た彼らは「オラ達も銃を取ってFARCに復讐してやるべ!」と「ロス・タンゲーロス」という武装組織を立ち上げた。ロス・タンゲーロスは後に「コルドバ・ウラバ州農民自衛団(ACCU)」という組織になり、さらに多くの民兵組織を取り込んで「コロンビア自衛軍連合(AUC)」という一大勢力に発展した。

後にMASやAUCはエリートセクタや既得権益層の利益を守るテロ集団と化し、合法的左派グループや人権団体まで容赦なく襲うようになる。このような民兵組織の台頭は、後にコロンビアの民衆を恐怖のどん底に突き落とすことになる。
ACCUの場合、当人に対して3件の告発があると組織内で秘密裁判が行われ、その結果「有罪」となる要件を満たしていた場合は容赦なく処刑される。ある日突然武装した男達が家にやってきて、彼らによって道端に転がる死体にされてしまう、というわけだ。また、彼らの処刑方法は相手を普通に撃ち殺すのではなく、とてもここには書けないような残虐極まりない方法を採ることが多い。

はっきり言ってこいつらは鬼畜です。にゃおんちゃんはこのクソ民兵組織の兵士をいかなる理由があろうとも人類と認めたくありません。こんな人の皮をかぶった鬼畜はカリブ海の鮫の餌にでもなればいいと思います。

≪Part4につづく≫

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