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2006.11.15 (Wed)

2006バルト三国旅行記(その27) - シャウレイは全然「おしゃれ」ではない(9月10日)

前回の続きです。
オヤジギャグかましてる場合じゃないっす。ブンブン行きます。


◆「おしゃれ」ではないが、「お祭り」があった

公園で子どもと話をした後、街の中心部へ向かった。とはいえ小さな街なので10分も歩けば着いてしまう。この週末はシャウレイのお祭りだったようで、歩行者天国となっている目抜き通りは人でごった返していた。出店が立ち並び、民族衣装に身を包んだ南米人(ボリビアかな?)がフォルクローレを演奏していた。ミゲルは世界各地のフォークロアが好きなようで、ヴィリニュスでリトアニアのフォークロアのCDを買ったと言っていた。
噴水には石鹸水が入れられ、小さな子どもがシャボン玉を作って遊んでいた。見るからに悪ガキ風の女の子ふたりが噴水の中にあるオブジェによじ登り、道行く人に向かってシャボン玉を飛ばすイタズラをしていた。写真を撮っていると、そのガキどもがこっちを見てニヤリと笑ったので慌てて退散する。

シャウレイの悪ガキども

その通りの一角にツーリストインフォがあったのでシャウレイの地図や観光案内パンフを仕入れる。時間は既に13時を過ぎていて二人とも腹ペコだったので、職員に食事する場所を教えてもらった。職員は自分の行きつけの店を教えてくれた。ちょっと分かりにくい場所にあるが、安くてうまいものを置いているらしい。
その店は歩行者天国となっている通りの外れにあるビルの地下にあった。アメリカ風のレストランで夜は酒場としても営業しているようだ。客は子連れの家族が一組いるのみ。
メニューを貰ったところ全てリトアニア語で書かれていて、にゃおんちゃんもミゲルも途方に暮れる。もちろん英語のメニューなどあるはずもなく、店員のお姉さんも英語は苦手の模様。ミゲルはまたボヤきだしたが、ボヤいていても仕方ないので英語とロシア語とリトアニア語が飛び交う凄まじい会話でウェイトレスのお姉さんを質問責めにする。

結局、お姉さんのお勧めに従って「リトアニアの伝統的スタイル」という何やら肉料理を頼むことにした。やがて出てきた料理を見ると、それは大きな皿に野菜とフライドポテトとコショウをたっぷりふってある豚肉が盛られているものだった。名前は忘れてしまったが、こっちでは比較的よく見かける料理だ。去年の夏にヴィリニュスでこんなのを食べたことがある。ミゲルは「ドイツ風だな」と言っていたが、確かにドイツ料理を彷彿させる部分もある。


食事を終えるとミゲルはカウナスへ戻るバスの時間をチェックし始めた。すると、今から急いでバスターミナルに行けば次のバスに間に合うかもしれないことが判明。これを逃すと次は夕方まで無い。「お前はどうするんだ?」と言われたが、にゃおんちゃんは夕方の列車でクライペダへ行く予定なのでもう少しここにいることになる。
ミゲルは次のバスで帰ることを決心したようで、急いで準備をすると挨拶をして店を出て行った。何やら慌しい別れになってしまった。

残ったにゃおんちゃんはのんびりと食事を済ませ、クヴァス(ロシア風コーラ)を飲みながら観光パンフを眺めていたが、行くところが無くて困っていた。次の列車までまだ3時間くらい時間がある。どうしようか・・・。


◆濡れ鼠ならぬ、濡れ猫と化す

結局行く当ても無いまま店を出るが、外に出ると雨が振りだしてきた。午前中はあんなに天気が良かったのに。日曜の午後ともなればイベントもそろそろおしまいなので、歩行者天国の出店は次々と店じまいを始めた。あーあ、これじゃ買い物もできない。
そんな感じで途方に暮れて歩行者天国の片隅で雨宿りしていると、向こうから若い女の子が走ってきた。彼女もここで雨宿りするらしい。彼女はパンクな東洋人が珍しいのかこっちを見てニコニコしている。こっちでは珍しいことではないので、内心「また動物園のパンダ扱いされるのか・・・」と思っていると、案の定話しかけてきた。

にゃおんちゃんが日本から観光に来たことを告げると彼女はとても驚いていた。十字架の丘を訪れる観光客は多くともシャウレイの街まで足を伸ばす人は少ないようで、シャウレイの街をウロつく怪しい東洋人が不思議で仕方ないらしい。時間があるからついでに街にも立ち寄ったこと、リトアニアに興味があることを説明するが、「ここは何も無い小さな街なのに!」と理解できない様子だった。物好きな奴だと思われてるんだろうなぁ・・・。

ラトビアやロシアといった隣国にしか行ったことが無いという彼女にとって、外国それも遠く離れた東洋の国である日本は相当ミステリアスなようで、あれこれと様々な質問を受けた。「日本はハイテクでリッチな国というのは知っているが、日本人がどんな人達なのか見当もつかない」と言うので、彼女に日本を伝えるべく努力したが、にゃおんちゃんの拙いロシア語、彼女の拙い英語では会話もままならず、ものの見事に頓挫した。
やがて雨が少し収まったので、彼女は別れを告げて去って行った。


シャウレイの中心街は本当に小さく、これ以上この辺りにいても仕方ないので駅のほうを見に行くことにした。バスターミナルに預けてある荷物を拾いに行こうと歩き始めた途端、夕立のような激しい雨に襲われ、あっという間にずぶ濡れになる。かんしゃく起こる!!!
通りがかった薬屋の軒先で雨宿りをするが、止む気配が無いのでバス停まで走る。預けてある荷物の中には傘が入っているのだが、午前中はあんなに天気が良かったので持参していなかった。

雨に煙るシャウレイ

バスターミナルに到着して荷物を受け取るが、待合室にいた若い女性に笑われた。びしょ濡れだったので、「マヌケな奴だ」と思われたようだ。猫は濡れると恐ろしく貧相になる。にゃおんちゃんも相当貧相に見えたに違いない。かんしゃくが起こりますね!!!
荷物の中から傘を取り出し、傘を差して駅へ向かう。車道の縁を歩くと車に泥水を掛けられるので歩道を歩いたのだが、舗装されておらず泥濘となっていた。泥まみれになっていく自分のブーツのつま先を見ながら歩く。気分は東部戦線に赴いたドイツ兵のようだった。
駅へ着くと雨は止み、すぐに青空が広がり始めた。本当にかんしゃくが起こりますね!!!

もはやどこにも行く気にならず、一時間ほど駅の待合室で過ごす。ちなみに、この駅のトイレは屋外にある仮設トイレのみ。この仮設トイレが凄まじく、長い間汲み取りされてないようでアレが溢れんばかりに溜まっていた。当然、匂いも凄まじく吐きそうになった。小のほうだけだから我慢できたが、あそこで大をするのは無理。

この駅のホームの片隅には、昔使われていた狭軌の蒸気機関車が展示されている。旧ソ連諸国の鉄道はスターリンの指示によって広軌に統一されているのだが、バルト諸国のローカル線では狭軌が使われ続けていたらしく、確かラトビアには未だに狭軌の路線があったはず。小さくて可愛らしい機関車だった。

シャウレイ駅の片隅にあった機関車

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