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2006.12.02 (Sat)

【世界の香ばしき国々】第21回:コロンビア(Part1) - 西半球で最も危険な銃と麻薬の国

長らくお待たせしました。3ヶ月ぶりの登場となった「香ばしき国々」、9ヶ国目は南米のコロンビアです。南米最凶の香ばしい国の、ハチャメチャな歴史を思う存分ご堪能ください。


◆ 殺人と誘拐とあなた
「麻薬とゲリラの国」として悪名高いコロンビアだが、他の南米諸国と異なりこの国では軍事政権が存在した時期はわずかであり、またハイパー・インフレや通貨危機を経験していない。悪党が跳梁跋扈するどうしようもない国だが、意外なことに経済的には堅実な運営を進めている。
かつてはコーヒー産業を中心とする農業国であったが、近年は輸出産業の多角化を進めており石油産業や水産業も盛んになりつつある。貧富の差が酷いものの、中南米ではブラジルとメキシコに次ぐ4,500万人の人口を擁しており、実は大きな潜在力を持つ国なのだ。


しかし、あなたがコロンビアへ行ってその潜在能力に賭けてみたいなどと言おうものなら、にゃおんちゃんはこう言うだろう。

コロンビア位置図コロンビアで殺害される確率は人口10万人当たり81人で、アメリカの9倍。
ゲリラが暴れまわっている国だが、殺人事件の75%は一般の犯罪者によるものだ。殺害される人数は一日当たり60~70人でこの国の死亡原因のトップは自然死ではなく殺人となっている。

コロンビア人自身が「この国には人命の尊重という観念は無い」と言うほど殺人事件が横行しており、あなたがいつこの統計の対象となっても不思議ではない。


また、コロンビアでは誘拐は年間2億ドルの規模を誇るひとつの産業となっており、毎日4件の誘拐事件が発生し、未だに800人以上が人質として拘束されている。特に外国人は目立つし、日本人は金持ちと思われているから標的になりやすい。
もしあなたが誘拐されたら、観光客なら最低10万ドル、駐在員なら50万ドルの身代金をあなたの家族や会社は支払うことになる。 ちなみに身代金を払って解放される確率は52%で、殺される確率は9%。最悪の場合、巨額の身代金を払ったにも関わらず、あなたは死体となって帰宅することになる。

犯罪や事件に巻き込まれても当局など当てにはならない。司法当局や軍・警察は腐敗が酷いうえにゲリラや麻薬カルテルとドンパチやって負けるほどヘナチョコで、コロンビアでは全犯罪のたった12%しか告訴されない。

ロシアン・ルーレットのほうがまだ生き残る確率が高い。それでもあなたはコロンビアへ行きますか?どうしても行くというのなら、保険を掛けるべきです。私が良い保険会社を紹介しましょう。

この国は間違いなく西半球で最も危険な国だ。


面積は約114万k㎡(日本の約3倍でエジプトより少し大きい程度)で、人口は約4,500万人。一人当たりのGDPは2,357US$。意外なことにボリビアやパラグアイと比較すると2倍以上ある。産油国だからだろうか?


◆幻の黄金郷エル・ドラドと噂された国 ~18世紀前半
現在のコロンビア南部には、アンデス文明の影響によって高度な社会・文化を持つ部族が紀元前から住んでいた。彼らの多くは中米からの渡来人で、代表的なものにはサンアグスティン(B.C500~A.D800)、タイロナ文化(A.D700~1600)などがある。
後の時代にスペイン人が必死になって探したエル・ドラド伝説(南米大陸のどこかにあるとされる黄金郷)は、チブチャ族が神々への供え物として金製品を湖に沈めていた風習が発端らしい。チブチャ族は当時の北アンデス地方最大の部族で、インカやマヤ文明にも劣らぬ高度な文化を持っていた。特に金の細工に関しては非常に高度な技術を持ち、金を使った様々な工芸品を創り出していた。

スペイン人が北アンデスにやってきたのは15世紀末。1525年にカリブ海沿岸サンタマルタにスペイン人居住地が建設され、彼らはここを拠点にして内陸部へ進出していく。当時のスペインは「略奪した財宝は20%を国王に納めれば、残りは仲間同士で山分けしてよい」という規則を定めていた。このため一攫千金を夢見た大勢の連中がお宝を求めて南米各地を探検していた。
あのインカ帝国ですらあっという間に滅亡させた強欲なスペイン人が、「黄金の国エル・ドラド」と噂されるチブチャ王国を狙わないはずがない。エル・ドラドの噂を聞いたスペイン人探検家ヒネメス・デ・ケサーダは1,000人の部隊を率いて出発し、病気や事故によって850人を失いながらも1538年にチブチャ王国のあるボゴタ高原にたどり着いた。
デ・ケサーダはチブチャ王国を制圧すると金の埋蔵量を調査するが、残念ながらそれは黄金の国と呼ぶには到底無理があるものだった。それでもデ・ケサーダはそこに街を作り(後のボゴタ)、行政長官に任命されている。

1550年になると、スペインは北アンデスをペルー副王領に属する「ヌエバ・グラナダ」と命名し、ボゴタを拠点にして植民地経営を本格的に開始した。スペイン人の過酷な搾取によって原住民の人口が激減したため、労働力確保のためにアフリカから奴隷が送り込まれるようになった。コロンビアに限らず、南米やカリブ海諸国に黒人が多い理由は、全てこれが原因。
18世紀になるとボゴタ高原でコーヒーの栽培が始まった他、北米やカリブ海を拠点に中南米を窺うイギリスの侵略に備え、1717年にスペインは北アンデスをペルー副王領から切り離してボゴタを首都とする「ヌエバ・グラナダ副王領」を設置した。同時に現在のエクアドル、ベネズエラ、パナマに該当する地域もヌエバ・グラナダの管轄に編入している。


◆シモン・ボリバルのラテンアメリカ解放 - 18世紀後半~19世紀前半
18世紀後半になると、度重なる増税によって入植者達の本国への不満が高まった他、アメリカ合衆国の独立やスペイン本国の政治的混乱、そして本国に愛着を持たない植民地生まれの白人(クリオーリョ)の出現によってラテンアメリカ各地で独立の気運が高まる。
1808年にスペイン本国がナポレオンの侵攻に屈し、ナポレオンの兄ジョゼフ・ボナパルトがホセ1世としてスペイン王に即位。スペインにはフランス帝国の傀儡王朝が立てられた。 ヌエバ・グラナダはこの混乱に乗じて1810年に独立を宣言するが、スペインはこれを許さず軍を派遣したため、10年以上に及ぶ独立戦争が始まった。

1814年にヨーロッパ中の大国を敵に廻したナポレオンが敗れ去り、スペインでもホセ1世が退位してブルボン朝のフェルナンド7世が復位したが、ヌエバ・グラナダはスペイン領への復帰を拒否して独立闘争を続けた。しかし、彼らはヌエバ・グラナダ(コロンビア)、ベネズエラ、キト(エクアドル)と3つの共和国に分かれて独立し、お互いに連携する動きも無かったため、スペイン軍に各個撃破されてしまった。
そこで、ベネズエラ出身の独立運動家シモン・ボリバルは「バラバラに戦っていてはスペイン軍に対抗できない」と主張し、3ヶ国をまとめあげて1819年にアンゴストゥラ(現在のベネズエラ領シウダ・ボリバル市)を拠点として「コロンビア共和国」(現在のコロンビアと区別するために「グラン・コロンビア(大コロンビア)」と呼ばれている)を建国。自らは大統領に就任した。
国名はアメリカ大陸の発見者クリストファー・コロンブスに由来している。自分達と同じ入植者やその子孫が作ったアメリカのような国を目指そうとしたのだろうか。

シモン・ボリバルボリバルは1783年生まれで、ベネズエラ出身のクリオーリョ。ボリバル家はスペイン・バスク地方からの移民の家柄だが、貧乏移民などではなく捕鯨で莫大な資産を築いた名家だった。貴族階級に属して何不自由ない生活を送っていたボリバルだが、同じスペイン人でありながら植民地出身というだけで差別や搾取を受けることに憤りを感じ、私財を投入して祖国ベネズエラ独立のための戦いを始めた。


グラン・コロンビアが建国されると大統領に就任したボリバルだが、政治は副大統領に任せ、自らは軍を率いてスペイン軍と戦った。ボリバルはボゴタ(1819年)、ベネズエラ(1921年)とキト(1822年)と主要都市を次々とスペイン軍から奪還し、ついにはグラン・コロンビア領内からスペイン軍を追い出すことに成功した。
ボリバルの勢いは止まらない。「スペイン本国の搾取に苦しんでいるのは我々だけではない。南米全土を解放するぞ!」とばかりに1823年にペルー副王領にも進軍し、ここでもスペイン軍を撃破してペルーも解放してしまった。ボリバル軍はさらにラ・プラタ副王領の高地ペルーにも進み、1925年にここの解放にも成功した。高地ペルーの人々は彼の功績を讃え、新しい国家の名前をボリバルの名前から取って「ボリビア共和国」とした。

パラグアイはアルゼンチンの独立運動の影響を受けて1811年にいち早く独立を達成。そのアルゼンチンも1816年に「ラプラタ連合」として独立し、チリは1818年にラプラタ連合の支援を受けて独立に成功していた。なお、ブラジルはポルトガル領(1822年に独立)、スリナムはオランダ領、ガイアナはイギリス領、ウルグアイはブラジルとラプラタ連合の係争地だったので、高地ペルーを最後に南米大陸からスペインの植民地は消滅したことになる。

≪Part2につづく≫

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15:06  |  コロンビア  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●始まりましたね~!

旅行記も楽しませて頂いておりますが、
このシリーズも楽しみにしておりました。
毎度通りすがりでスイマセン |  2006年12月03日(日) 05:48 |  URL |  【コメント編集】

●今回は、コロンビアですか?楽しみです!

今回はコロンビアですか?このシリーズは分かりやすくて、しかも面白いですね。私にはなじみのない国の話が読めて、大いに期待させて頂きます。

それはそうと、最近、ロシアのアングラの面が香ばしいですね。英国に亡命した元KGBの工作員の死因がロシアの核物質らしいし・・・。まこういう事件の真相は100%明らかになることはまずあり得ないと思いますが、プーチンにしてはお粗末な対応だと思います。そもそも、ロシアがG8に入っている事が根本的に間違っているような気がするんですけどね・・・。
やまゆき |  2006年12月03日(日) 17:26 |  URL |  【コメント編集】

●まだまだ序の口です

コロンビアの香ばしさはこれからが本領発揮です。

ロシアね・・・少しはまともな民主主義国家になりつつあるのかと思ったらこれですからね。プーチンがKGB仕込みのエゲツない手法を取るのはしばしばありますが、さすがに今回は・・・外国でしかも英国の市民権を持つ人間を、容易に手に入らない物質で暗殺ですからね。

確か、フルシチョフ失脚の一因となったアメリカ人暗殺事件もこんな感じでしたよね。ベルリンにいたアメリカの諜報機関の人間の尻に放射性物質が打ち込まれたという。

モノが特殊なんでバレると真っ先に疑われるのはFSBなんですが、バレないと踏んだのか、見せしめとしてこういう殺し方をする必要があったのか・・・。
にゃおんちゃん |  2006年12月03日(日) 19:38 |  URL |  【コメント編集】

●マンセー

忙しくてみてない間にいよいよ復活ですかい!
楽しみですタイ "ε(*´ω`)з″
gorubii |  2006年12月07日(木) 13:18 |  URL |  【コメント編集】

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