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2008.12.29 (Mon)

2008ベラルーシ・ウクライナ旅行記(その26)

前回の続きです。

◆ロシア人とキエフで密会

8月5日(火)、午前11時起床。昨日はどこに行かず何もせず、部屋で休んでいたのに体が重たい。やはり昨日のバス+夜行列車の移動でかなりダメージを受けていたようだ。
ウラジオストック在住のメルトモ、オーリャ嬢が丁度キエフに来ているので電話してみる。お互いに丁度この時期にキエフにいることが判明したので、それじゃ都合がつけば会いましょうという話になっていた。二人とも特に予定は無いので、午後に会う約束をする。

昨日も行ったスタローヴァヤ(食堂)で昼食を食べた後、地下鉄で都心へ移動。待ち合わせ場所は独立広場(マイダン・ネザレージュノスチ)なのだが、その一駅手前で降りて街をお散歩。
適当に歩いていると『黄金の門』に辿り着いた。ムソルグスキーの「キエフの大門」で有名なアレである。昔は名前のとおり屋根に黄金が敷きつめられていたらしいが、13世紀半ばにモンゴル軍によって破壊されているのでオリジナルは現存しておらず、復元された現在の門には金は使われていない。

黄金の門
これが黄金の門。都心のビル街にポツンと建っています。

今でこそ東スラブの中心地はモスクワだが、13世紀以前のモスクワは何も無い田舎。その頃の東スラブの中心地は他でもないここキエフだった。この地にあった「キエフ大公国」は、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)から妃とキリスト教を受け入れることによって、当時最先端の科学や文化を吸収し、発展した歴史を持つ。現代の東スラブの諸民族がキリル文字を使い東方正教を信仰しているのはこれに起因する。
そんなわけで、キエフはスラブ人にとって「母なる都市」とも言える。

前回来た際には工事中で外から見学するだけで終わってしまったが、あれから3年を経た今は工事も終わっていて中に入ることができる。中にはショボい博物館と展望台がある。展望台にも上がってみたが・・・この門自体が高層ビル街の真ん中にあるので、眺めはあまり良くない。キエフの街を一望したければドニエプル川沿いの高台に行ったほうがいい。

黄金の門内部
奥の綺麗なレンガの部分が最近直したところ。手前のばっちい石の部分がオリジナルらしい。


こんなもんか・・・と思いながら独立広場へ向かい、オーリャと合流。お互いに「まさかキエフで会えるとは思わなかったよね」と言い合う。オーリャは何度か来日経験もある親日家で、日本語も上手い。ウクライナで極東に住むロシア人と日本語で会話・・・。
以前、リトアニアで「ヒトラーが演説を行った建物の前でトルコ人相手に明治天皇のことを説明した」というヘンテコな経験があるが、その次に摩訶不思議なシチュエーションである。

オーリャのお母さんはウクライナ人。祖父母や親戚がキエフに住んでいるので、彼女は子供の頃から何度もここを訪れたことがあるそうな。彼女は数週間ほどキエフに滞在していたが、明日の朝にウラジオストックへ帰るという。間に合って良かった。リヴィウに行っていたらこうして会うことも無かった。
現在、ロシアとウクライナは相互にビザを免除する協定を結んでいるが、近年対立の激しい両国は来年からお互いにビザの取得を義務付けるらしい。もちろん両国の関係を考えれば、取得条件はそれほど厳しいものにはならないだろうが・・・。顔面崩壊と薄ら禿が喧嘩した結果がこれである。

当ても無く独立広場からアルセナリナ駅へ向かって歩く。駅前でアイスクリームを買って二人で食べていると、隣でおっさん三人が激論を戦わせていた。おっさん達はウクライナ語で会話しているようで、オーリャが聞いても何を話しているのか分からない。にゃおんちゃんが分かったのは「問題」という単語のみ。「ユーシェンコがどーした」とか言っていたので、政治の話をしているようだ。
サリュート・ホテルの先にある戦没者慰霊碑がある公園で、ドニエプル川を見ながら色々と話をする。彼女は近々また日本へ来るそうだが、さすがに北海道へ来る用事は無いので会えそうも無い。でも、「ビザを用意してあげるからウラジオストックへいらっしゃい」と言ってくれた。いいねぇ、いつか行ってみたいもんです。

独立広場全景
キエフの中心街、独立広場(マイダン・ネザレージュノスチ)。



◆ウクライナ語は嫌いだけどディナモは好きで、ロシア語は好きだけどロシアは嫌い?

彼女は明日帰る準備をしなくてはならないので、そろそろ帰ることに。最初はアルセナリナ駅で別れるつもりだったが、このまま地下鉄に乗って部屋へ戻ってもすることが無いので、彼女と共に独立広場まで戻った。途中、ディナモ・スタジアムの前を通ったところ・・・。

「8月6日19時 ディナモ・キエフ vs ドロヘダ・ユナイテッド」

と書かれた看板を見つけた。明日、ここでサッカーの試合がある!
水曜日の試合で相手はどこか外国のチーム(アイルランドのチームです)。多分、チャンピオンズ・リーグの予備予選だな?よーし、見に来るぞ!絶対に来るぞ!キエフに来て良かったなぁ~。


この日はキエフの街を散歩した後、リナ嬢と合流して食事をする。リナは寡黙な女性なので特筆すべき会話は無し。
帰りにスーパーマーケットに寄ってポテトチップスとウォッカを買って帰る。「うわー、たくさん種類がある!どどど、どれにしようかなぁ~?」と目を輝かせてウォッカを選ぶにゃおんちゃん。ウクライナはウォッカの種類が多いうえに安い。飲まない手は無い。
ずらりと並んだウォッカのビンを前に狂喜乱舞するにゃおんちゃんとは対照的に、リナは怪訝な顔をしている。ウクライナ男は酒ばかり飲んで真面目に仕事をしない奴が多いらしく、酒の話になると拒否反応を示す女性は多い。にゃおんちゃんは酒は好きだが弱いので、ウォッカを飲んで暴れることなど無い。ゲロ吐いて寝るのみである。安心せよ。
真面目なリナは「ウォッカにチップス・・・あなたは体に悪いものばかり食べるのね」とボヤく。

帰り道、路上にたむろっている若者がやたらと目立つ。フレシャーティク通りなどホントの街のど真ん中ではよく見た光景だが、少し外れたところでもこんなに多いとは。
ウクライナの大都市の都心にはバス停ごとにキオスクがあり、飲み物やタバコを買える。24時間営業で酒も売っているので、バーに行く金の無い若者が飲んだくれているのだ。ルーツクではそんな若者にからまれたが、殆どの人はジロジロ見るだけで話しかけてくることすら無い。
リナは彼らのような連中が嫌いらしく、「することも無く路上で飲んだくれている愚か者よ!」と怒っている。ウクライナの近況について話をするが、どうやら彼女はこの国が嫌いなようだ。まぁ、政治家が全員マフィアみたいな国だからな・・・。


帰宅後、ウォッカを飲みながらリナと雑談。二人でテレビを見ていてあることに気づく。それは、にゃおんちゃんはウクライナ語の響きがあまり好きではないということ。
ちなみにリナも同じ。しかし、では彼女はロシアが好きかというとそんなことはない。彼女は数日前まで友達の結婚式に出席するためモスクワにいたのだが、ロシア人に散々バカにされたそうだ。ロシア人とウクライナ人は似たような言葉を話し、同じ宗教を信じているが、ライバル意識があるようで実は結構仲が悪い。つーか、ロシア人は誰であろうとよそ者は嫌いなんだと思う。

でもウクライナ人はまだマシで、北カフカスに住む連中なんかはもっと悲惨。同じロシア国民でありながらスラヴ系ではない彼らがモスクワに行くと、「黒い顔、黒いケツ」と罵られるのだ。
以前、アディゲ共和国に住む女性と話をしたことがあるのだが、モスクワの大学に通っていた彼女は散々差別されたらしく「もう二度とモスクワには行きたくない」と言っていた。ロシアにはチェチェン人とそれ以外のカフカス系民族の区別がつかないバカが大勢いて、カフカスから来たというだけでテロリスト(やその支援者)扱いされるのだという。
言葉が通じるから、なおさら頭にくるのだろう。にゃおんちゃんなんか悪口言われてもまるで分からん。そのかわり、相手が英語を分からないのをいいことに、こっちも散々暴言を吐いているが・・・。


リナが帰った後、シャワーを浴びてから、チーズとサラミを肴にウォッカを飲む。
寝酒として少し飲むつもりで小瓶を買ったのだが、美味しくてあっという間に空にしてしまった。
いかん、いかん・・・飲みすぎた。さぁ、寝よう。明日はサッカーだ。

キエフでボラット発見  明日はディナモの試合がある!
左:オーリャと散歩中にボラットを発見。彼女にもお勧めしておきました。
右:ディナモ・スタジアムの前で偶然見つけた試合の告知。絶対に見に行くぞ!


《つづく》

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テーマ : 東欧 - ジャンル : 海外情報

22:23  |  2008ベラルーシ・ウクライナ  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
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