2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その23)
◆中国人の度胸にポカーン|д゚)
8月25日(土)
7時少し前に目覚める。酒を飲んで寝たせいか、寝台列車で横になって休めたせいか、グッスリ寝られたので体調は良さげ。オデッサでは本当にグッタリモードだったからねぇ。
ニコラエフから乗り込んできた同室の老夫婦にゆで卵を貰い、。朝ごはんを食べながら話をする。彼らもバカンスでクリミアへ行くのだという。ただし、ヤルタやセヴァストポリではなく、もっと東寄りの小さな街らしい。にゃおんちゃんの行き先がヤルタであることを告げると、お婆ちゃんが「あそこは美しいところよ」と太鼓判を押してくれた。
お爺ちゃんはアンドレイ・ヴラソフ中将(元ロシア解放軍総司令官)に似ているのだが、さすがにそれは言えなかった。ソ連人民から見たら、ナチスに尻尾を振った裏切り者だし、ヴラソフ中将・・・。
8時にシンフェローポリへ到着。さすがクリミアの玄関口だけあって駅は大きいし、朝から旅行者でごったがえしている。老夫婦と別れ、真っ直ぐバスターミナルへ。
ヤルタには空港も鉄道も無いので、ここからバスで移動する。駅を出ると、手前にヤルタ行きのトローリーバスが止まっている。ここからヤルタまで約70〜80km、しかもクリミア山脈を越えるルートにも関わらず、トローリーバスが走っている。トローリーバスなので当然死ぬほど遅く、ヤルタまで2時間半以上かかる。運賃は安いのだが、遅いのは嫌なので却下。
セレブな旅を目指すにゃおんちゃんは普通のバスに乗る。本当のセレブはバスなんか乗らないことに触れてはいけない。発言に気をつけないと、夜中にKGBがやって来てあなたの部屋のドアをノックすることになる。運賃は18UAH。
シンフェローポリ駅。時計塔があったりなんかして、ゴージャス。
ヤルタ行きのセレブなバス。いすゞ車で、多分ウクライナの工場で生産されたもの。
列車の中で飲みきれなかったビールをシートに置き、タバコを吸いがてらフルシチョフに電話をする。バスターミナルまで迎えに来てくれるとのこと。
バスに戻ると、にゃおんちゃんの席周辺は中国人の集団に占拠されていた。お前らなぁ・・・そうやっていつも集団でゾロゾロ行動してるからウザいのよ。しかもうるさいし。あーあ、周りのウクライナ人は俺のことも中国人だと思ってるんだろうなぁ・・・。
シートに座り込んでしばらくトホホしていたにゃおんちゃんだったが、気を取り直して隣に座っている中国人の女の子に話しかけてみた。謎の支那人軍団は男性2名、女性5名の計7名。中国南方のなんとかいう都市(聞いたが3分で忘れた)からやって来た旅行者。てっきり出稼ぎに行く連中だと思っていたので驚いた。っていうか、「君達、出稼ぎに来たの?」って言っちゃったし、俺。失礼ですね。
ウクライナに来る中国人旅行者・・・物好きなのか金持ちなのか・・・。こいつら、どう見ても金持ちには見えんが。
にゃおんちゃんが一人で旅をしていることを知ると、「凄い!」と連呼していたその女の子だったが、彼女の英語は片言レベル、ロシア語は全く分からず。あなたのほうが凄くない?
しかも、他の連中も同様のレベルであることが発覚し、絶句するにゃおんちゃん。
英語もロシア語も分からんで、どうやってウクライナを旅してるんですか、お前ら!
実はドイツ語がペラペラだったり・・・するようには見えない、全然見えない。まぁ、7人もいるから何とかなるんだろうけど。
中国人ってたくましいわ、ほんと。核戦争で世界が滅びても、ゴキブリとネズミと中国人は生き残るな、絶対・・・。
◆にゃおんちゃん、旧ソ連のダメ仕様に劣化する
バスは8時55分にシンフェローポリを出発。ここからヤルタへ行くには、1,000m級の山々が連なるクリミア山脈を越えなくてはならない。バスは曲がりくねった山道を進み、そしてにゃおんちゃんの耳は痛くなる。
やがて黒海が見えてくると、クリミア山脈と黒海の間にある猫の額ほどの傾斜の緩い土地(それでも決して平地ではない)に、へばりつくようにして建物が建っているのが見えた。ヤルタに限らず、この辺りの街はどこもこんな感じ。
11時過ぎにヤルタに到着。ヤルタのバスターミナルは街外れにあるので、街に入ったと思ったらすぐに到着。バスを降りて謎の支那人軍団と分かれる。さーて、フルシチョフ君を探そうか。と思った次の瞬間、ポケットに入れていたデジカメが無くなっていることに気づいて顔面蒼白となる。冗談じゃねーぞ!モルドバで撮った貴重な写真がー!
慌ててバスに戻ると、にゃおんちゃんのデジカメは運転席に置いてあった。どうやらバスを降りるときに落とし、誰かが拾って運転手に渡してくれたのだろう。いやー、危ないところだった。場所が場所だったら絶対盗まれてるぞ。ウクライナ人って、こういうところはホント正直。
ヤルタのバスターミナル。デジカメを取り戻してホッとした直後に撮影した一枚。
バスターミナルをウロウロしていると向こうからフルシチョフがやって来たのが見えた。約1年ぶりとなる再会。ちょっぴり痩せたような・・・。
ここヤルタもまた灼熱地獄なので、重たい荷物を担いでウロウロしたくない。という訳で、速やかに部屋探しに取り掛かる。3泊くらいしちゃおうと思っているので、ホテルではなく貸し部屋を探すことにする。
フルシチョフ曰く、「セントラルは便利だけど高い」とのこと。しかし、彼もセントラルに住んでいるので、俺が街外れに滞在していてはお互いに何かと都合が悪くなるに違いない。それに、俺も海水浴場まで歩いて行けるところのほうがいい。
早速、バスターミナルにたくさんいる客引きのおばちゃんと交渉する。おばちゃん達は部屋の写真をふりかざしながら、フルシチョフ君の争奪戦を繰り広げている。そして、その様子をマターリと眺める俺。
「おめー、のんびり見てるんじゃねーよ!」とドヤされたので、にゃおんちゃんも交渉に加わる。フルシチョフが「この部屋、どう?うちから近いし、値段も手頃だよ」と言うので、その部屋にすることに。キエフ通りの市場近くにある部屋で、1泊60USD。
マルシュルートカに乗って市場まで移動し、そこから階段と坂道を登る。建物はちょっとした民宿のようなつくりで、部屋が6〜7室程度の客室がある。さらに台所、娯楽室、バルコニー、プールといった共用スペースがあって中々豪勢。
エアコンもあるし、風呂にバスタブが無いことを除けば申し分ない。ちなみに、お湯もちゃんと出る。w
ウクライナに来て思ったのだが、モルドバと比較すると、何もかもがきちんと整備されていて、何もかもがきちんと機能している印象を受ける。一言で言うと、「何をするにも快適で便利」といったところか。
帰国後、友達のK君(日本人)にこの話をしたところ、「ウクライナを快適と感じるなんて、お前ヤバくないか?」と言われてしまった。にゃおんちゃんの感覚は旧ソ連仕様に劣化しつつあるようで・・・。
《つづく》



