【黒猫ポンセの野望】「HEARTS OF IRON II」リプレイ(その16)
これまでの経過はこちら。
赤軍を蹴散らして爆走するドイツ軍。ここまでは史実どおり。さて、正念場はこれから。
ローゼンベルク・ドクトリン - 1940年5月23日〜7月6日
ドイツ軍はレニングラード(現サンクト・ペテルブルク)を目指す北方軍集団、モスクワを目指す中央軍集団、そしてスターリングラード(現ボルゴグラード)及びカフカスを目指す南方軍集団の三手に分かれて進軍した。
ドイツ軍は各地で赤軍を蹴散らして開戦から1ヶ月間で400kmを進み、5月23日には南方軍集団がウクライナの中心都市キエフに、6月7日には北方軍集団が白ロシア(ベラルーシ)の大都市ミンスクに到達、早くもドニエプル川西岸を制圧した。
呆然自失となったスターリンは、しばらく引きこもって現実逃避をしていたが、やがて執務に復帰するとクリメント・ヴォローシロフ国防人民委員(国防相に相当)を呼びつけてお説教をした。
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ヴォロシーロフ同志、これは一体どういうことなのだ! ドイツ軍は開戦からたった1ヶ月でミンスクやキエフに殺到しているではないか! |
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親愛なる同志スターリンよ、これは私の責任なのだろうか? |
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そうだ、これは君の責任だ。ついては、君には責任を取ってもらうぞ。 シベリアで木を数える、シベリアで木を切る、シベリアで穴を掘る、シベリアで土を運ぶ、どれでも好きなものを選びたまえ。 |
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(どれを選んでもシベリア送りかよ・・・orz) |
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(ブチッ)ふ、ふ、ふざけんな!このスタ公! おめーが優秀な将校を全員粛清したから、こんなことになったんだ! |
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(あちゃー、同志スターリンにそんなこと言ったらシベリア送りじゃ済まんぞ・・・) |
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同志ヴォロシーロフ、お前はクビだ。 |
しかし、幸いなことにヴォロシーロフはシベリア送りにも銃殺刑にもならずに済んだ。スターリンも、ちょっとは自分が悪いと思ったのかもしれない。
クレムリンでソ連政府幹部が醜い言い争いをしている間も、ドイツ軍はロシアの大地を爆走し続けていた。1ヶ月半の間休み無しで戦い続けたドイツ軍だが、それでも制圧したのは広大なソ連領のほんのわずかであり、いくら倒しても湧いて出てくる赤軍の物量攻勢によって早くも消耗しはじめていた。また、あまりにも速い進軍によって補給が追いつかなくなり、それが消耗をさらに加速させた。
約60個師団を壊滅させたとはいえ、赤軍は未だ170個師団と我が軍を上回る戦力を有しており、雪が降れば進軍速度が鈍って持久戦に持ち込まれることを考えれば、やはり何としても冬までにモスクワ、レニングラード、そしてカフカスを制圧しておく必要があった。
しかし、いかにドイツ軍といえども5ヶ月も続く電撃戦に耐えられる訳が無く、ポテンテ補佐官、ベック統合参謀総長、フリッチュ陸軍総司令官の3人は、いつ・どこで進軍を止めて消耗した部隊を回復させるか、頭を痛める日々が続いていた。
ドイツ軍がドニエプル川に到達したことによって、ベラルーシとウクライナの西半分が新たな占領地として加わった。ドイツが手に入れた領土はイギリスやフランスからウクライナにまで及ぶ広大なものとなり、ドイツ軍の限られた補給能力は限界に達しつつあった。ただでさえ占領地の維持に多くの労力が削り取られているのに、この調子でソ連領を突き進めば、近いうちに補給網が完全に破綻することは目に見えていた。
また、SSにはスラブ系住民を「劣等民族」として侮蔑する者が多かったことから、ポーランドやウクライナでは一般市民が住む家や土地を追われたり、ユダヤ人が虐殺される事件が立て続けに起こっていた。
ウクライナやベラルーシには共産主義に反対する者も多く、また独立心の強いウクライナ人は支配民族であるロシア人に対して強い反感を抱いていた。だからこそ、スターリンの恐怖政治に耐え忍ぶ日々を送っていた彼らは、ドイツ軍が街にやって来ると解放軍として花束を持って迎え入れたのだ。
しかし、ドイツの治安部隊は彼らの期待に対して暴力で応えたため、絶望した地元民達はパルチザンとなって森に潜み、ゲリラ戦を仕掛けてくるようになった。既にウクライナやベラルーシのいくつかの都市が武装蜂起したパルチザンによって占拠されるという事件も発生していた。
これらの武装蜂起は戦線の後方に控えていた予備部隊によってすぐに鎮圧されたものの、このようなことが続けば占領地の維持だけで精一杯となり、ソ連軍と戦うどころではなくなる危険性があった。
そして、このような状況に誰よりも危機感を覚えたのが、ポテンテ補佐官と東部占領地域大臣に任命されたローゼンベルクだった。二人はこの問題についてヒトラー総統に掛け合った。
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我が総統!東方占領地の政策に関して具申したいことがあります。 |
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ん?何だね? |
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フランスを占領したときのように、住民に危害を加える行為を厳しく禁ずる布告を出してください。ポーランドやウクライナにおけるSSの振る舞いは目に余まるものです。 |
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我々は、「ボリシェヴィキによる圧政からの解放」を掲げて戦うべきです。戦争協力と引き換えに独立を約束してやれば、ウクライナやカフカス諸国は心強い味方となってくれるでしょう。 |
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またその話か。ドイツ民族の生存圏確立のため、我々はロシアの大地を独占しなければならない。ドイツ人の召使いとなるわずかな連中を除き、ロシア人どもはウラル山脈の向こうに追放しなければならんのだ。 |
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7,000万人にも満たないドイツ人が、これほど広大な土地を統治しきれる訳がありませんよ。 |
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インドを見てみろ。イギリスは人手を掛けずに広大な土地を植民地としている。ドイツにとってのロシアは、イギリスにおけるインドと同じなのだ。劣等民族どもの独立国など、断じて認める訳にはいかん! |
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植民地帝国にしがみついて時代の流れを読み損ねたイギリスがどうなりましたか?インドやエジプトの独立闘争に苦しみ、国力はアメリカに追い抜かれ、そして我が国に打ち負かされたではありませんか! |
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我が国の貧弱な補給網では、これ以上の直轄地は支えきれません。伸びきった補給網がパルチザンによって攻撃され、最前線の部隊には既にその影響が現われているのです。 |
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それは君の統治政策に問題があるからではないかね?ローゼンベルク君。 |
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私をスケープゴートにしても目の前で起きている補給の遅滞は解決しませんよ。住民に恨まれるようなことをしては、現地徴発もままなりません。前線の兵士に無補給で戦うことを強いるのですか? |
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むぅ・・・。 |
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戦争に負けてはロシア人を追い出すどころの話ではなくなります。総統、妙なイデオロギーよりも目前の戦争に勝つことを優先させてください。 |
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ポテンテ補佐官、君はまったく分かってないようだ。私こそが国家!私こそがドイツなのだ!軽薄な民主主義なるものが何を生んだ?ワイマール共和国がどんな国だったか、君は忘れてしまったのかね? |
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あなたが自分の掲げる思想を貫くのは自由だが、そのために兵士や国民を巻き添えにすることは止めてください。あなたはドイツを滅ぼすつもりなのか! |
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それで戦争に負けたら、ドイツ国民には私の理想を実現する能力が無いということだ。ドイツ国民は私に値しないということなのだ。 |
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何と傲慢な・・・。(アルフレートさん、私はこのバカヒゲと刺し違えて、ここで死にます) |
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二人とも落ち着いて。(カール、早まるな!) 総統、かつての植民地大国イギリスやフランスが衰退する一方で、急成長しているアメリカや日本がどのような政策を取っているか考えてみてください。 |
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それがどうしたというのだ? |
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アメリカも日本も国外にある異民族の土地を直接統治するという方法は取っていません。日本は中国を攻めている最中ですが、彼らは中国を手に入れても直轄地とはせず、汪兆銘の南京国民政府に任せるでしょう。 |
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うむむ・・・。 |
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日本人は「満州は日本の生命線」と公言していますが、その満州ですら傀儡政権を立てて統治しています。多くの日本人が入植しているにも関わらず、です。 イギリスやフランスのようなやり方は、もはや時代遅れなのです。 |
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(しめしめ、バカヒゲが迷いだしたぞ・・・。アルフレートさん、ナイス!) 東欧諸国を植民地にせずとも、権益が確保できればそれで十分ではありませんか? |
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うーん・・・我が国も日米のような方法を取るべきだと言いたいのか。 |
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もはや、植民地など持っていても負担にしかならない時代になりつつあるのです。 総統、どうかお聞き入れください!ソ連人=ロシア人ではありません。せめて非ロシア系民族だけでも独立を。 |
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ここで彼らに恩を売っておけば、我が国がいつか再びロシア人国家と対立したとき、彼らはその身を挺してロシア人の侵略を防いでくれるでしょう。 |
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むむむ・・・わ、わかった。ただしウクライナとカフカス諸国だけだぞ。 |
こうして、ローゼンベルクの説得によって、ソ連との戦争は東方の植民地化ではなく、「悪しき共産主義の撲滅」と「ボリシェヴィキの圧政に苦しむ東欧・カフカスの諸民族を解放する」という大義名分『ローゼンベルク・ドクトリン』を掲げて進められることとなった。
直轄統治を主張していたゲーリングやヒムラーが巻き返し工作を行ったが、ポテンテは国防軍から「補給が届かない!」「パルチザンの取締りが追いつかない!」といった苦情を必要以上に大げさ上げてもらうことによって総統に問題の深刻さを伝え、これを阻止した。
しかし、散々楯突いたことによってヒトラーの勘気を蒙ったポテンテは、総統の名代として前線の視察を命じられ、東部戦線へ飛ばされることになった。
ドイツ軍が東部戦線で死闘を繰り広げている頃、日本軍は中国国民党を海南島や重慶まで追い込み、勝利は決定的な状況となっていた。そして6月5日、このままでは大陸の権益を全て日本に奪われることになるアメリカはついに強硬手段に出た。対日石油輸出禁止措置を発動させたのだ。
近代国家の血液である石油の供給を断たれることは、死刑宣告を受けたに等しい。日本が石油を求めて南方に進出するのは確実となり、そうなればアメリカの属国であるフィリピンを攻めことは避けられず、両国が戦争に突入するのは時間の問題となった。
7月5日、中国国民党と新疆とチベットを除く各軍閥が日本に降伏し、3年に及んだ日中戦争は終結した。中国には汪兆銘を主席とする日本の傀儡政権(南京国民政府)が立てられた。
≪つづく≫









