2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その19)

◆にゃおんちゃん、オデッサにてファビョる

無事ウクライナへの入国を果たした偽カザフ人(ボラット)の偽物(にゃおんちゃん)は、午前7時過ぎにオデッサ到着。バスターミナルの前に市場があり、早朝にも関わらずいくつかの店は既に開店しており、早朝だというのに人がごった返している。
ロクにまともな地図も持たずにこの街へやって来たにゃおんちゃんは現在位置すら把握できず、自分がどこにいるのかまるで分からない。「急いでホテルを探したところで、この時間ではチェックインもできまい。なーに、時間はまだたっぷりあるさ」と余裕ぶっこいて市場やその周辺をウロウロしていたら、あっという間に2時近くを無駄にする。

ウロウロしていたら駅を見つけたので、列車の切符を買いに行くことにする。ここには1泊だけして、明日の夜行でクリミア半島の都市シンフェローポリへ移動しようと思う。

オデッサのバスターミナル
オデッサのバスターミナル。変なデザインですが、小さな建物なので可愛いと言えないこともない・・・。

オデッサ駅
オデッサ駅。「バクザール(ロシア語で"駅"の意味)」としか書いておらず、実に男らしい。


さて、駅へやって来たがどこが窓口なのか分からない。さすがに国際線と国内線の違いくらいは分かるが、国内線だけでも窓口が7〜8ヶ所ほどある。1番の窓口だけが異常に混雑しているが、他はそうでもない。適当に5番辺りに並んでみる。
待つこと約15分、にゃおちんゃんの番が回ってくるが「クペー(二等寝台)」と言ったら、「隣の窓口で買え」と言われて追い払われる。言われたおり隣の窓口に並び、さらに待つこと15分、「明日のシンフェローポリ行き、二等寝台の切符ちょうだい」と言うと、「1番へ行け」と言われて追い払われる。えー?さっきの窓口ではここだと言われたぞ?文句言うと「ここはリュクス(一等寝台)専用だ」と言われる。あのな、だったら誰が見てもそう分かるよう、どこかに書いておけよ。

結局、異常に混雑している1番窓口の列に並ぶ。他の窓口はせいぜい5〜10人程度が並んでいるに過ぎないが、この列だけは50人以上並んでいる。諦めて帰ろうかと思ったが、これから予定があるわけではないし、後で売り切れて買えなくなったら大変なので、我慢して待つことに。
しかし、待てども待てども列は一向に進まない。ウクライナでは、田舎の鈍行列車ならいざ知らず、都市間を結ぶ夜行列車の発券は全てオンラインで行われている。そして、その端末は全ての窓口に置いてある。だったら、どの窓口でとのチケットを発券しても同じことじゃないのか?どうして、「ここは一等専用」とか分ける必要があるんだ?


待つこと1時間・・・。
にゃおんちゃんの近くに、小さな男の子を連れたシンディ・クロフォードそっくりの美しいお姉さんがいた。二人の会話を聞いていると、どうやら叔母と甥のようだ。男の子が何やらジョークを言うと、そのお姉さんは少し怒ったふりをして「こらー、そんなこと言うとお仕置きしちゃうぞ」と言いながら(推測)、男の子のほっぺにかじりつき、そしてぶちゅーっとキスをする。ああ、にゃおんちゃんはこの男の子になりたい・・・。

そんな妄想をしながら待つことさらに1時間・・・。
あともう少しでにゃおんちゃんの番だというところで、窓口が閉まった。昼食の時間なのだという。これでさらに20分待ちだ。切符を買いにここにやって来てから、もう3時間が経過している。お前ら、交代でメシを食うということを知らんのか、こら。
これには忍耐強い日本人のにゃおんちゃんもブチ切れ、「3時間もここで待っているのに切符1枚買えないなんて馬鹿げてる!」とファビョる。3時間だぞ!3時間!ふざけんな!と怒鳴り散らすが、周りの人はそんな俺をじーっと見ているだけ。にゃおんちゃんの前に立っていたおじさんが肩をすくめて「ここはウクライナだから仕方ない」と言う。

「ここはロシア(ウクライナ)だから仕方ない」

そう、ロシア人やウクライナ人と話すと、いつもこの台詞が飛び出す。そして、どんな馬鹿げたことや理不尽なことがあっても、彼らはこう言ってひたすら耐え、黙って待つ。お前ら、どうしてそんなに覇気がねーんだ?もっと住みよく便利な世の中にしようと思わんのか?ウォッカ飲んだら、キチガイみたいに暴れるくせに。文句を言う俺がわがままなのか?それとも黙って待ってるお前らがアホなのか?
言っておくが、待つのが嫌な人は旧ソ連諸国を旅するのは無理。どこへ行っても、何をするにも人が並んでいるし、待たされる。ましてや各地から旅行者が押し寄せ、街中が人でごった返しているハイシーズンのオデッサだ。待たなくちゃいけないのは理解している。しかし、3時間待っても切符一枚買えないってどういうこと?

窓口のおばちゃんの手際が悪いわけではない。そもそも、ひとつの窓口で捌ききるには人数が多すぎるのだ。なんで隣の窓口も開放せんのだ。
3時間も待ったのに、切符はものの5分もせずに買えた。



◆暑くて観光する気にならず

7時にオデッサに到着したのに、早くもお昼になってしまった。トローリーバスに乗って街の中心部へ移動し、ホテルを探す。
狙っていたホテルが満室だったので、近くの「パサージュ」というホテルに泊まることにする。187UAH(ウクライナ・グリブナ)で、風呂トイレは隣室と共用。しかもお湯が使えない。旧ソ連の大都市は街ひとつ丸ごとセントラルヒーティングになっているところが多く、夏になると発電所がお湯の供給をストップしてしまうので、自前の給湯設備を持たない施設はお湯を使えなくなってしまう。
街の真ん中で1泊4,300円のホテルなのだからこんなものだろう。どうせ1泊だけだし、めんどくさいのでここに泊まることにする。このホテルはアール・ヌーヴォー風のクラシックな外観を持つのだが、中までクラシックなままなのが難点。

お腹が空いたので食事に行くが、猛烈に暑い。オデッサの街は観光地だけあって綺麗に整備されており、緑が豊かでとても美しい。何だか南欧に来たような錯覚に陥る。えーと、ここウクライナだよね?
近くのレストランに行き、貧乏人のくせに70UAH(約1,600円)もするリブステーキを食う。ウェイトレスがウクライナの民族衣装を着ていて、とても可愛かった。


食事を終えるとSIMカードを買いに行く。買いに行くっていうか、ウクライナの大都市では街角で女の子が椅子に座ってカードを売っている。ウクライナの携帯キャリアは4〜5社あるのだが、「life:)」というキャリアのカードが安かったので買う。25UAH(約600円)。
その場でカードを入れ替えていると、カード売りの女の子がモルドバのSIMカードに興味を示した。「それはモルドバのSIMカードだよ」と説明すると、「あなたはモルドバから来たの?」と驚かれる。モルドバに行く日本人・・・変か?

早速電話してみるが、何をやってもフルシチョフ君の携帯電話につながらない。カード売りの子に泣きつくが、彼女もどうすることもできず、結局「Kyivestar」のカードを買いなおす羽目になる。スターターパックの値段は確か38UAH(約900円)程度。ちなみに、このキエフスターはクチマ前大統領の娘の保有する会社。

フルシチョフに電話した後、CDショップを見つけたので入ってみる。品揃えはまあまあといったところだが、mp3ファイルを詰め込んだブート盤が堂々と売られていて驚く。
近所を少し散歩するが、とにかく暑いし寝不足でヘロヘロなので、帰って寝ることにする。

ホテル・パサージュ
外観は素敵なんですよ、このホテル。中はボロいし、お湯は出ませんけど。

オペラ・バレエ劇場
オペラ・バレエ劇場。19世紀に作られた建物で、チャイコフスキーも指揮したことがあるそうな。

郷土博物館
ゴールサト公園にある郷土博物館。


【旅の情報:オデッサ編】
・バスターミナルは駅の東側。すぐ近くに大きな市場がある。
・ゴーサルト公園近くのホテル街へ行くには1番のトローリーバスに乗る。運賃は0.5UAH。
・変な会社のSIMカードを買っても使い物にならないので、「Kyivestar」か「UMC」のカードをお勧めする。スターターパックは、高いものでも40UAH(約1,000円)しない。追加のカードはどこでも買える。


2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その18)

◆ワターシノ名前ハ「ボラット」デース!

待合室でヘレンを待っていると、挙動不審な男女がやって来た。意味も無く辺りをウロついたりベンチで寝転がったり、とにかく落ち着きが無い。内心、嫌だなぁと思っていると、男がこちらにやって来て話しかけてきた。浅黒い肌を持つ20代前半の男で、一目でジプシーだと分かる。でもアロハシャツなんか着てるので、ハワイの原住民に見えないこともない。
「おまいは旅行者か?」という問いに、イクラちゃんばりに「ダー」と答える。続いて、だとだとしいロシア語で「ワタシ、モルドバ、観光キタ。コレカラ、ウクライナ、イク」と言う。
しかし、無理してロシア語で返答したのが仇となった。男の次の一言がにゃおんちゃんを奈落の底に突き落とす。

「おまい、カザフスタンから来たのか?」

中国人の次はカザフ人認定かよ!

確かに、カザフ人やキルギス人は日本人みたいな顔をしている人が多い。日本人と中国人の違いが分からないモルドバ人に、日本人とカザフ人を見分けることなどできるわけがない。そう、たどたどしいロシア語を喋ったせいで、にゃおんちゃんはカザフ人だと思われてしまったのだ。彼の脳内では「ロシア語を話す東洋人=カザフ人」なのだろう。


人生初のカザフ人認定に一瞬気が遠くなったにゃおんちゃんだが、やられっぱなしではない。カザフスタンと言えば、もちろんあの人。ナザルバエフ大統領?いや、違う。

「My name is Borat. I come from Kazakhstan! Jak sie, masz!」

そう、ボラットだ!偽者カザフ人だが、今世界で一番有名なカザフ人はこの人!
本物のボラット同様、たどたどしい英語で自己紹介をする。このジプシーの兄ちゃんは俺のことをカザフ人だと思っているのだ。彼の夢を壊したら可哀想ではないか。
男は上機嫌な様子で「俺はジプシーで、ソロカから来た」と言う。あー、にゃおんちゃんはそのソロカか帰って来たばかりだが・・・余計なことは言わないでおく。だってこの男、にゃおんちゃんの荷物が気になるようで、視線や挙動が怪しいんだもん。まともに相手しないほうがいいな。
しかし、暇なので少しからかってやることにする。

「お前、カザフ人のくせにロシア語分からんのか?」というツッコミに焦るが、「カザフ人はロシア語が下手なのだ」と言い張る。本物のボラットよろしく、ジプシーをネタにした危ないジョークを2発ばかり披露するが、相手は殆ど英語が分からない人なので見事にすべる。
ギャグがすべったときの気まずい雰囲気に言葉の壁は無いらしく、逆ににゃおんちゃんのほうが変な奴と思われて、男は引きつった笑顔を浮かべながら去っていった。

カザフ人認定された挙句、変な奴に変な奴だと思われるとは何たる屈辱。

最後に、両手を合わせておじぎをしながら「チンクイエ!」と言って奴にトドメを刺す。
わーっはっは、見事に撃退したぞ。



◆哀愁のキシナウ

そうこうしているうちにヘレンがやって来た。ターミナル周辺には何も無いので、街中まで戻ってメシを食いに行く。が、この頃になると本当にグッタリしていて食欲も無く、サラダを食っておしまい。少し歩いただけでヒィヒィ言ってるにゃおんちゃんを見かねて、ヘレンがビタミン剤を買ってくれた。モルドバ・レイを使い果たしてしまい、金が無かったのだ。
ヘレンよ、何から何まで本当にすまん。

金が無くて何もできないので、22時過ぎにバスターミナルに戻ることにする。バスの出発は24時だが、そんな遅くまで彼女を付きあわせては申し訳ないので、バス代を渡して彼女を帰宅させる。本当に色々と世話になった。ありがとう、ヘレン。
彼女の友達が教授相手に金をせびったことを、言うべきか否かずっと悩んでいたが、結局最後までそのことには触れなかった。ヘレン自身、彼女のことを親友とは思っていないようだったし、第三者であるにゃおんちゃんが余計なことを言わないほうがいいと判断したのだ。


へレンが去り、一人バスターミナルに残ったにゃおんちゃんは、夜行バスで一夜を過ごすことに備えて服を着替える。ここまでは常にジーンズとブーツでパリッとキメていたが、ここで初めて半ズボン&サンダル姿に変身する。
うーむ・・・どこからどう見ても薄汚いバックパッカーだ。セレブな旅を目指していたのに。

23時56分、ついにキシナウを去るときが来た。このオデッサ行き夜行バスは、モルドバの南端にあるパランカという村を経由する便なので、沿ドニエストル共和国領は通過しない。
バスはほぼ満員で東洋人はもちろんにゃおんちゃんただ一人。でも、そんなにジロジロ見られない。長距離を走る夜行バスなので、シートも倒れるしエアコンもちゃんとある。これなら大丈夫。日本じゃこんなことは当たり前だが、こっちのバスは本当にボロいので、実は心配だったのだ。

オデッサ行きのバス
「キシナウ - パランカ - オデッサ」と書いてある。左上の数字は発車時刻。


キシナウの街を出るとき、ヴィリニュスを去るときに夜行バスの窓から見た風景を思い出した。あの時は後ろ髪を引かれる思いで、ひどく感傷的になっていた。ヴィリニュス、本当に大好きな街だったから。
え?俺、また感傷的になってる?キシナウなんか好きじゃないのに、どうして?その理由を探して考えごとをしていたが、疲れきっていたにゃおんちゃんはいつしか眠りに落ちた。ぐー・・・さようなら、キシナウ・・・また来るのか、俺?・・・ぐー・・・。

目が覚めると、そこは国境手前だった。時間は午前2時。
バスを降りるが、周りには何もありゃしない。出国手続きで渋滞しているようで、周囲にはたくさんバスや車が停まっている。モルドバ各地からオデッサへ行くバスが殆どだが、中にはキシナウからキエフのポリスポール空港へ行くバスもあった。何せキシナウ空港はローカルだからねぇ・・・。こんなバスがあるなら、ブカレストのみならずキエフもモルドバ旅行の拠点に使えるね。
まぁ、わざわざモルドバなんぞに行く価値があるかどうか、それはまた別の話だが。

午後3時過ぎにモルドバを出国。係官がバスに乗り込んできてパスポートを回収し、事務所に持ち帰ってスタンプを押してから返却するといういつものパターン。トラブルは一切無し。
そこから数km走ると、今度はウクライナの入国手続き。2年前に来たときとは異なり、今回は出入国カードを書かされた。用紙はバスに乗り込む際に運転手から配布され、既に記入してある。英語の表記もあったので、記入は楽勝。
ところが、こっちはさらに渋滞が酷く2時間も待たされた。走っている時間よりも待っている時間のほうが長いのはいかがなものか。待ちくたびれて寝ていると、係官に叩き起こされて飛び起きる。寝ぼけていたので、思わず日本語で「はいっ!」と返事をしてしまった。


8月23日(木)午前5時過ぎ、にゃおんちゃんは2年ぶりにウクライナへの入国を果たした。
今回の旅行で、陸路で通過する国境はここのみ。厄介な場所を無事通過して、少しホッとする。


【旅の情報:モルドバ/ウクライナ国境編】
・キシナウからオデッサまでは直線距離にして約150km。普通なら2〜3時間で行ける距離。しかし、その間に立ちふさがるのは悪名高き沿ドニエストル共和国。幾多の旅行者を泣かせてきたロクデナシ国家だ。国境でトラブるのは嫌でしょ?
・そんなあなたにお勧めするのが、パランカ経由のバス。沿ドニエストル領を経由しないでオデッサへ行ける。所要時間は昼は12時間、夜は6時間。なんでそんなに違うのかって?そりゃにゃおんちゃんも知らん。運賃は68MDL。
・バスの出発時刻は、ターミナルの時刻表によれば10:10、10:30、21:40、21:50、22:47、22:57、23:56となっているが、いまいち当てにならんので窓口で確認することをお勧めする。
・もちろん、普通にベンデール、ティラスポールを経由してオデッサヘ行くバスも多数ある。
・一時期は線路が封鎖されていたが、ティラスポールからウクライナやモルドバへ行く列車が走っていたので、現在は鉄道でも行ける模様。


《つづく》

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その17)

◆衝撃の「キターイ?」

逃げるようにしてジプシーの居住区を去ったにゃおんちゃんは、山を下りてソロカの街を目指す。その途中の家でこんなものを発見。(写真下) ソ連の匂いには敏感ですから、私。1941-1945と書いてあるから、第二次世界大戦関連のものだ。
後でヘレンに聞いたところ、「この家からは独ソ戦に従軍して戦死した人が出ているので、この家を愛国者の家として称えるプレート」なのだという。戦車も兵隊もベルトコンベアー式に送り込んでメチャクチャな戦死者を出しているロクデナシのソ連だが、こういうところで戦死者をちゃんと称えてるのは偉い。日本で同じことをしたら、「極悪人」だの「右翼」だの言われちゃうからな。情けない。

ついでにソ連が誇る高級車「ボルガ」も発見。小型車のラーダは今でもバリバリ現役で街中を走り回っているが、ボルガは中々発見できない。かつては共産党幹部御用達の高級車だったが、今じゃ中古のトヨタやオペルよりも安いんだろうなぁ・・・。
写真を撮っていると通りがかりのおじさんがジロジロ見るので、「ボルガ!ボルガ!」とアピール。すると、おじさんは「ソビエトの車だな」と言ってすぐに去っていった。現地人にとっては珍しいものではないらしい。

愛国者の家
独ソ戦に従軍して戦死した人の家を称えるプレート。

ソ連製高級車ボルガ
ソ連製高級車ボルガ。今じゃナニな車だが、中国車とか朝鮮車を買うくらいならこっちのほうがマシ。


そんなことを考えながら歩いていると、この街のランドマーク『ソロカ円形要塞』に到着。モルドバが誇る数少ない(というか殆ど唯一の)英雄シュテファン大公が1499年に築いたもので、オスマン帝国との戦いの際に重要拠点としてその名を馳せた。保存状態も良く、現在はモルドバの数少ない観光名所となっている。
中へ入り入場料を払うと、ボランティアガイドらしきおじさんが話しかけてきた。何故かフランス語で。ロシア語で「ワタシ、フランス語ワカラナイヨ」と返事をすると、今度は物凄い速さでロシア語を喋りだした。この要塞について説明しているようだが、さっぱり分からない。唯一分かったことは、「もうすぐポーランドから団体客がやって来るから、早く見て回りなさい」ということだけ。

というわけで早速見て回るが、はっきり言ってそれほど面白くない。元々中世にはそれほど興味が無いうえに、イスタンブールで凄いモスクを見ちゃっているので何の感動も無い。要塞の上から見たソロカの街とドニエストル川は綺麗だったが、それとて展望台からのパノラマを楽しんだ後では全然ありがたみが無い。
ちなみに、石でできた要塞がでーんとあるだけで、展示物等は一切無し。多分、それらは博物館かどこかにあるのだろう。残念ながら博物館の場所を知らないし、行っている時間も無い。

円形要塞正面
円形要塞正面。結構デカいですよ。4〜5階建てのビルに相当する高さ。

円形要塞内部
円形要塞内部。本当は別途撮影料を払わなくちゃいけないらしい。知らなかったのだ。許せ。


要塞の真ん中には井戸があり、バケツで汲んで飲むことができる。ペットボトルに水を補充していると、地元民らしき男の子達がやって来た。そして、にゃおんちゃんの顔を見て一言。

「キターイ?(ロシア語で"中国"の意味)」

だーっ!ついに言われてしまった!
今まで中国人とか朝鮮人とか言われたことが無いのが自慢だったのにーっ!

バルト三国やベラルーシの皆さんは、何も言わなくてもにゃおんちゃんのことを「日本人」だと分かってくれた。カナダやイギリスやフィンランドの皆さんも同じ。南朝鮮でアメリカ人に間違えられたり、ウクライナでタイ人に間違えられたりはしたが、それでもシナチョン認定されたことは無かった。
いやー、すげーショック。これで俺もついに支那人デビューか。嬉しくねぇ・・・。



◆モルドバ大好きに変身

支那人認定されて泣きながら要塞を去る。お昼ごはんを食べてなかったので、レストランに寄ってママリーガを食す。すっかりお気に入りとなった一品だ。店内には浅黒い肌の人(ジプシー)がたくさん。ジプシーの女の子ってやっぱり綺麗。美人率の高さは台湾のタイヤル族といい勝負かもしれん。でも、ジプシーは問題が多すぎるから、タイヤル族の圧勝だけど。
ちなみに、ソロカは欧州でも有数の「ジプシーの街」らしい。

食事を終えると、炎天下の中をヒィハァ言いながら走ってバスターミナルまで戻る。キシナウ行き16時のバスで帰る。実質4時間程度のソロカ滞在だったが、実に楽しかった。キシナウは見所など何も無い貧乏臭い都市だが、モルドバの田舎は来る価値あると思うよ。別に何があるという訳ではないのだが、本当に美しく楽しかった。
モルドバへの好感度急上昇。もう一回くらい来てもいいかもしれん。偽ソ連探索もあることだし、来年また来ようか?
猛暑にも関わらず真面目に観光してしまったのでヘロヘロ。バスの中でひたすら爆睡し、気づいたらキシナウに着いていた。帰りも所要時間は3時間半で、19時半にキシナウ到着。


キシナウに到着したので、ヘレンに電話する。「ソロカ最高。教えてくれて、ありがとう。俺、モルドバ好きになっちゃった」と言うと、愛国少女ヘレンは声を弾ませて喜んでいた。しかも、これから俺を見送りにバスターミナルまで来るという。
いやー、あなたは何ていい人なんだ。もし日本に遊びに来ることがあったら、私が責任持ってサポートさせていただきますよ。

モルドバ大好き(ただし田舎だけ)に変身したにゃおんちゃんだが、それでも今夜この国を去る予定は変わらない。オデッサ行き(パランガ経由)のバスチケットを買い、待合室でヘレンが来るのを待つ。
しかし、この後に支那人認定に続く衝撃が待ち受けていることなど、このときのにゃおんちゃんには知る由も無いのであった。



【旅の情報:ソロカ編】
・ソロカ行きのバスは北ターミナル(Gara de Nord)発着。バスは朝はたくさんあるが、それ以降は1〜2時間に1本といったところ。これにはOtaci行きなど、ソロカを経由するものも含む。所要時間は3時間半、運賃は25MDL。
・ソロカ発キシナウ行きのバスは最終が20時。その前が17時。
・モルドバ北部最大の都市バルツィ行きのバスもある。7時〜15時の間に1時間に1本ずつ走っている。
・川の向こうはウクライナ。橋は無いが渡し舟がある。地元の人に聞いたところ向こう岸にはパスポート・コントロールの事務所があるそうなので、渡し舟でウクライナに入国することも可能な模様。ただし、そこから先はまともにバスが走っているか不明なので、お勧めしない。
・オデッサ行きのバスもあるが、昼12時発の1本のみ。また、沿ドニエストル領を経由する可能性が高いので、やはりあまりお勧めしない。所要時間は約7時間。
・本文に登場する展望台や村、ジプシーの集落への行き方は、文章で説明するのはちと難しい。知りたい人は別途メールください。
・ジプシーだが、地元民が警戒するくらいなので、ほんとに注意したほうがいい。親友にジプシーの子がいるヘレンでさえも「写真を撮ったり立ち話をするだけにしておきなさい」と言っていた。


《つづく》

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その16)

◆えーと、何とかいう名前の村に行く

やっとの思いで山頂にたどり着いたものの、ダウンして20分くらい動けず。展望台の隅っこでのびていると、モルドバ人の一家がやって来た。父、長女、長女の子ども2人、次女という組み合わせ。次女は高校生で英語を少し理解し、日陰でひっくり返っていたにゃおんちゃんに話しかけてきた。お父さんは軍服を着ていて、モルドバ軍の軍人さんだそうだ。彼らはこの街に住んでいる訳ではなく、キシナウからやって来たとのこと。非番なのに、軍服着てるのは何故?ま、いいや。
この次女が若くてお肌ピチピチの健康美なお嬢さんで、笑顔がとても可愛い。ん?何やらおっさんくさい言い方だな。彼女はにゃおんちゃんのことを大学生だと思っていたようだが、本当の年齢を知って驚いていた。おっさんだからな、俺・・・。

彼らはにゃおんちゃんのように川沿いから階段を登って来たのではなく、ソロカの街から山の上にある村を通ってここにやって来たのだという。来た道を戻っても楽しくないので、その村を通ってソロカの街へ行くことにする。
灼熱地獄の中、「水、水・・・」と呟きながら歩くこと数百m、モルドバ人一家の言っていたとおり小さな村があった。なんと、道路に沿って井戸がある。しかも、バケツで汲み上げるタイプの井戸。子どもの頃、実家に手押しポンプの井戸があったが、バケツを使うやつは初体験。「水ーっ!」と叫びながら凄い勢いでハンドルを廻してバケツを引き上げ、貪るように水を飲む。村人が生活に使う井戸なのでバケツを汚さないよう、手持ちのペットボトルに移して水を飲む。ああ、私ってやっぱり日本人。

バケツ一杯分の水など飲みきれるわけがないので、ペットボトルに移してはその水を頭や首に振り掛けて体を冷やす作業を繰り返す。炎天下の中、ながーい階段を登ったせいで一気にグロッキーになってしまい、自分でも分かるくらいフラフラしていた。今にして思えば軽い熱中症になっていたのかもしれない。

井戸
モルドバの田舎にあった井戸。ひんやり&ミネラルたっぷり天然水。


道路に沿って電柱が立っているので、どうやら電気は来ている模様。でも水は井戸から汲む。歩いている子どもを見ながら、「水汲みは子どもの仕事だったりするんだろうなぁ」と考える。家屋の殆どは平屋で3人も住めば窮屈そうなほんとに小さな家。どの家も古いが、きちんと手入れされていて可愛らしい。屋根は何故かトタンなので、夏は暑そうだが。
そして、家畜がたくさん。ニワトリ、牛、ヤギ・・・羊はいなかったが、ガチョウまでいる。ニワトリやガチョウは近づくと逃げてしまうので、ヤギに餌をやって遊んでいると、近所の子どもがやって来て写真を撮ってくれた。もしかして、怪しい中国人がやって来て大事なヤギを盗むとでも思ったのだろうか・・・。

村唯一の商店でアイスクリームを買う。アイスを食っているとマルシュルートカがやって来たので、これに乗って山を下りてソロカの街へ帰ることにする。
ちなみに、旧ソ連諸国は何気にお菓子類が美味しい。だからおばさんになると、女性は皆力士体型になるんだろうな。若いときは妖精、年をとると妖怪・・・これ、ソ連の国家機密。

モルドバの伝統的家屋
村の家はどこもこんな感じ。モルドバの伝統的家屋だそうです。

ガチョウ
ガチョウ。近づくと逃げる・・・。



◆Moldavian Gypsies

マルシュルートカに乗って山を下りる。眼下にはソロカの街が見える。
山を下る途中に見慣れない建物が密集する地域を通った。窓にへばりついて凝視していると、運転手が「これはジプシーの家だ」と言う。ジプシーの家?ジプシーって家なんて持ってるのか?しかもさっきの村で見たモルドバの伝統家屋と全然違うし、こっちのほうがずっと立派だぞ。
街からそう遠くなさそうなので、ここでバスを下りてみることにする。

バスを降りると、あちこちの家が大規模な改築工事を行っている。えー?再開発事業でもやってるのか?ほんとにそこらじゅうの家で一斉に工事してるの。写真を見ると分かるけど、モルドバ人の家と建築様式が全然異なる。
バス停が日陰になっていたので休んでいると、近くに座っていたモルドバ人の建築作業員のおじさんから「お前、旅行者か?ジプシーには気をつけろよ」と言われて、一気に欝になる。今まで、一体何人の人から同じことを言われたか。あるフランス人は「国内にいるジプシーを皆殺しにしてやりたい」とまで言っていた。彼らの悪評は色々と聞いているが、地元民が忠告してくるくらいなのだから、本当に酷いに違いない。ビビりながら散策に出かける。

ジプシーの家
ジプシーの家。ゴージャスです。

こっちもジプシーの家
こっちもジプシーの家。豪華なテラスが特徴です。


歩いていると、壁に動物(ライオンと熊)が描かれた家を見つけた。その意味を考えて家の前で首を傾げていると、その家の住人らしきお婆さんが声をかけてきた。婆ちゃんは浅黒い肌を持ち、モルドバ人とは異なる服とアクセサリーを身につけているので、一目でジプシーだと分かる。ラフな格好をしているが、すごくカッコいい。HANOI ROCKSのアンディ・マッコイはジプシーであることを公言し、それ風の衣装を好んで着ているが、ほんとにあんな雰囲気。ババァのくせに何でそんなカッコええねん。

その婆ちゃん曰く「これは家を守る動物」だそうで、「私はジプシーで、ここに住んで60年になる」と言う。そんなことを話していると、婆ちゃんの孫らしき小さな女の子がやって来た。この子が、子どものくせに真っ赤なドレスを聞いていて、婆ちゃんと同じように見なれない指輪やネックレスをしていてメチャメチャカッコいい。しかも、やはり肌は浅黒いのだが、目鼻立ちはくっきりしていて凄く可愛い。土の上を素足で歩き回っているのには驚いたが。
その子はにゃおんちゃんを見ると、手を引っ張って近くの大きな屋敷に連れて行く。庭で車を洗っているヒゲもじゃのおっさんを指差して、「この辺りのジプシーのリーダー」だと言う。子どもがそのおっさんに向かって「旅行者が来た」とか何とか言い出したので、あいさつだけして慌てて退散する。正直言うと、あまり関わりあいたくない。


すると、今度は婆さんがやって来て、にゃおんちゃんのことを色々と尋ねてくる。そして、俺が独身だと分かると、「いい娘を紹介するから、うちに寄っていきなさい」などと言い出すではないか。
いや、確かにね、ジプシーの女の子ってにゃおんちゃんの好みのストライクど真ん中ですよ。feti虎教授は「ポンセは金ぴか(金髪碧眼)好き」などと言うが、俺は黒髪に褐色の肌の女性が好きなのだ。ウクライナでタタール系の子を見て以来、「もしかして、俺ってああいうほうが好み?」と思っていたが、最近やっと自覚した。

・・・なんてことはどうでもよくて!
いくらエロでアホでも、ここでそんな誘いに乗ってホイホイついて行くほど馬鹿ではない。婆さんは俺の手を引っ張って家へ連れて行こうとする。いやー、これはヤバい。旅行者を招いてお茶の一杯をご馳走することはあっても、見ず知らずの風来坊に嫁の世話する人なんているわけがない。
「ごめんね、バスの時間が」とか何とか理由をつけて、逃げるようにしてその場を去る。


街へ戻る途中、ヘレンに電話をしてそのことを話すと、「あなたの行動は正しい」と言われた。あそこでホイホイついて行こうものなら、物を盗まれたり、金をまきあげられたりするのだという。
こんなことばっかりしてるから、ジプシーは嫌われるのだ。
彼らは見た目からしてスラブ系(ロシア、ウクライナ等)ともラテン系(ルーマニア、モルドバ)とも異なるし、独自の文化や生活様式を持っていることは一目で分かる。言い方は悪いが、それを見世物(観光資源)にして生きていくことだってできるのに、どうしてああいうことをするのか。

ウクライナでもモルドバでも、昼間から街角でフラフラして通りがかりの人に金をせびっていたのはジプシーばかりだった。地下鉄の駅などで物乞いをしている年寄りもたくさんいるが、あの爺ちゃん・婆ちゃん達は通りがかりの人をしつこく追い回したりはしない。
ヘレンは「ジプシーにも良い人はいるんだけどね・・・」と言うが、ロクでもない経験をした直後のにゃおんちゃんには慰めにもならない。


《つづく》

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その15)

◆ひよこバスに揺られて

8月22(水)
夜中の2時過ぎにホテルに戻ったというのに、6時半に起床。今日はモルドバ北部の街ソロカへ行き、夜にキシナウへ戻り、そこからウクライナ南部の都市オデッサへ移動する。今日でモルドバへ来て4日。キシナウも見たし、沿ドニエストルも見たし、あとは田舎を見ればとりあえず十分だろう。
ウクライナ西部の都市リヴィヴへ行くことも考えたが、そこから先は首都キエフくらいしか行くところが無いので却下。帰りの飛行機はキエフからなので、嫌でもいずれ行く羽目になるのだ。こんなに早くに行きたくない。リヴィヴはポーランドやスロヴァキアからそう遠くもないので、いつかまた行く機会があるだろう。

7時半に北ターミナルへ行き、8時のバスでソロカへ向かう。これが日本なら廃車確実のとんでもないポンコツバスで仰天する。シートの座り心地はそれほど悪くないが、車内は何やら変な臭いがする・・・。
バスはキシナウ市街を抜け、田園風景の中をゆっくりと走る。ポンコツだけあって音だけはうるさいが、その割にはスピードが全然出ない。やがてバスは何も無いところで突然停車し、運転手が車を降りる。何事かと思っていたら、道端の店で飲み物や食い物を買っていやがる・・・。真面目に仕事しろ!
バスは1時間ほどでオルヘイへ到着し、10分ほどのトイレタイムを取る。運転手がここから先は休憩しないというので、トイレに行っておく。ここから約20km離れたところにある旧オルヘイは古い建物がたくさん残っていて素敵なところらしいが、オルヘイの街はこれといって見るべきところも無さそうな、のどかな田舎町。

廃車同然のポンコツ
にゃおんちゃんはこんなバスでソロカへ行きました・・・。


オルヘイを出発したバスは相変わらずチンタラ走る。坂道になると失速するし・・・。木炭バスじゃねーのか?
することもなくボーっと外を眺めるが、道端に牛が放し飼いにされていて驚く。牛が路肩に生えてる雑草を食ってるんですよ。その脇を車がビュンビュン走っているのに。さらに、牛追いのおじさんが10頭ほどの牛を引き連れて道路を歩いてるし。えー?車とぶつかったらお互いタダじゃ済まんだろうに・・・。他にも馬車は走ってるし、それはそれは凄い光景でございました。
一応旧ソ連の国だから農業は機械化されていると思っていたが・・・未だに農耕馬なんて使ってるんだな。欧州で農耕馬なんて使っている国はアルバニアだけだと思ってたが、モルドバにも健在でした。

モルドバの田舎はほとんど木が生えておらず、なだらかな丘陵に牧草畑やトウモロコシ畑が広がっている。日本でいえば富良野や美瑛のような感じだが、今年は凄まじく暑いのでトウモロコシが枯れてしまっているのが目に付く。こっちに来てから、ずっと35℃とか38℃だもんなぁ。今日も42℃という予報が出ていた。
42℃だとー?ここは中東か?


ひよこ・・・途中のバス停で地元民が乗り降りするのだが、とあるバス停でひよこが入った箱を大量に持ったおばさんが乗り込んできた。えー?ひよこー!?
ダンボール箱の中にはひよこが何羽も入っていて、ピヨピヨと鳴き声がする。まさかひよこと一緒にバスに乗るとは思ってなかったぞ。
びっくり仰天の荷物だが、周りの人は驚いた様子も無い。モルドバの田舎では家畜を飼っているのはあたりまえらしいので、ひよこの入った箱を抱えたおばさんなど珍しくもないのかもしれない。恐るべし、モルドバ・・・。

モルドバの田舎では本当にたくさんニワトリを見た。農家ならどこでも飼っているという感じ。田舎に行って鶏肉料理とか玉子を食ったら旨いかもね。
「モルドバ地鶏」って売り出せばいいのに。


再びバスが停車し、運転手と車掌が降りていく。何事かと思っていると、彼らは井戸から水を汲みバスのエンジンにぶっかけている。もしかして、オーバーヒート気味だった?それにしてもエンジンに水をぶっかけて冷却するなんて聞いたことが無い。
ちなみに、バスが走っている最中に運転席を覗き込んだところ、スピードメーターはずっと0を指していた。げーっ!今まで色んなボロバスに乗ったが、スピードメーターが壊れているバスは初めてだ。ロクにスピード出ないポンコツだからって、これでいいのか?モルドバよ。



◆めざせ展望台

11時半にソロカへ到着。ヘレンは2時間半で行けると言っていたのに、3時間半もかかった・・・。オンボロバスのせいだ、ちくしょー。
バスを降りると、そこにはドニエストル川が見える。ソロカはドニエストル川のほとりにある街で、数百m先の対岸はもうウクライナ。本当はここから直接オデッサへ行けたら良いのだが、ソロカからオデッサへ行くバスは正午発の1便のみ。今、来たばっかりだっつーの。

バスターミナルで手荷物預かり所を探すが見当たらない・・・というか、そもそもそんなものは無い。窓口のおばさんに尋ねたら、事務所で預かってもらえることになった。感謝。
荷物を預けて手ぶらになったので、ヘレンに教えてもらった展望台を目指す。バスターミナル近くの山の上に展望台があり、そこからソロカの街やドニエストル川を一望できるのだという。

ドニエストル川
ドニエストル川です。川の向こうはもうウクライナ。手漕ぎボートがあれば密入国し放題。

石灰岩の崖
石灰岩の崖。ほら穴には入らず。


バスターミナルから南へ数百mほど歩いたところに展望台へ行く階段がある。ところが、にゃおんちゃんは道を間違えてこんなところ(上の写真)へ行ってしまった。
そこには崖があり、洞穴があるのが見える。そして誰が作ったのか、そこへ行くための足場が作られている。石灰岩でできているから、簡単に掘れるんだろうな。登ろうかどうしようか迷っていると子どもがやって来た。彼らの話によると中にはヘビがいるらしいので止めておく。たかがヘビを見るのにクソ暑い中こんなところを登るのも馬鹿らしいし、落っこちて怪我したら旅行どころじゃなくなる。
石灰で靴が真っ白になってしまい、機嫌が悪くなる。

道路まで戻り、展望台への入口を探す。するとコンクリート製の立派な門を発見。ルーマニア語で何やら書いてあるが、にゃおんちゃんには読めず。っていうか、こんな立派な門があるのに、どうしてこれを見落として変な石灰山に行くんだろう。
時間と体力を無駄にしてさらに機嫌が悪くなる。

展望台入口
展望台への入口。ここから延々と階段が続きます。


山頂の教会門をくぐり階段を登り始めるが、凄まじい暑さなのですぐにバテてしまい、途中で何度も休憩を取りながら進む。多分、ゆでだこみたいな顔になっているに違いない。パスターミナルに荷物を預けてきて良かった。10kg以上あるバッグパックを担いでこんなところを登ったら、虚弱体質のにゃおんちゃんは間違いなく倒れる。
途中でアホらしくなって帰ろうかと思ったが、ヘレンお勧めの場所なので我慢してヒィハァ言いながら登る。

汗をダラダラ流しながら登ること数十分、やっと山頂に到着。山頂には石を積んで作った小さな教会と展望台がある。教会でイコンやロウソクを売っているが、そんなものいらないから水をくれ、水を!


山頂からの景色は「素晴らしい」の一言。天気が良いのではるか彼方まで見える。苦労して登った甲斐があった。といっても、ソロカの街とドニエストル川と森と畑以外は何も無いんですけどね。

ソロカの街とドニエストル川
展望台から見たソロカの街とドニエストル川。


《つづく》

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その14)

◆沿ドニエストルの戦い(後編)

キシナウ行きのバスに乗ったからといって安心するにはまだ早い。家に着くまでが遠足だ。
そしてバスは国境へ到着、まずは沿ドニエストルの出国手続。周りの人が手にしているパスポートを見ると・・・表紙に「CCCP」と書いてあるのが見えた。
噂は真実だった。

沿ドニエストル共和国のパスポートには「CCCP」と書いてある!

∩ ( ゚∀゚)彡ソ連!ソ連!

外国人は全てバスから降ろされる。今度はにゃおんちゃん一人ではなく、モルドバのパスポートを持つ親子、そしてウクライナのパスポートを持つおじさんも一緒。
ウクライナ人のおじさんはにゃおんちゃんの顔がこわばっていることに気づいたのだろうか?「国境だからパスポート・チェックするだけ。大丈夫、大丈夫」と声をかけてくれる。おじさんの心遣いにニッコリ微笑んで返事をしたにゃおんちゃんだが、もしかするとその笑顔は引きつっていたかもしれない。
ティラスポールは事前に想像していたような「ソビエト・テーマパーク」ではなかったとはいえ、俺はまだこの国を信用していないのだ。お前らは絶対隠れて悪いことしてるに違いない。


係官はにゃおんちゃんが入国時にもらった紙(入国証?)を回収し、パスポートをチェックする。何を言われるかと思ってドキドキしていると、無言のままパスポートを返してくれた。あれ?
「え?これでおしまいなの?」とキョトンとしていると、係官は首を振って「バスに乗れ」という仕草をする。どうやら、これでおしまいらしい。

にゃおんちゃん、何も盗られずに沿ドニエストル脱出に成功。

ほっとしたのもつかのま、入国証の写真を撮り忘れていたことに気づいて凹む。だって、回収されると思ってなかったんだもん!鎌とハンマーの国章が押してあるエグい紙だったのにー。偽ソ連へ行かれる皆様、入国証の写真を撮っておくことをお勧めします。
続いてモルドバへの入国手続き・・・と思っていたら、バスの運転手が窓越しにモルドバ軍の兵士と30秒ほど会話して終了。パスポート・チェックは無し。

えー?悲壮な覚悟をして国境にやって来たのに、この拍子抜けしちゃう展開は何なんですか!
いや、何事も無いほうがいいんだけどね。



◆キシナウの夜

キシナウへ到着し、携帯電話を見るとヘレンから「トランスニストリアに無事入国できた?」というSMSが届いていた。彼女に電話をすると、開口一番「連絡が無いから、あなたは国境で捕まったに違いないと思って心配していたのよ!」と言われた。
彼女はよほど心配だったようで、これからすぐに俺に会いに来るという。いやー、心配かけてごめん。拍子抜けするほど何も無かったんだけどねぇ。

潮を吹くほど汗をかいていたので、一旦ホテルに戻ってシャワーを浴びる。フロントで教授達のことについて尋ねると、11時頃にチェックアウトしたという。当初の予定どおりティラスポールへ向かったのだろうか。
まあ、いいさ。彼の電話番号は知っている。オデッサかクリミアで再会できるだろう。


22時にヘレンと合流。タクシーに乗ってレストランへ行き、食事をする。最初に会ったときと違って、彼女はおしゃれな服を着ていて化粧もばっちり。おぉ、気合入ってますな。俺はヨレヨレですが。
かなりくたびれていていたので、肉やら魚やらを食いたい気分ではなかった。何を食おうか悩んでいると、ヘレンが『ママリーガ』という料理を勧めてくれた。モルドバのナショナル・フードだというので試してみることにする。

ビールを飲みながらトランスニストリアの話をしていると、料理がやってきた。
ママリーガはコーンミールに牛乳とバターを練りこんで煮た料理で、おろしチーズを振りかけて玉子焼きや味付けした肉と一緒に食べる。モルドバ人女性は、このママリーガとサルマーレ(ロールキャベツのサワークリーム煮)を作れて初めて一人前と認められるそうだ。

ママリーガ
これがママリーガ。あっさりしてて美味しいです。朝食や昼食にはぴったりかも。

ご飯を食べた後もトランスニストリアの話をしていたのだが、やがてウェイターがやって来て店を閉めると言うので移動することに。ヘレンはまだ付き合ってくれるというので、コーヒーを飲みに行くことに。
コーヒーを飲みながらモルドバの国内事情について話す。彼女もこういう話は嫌いではないようで、真夜中のコーヒーショップで延々と真面目な話題について話す二人。色気も何もありゃしないが、別にいいんだよ。にゃおんちゃんは「女の子をナンパしに来たアホな外国人」じゃないからな。


やはり、にゃおんちゃんの推察どおり、1ヶ月の平均給与が100〜200$程度のモルドバ人がそれなりの生活水準を維持しているのは、ソ連時代の遺産があるからであり、お金のかからない生活(例えば野菜は自分で栽培して店で買わないとか、足りないものを隣近所や親戚同士でお互いに融通しあってるとか)をしているからだという。
しかし、それにしたって光熱費はここ数年で何倍にも値上がりしてるし、現金で払わなくちゃいけないものもたくさんあるわけで、結局は多くの人がロシアやルーマニアへ出稼ぎに行くのだという。ルーマニア人ですら国内で稼げなくてフランスやらドイツやらへ出稼ぎに行くのに、モルドバ人はそのルーマニアへ出稼ぎに行くのだ。

「やっぱりルーマニアと合併したら?」と言いたくなるが、たった数日の滞在でも両者のメンタリティが微妙に異なるのが分かる。上手く説明できないが、都会人と田舎者の違いというか、商人と農民の違いというか、メンタリティが異なるのだ。現実には両国の統一は容易ではないだろうし、仮に統一したとしてもマイノリティとなるモルドバ人は相当な不満を持つに違いない。 だってこの国ロシア人多いし、皆ロシア語喋ってるし。統一なんて無理。
にゃおんちゃんが感じた両者の違いをヘレンに説明したところ、彼女は「そうよ、モルドバ人とルーマニア人は兄弟だけど、同じではないのよ」と嬉しそうに答えた。愛国少女・・・。

彼女はモルドバの貧しさの元凶として、教育水準の低さを挙げた。モルドバ人の進学率は周辺諸国と比較してもそれほど低いわけではない。しかし、高等教育機関のレベルが物凄く低いのだという。教員や研究者の給与水準が低すぎて、優秀な人材が国外へ流出してしまったからだ。
「君も大学を卒業したら、どこか他の国に行くのかい?」と質問すると、彼女は暫し考え込んだ後、「まだ分からない」と答えた。彼女の脳裏にはどの国がよぎっていたのだろうか。


へレンが眠いと言い出したので帰ることに。時計を見ると午前2時。
えー?にゃおんちゃん、毎晩夜遊びしてロクに寝てないし、今日は炎天下にも関わらず散々歩き回ったのに、どうして平気なんだ?夜になると目が冴えて元気になるタイプとはいえ、調子に乗っていると後で大変なことになるかもしれない。旅はまだ始まったばかりなのだ。

明日はホテルをチェックアウトする。多分、夜行バスでオデッサへ向かうことになるだろう。昼間は何をして過ごそうか・・・。これ以上キシナウにいても退屈するだけだろう。
モルドバから北に150kmほどのところにソロカ(Soroca)という街がある。アントネスクと行く予定だったのだが、奴がトンヅラしてポシャったことを彼女に話したところ、「私のお母さんはソロカ出身で、私は子どもの頃から何度もあそこへ行っているのよ。とても美しいところだから是非行きなさい。早起きして行けば日帰りできるから」と言われる。
よし、それじゃ明日はソロカへ行ってみようか。早起きできるかな・・・?


《つづく》

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その13)

◆ソ連時代へタイムスリップ?

バスの時間を調べておこうと思い、ベンデールの街でバスターミナルを探すにゃおんちゃん。地図が無いのでどうやって行けばいいのかまるで分からない。暑いので、クヴァース(クワス)を飲んで一休み。
クヴァースってのはライ麦とか黒パンを発酵させて作った飲み物で、旧ソ連諸国ではとてもポピュラーなジュース。味はコーラに似ているが、コーラよりも飲んだ後の味が爽やかで健康にも良く、コーラよりも安い。つーわけで、にゃおんちゃんはこっちに来たときは絶対にコーラを飲まない。

クヴァースを飲みながら道行く人を観察していると、携帯電話を片手に英語を話しているおじさんが隣にやってきた。ラッキー、この人に道を聞いちゃおう。おじさんが電話を終えると、早速バスターミナルの場所を尋ねてみた。すると、おじさんは「近くまで案内してあげるから、ついておいで」と言う。おぉ、感謝、感謝。

おじさんはとても綺麗な英語を話す。不思議に思って職業を尋ねてみたところ、英語の教師だという。英語の分かる人が少なくて苦労していることを話すと、「ああ、この地域(district)では英語を話せる人は少ないね」と言われる。
district??? stateとかcountryじゃなくて?おじさん、もしかしてモルドバ人?いや、でもさっき「Pridnestrovie」って言ったな。にゃおんちゃんの知る限りでは、モルドバ人は「Transnistria」と言っていた。もし、沿ドニエストル政府が盛んにプロパガンダを流しているとしたら、あるいは反対に国民に「この国は独立国」という意識が低いとしたら、こんな言い回しにはならない。どうにも違和感を感じる言い回しだったのだが・・・にゃおんちゃんが気にし過ぎ?

クヴァース屋さん
これはウクライナのクヴァース屋さん。黄色いタンク車が目印。
ビール用のサーバーを使ったクヴァース屋さんも多い。



5分ほど歩いた所でおじさんは通りの突き当りを指差し、「ほら、あれがバスターミナルだ」と言う。おじさんが指差した先には廃墟のようなボロボロの建物が建っている。あの・・・あれですか?
おじさんと別れてターミナルへ向かうが、バスもタクシーも一台も停まっていないし、そもそも人の気配が全くしない。ほんとにここですか?さっきの場所から1ブロックちょっとしか離れていないのに、ゴーストタウンと化してしまった。

ベンデールのバスターミナル
ベンデールのバスターミナル。ソ連時代にタイムスリップできます。

ターミナルの中へ入ろうとするが、正面のドアにはゴツいチェーンが巻きつけられていて無理。ビクビクしながら裏手に回ると、そこにはプラットホームがありバスが停車していた。ホッとしたのも束の間、バスの時間が分からない。裏手からターミナルの中へ入れたので、時刻表を探しに行ってみるが、中に入ってビックリ。再び、腰が抜けそうになる。
「えーと、私・・・ソ連にタイムスリップしましたか?」と錯覚するくらい、昔から何も変わっていないような雰囲気。旧ソ連時代の公衆電話やコインロッカーがそのまま残っているうえに、何もかもがボロボロ。窓口は全て閉まっているし、カウンターやベンチが埃をかぶっていてかなり長い間使われていないことが分かる。
どう見ても廃墟だろ、これは。夜になったら心霊スポットに早変わりだ。

ソ連時代の公衆電話を見て、おー!すげー!と写真を撮っていると、地元民の爺ちゃんがやって来て「その電話は使えんぞ」とぽつりと言う。あの・・・それくらいは、いくらにゃおんちゃんでも分かります。いくらモルドバやトランスニストリアといえども、街頭にはさすがにこんな旧式の電話は残っていない。あまりにも珍しいので観察していると、今度は子どもを連れた夫婦がやって来て再び同じことを言う。
親切心で言っているのは分かるが、「もしかして、電話も無い未開国から来たと思われているのでは?」という被害妄想が頭をよぎる。


これがバスターミナル内部。窓口は全て閉まっていて、長い間使われていない模様。

ソ連時代のコインロッカー
ミンスク以来の再会となったソ連時代のコインロッカー。多分、まだ使えると思う。

ソ連時代の公衆電話  クヴァースの自動販売機
左:ソ連時代の公衆電話。もちろん使えない。
右:クヴァースの自動販売機。こちらも多分動かない。


キシナウ行きのマルシュルートカを待っていると、さっきのおじさんが戻ってきた。何事かと思ったら、「個人の車には乗るなよ。後で大金を要求されてトラブルになったりするからね。バスを使いなさい」と忠告された。さらに、周りの人に尋ねてキシナウ行きのバスの時間と乗り場を教えてくれた。ここまで来れば後はにゃおんちゃん一人でも何とかできるのだが、それにしても本当に親切な人だ。
丁重にお礼を言うと、おじさんは「それじゃ」と言ってすぐに行ってしまった。ちょっとオカマっぽいのが難点だったが、マジでいい人だった。

19時発のマルシュルートカでキシナウへ戻る。再び国境を通過するのだが、多くの人の証言によると出国時のほうがモメることが多い。果たして、にゃおんちゃんは無事キシナウへ帰れるのだろうか。
ま、たとえカツアゲに遭ったって手持ちのアメリカ・ドルは10$程度だから、痛くも痒くもないんだけど。


《つづく》

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その12)

◆偽ソ連で出会ったヤタガラスに絶句

時間は17時を過ぎ、日が傾きだしてきたのでそろそろ帰ることに。
当初の計画と大きく異なり、半日ばかり街を見て歩いただけで終わってしまったが、単独行動かつ限られた時間内ではこれ以上の収穫はありそうもない。帰りの国境が怖いので早く帰ろう。またいつか来ることもあろう。さらばじゃ、ティラスポール。

せっかく両替したのに、お金を全然使っていないので、コンビニもどきの店で飲み物とお菓子を買う。物価は激安で、モルドバよりも安い。
おいおい、この国で自給できるものなんて殆ど無いはずだぞ。ロシアやウクライナからの輸入に頼っているだろうに、どうしてこんなに物価が安いんだ?謎は深まるばかり・・・。


駅へ向かう途中、日本代表のレプリカを着た少年とすれ違い、腰を抜かさんばかりに驚く。彼が着ていたのは2002WC仕様。日本の試合を見て感銘を受けた彼は、「ナカータ、ハラショー」とか言いながらレプリカを買いに行ったのだろうか。あまりの衝撃に話しかけることもできず、黙って彼を見送るしかなかった。
いや、絶句しちゃったのよ、マジで。だって偽ソ連で見るヤタガラス(JFAのロゴに描かれている鳥)は衝撃的ですよ?

衝撃のせいなのか、サングラスを落として破損する。(;´д`)トホホ
しょぼくれながら道の端っこを歩いていると、駅近くのビルの壁にこんなものを発見して一気に機嫌が良くなる。"doska pocheta"と書いてある。英語にすると"honorary board"になるのかな?これは何かというと、「街に貢献した人の写真と名前を飾ってその功績を称えるボード」。正式名称は知らん。旧ソ連諸国の街にはどこにでもある。ただし、レーニンやら鎌とハンマーのマークが入っているものは初めて見た。

doska pocheta
にゃおんちゃんもいつの日かここで表彰されますように・・・ナムナム。


さて、その向かいにある新築で綺麗な建物がティラスポール駅。バスターミナルも兼ねているが・・・停まっているのは旧ソ連時代のオンボロばかり。
駅舎の中に入いると、丁度間もなく列車がやって来るようでたくさんの乗客でごった返している。時刻表を調べると意外なことに結構列車が走っていて、モスクワ行きはもちろんのこと、ミンスク(ベラルーシ)、オデッサ(ウクライナ)へ行く列車もある。あれ?ウクライナとモルドバの制裁によって線路は封鎖されていたのでは?近くにいた人に尋ねてみるが、英語が通じず断念。

せっかくだからベンデールにも寄っていこうと思いバスを探すが、切符売り場のおばちゃんは「ニェーット!ニェーット!」と言うばかりでまるで取り合ってくれない。駅を出たところにあるマルシュルートカ乗り場で地元民に尋ねると、「ツェントラまで行ってマルシュルートカに乗れ」と言われる。
めんどくさいのでこのままキシナウに帰ろうかとも思ったが、「また明日来る」というわけにはいかない場所なので、意地でも行くことにする。
マルシュルートカでツェントラまで戻ると、すぐにベンデール行きのバスがやって来た。にゃおんちゃんがバスに乗り込むと同時に雨が降り出してきた。こっちに来て初めての雨だが、空が明るいのですぐに止みそう。こっちのバスは長距離バスを除いてエアコンやらクーラーなど装備されていないので、車内が蒸し風呂状態になって苦しい・・・。

ティラスポール駅
ティラスポール駅。新しくて綺麗です。

ソ連時代のバスですが、まだまだ現役
ソ連時代に生産されたバスだけど、まだまだ現役。



◆ベンデール・インチキ写真館

ティラスポールを出発してから20〜30分でベンデールへ到着。再びドニエストル川を渡ったが、バスの車内でにゃおんちゃんの隣に座っていたのは軍人さん。怒られそうで怖くて写真も撮れず。
バスを降りると、そこは来るときに立ち寄ったバスターミナルではなかった。バスはたくさん停まっているが、市内や近郊を走るバスばかり。ここはどこだ?地図すら持っていないので、どこに行けばいいのかすら分からない。

街の雰囲気は・・・正直よく分からないが、ティラスポールよりも寂れているというか、荒れている感じ。壁に銃弾の痕があったりはしないが、やっぱり戦場だったから?
路地を一本入ると建物はボロいし、ゴミだらけで結構汚い。最初にこの街を見ていたら、この国に対する印象も随分と違ったものになったかもしれない。何やら香ばしい匂いがするので、じっくり時間を掛けて見たいところだが、時刻は既に18時を過ぎている。とりあえず、バスターミナルに行ってバスの時刻を調べておかないと。最終便に乗り遅れて、この街で一泊する羽目になったらマズい。

ちくしょー、アントネスクめ。奴がいればこんなことには・・・。そういえば、あいつはこの街に住んでいる。そこらじゅうの人に住所を聞きまくって、奴の家を襲撃してやろうか。
とりあえず近所をウロウロして写真を撮るが、これといって面白いものは見当たらない。
書くことも無いので、まあ写真でも見てくれ。

なんでディナモ・キエフ?
ティラスポールから乗ってきたバス。何故か「ディナモ・キエフ」と書いてある。
ディナモ・キエフはウクライナのサッカーチームなのですが・・・。


トランスニストリア名物、シェリフのスーパーマーケット
トランスニストリア名物、『シェリフ・グループ』のスーパーマーケット。
スミルノフ大統領の一族が経営しており、スーパーマーケットどころかサッカーチームや
カジノまで有する企業集団。カザフスタンと同じような政権の腐敗臭がする・・・。

ベンデールで見たプロパガンダ看板
謎のプロパガンダ看板。中央には沿ドニエストルではなく、ソ連の国章が描かれている。
でも、「2007」って書いてあるから、作られたのは最近に違いない。
「1944」のほうも意味が分からない。1944年はまだ戦争中なのだが・・・。ベンデールが解放された年?

何故か動きがシンクロしている犬
何故か同じポーズの犬。モルドバもトランスニストリアもやたらと野良犬が多かった。


《つづく》

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その11)

◆沿ドニエストルの秘密について考えてみる

『幻のソ連が生きる国〜沿ドニエストル共和国』の首都ティラスポールにやって来たにゃおんちゃん。予想外のほのぼのぶりに困惑し、ソ連の残り香を必死に探す。

1991年にはモルドバ軍との軍事衝突もあり多数の死者を出しているのだが、首都のこの街は戦場になっていないので戦争の傷跡もまるで無し。戦場となったのは、ベンデールやティラスポールから70〜80kmほど北にあるDubăsari(デュバッサリ)近郊らしい。
さらにその北にある小さな村にはこの地域に駐留していたロシア軍の武器庫がある。ソ連が崩壊した際にハンガリー等から撤退してきた旧ソ連軍がこの武器庫に大量の武器弾薬を残していき、この国がそれを売りさばいて外貨を稼いでいるという噂がある。いや、噂というより限りなく黒に近いグレーで、これを問題視したOSCE(欧州安全保障協力機構)はキシナウに事務所を構えてこの国を監視している。

しかし、旧ソ連時代の余剰&旧式兵器を売却して小銭を稼いでいるのは、この国だけではない。ロシアはもちろんのこと、ウクライナやベラルーシも同じことをしてアメリカを激怒させたことがある。
沿ドニエストル共和国の首脳陣に言わせれば、「そんな噂は、ロシアと我が国を敵視する西欧諸国、そして我が国と対立しているモルドバが流したプロパガンダだ」であり、一部にはOSCEが目くじら立てて怒るほど大規模な武器の売買が行われているわけではないと言う人もいる。

FCシェリフの場外チケット売り場
ティラスポール市内で見た「FCシェリフ」の場外チケット売り場。


うーむ、どっちを信じればいいんだ?このきれいな街並みと平穏に暮らす人々の姿を見てしまうと、武器密輸で外貨を稼ぐ悪党国家には見えないし(一般的に、そういうことをして稼いだ金は庶民に還元されない)、しかしこんな国とも呼べない小国がそれなりに金を稼いでいるには何か秘密があるはず。
沿ドニエストル政府の発表によれば、この国の一人当たりのGDPは990USDで、モルドバとほぼ同等。数字だけを見ればスーダンやカメルーンよりも酷い。しかし、どう見てもこの国がスーダンやカメルーンより貧しいわけがない。もちろん、元共産主義国なので貧富の差が比較的大きくないとか、ソ連時代に最低限のインフラが整備されているからとか、ソ連時代の遺産で食いつないでいる部分もあるのだろうが。

莫大なアメリカの援助で水ぶくれしたかつての南ベトナムじゃあるまいし、ロシアが湯水のごとく援助をしているとも思えない。仮に大規模な援助があったとしても、ソ連クォリティの国でそれが庶民に還元されるはずがない。この国の独立によってモルドバは国内の工業力の35%を失ったというから、この地域はモルドバの中でも工業が発展してる地域なのは間違いない。しかし、まともに貿易もできないのに、作った工業製品をどうやって輸出してる?非承認国家という曖昧な立場を利用してウクライナ経由で散々密輸をして、ウクライナ政府を激怒させたという話は聞いたことがあるが・・・その密輸もウクライナが経済封鎖をしたので以前のように大っぴらにはできないはず。

なのに、どうしてこの街はこんなに穏やかなの?この国の国民は何をやって金を稼いでいるのだ?もしかして、アルメニア人やモルドバ人のように、ロシアやルーマニアに出稼ぎに行っているのか?
アントネスクがいればもっと色々なことを知ることができたのに・・・。いなくなった奴のことをグチグチ言っても仕方ない。


◆ティラスポールを行く

ティラスポールの街を歩くが、にゃおんちゃんの困惑は増す一方。
高層アパートは、大規模な改築を施したウクライナのものほどではないが、窓や壁にはきちんと手入れされた形跡がある。緑も豊かだし、公園では子供たちが楽しそうに遊んでいる。にゃおんちゃんが話しかけても逃げないし、カメラを向けると照れながらもにっこりと微笑む。
子どもというのはどんな環境でも元気だったりしますが、この子達のこの目の輝きは何なんでしょうか。庭には洗濯物が干してあったりなんかして、ほんとにほのぼの。うーむ・・・。

ティラスポールの子ども達
公園で遊んでいた子ども達。ヒネくれてなくて、マジで可愛かった。


とりあえず10USDばかり両替して、約70PRB(トランスニストリア・ルーブル)をゲット。1PRB=14〜15JPYといったところか。小額紙幣に描かれている人物は18世紀に露土戦争などで活躍したロシア軍の大元帥アレクサンドル・スヴォーロフ。他にもウクライナの国民的詩人タラス・シェフチェンコや、ロシア帝国の女帝エカテリーナ2世が描かれている紙幣もあるらしいが見当たらなかった。えーと・・・レーニンとかカリーニンが描かれている紙幣は無いんですか?

沿ドニエストル・ルーブル
やたら小さいし、すぐにクシャクシャになるし、まるで「子ども銀行」のお金みたいです。

補助通貨としてコインもあり、こちらはには「CCCP」と書かれているという噂だったが、どうやらそれは古いコインのみらしく、にゃおんちゃんが入手したものには書かれていなかった。残念。


プロパガンダ看板散々歩き回って探した末に、ソ連チックなものをやっと見つけた。描かれている紋章はトランスニストリアの国章、「16」という数字は多分建国から16年という意味。下に書かれているロシア語は「沿ドニエストル共和国は存在する!」って意味。
散々歩いても見つけた香ばしいものはこれだけ。レーニン像はどこー?

さらに歩き続けると、陸上競技場と大きな公園を発見。こちらのスタジアムは「FCティラスポール」のホーム・スタジアム。凄いね、こんな田舎なのにモルドバ1部リーグに所属するチームが二つもある。もちろんプロではないが。
人がいなくて寂しいが、公園にはゴミひとつ落ちておらず、芝生もきちんと刈られている。噴水もあっていい感じ。キシナウの公園は水が無い噴水ばっかりだったからな・・・。


◆「ヤバい国で圧政に苦しむ可哀想な人達」はどこ?

公園のど真ん中に軍人の像が立っている。多分、第二次世界大戦でこの街をドイツ軍から解放した将軍なのだろう。この手の像はどこの街にもある。しかし、この将軍の名前が分からない。どこにも名前が書かれていない。うーむ・・・。
像の前で首を傾げていると、子どもを連れた若い女性がやって来た。幸いなことに彼女は英語を話せた。しかも上手い。将軍の名前を教えてもらったが、5分で忘れた。

「私はこの街の大学で英語を学んでいるのよ」

ティラスポール唯一の総合大学『T.G.シェフチェンコ大学』か。どおりで上手いわけだ。
この子は君の娘か?

「いいえ、この子は私の姪っ子よ。この子と一緒に公園に散歩に来たの」

あー(;´Д`)、失礼しました。確かに子持ちには見えないわな。若くて美人だし、何気にやたら露出度が高くセクシーな服を着てる。いくら暑いからってあなた・・・。
あれ?結婚指輪してる。

「ええ、私は結婚してるのよ」

彼女は学生だが既に結婚していて、夫はキシナウで仕事をしているという。車で1時間程度だし、途中に国境があるとはいえ行き来は簡単だし、通勤していても不思議ではない。
キシナウに引っ越そうとは思わないの?

「私はこの街が好きなのよ。キシナウと違って、穏やかで綺麗な街でしょ?」

ああ、ほんとにそのとおりで驚いたよ。でも、政治的に色々と問題があるけど・・・。

「私たちはモルドバでもウクライナでも自由に行けるわ。問題ないわよ。それにこの国には旅行者もたくさん来るのよ」

そうだ。さすがに非承認国家のパスポートでは外国に行けないので、国民の多くはモルドバやロシアの市民権を取得してパスポートを所有している。
偽ソ連といえども、かつてのソ連のように人やモノの行き来を鉄のカーテンで遮断しているわけではない。ということは、圧政など敷けばたちまち国民は逃げ出すわけで、やはりこの国はそんなにメチャクチャな政治をしているわけではないのかもしれない。一応複数政党制で議会は野党が多数派だし。その点では、ベラルーシよりマシだなぁ。

「よく知ってるわね。私もモルドバのパスポート持ってるのよ。あなたはどこから来たの?」

日本ですよ。

「モルドバを見に来たの?それで、この街は気に入った?」

うーん・・・気に入ったとは言えないが・・・。でもねぇ、正直言って驚いた。まともで。
やっぱり自分の目で見ないと分からないもんだね。いや、でもこれで田舎に行ったら最低だったりして。(;´д`)


我々が話をしている間、彼女が連れていた子どもは乗り物に乗って遊んでいた。うーむ、楽しそうだぞ。彼女にしろこの子にしろ、小奇麗だし穏やかな表情をしている。やっぱりどう見ても「ヤバい国で圧政に苦しむ可哀想な人」には見えない。
15分ほど立ち話をした後、彼女は姪っ子を連れて帰って行った。

彼女が連れていた姪っ子
この子が姪っ子。人懐っこくて、めちゃめちゃ可愛かった。将来は美人に・・・。


《つづく》

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その10)

◆沿ドニエストルの戦い(前編)

モルドバ市内を発ったバスは南へと進路を取り、キシナウ国際空港の前を通ってティラスポールへと向かう。空港の前を通った際、「偽ソ連なんて怖い国に行くのは止めて、ここから飛行機に乗ってこのまま帰っちゃおうかな?」という考えが一瞬頭をかすめたのは内緒。
15人乗り程度のマルシュルートカは満員。外国人はもちろんにゃおんちゃんだけだが、誰も話しかけて来ない。時々乗客と目が合うが、「あーあ、この何も知らない哀れな外国人は、国境で金を巻き上げられて酷い目に遭うんだろうなぁ。可哀想に・・・」と思われているような気がして、気分が激しく萎える。さっきまでの前向きな精神はどこへ行ったのやら。

そんなにゃおんちゃんの葛藤などお構い無しにマルシュルートカはモルドバの田舎道を爆走する。窓の外にはトウモロコシ畑やら牧草畑が広がっている。
キシナウを発ってから40〜50分ほど経過しただろうか。いよいよ国境にやって来た。道路にはコンクリート製のバリケードが置かれており、物々しい雰囲気を醸し出している。やがてバスが止まると、軍服姿の男が乗り込んできた。地元民は車内でパスポートを検査されるのみだが、にゃおんちゃんは車から降ろされる。ひぃぃぃ、いよいよ極悪国境警備隊との戦闘か。


車を降りると、そこには貨車を改造した掘っ立て小屋があり、数名の軍人が日陰でくつろいでいる。そしてひとりの軍人が「あんた、ロシア語分かるか〜?」と陽気に話しかけてくる。えー?何でこんなに和やか?と一瞬戸惑うが、よく見ると彼らの着ている軍服はモルドバ軍のもの。ああ、ここはモルドバ側の出国手続きをする場所か。
行き先、渡航目的、日帰りか否かを聞かれ、あとはパスポートを見せて終了。モルドバ政府はここを正式な国境と認めていないので出国スタンプは押さず、にゃおんちゃんの名前やら国籍やらパスポート番号やらをノートに書き写した後、返してくれた。

バスに乗り込もうとすると、運転手が前方を指差して「あそこに歩いていけ」と言う。彼が指差した先にはいかにも国境といった感じのゲートを持つコンクリート製の建物がそびえ立っており、そのてっぺんには例の「鎌とハンマーのマーク」がでーんと鎮座している。うぎゃー!怖いよママー!


焦げそうなほど強い日差しの中、その建物へ向かって歩くにゃおんちゃん。気分はラスボスが待ち構える塔へ乗り込む勇者(ただしLv3のヘッポコ)である。距離にすれば50m程度なのだが、恐ろしく遠く感じた。
やがてゲートへたどり着き建物の中へ入ると、そこには窓口があった。中には男性の係官3名がいるのが見える。顔を引きつらせながら「こんにちはー」とあいさつすると、3人の中で一番偉そうな奥に立っていた中年の係官が「(英語で)お前、英語分かるか?」と尋ねてきた。おぉ、こいつはツイてる!と思いながら「Yes」と答えるが、次の瞬間「いや、待てよ?ツイてないかも・・・?」という考えが頭をよぎり、混乱する。

そんなにゃおんちゃんの混乱をよそに、その係官は流暢な英語で「パスポート出してー。それから5$・・・いや、6$払ってもらうよー」と愛想良く言う。ちょっと待て、そこでどうして言い直すんだ?事前に調べた情報で入国手数料?として5$を払わなくてはいけないことは知っていたが・・・いつから6$になった?
しかし、ここで余計なツッコミを入れて係官の機嫌を損ねようものなら、6$の手数料が50$になりかねないので、にっこり笑って5$札2枚を差し出す。係官は「1$札を持ってないか?」と言うが、1$札は持っていないので首を横に振る。すると、その係官は「これでいいか?」と20MDL札を差し出した。あの・・・お釣りは4$ですよね?20MDLって2$にもならないのですが・・・。
しかし、ここで文句を言っては「お前は入国させん。帰れ!」と言われかねないので、黙って20MDLを受け取る。これなんてプチボッタ?あぁ、何てセコい!

金を払うと、窓口に座っている若い係官が不慣れな手つきでパスポートの情報をPCに入力し、それが終わるとビザと入国スタンプの代わりなのだろうか?藁半紙のような質の悪い用紙に日付やら名前を記入し、それに例の「鎌とハンマーが描かれた国章」のスタンプを押した紙をくれた。
これで手続き終了。心配したバスの運転手が様子を見に来たが、手続きは至ってスムーズだった。微妙にボラれたことを除いて・・・。俺の3$、返せ・・・。

陽炎の中で不気味に揺らめく検問所は是非写真に撮りたかったが、国境で写真など撮ろうものならマジで身柄を拘束されかねんので断念。皆さんも止めてくださいよ、見つかったらタダじゃ済みませんから。



◆はるばる来たぜ、ティラスポール

あれほど怖れていた国境での手続きは拍子抜けするほどあっさりしたもので、予想外の出来事に困惑するにゃおんちゃんを乗せ、マルシュルートカは再び走り出した。
国境を過ぎると、ベンデール(Bender)はすぐそこ。沿ドニエストル領に入った途端に、看板の表記が全部ロシア語(キリル文字)になった。モルドバは皆ロシア語を喋ってるけど、看板の殆どはモルドバ語(ラテン文字)で書いてあるからねぇ。
ちなみに、ベンデールという名前はロシア語で、モルドバ語ではティギナ(Tighina)という。でも、にゃおんちゃんはティギナという表記を一度も見なかった。

沿ドニエストル共和国はドニエストル川東岸を領土とする国なのだが、このベンデールと周辺のいくつかの村だけは西岸に位置するにも関わらず沿ドニエストル側が実効支配している。つまり、ここは沿ドニエストル側が西岸に確保した橋頭堡となっている都市。もし再びドンパチが始まったら、ここが真っ先に戦場と化すに違いない。ま、ヘタレのモルドバ軍がここに駐留するロシア軍に蹴散らされて終わると思うが。
マルシュルートカはベンデールのバスターミナルで乗客を一人降ろすと、すぐに出発した。この街の中心部はティラスポールへ行く道路から外れたところにあるらしく、残念ながらベンデールの街は見えず。

やがてマルシュルートカはドニエストル川に架かる橋を渡る。橋のたもとには警備兵が立っており、さらに橋の入口には国境と同様にコンクリート製のバリケードが置かれている。この川がトランスニストリアの防衛線だからなぁ・・・。有事の際にはすぐに爆破できるよう、橋の下に爆弾が仕掛けてあったりして。
あまりに物々しい雰囲気にビビって写真も撮れず。


ドニエストル川を渡り田舎道を走ること数十分、左手に立派なサッカースタジアムが見えてきた。このスタジアムは『FCシェリフ』というチームのホーム・スタジアムで、ティラスポールの街の入口にある。おぉ、ついに来たぞ、ティラスポール!
やがて市街地に入ると、乗客が一斉に降りてしまい、にゃおんちゃんだけが残った。運転手が「お前、どこまで行くんだ?」と聞いてくるので、「バグザール(ロシア語で"駅"という意味)」と答える。ところが、その運転手は駅まで行かず、途中の銀行らしき建物の前で車を止めると「駅はすぐそこだから、あとは歩いて行け」と俺を放り出しやがった。

こっちは地図も持っていないというのに訳の分からん場所で放り出されて困り果てるが、事前にインターネットで少し調べてあったので、大まかには街のレイアウトが頭の中に入っている。まずは現在位置の把握を・・・ということで道路の表示を調べると「レーニン通り」と書いてある。
おぉ、すげー。バルト三国じゃ、今となっては絶対にお目にかかれない名前だ!でも、ソ連時代はどんな田舎にも「レーニン通り」と「レーニン広場」はあったそうだから、ロシアやベラルーシには、今でもたくさんあるんだろうなぁ。

レーニン通り
「レーニン通り」と書いてある。ちなみに、この道は駅と中心街を結ぶ通りです。



◆衝撃のティラスポール

ティラスポールを見るという目的はあれど、「○○博物館に行く」とか「○○公園に行く」といった具体的な目標は無いにゃおんちゃん。さてと、どこへ行こうか・・・。
周りを見渡すと、木々が生い茂っていて「緑が豊かなほのぼの地方都市」といった感じで、キシナウみたいなオンボロ高層アパートも無いし、ミンスクのような威圧感も無い。ただ、歩いてる人が少ないのでちょっと寂しい印象を受ける。この街の人口は15〜16万人程度で、キシナウに比べればずっと田舎なのだから仕方ないけど。

来る前は、スターリン様式の建物が立ち並ぶ無骨な街で、そこらじゅうにソ連を賛美するプロパガンダ看板が立ち並び、街の真ん中には巨大なレーニン像が鎮座してるんだろうなぁ・・・と思っていたが、あまりの普通ぶりに拍子抜けする。
ミンスクの街は覇気が全く感じられず、道行く人もまるでゾンビのように精気を感じさせない人ばかりで、漂う空気からして異様だった。いや、マジで。駅から一歩出た瞬間、「あー、この国は普通じゃないな」って分かったくらいだから。
それに比べると、若干の「寂れ感」はあるものの、このティラスポールのほのぼのした雰囲気は何だ。

街路樹がきれいなレーニン通り
これがレーニン通りの様子。街路樹に隠れているけど、両側にはちゃんと建物が建っている。


とりあえず、地元ではツェントラと呼ばれている街の中心部へ行くが、ロクに商店街すりゃありゃしない。何に使われているのかよく分からない中層のオフィス・ビルと高層アパートと公園ばかりだ。この街は本当に緑が多いので、一国の首都というより、大都市近郊のベッドタウンみたいな感じがする。

街をブラブラしていると、やがてあることに気づく。「建物がボロくない」のだ。
どのビルもアパートもきちんと手入れされているし、道路の状態も悪くない。歩道にブロックを敷く工事をしていたり、左官屋さんがコンクリートフェンスを補修をしていたりと、この街はちゃんと手入れされていることが分かった。ボロボロのキシナウとは全然違う。さらに、公園の芝生や街路樹は丁寧に刈り込まれており、草ぼうぼうのキシナウと大違い。花壇には綺麗に花が植えられており、ゴミ箱と化していたキシナウから見たら別世界。
「国民を脅しつけてやらせているのか?」と思ったりもしたが、緑豊かなティラスポールの街からはそんな圧政の臭いや人心の荒廃は感じられない。キエフのような経済的発展に基づく華やかさはどこにもなく・・・いや、それどころか金の匂いが全くしない街だが、だからといって貧乏臭いわけではない。


えー?てっきりベラルーシみたいな『ソビエト・テーマパーク』を想像していたのにー。つーか、非承認国家だからまともに貿易もできなくて、モルドバ以上に貧乏な国だと思っていたのにー。
ここ、ほんとに偽ソ連ですかー?レーニン像はどこですかー?揺らめく赤旗はどこですかー?「米帝の傀儡モルドバを倒せ」とか書いてある看板はどこですかー?

実はここ、ポーランドとかリトアニアの田舎町だったりしません?匂いがね、一緒なんですよ。
台湾や南朝鮮よりも穏やかだぞ、ここ。分断国家の両国と位置づけが違うのは分かってるけど、戦時下の国特有のプロパガンダの匂いが全然しない。どうなってるの?

ここがツェントラ
ここがツェントラ。店は少ないけど、きちんと手入れされていてとても綺麗。



【旅の情報:ティラスポール編その1】
・キシナウからベンデール/ティラスポール行きのバスはひっきりなしに走っている。不覚にもチケットを紛失したので運賃は分からない。20MDL程度だったと思う。
・にゃおんちゃんは問題なく入国できたが、国境でカツアゲされた人は大勢いるし、中には追い返された人もいる。こればっかりは「運」としか言いようが無い。
・5$払うのは賄賂ではなく正規の手数料の模様。にゃおんちゃんは6$と言われたが・・・。キャッシュでアメリカ・ドルかユーロを用意すること。お釣りなどまともにくれないので、小額紙幣を用意しておいたほうがいい。
・入国するとビザか入国スタンプの代わりになる小さな紙をくれる。失くすと出国時にややこしいことになるので、大事に保管すること。
・にゃおんちゃんは途中で放り出されたが、通常バスは駅前まで行く。ツェントラへ行くには駅から1番のマルシュルートカに乗る。運賃は1〜2ドニエストル・ルーブル程度だったと思う。


《つづく》

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その9)

◆教授の悪夢、再び

「こんな国、明日にでも出て行ってやる!」と思い、北ターミナルへバス時刻を調べに行くにゃおんちゃん。しかし、その北ターミナルへの行き方が分からない。地元の人に尋ねたところ、ここからマルシュルートカで行けるようなのだが、俺のつたないロシア語では理解できない。諦めてホテルに帰る。
いずれこの国を去るわけで、そのためにもバス時刻を調べなくてはいけないのだが、面倒だから明日考えよう。

ホテルに帰るとフロントに「教授が戻ってきたら連絡して」と頼み、部屋に戻って寝る。暑くて疲れたわい。


午後9時、フロントから電話が来たので一階へ下りると、教授がプンスカ怒りながら「散々だった。早く飲みに行こうぜ」と言う。しかし、その前に食事に行くらしいので、教授、長官、にゃおんちゃんの3人でタクシーに乗り込み、昨夜行ったレストランへ再び行く。
ウェイトレス達はにゃおんちゃんの顔を覚えていて「あんた達、また来たの?」と笑っているが、教授のお気に入りだったオクサナはいない。

メシを食いながら教授に首尾を聞くと、本当に散々だったらしい。「あいつらはバカだ!」と怒っている。何があったのかというと、まず適当なサウナを見つけられずキシナウ市内を散々走り回る羽目になって2時間以上無駄にする。さらに、やっとサウナを見つけたと思ったら、お膳立て係の警官がおねーちゃんを調達てきず、ブチ切れた教授は「お前らとの契約は無効だ!」と宣言して運転手と警官を置き去りにして帰ってきたのだという。「あいつらは何ひとつオーガナイズできないバカ野郎だ!」と怒る教授。
普通、場所とおねーちゃんを事前に確保してから案内するだろうに・・・。頭の悪そうな顔をした奴らだったが、ホントにバカだったんだな。教授、哀れ・・・。


メシを食いながら明日以降の予定を話し合う我々。教授達は明日11時にチェックアウトしてティラスポールへ移動するという。どこで調べてきたのか、「そういえば、インビテーション・レターが必要だって話、あれ本当だったわ。お前、よく知ってるな」と言う教授。
書類が不備なまま行くのってヤバくね?と忠告するが、「そんなもん、金で解決すりゃいい」と強気の教授。

一方、「お前はどうするんだ?俺達と一緒にティラスポールへ行かないか?」と言われたにゃおんちゃん。申し出はありがたいのだが、3泊分前払いしてるからねぇ。「もう一日ここに残って、田舎でも見に行こうかと思ってる」と話すと、「モルドバの田舎?俺達、ここに来るまでに散々見てきたけど何もねぇぞ?ロクなホテルもレストランも無い。いるのは家畜ばっかりだ」と笑われる。
うーん・・・それはそれでいいけどね。どうしようかねぇ・・・。とりあえずキシナウにはホントに何も無いことが分かった。明日は日帰りでどこか田舎へ行ってみようと思う。


食事を終えると、ホテルに帰って寝るという長官と別れ、教授と二人で再び「CITY」へ行った。例のセキュリティ・スタッフ達は、にゃおちんゃんを見ると再びおじぎをする。そんなに面白いか?
月曜日の夜なので店はガラガラ。しばらくすると人が増えてきたが、眠たくなったので帰ることにする。教授も帰ると言うので、二人でタクシーに乗ってホテルに戻る。午前2時半に帰還。



◆沿ドニエストルへの道〜予期せぬ幕開け

8月21日(火)
午前8時に目が覚める。時差ボケのせいだろうか、夜遊びしてるわりにはきちんと早起きしている。どういう訳かお湯が出ないので水シャワーを浴び、9時に外出。フロントで北ターミナルへの行き方を教えてもらい、行ってみることにする。
まだ朝早いというのにクソ暑い。マルシュルートカの中はまるでサウナ風呂で、せっかくシャワーを浴びたのにすぐに汗だくになってしまった。

汗をかきかきやって来たGara De Nord。ターミナルビルとプラットホームがあるだけで他には何も無いが、たくさんのバスと旅行者でごった返している。
ビルの中へ入りバスの経路を調べると・・・バルツィ(Bălţi)、ソロカ(Soroca)、オルヘイ(Orhei)などモルドバ北部へ向かうバスに加え、ウクライナのキエフやオデッサ行きのバスもある。

オデッサ行きのバスにはティラスポール経由とパランカ(Palanca)経由の2種類がある。パランカ経由のバスはモルドバの南端から直接ウクライナへ行くので、沿ドニエストル領を通らない。よーし、これだ!このバスを使えば悪名高き沿ドニエストル共和国の国境警備隊に怯えなくて済む。
所要時間は5時間程度。ティラスポール経由よりは時間がかかるようだが、それほど極端には違わない。

北ターミナル
ここが北ターミナル(Gara De Nord)。カッサ(窓口)、銀行、両替所などがこの中にある。


沿ドニエストル共和国領を通らずにオデッサへ行く方法を見つけてしまった以上、このままだとあの国に行かないままモルドバを去ることにもなりかねない。何せインビテーション・レターの入手が宙に浮いたままなので、行くに行けない。
レター無しでも10時間以内の滞在なら可能らしいので、日帰りで行くことは可能だが・・・となると、チャンスは今日しか無い。明日行くとなると、ホテルをチェックアウトするから荷物を担いであの国に行くことになる。荷物など狙われることはないだろうが、現金を持ち歩くことになるので悪徳国境警備隊の餌食になるやもしれぬ・・・。

今なら行ける。所持金は30USD程度、持ち物はデジカメのみ。よし、今日は沿ドニエストル共和国に行ってくることにする!



◆私が沿ドニエストルへ行く理由・・・何故なら、そこに沿ドニエストルがあるから

当初の段取りは全て吹っ飛び、書類も何も無いまま単身で乗り込むという予期せぬ形で行くことになった沿ドニエストル共和国。前日、アントネスクに電話番号を書いたメールを送ったが、未だ連絡は無い。どんな事情があったが知らないが、もはや奴に期待すべきではないだろう。
ここまで来てあの国に行かずに帰れるか!と並々ならぬ決意で中央ターミナルへ戻るが、腹が減ったので中央市場の外れにあるカフェでピザを食う。うーむ・・・まずい。

食事を終えると一目散にバスターミナルへ行き、ティラスポール行きのバスを探す。時刻表を見ると20〜30分間隔でひっきりなしに走っている。
ティラスポール行きのバスはすぐに見つかった。何故なら、運転手がバスの前で客引きのごとく「ティラスポール、ティラスポール」と連呼していたから。よし!と気合を入れて乗り込もうとすると、運転手に「ちょっと待て」と止められる。なんじゃい!
運転手は、にゃおんちゃんに「お前、モルドバのビザを持っているか?」と尋ねる。パスポートを見せて日本人はビザがいらないことを説明すると、ダメだ!ダメだ!と追い払おうとする。なじぇ〜?

運転手曰く、「モルドバのビザを持っていない奴はトランスニストリア(沿ドニエストル)に入国できん。国境で追い返される」。えー?トランスニストリアはモルドバから分離独立を主張してる国よ?どうしてモルドバ・ビザが入国に必要なんだ?運転手はにゃおんちゃんのそんな疑問に答えようともせず(答えられるわけもないのだが・・・)、俺を追い払おうとする。ムカーッ!
運転手と喧々諤々やっていると、別なおじさんがやって来て会話に加わった。つたないロシア語を必死に駆使して会話したところ、次の事実が判明。

・そのおじさんはマルシュルートカの運転手
・昨日、日本人を乗せてトランスニストリアへ行ったが、その日本人はインビテーション・レターが無いという理由で入国を拒否され、国境で追い返される羽目となった

なんだとーっ!インビテーション・レター無しでも短期滞在は可能じゃなかったのかー!
これだから後進国は嫌だ。対応した係官のさじ加減で天国か地獄か、だからな。
というか、あんな国に行きたがる物好きな日本人が同時期にここに来ていたことにも驚いた。


予期せぬ事実に狼狽するにゃおんちゃん。一時間ほどバスターミナルをウロウロして、どうするべきかを考える。入国拒否・・・鬼のような係官に怒鳴りつけられて検問所から追い出される自分の姿を想像して身震いする。怖いよ、ママー。
しかし、考えてみれば入国を拒否されるってことは、「帰れ!」と追い返されるだけ。身柄を拘束されるわけじゃないし、イチャモンつけられて金を巻き上げられたとしても所持金はたったの30$。考えてみれば、失うものなど無いのだ。
たとえ入国できないとしても、せっかくここまで来たのだから挑戦すべきだろう。入国拒否されたとしても、それはそれでネタになる。そう何度も経験できることじゃないからな。

うわー!なんてポジティヴな俺!いや、怖いもの知らずっていうか、ただのアホ?

今回の旅行は、いずれ行くであろうカフカス地方や中央アジア、そしてトランスニストリアと同じ非承認国家である『アブハジア』、『南オセチア』、『ナゴルノ・カラバフ』行きの予行演習も兼ねている。
比較的情勢が安定しているトランスニストリアへ行くのにビビっていては、世界中から承認されているにも関わらずトランスニストリア以上にヤバいカフカス諸国や中央アジアのスタン軍団、そしてその他の非承認国家に行くことなど夢のまた夢だ。この程度のことでビビってられるか。

そして12時、にゃおんちゃんを乗せた地獄行きティラスポール行きのマルシュルートカはキシナウを出発した。出発前にヘレンに電話して、今からトランスニストリアへ行ってくると伝えたところ、「あなたはどうしてあんな変な国に行きたがるの?」と呆れられる。いや、変な国だから行きたいんだよ。後で「健闘を祈る」というSMSが届く。
果たして、どのような運命が国境でにゃおんちゃんを待ち受けているのだろうか。


《つづく》

2007モルドバ・ウクライナ旅行記(その8)

◆教授 vs 魔性の女

市内散策を終えてホテルに戻るが、安宿の部屋にエアコンなどあるはずもなく灼熱地獄で苦しむことに。こりゃたまらん、と飲み物を買いにロビーへ下りると教授達とバッタリ再会した。教授はにゃおんちゃんの顔を見るなり、「聞いてくれ!昨日、あれから・・・」とにゃおんちゃんが帰った後の話を始めた。ロビーにあるショボいバーでジュースを飲みながら立ち話をする我々。

ホテル・キシナウのバー
これがホテル・キシナウのバーだ!ストゥールに座ってカウンターで飲む。ソファなど無い。


にゃおんちゃんが帰った後も教授と金髪の子(名前はナタリー)はバーで飲み続けたのだが、やがて教授は彼女を連れてホテルに戻った。モルドバのホテルには必ず警護の警察官がおり、宿泊客以外は絶対に入れない。そのことを心配するナタリーだが、抜け目無い教授は事前に警官にいくらか握らせており、全く問題ない。
やがて車はホテルに到着。部屋へ向かおうとすると、なんとナタリーは金を要求してきたのだという。その額、300EUR(約47,000JPY)。「パスポートが無い」とか「私は宿泊客じゃないからホテルに入れない」などとゴチャゴチャ言った挙句、最後は金を要求してきたのだ。しかも300EUR。後で聞いた話なのだが、こっちでは最高級の娼婦の値段が300EURだという。どう見てもナタリーにその価値は無い・・・。

これにはさすがの教授もブチ切れてしまい、彼女を置き去りにして帰ってきたそうだ。そして彼女の最後の台詞も素晴らしく、「タクシーで帰るから1,000MDLちょうだい」と言ったそうな。
市内を移動して50MDL程度のこの国で1,000MDLもかかるなんて、お前は一体どこの田舎に住んでるんだ?にゃおんちゃんは絶句するしか無かった。
うーん・・・明日ヘレンちゃんとご飯食べるんだよなぁ・・・。彼女は大丈夫なんだろうなぁ?昨日話した限りでは、最初からヤバげな感じがしたナタリーと違ってそんなタイプには見えなかったが・・・。
ちなみに、長官は昨夜別れ際に女の子と立ち話をしていたので「あの子、お持ち帰りしたの?」と尋ねたら、「え?あの太った子か?俺は太った女は嫌いだ」との回答。長官は一人で飲み続けて、2時頃にホテルに戻ったそうだ。

にゃおんちゃん同様に教授も懲りないタイプらしく、「同じミスは繰り返さない。これからサウナへ行って女の子をそこに呼ぶ」のだという。女の子を呼ぶって・・・プロのお姉さんを呼ぶってことですよね?
「お前も来るか?」と誘われるが、いや・・・にゃおんちゃん、そういう目的で来てる訳じゃないし、プロのお姉さんのお世話になることにも抵抗がある。一応金額を聞いてみたが結構厳しい額で、これで完全に諦めがついた。払えない額ではないが、まだ旅行は始まったばかりだというのに、こんなところで散財したくない。
しかし、彼らはサウナに行く前に食事をするというので、それには同行することにする。


教授、長官、そしてにゃおんちゃんの3名でキシナウ市内のとあるレストランへ向かう。
「おー、ここだ、ここだ」と教授が車を停めた先にはソ連製の兵器がずらーっと並んでいる。なんじゃ、このレストランは?
注文もそここそに(例によって英語が通じないので教授にお任せした)写真を撮りまくるにゃおんちゃん。おー、すげー!と狂喜乱舞していると、傍に座っていたおじさんに何やら文句を言われる。教授曰く、「その兵器は隣の博物館の展示品なんだよ。入場料を払えってさ」。
げっ!この兵器はこのレストランのものじゃなくて、隣の博物館のものだったのか。仕切りも何も無いので全く分からない。

これはMiG-21?
これはMiG-21かな?

高射砲ですね・・・形式は分かりませんが・・・
えーと、高射砲でしょうか・・・。

教授は食い物をオーダーすると博物館の中へと行ってしまったので、ビールを飲みながら長官と話をする。
教授はウクライナで開かれるテクノのフェスティバルを本当に楽しみにしているが、長官はさほど興味が無くて週末をウクライナの田舎街で過ごすのが嫌な様子。「あいつがフェスティバルで遊んでる間、俺は車を借りて他の街を見てこようかと思ってるんだよね・・・」と言う。
とりあえず、彼らは明日キシナウを発ち、ティラスポールに一泊、その後オデッサへ行き、さらにフェスティバルが開かれるイェフパトリヤへ行くのだという。

「お前はどうするんだ?」と長官。沿ドニエストル共和国を見たいからティラスポールには行こうと思っているが・・・と話すと、「それじゃ一緒に行こうぜ」と誘ってくれる。しかし、インビテーション・レターが無いのだ。アントネスクの野郎がトンヅラしやがったので、レターの入手が宙に浮いている状態なのだ。
沿ドニエストル共和国は最近法律を改正し、10時間以上滞在する場合はインビテーション・レターが必要となった。そのことを長官に話すと、「えー?そんな話、知らないぞ?」と言う。あんた達・・・そんなことでは国境で悪徳係官に吹っ掛けられますよ。
しかし、「そんなもん、30$か50$もくれてやれば解決だろ?」と強気な長官。

やがて教授が戻ってきたので博物館のことを聞いたところ、「おもしろくない」という答えが返ってきた。後で行こうかと思ったけど、止めよう。
にゃおんちゃんが食べたのはチキン・ペリメニ(ロシア風餃子)。後でフルシチョフにこの話をしたところ?「ペリメニにチキンだと?邪道だ、邪道!」と鼻で笑われたが、マジで旨かった。

これがチキン・ペリメニ
本場の人に言わせれば邪道らしいのだが、マジで旨かったチキン・ペリメニ。



◆早くもモルドバ脱出?

食事を終えた我々はホテルに戻った。
「サウナから帰ってきたら飲みに行くんでしょ?そのときにまた誘ってよ」と告げ、教授達を見送る。車に乗り込む教授達を見送ろうとすると、運転手のアンドレイと共に見覚えのあるデブが一緒に車に乗り込もうとしている。あれ?あの男、確か昨日ロビーで警備していた警官だよな・・・?
そのことを教授に問うと、「ああ、そうだよ。彼は警官だが、今日は非番でサウナと女の子を手配してくれる。それに、ヤバいことになったときには役立つからな。ちなみに彼も時給1USDだ」

腐ってる・・・この国はとことん腐ってる・・・。

呆然とするにゃおんちゃんを置き去りにして、教授達は去っていった。
強烈な西日を浴びてホテルの前に立ち尽すにゃおんちゃん。夕日が目に染みる・・・。

すっかりこの国に嫌悪感を覚えたにゃおんちゃんはマジで明日にでも出て行こうと思い、次の行き先へのバス時刻を調べに行くことにした。教授達と一緒に「偽ソ連」こと沿ドニエストル共和国の首都ティラスポールへ行くか、それともウクライナのオデッサへ行くか・・・。


この街の中心街には『中央市場』というバザール(市場)があり、バスターミナルはそこに隣接している。ホテルから歩いて10〜15分程度で到着。
バザールのスタイルは、ウクライナやバルト諸国で見たものとさほど違わない旧ソ連諸国では定番のもの。欧州最貧国だというのに、食料品や衣類を中心に商品があふれ返っている。特に食料品の充実は目を見張るものがあり、どう考えてもこの国では採れないであろう果物(バナナとか)までが並んでいる。しかも安い。

青空市場の入口
中央市場の入口。ゴチャゴチャしてます。

中央市場の様子
中央市場の様子。なかなか活気があります。

来る前は「欧州最貧国っていうくらいだから、失業者とか乞食が街をウロウロしてるんだろうなぁ・・・」などと思っていたが、実際はそんなことは全く無い。建物はボロいし貧相な街ではあるが、物価が安いので「生活するのにお金がかからない」という印象を受ける。農業国であるこの国は外貨を獲得できるような特産品はワインくらいしかないが、食料自給率が高いので食い物を買うのに高い金を払わずに済んでいるのだろう。贅沢すりゃ話は別だが、生活に必要なイモやらトウモロコシやらは殆ど自給できるに違いない。
そう考えると、モルドバ人の生活はGDPやら購買力平価なんて数値では測れないことになる。


そんなことを考えながら歩いているとバスターミナルにたどり着いた。沿ドニエストル共和国領であるティラスポールやベンデール(ティギナ)へ行くバスはここからひっきりなしに出発している。しかし、オデッサへ行くバスはどうやらこのターミナル発着ではない模様。窓口で尋ねると、「Gara De Nord(北ターミナル)へ行け」と言われる。どうやら、ここは「Gara Centra(中央ターミナル)」らしい。

ここ、キシナウには北・中央・南の3つのバスターミナルがあり、行き先に応じて発着ターミナルが異なる。さてと、北ターミナルへはどうやって行ったら良いものやら・・・。


【旅の情報:キシナウ編その4】
・キシナウには3つのバスターミナルがある。
 Gara De Nord(北ターミナル)
  −モルドバ北部、トランスニストリア北部、ウクライナ行きのバスが発着
 Gara Centra(中央ターミナル)
  −モルドバ中部、トランスニストリア南部、ルーマニア行きのバスが発着
 Gara De Sud(南ターミナル)
  −モルドバ南部行きのバスが発着
・中心部から北ターミナルへ行くには、空港から来るマルシュルートカの終点であるバス停(シュテファン・チェル・マル大通りとイスマイル通りの交差点)から、「Gara De Nord」というステッカーが貼ってあるマルシュルートカに乗る。所要時間は10分程度。歩いて行くにはちと遠い。
・北ターミナルには売店がある程度で、飲み物とお菓子くらいしか買えない。周囲には何も無い。ちなみに、その売店も夜8〜9時で閉まる。用事がある場合は事前に中心街で済ませておいたほうがいい。<