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2006.11.08 (Wed)

2006バルト三国旅行記(その25) - にゃおんちゃん、十字架の丘に立つ(9月10日)

前回の記事の続きです。
原因不明の頭痛に苦しんで、更新が滞っております・・・。


◆訪れる人の祈りによって今も増殖し続ける十字架の丘

スペイン人旅行者と農道を歩くこと数十分、十字架だらけでハリネズミのようになっている丘が見えてきた。本当に何も無い野原の中にポッコリと小さな丘があり、そこに無数の十字架が立っていた。たくさんの観光バスが停まっていて、大勢の観光客がいるのが見えた。殆どはドイツ人だった。
丘の手前にある駐車場には露店が立ち並んでおり、覗いてみると大小様々な十字架を売っていた。ここで十字架を買って自分の名前を記入し、それを丘に持っていって立てることができるのだ。という訳で、この丘の十字架は現在も恐ろしい勢いで増殖しており、それらの十字架群は既に丘からはみ出して駐車場の縁にまで広がっていた。

十字架の丘全景

注意深く眺めてみると、普通の十字架のみならずキリストの彫り物がほどこされた巧妙なもの、5m以上の高さを持つ巨大なもの、金属や陶器で作られているものまである。大きめの十字架にはさらに小さな十字架が無数にぶら下がっており、一体いくつの十字架があるのか見当もつかない。

ここに来た観光客本人が立てていったものもあれば、亡くなった家族のために身内の人が立てていったものもあるし、ボロボロに朽ち果てて壊れているものもある。スペイン人旅行者が立てていった十字架を見つけたので、ミゲルに教えてあげると喜んでいた。また、日本の宗教団体が立てた日本語が刻み込まれている十字架もあった。カソリックのみならずロシア正教の十字架や、さらにはユダヤ教のダビデの星まであり、何だかとんでもない場所になっていた。
とにかく十字架だらけの場所で、墓場ではないとはいえ夜に来たら相当不気味に違いない。

無数の十字架


この十字架の丘ができた経緯についてはっきりした記録は残っていない。帝政ロシアの支配下にあった時代にカソリックの聖職者が処刑されたのが由来とか、ポーランド蜂起に合わせてリトアニアでも反乱が起きた1831年に処刑・流刑となった人達のために立てられたとか、色々な説がある。
帝政ロシアの時代、そしてソ連の時代を通じて、この十字架の丘は抑圧された民族や宗教の象徴として扱われてきたが、それ故に当局に目をつけられKGBや軍によって幾度も破壊されている。しかし、リトアニア人はその都度闇夜にまぎれて十字架を立て直したという。

にゃおんちゃんはリトアニアの苦難の歴史を見るたび、「信仰」と「不屈」という言葉が思い浮かぶのだが、それはこのエピソードに如実に現れていると思う。

入口にある巨大なイエス・キリスト像

とにかく無数の十字架が立ち並ぶ様は壮絶の一言で、よっぽどのバカじゃない限りここに漂う様々な思いや捧げられた祈りを感じ取れるはず。にゃおんちゃんもミゲルも言葉を失ってしまい、ここに来るまでの道中とは一転して殆ど会話することは無かった。
ユリアにここに行くことを告げたところ「凄いわよ」と言っていたが、本当に凄かった。ヴィリニュスから遠いのが難点だが、リトアニアを訪れる人は是非行ってみて欲しい。リトアニア人と一緒に行くと一層感慨深いかもしれない。


丘の裏手に教会が見えたので行ってみた。通常、教会に入ると正面に聖壇があり十字架に磔となったイエス・キリストの像があったりするのだが、ここの教会は正面にあるのは巨大な窓。その窓の向こうに見えるのは十字架の丘。あれが聖壇というかご本尊のようなものなのだろう。面白いつくりだったが、見所はそれだけだった。
帰りに露天で絵葉書を数枚買った。今回はバッグパックひとつで色々な都市へ行く旅なので、荷物になるものはご法度。これが日本へのお土産となる。

2時間ほど過ごした後、再び2kmの道程を歩いてバス停へ戻り、シャウレイの街へ帰ることに。近くにインフォメーションセンターのようなものの建設予定を告げる看板が立っていた。ミゲルは「ここにちゃんとしたお店を作れば儲かるのにね」と言っていたが、確かにリトアニア人はそういう商売っ気に欠けるかもしれない。
せっかくだからシャウレイの街を見ていこうということでミゲルと意見が一致した。時間はお昼を少し過ぎたところ。クライペダ行きの列車は夕方なので時間はある。


【シャウレイ情報:その2】
・十字架の丘の付近には、裏手に教会があるのを除き本当に何も無い。電話すら無いので、タクシーで来る場合は帰りのことを考える必要がある。
・というわけでまともなトイレは無い。あるのはおぞましい簡易トイレのみ。女性の方は要注意。
・雨や風、日差しを遮るものは何も無い。天候に合った服装の準備を。
・教会ではありませんが、祈りを捧げる人がいるのでアホみたいに騒ぐとヒンシュクを買います。

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