【黒猫ポンセの野望】「HEARTS OF IRON II」リプレイ(その9)
これまでの経過はこちら。
総統に逆らったチェコスロヴァキアに悲劇が。
背信のチェコ併合 - 1939年1月13日〜3月20日
国際社会から見捨てられ、経済的・軍事的要所であるズテーテンラントを失ったチェコスロヴァキアは事実上死亡宣告を受けていた。もはや、彼らを助ける者は誰もおらず、煮て食おうが焼いて食おうがヒトラーの思いのままという状況になっていた。
ミュンヘン協定締結の際にドイツはこれ以上の領土要求をしないと確約しており、そういう意味ではチェコスロヴァキアの残りの領土は保証されるはずだった。しかし、もはやドイツのお情けで存在しているチェコスロヴァキアを見て、ヒトラー総統がそんな約束を守るわけがない。
ヒトラーは、英仏の宥和政策を見て侮蔑に満ちた薄ら笑いを浮かべて言った。
「英仏は自分たちさえ困らなければ、東欧諸国がどうなろうとも見て見ぬ振りをする連中なのだ。彼らはきっとドイツとソ連を戦わせて共倒れさせるつもりなのだろう。ならば、来るべきソ連との戦いに備えチェコスロヴァキアやポーランドを攻めても、連中は何も言うまい」
ヒトラー総統は、スロヴァキア人の民族自決を掲げていた「スロヴァキア人民党」の党首ヨゼフ・ティソ司教をそそのかし、スロヴァキアで独立闘争を激化させてチェコスロヴァキアに混乱をもたらした。そして、チェコスロヴァキア大統領エミール・ハーハをドイツに呼びつけると、ボヘミアとモラビア(現在のチェコ領に相当する地域)の割譲を迫った。
1939年3月15日、ボヘミアとモラビアはドイツに併合され、チェコスロヴァキア共和国は解体・消滅した。スロヴァキア地方についてはハンガリーとの密約により、枢軸入りと引き換えにハンガリーへ割譲されることとなった。当時のハンガリー王国は国王が不在の「国王無き王国」で、摂政のミクロシュ・ホルティが独裁体制を敷いていた。
ドイツ同様、第一次大戦敗戦国であるハンガリーはオーストリアと分離され、さらに1920年に結ばれたトリアノン条約によってオーストリアとの合邦以前から領有していたスロヴァキア、クロアチア、トランシルヴァニアを失っていた。これによってハンガリーはドイツと同じように右傾化していき、失地回復を目指してドイツとの軍事同盟締結に応じたのだった。
しかし、これによってスロヴァキア独立を目論んでいたティソ司教は裏切られた格好となった。怒り心頭のティソはベルクホーフ山荘へ乗り込んでくると、とても神に仕える人間とは思えない凄まじい呪いの言葉を吐き散らしてヒトラーと、打ち合わせで偶然その場に居合わせたポテンテを罵った。
「おのれ、ヒトラーめ!よくも私を裏切ったな!貴様のような奴は地獄に堕ちろ!
む?そこにいるのはポテンテか!お前の甘言に騙されて私の人生は終わったわ!これでスロヴァキア人の独立の夢は潰えた。いいかよく聞け、スロヴァキア人は絶対にお前を許さないぞ。いつか誰かがお前を殺して三味線にするだろう。その日までスロヴァキア人の復讐は続くのだ。貴様のような裏切り者は永遠に地獄の業火で焼かれるがいい!」
ティソ司教は他にも何やらわめいていたが、駆けつけたSSによってどこかへ連れ去られた。SSのことだから、多分殺害してその辺に埋めたか谷底にでも突き落として始末したのだろう。
ドイツ民族の失われた土地を取り戻すためとはいえ、他国を食い物にするようなことはしないと誓っていたポテンテにとって、今回のチェコスロヴァキア解体は非常に後味の悪いものとなった。また、ティソ司教はローマ教皇ピオ11世の覚えめでたい聖職者だったため、チナス・ドイツはこの一件でバチカンから睨まれることとなった。
「私の手もまた血で汚れてしまったのだ・・・」
廊下ですれ違ったボルマンにそうつぶやくと、ポテンテはそのままどこかへ消え去り3日ほど行方不明となった。心配した総統官邸付きの秘書官ニーナが警察に捜索願を出そうとしたその日、酩酊状態で道端に倒れていたところを警察に保護されて自宅に送り届けられた。ポテンテは非情な政治の世界に対して、あまりに理想主義的でありナイーヴ過ぎた。
ナチス・ドイツは1938年にオーストリアとチェコの二ヶ国を併合し、オーストリア人675万人、ズデーテン人350万人の新たなドイツ民族を国民とした。また、チェコ併合によって多くの資源と工業力を手に入れ、あらゆる分野で欧州一の大国となった。
しかし、チェコを併合して非ドイツ民族であるチェコ人を支配下に置いたことで、ヒトラーがそれまで掲げてきた『民族自決に基づくドイツ人国家の建設』という大義名分は失われてしまった。また、ミュンヘン協定を反故にしたことから、今まで宥和政策を取り続けていた英仏もナチス・ドイツは交渉に値しない相手と判断し、ついに強硬姿勢に転じるに至った。チェコ併合はドイツにとってのルビコン川となったのだ。
うさぎのニーナ - 1939年3月21日〜23日
3日ぶりに帰宅したポテンテは酩酊していたうえに、どこかで喧嘩してきたらしく服はビリビリに破け全身に擦り傷や打ち身があり、さらに3日ほど寝込む羽目となった。ポテンテはベルヒテスガーデンの街外れに小さな家を借りてそこに一人で住んでいたことから、秘書官のニーナ・ゲーレンが毎日訪れて彼の世話をしていた。
ニーナはヘマをすると激しく落ち込み、そのたびに慰めたり励ましてやらないといけない女性だったが、ポテンテは不思議なことに彼女といると心が安らいだ。普段、かんしゃく持ちで誇大妄想癖のある総統や死ぬほど融通が効かない堅物の副総統、ヤク中で挙動不審なくせに見栄っ張りの空軍大将やサディストの変態親衛隊長官など、香ばしい奴らに囲まれて仕事をしているポテンテにとって、ニーナとおしゃべりしているときだけがリラックスできる時間だったのだ。
職場ではキチガイに囲まれ、街を歩けばスペイン語訛りのドイツ語(ポテンテが住んでいたトロピコ島はカリブ海にある)を喋るがゆえに「よそ者」と警戒されるポテンテにとって、モンテネグロ出身でセルビア語訛りのドイツ語を話すニーナだけが唯一自分に対して屈託のない笑顔を見せてくれる存在だった。
≪つづく≫
総統に逆らったチェコスロヴァキアに悲劇が。
背信のチェコ併合 - 1939年1月13日〜3月20日
国際社会から見捨てられ、経済的・軍事的要所であるズテーテンラントを失ったチェコスロヴァキアは事実上死亡宣告を受けていた。もはや、彼らを助ける者は誰もおらず、煮て食おうが焼いて食おうがヒトラーの思いのままという状況になっていた。
ミュンヘン協定締結の際にドイツはこれ以上の領土要求をしないと確約しており、そういう意味ではチェコスロヴァキアの残りの領土は保証されるはずだった。しかし、もはやドイツのお情けで存在しているチェコスロヴァキアを見て、ヒトラー総統がそんな約束を守るわけがない。
ヒトラーは、英仏の宥和政策を見て侮蔑に満ちた薄ら笑いを浮かべて言った。
「英仏は自分たちさえ困らなければ、東欧諸国がどうなろうとも見て見ぬ振りをする連中なのだ。彼らはきっとドイツとソ連を戦わせて共倒れさせるつもりなのだろう。ならば、来るべきソ連との戦いに備えチェコスロヴァキアやポーランドを攻めても、連中は何も言うまい」
ヒトラー総統は、スロヴァキア人の民族自決を掲げていた「スロヴァキア人民党」の党首ヨゼフ・ティソ司教をそそのかし、スロヴァキアで独立闘争を激化させてチェコスロヴァキアに混乱をもたらした。そして、チェコスロヴァキア大統領エミール・ハーハをドイツに呼びつけると、ボヘミアとモラビア(現在のチェコ領に相当する地域)の割譲を迫った。
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ハーハさん、よく来ましたね。早速ですが、この書類にサインしなさい。 |
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これは・・・ボヘミアとモラビアの割譲に同意する協定! ヒトラーさん、ワシがこんなものに調印できるわけがないじゃろ。 |
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あなたがこの書類への署名を拒めばドイツ軍全軍がチェコへ向かいます。戦争になったらチェコの軍隊など2日で消滅しますよ。それでもいいのですか? |
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ひぃぃっ!ワ、ワシャ心臓が悪いんじゃ。恐ろしいことを言わんでくれ・・・。 しかし、こんなものにサインしたら、ワシは国民に末代まで恨まれるわ。 |
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それでは、空港に待機している何百機という爆撃機がプラハへ向かうことになりますな。美しいプラハの街を爆撃しなければならないとは、実に残念なことです。 |
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ひぃぃぃぃっ!し、心臓が・・・。薬を・・・薬を! |
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大統領、薬をどうぞ。はい、水も。 (小声で)総統もゲーリングさんも、お年寄りを恫喝するのは止めましょうよ。ここで死んじゃったらどうするんですか。 |
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さあ、どうしますか、ハーハさん? |
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わ、分かった。サインする。 |
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これで私達は無駄な血を流さなくて済みました。 あなたの賢明なるご決断に感謝しますよ、ハーハ前大統領。 |
1939年3月15日、ボヘミアとモラビアはドイツに併合され、チェコスロヴァキア共和国は解体・消滅した。スロヴァキア地方についてはハンガリーとの密約により、枢軸入りと引き換えにハンガリーへ割譲されることとなった。当時のハンガリー王国は国王が不在の「国王無き王国」で、摂政のミクロシュ・ホルティが独裁体制を敷いていた。ドイツ同様、第一次大戦敗戦国であるハンガリーはオーストリアと分離され、さらに1920年に結ばれたトリアノン条約によってオーストリアとの合邦以前から領有していたスロヴァキア、クロアチア、トランシルヴァニアを失っていた。これによってハンガリーはドイツと同じように右傾化していき、失地回復を目指してドイツとの軍事同盟締結に応じたのだった。
しかし、これによってスロヴァキア独立を目論んでいたティソ司教は裏切られた格好となった。怒り心頭のティソはベルクホーフ山荘へ乗り込んでくると、とても神に仕える人間とは思えない凄まじい呪いの言葉を吐き散らしてヒトラーと、打ち合わせで偶然その場に居合わせたポテンテを罵った。
「おのれ、ヒトラーめ!よくも私を裏切ったな!貴様のような奴は地獄に堕ちろ!
む?そこにいるのはポテンテか!お前の甘言に騙されて私の人生は終わったわ!これでスロヴァキア人の独立の夢は潰えた。いいかよく聞け、スロヴァキア人は絶対にお前を許さないぞ。いつか誰かがお前を殺して三味線にするだろう。その日までスロヴァキア人の復讐は続くのだ。貴様のような裏切り者は永遠に地獄の業火で焼かれるがいい!」
ティソ司教は他にも何やらわめいていたが、駆けつけたSSによってどこかへ連れ去られた。SSのことだから、多分殺害してその辺に埋めたか谷底にでも突き落として始末したのだろう。
ドイツ民族の失われた土地を取り戻すためとはいえ、他国を食い物にするようなことはしないと誓っていたポテンテにとって、今回のチェコスロヴァキア解体は非常に後味の悪いものとなった。また、ティソ司教はローマ教皇ピオ11世の覚えめでたい聖職者だったため、チナス・ドイツはこの一件でバチカンから睨まれることとなった。
「私の手もまた血で汚れてしまったのだ・・・」
廊下ですれ違ったボルマンにそうつぶやくと、ポテンテはそのままどこかへ消え去り3日ほど行方不明となった。心配した総統官邸付きの秘書官ニーナが警察に捜索願を出そうとしたその日、酩酊状態で道端に倒れていたところを警察に保護されて自宅に送り届けられた。ポテンテは非情な政治の世界に対して、あまりに理想主義的でありナイーヴ過ぎた。
ナチス・ドイツは1938年にオーストリアとチェコの二ヶ国を併合し、オーストリア人675万人、ズデーテン人350万人の新たなドイツ民族を国民とした。また、チェコ併合によって多くの資源と工業力を手に入れ、あらゆる分野で欧州一の大国となった。
しかし、チェコを併合して非ドイツ民族であるチェコ人を支配下に置いたことで、ヒトラーがそれまで掲げてきた『民族自決に基づくドイツ人国家の建設』という大義名分は失われてしまった。また、ミュンヘン協定を反故にしたことから、今まで宥和政策を取り続けていた英仏もナチス・ドイツは交渉に値しない相手と判断し、ついに強硬姿勢に転じるに至った。チェコ併合はドイツにとってのルビコン川となったのだ。
うさぎのニーナ - 1939年3月21日〜23日
3日ぶりに帰宅したポテンテは酩酊していたうえに、どこかで喧嘩してきたらしく服はビリビリに破け全身に擦り傷や打ち身があり、さらに3日ほど寝込む羽目となった。ポテンテはベルヒテスガーデンの街外れに小さな家を借りてそこに一人で住んでいたことから、秘書官のニーナ・ゲーレンが毎日訪れて彼の世話をしていた。
ニーナはヘマをすると激しく落ち込み、そのたびに慰めたり励ましてやらないといけない女性だったが、ポテンテは不思議なことに彼女といると心が安らいだ。普段、かんしゃく持ちで誇大妄想癖のある総統や死ぬほど融通が効かない堅物の副総統、ヤク中で挙動不審なくせに見栄っ張りの空軍大将やサディストの変態親衛隊長官など、香ばしい奴らに囲まれて仕事をしているポテンテにとって、ニーナとおしゃべりしているときだけがリラックスできる時間だったのだ。
職場ではキチガイに囲まれ、街を歩けばスペイン語訛りのドイツ語(ポテンテが住んでいたトロピコ島はカリブ海にある)を喋るがゆえに「よそ者」と警戒されるポテンテにとって、モンテネグロ出身でセルビア語訛りのドイツ語を話すニーナだけが唯一自分に対して屈託のない笑顔を見せてくれる存在だった。
≪つづく≫







