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2008.03.12 (Wed)

【世界の香ばしき国々】第46回:沿ドニエストル・モルドバ共和国(Part7)

◆コソボ問題が決める非承認国家の未来

お互いに言い分があり、お互いにスネに傷を持つ身分であるモルドバと沿ドニエストル。筆者に言わせれば、「それぞれルーマニアとウクライナに吸収されて消滅しちまえ!」なのだが、そういう話は全く無い。
ちなみに、この問題に関する各国の一般市民の意見を聞くと、次のような感じ。

ルーマニア:田舎者が住む土地だが我が国の領土だ!独立なんて生意気だ!

モルドバ:ルーマニアとの統合にも興味あるけど、独立していたい。それよりEUに入りたいな。

沿ドニエストル:独立死守!

ウクライナ:興味無いね。それより、ロシアとアメリカ、どっちと仲良くしたほうが得だと思う?

ロシア:トランスニストリア?それ、旨いのか?ウクライナもモルドバもロシアみたいなもんだろ。

ベクトルの向きが見事にバラバラで、モロトフ=リッベントロップ協定以前への原状回復を主張する筆者の意見など入り込む余地が無い。いや、にゃおんちゃんの意見なんて無視してもいいんだけどさ。
これでモルドバの経済状況が良ければまだ再統合の芽もあるのだが、実際は「下手すれば沿ドニエストルよりも貧乏」というレベルなので話にならない。モルドバにはロクな産業が無いので国民はロシアやルーマニアへの出稼ぎを強いられ、少なくともGDPの20%はそれら出稼ぎ労働者からの送金によって占められている。


とはいえ、いつまでもこのような状況を放置しておくわけにもいかない。
当初はこの問題にまるで興味を示さなかったEUとOSCEだが、東欧諸国を対象とする第5次拡大(EUの東方拡大)を目前に控えた2003年頃から態度が変わり始めた。モルドバと同じNIS諸国であるバルト三国が2004年に加盟することが決定し、ルーマニアが予定どおり2007年にEU加盟を果たせば、ルーマニアと関係の深いモルドバもいずれ加盟候補国となるかもしれないからだ。
また、西側諸国はソ連崩壊後に落ちぶれたロシアを「欧州の一員」として扱い懐柔しようとしたが、プーチン政権は混乱した内政を建て直すと「大国ロシアの復活」を目指して対決姿勢を取ったことも、EUが方針を改める一因となった。

EUはキシナウに事務所を開設して欧州近隣諸国政策に基づくモルドバへの支援を開始、さらにトランスニストリア問題を担当する特別代表ポストを設けた。一方、OSCEは『沿ドニエストル紛争解決交渉「5+2」』と呼ばれる関係国による協議体制を整備した。参加国は当事国(モルドバ、沿ドニエストル)と関係国・機関(ウクライナ、ロシア、OSCE)の5者、さらにオブザーバーとしてアメリカとEUが参加している。だから、「5+2」。
しかし、こんな枠組みでいくら話を意味が無い。沿ドニエストル政府は断固として独立を主張し、協議の場にすらまともに出てこないし、沿ドニエストル側が何を言おうがロシアとさえ話がつけばすぐにでも解決する問題だからだ。それを分かっているヴォローニンは「5+2」と「ロシアと二国間交渉」を併用する戦術を取っているが、そもそもロシアにもこの問題を解決する気が無いので話は全く進まない。
アブハジアや南オセチアも状況は同様で、OSCEはこれらを「凍結された紛争(frozen coflicts)」と呼んでいる。


しかし、ここに来て新たな動きが見えてきた。きっかけはコソボ紛争だ。コソボ問題の取り扱いが他の未承認国家に対しても応用される可能性があるのだ。

セルビア共和国南部にある「コソボ自治州」はアルバニア系住民が多い土地。セルビア人はスラヴ系で正教徒だが、アルバニア人はイスラム教徒でスラヴ系ともギリシャ系とも異なる独立した民族。1991年、旧ユーゴ諸国が次々と独立を宣言するとコソボも分離独立を宣言したが、クロアチアやボスニア・ヘルツェゴビナなどと違い、コソボの独立運動は非暴力主義の穏やかなものだった。しかし、それ対してセルビア当局は自治権を剥奪したり、ボスニア・ヘルツェゴビナを追われたセルビア人難民をコソボへ送り込んで報復したため強硬派のゲリラ(コソボ解放軍)が台頭。ついには1998年から武力紛争が始まった。
セルビア軍はコソボで民族浄化を行ったため大量の難民が周辺諸国になだれ込み、これを見た欧米諸国はNATO軍による空爆を行って2000年にセルビア軍を撤退に追い込んだ。

ひとまず戦火は止んだものの、コソボはセルビアの統治が及ばない事実上の独立国だが、同胞であるアルバニア以外はどこも承認していない非承認国家となった。コソボの独立を認めればそれが世界中の分離独立運動に波及するし、かといってあれだけ血を流した後でいまさらセルビアの一部に戻ることもできない。そのため、コソボの国際的地位はずっと宙ぶらりんの状態に置かれてきた。
セルビア軍撤退後、国連や欧米の主要国(米露英独仏伊など)が両者を仲介する形で話し合いを進めてきたが、当事者のみならず仲介者同士でも意見の対立が激しく、2007年には仲介プロセス自体が破綻してしまった。
コソボ当局はこれを受けて2008年2月に改めて独立宣言を行い、ロシアを除く主要国はコソボの独立を承認する方向で動いている。しかし、コソボの独立を安易に承認しようものなら、セルビア側の暴発を招いて再びドンパチが起こりかねないが、状況は実効支配を確立し欧米からの支持も取り付けているコソボのほうが優勢だ。

ロシアは歴史的にセルビアと友好関係にあり、この問題についてもセルビアを支持している。コソボが独立すればチェチェンのゲリラが再び騒ぎ出し、ロシアも少なからずダメージを受ける。しかし、したたかなロシアは転んでもタダでは起きない。プーチンは「コソボの独立が認められるなら、アブハジアや南オセチアだって同じだろ?」と発言して独立容認派を牽制した。
アメリカなどは「コソボは特異なケースであり、他地域における独立問題の前例とはならない」と火消しに躍起だが、アブハジアや南オセチアと何が違うというのか。アブハジアや南オセチアの独立が承認されれば、沿ドニエストルとて同じように取り扱われるだろう。そして、これらの国は独立すればロシアと自由連合を組み、自ら望んでロシアの属国となるだろう。
コソボ問題の結果如何では、最悪の場合グルジアやモルドバで再び紛争が始まる危険性がある。

トランスニストリアの子どもとぬこ


《沿ドニエストル編 終了》

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19:32  |  沿ドニエストル共和国  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2008.03.10 (Mon)

【世界の香ばしき国々】第45回:沿ドニエストル・モルドバ共和国(Part6)

◆トランスニストリア国民投票 2006

2006年6月にモンテネグロが独立すると、沿ドニエストル政府も独立を問う国民投票を行った。国際社会に対して、「うちは何が何でも独立するんです!」と改めてアピールするためだ。投票率は79%で、そのうちの97%が「モルドバから独立し、ロシアと自由連合を組む」という政府の方針に賛成した。
だから、モンテネグロと違ってあなたのところは独立国だった実績が無いでしょ!モンテネグロ独立にかこつけてこんなことしてもダメなんですよ!

沿ドニエストル政府は、CIS諸国や欧州のいくつかの国から監視員を受け入れて実施したことから、「監視員立ち合いの下で行われた公正な投票である」と主張したが、OSCEやEU加盟国、CIS加盟国の反ロシア派GUAM(グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバ)は、 「公正に実施された投票ではない」とお約束の反論を行い、この投票結果を承認しなかった。
そもそも、OSCEは「トランスニストリアでは独立反対派は激しく弾圧されており、市民が自由に意思を表示できる環境ではない。こんな国民投票など茶番である。よって我々は一人の監視員も派遣しないし、どのような結果になろうとも今回の国民投票を承認しない」と事前に発表していたのだから当然だろう。

トランスニストリア国民投票2006  トランスニストリア国民投票2006
2006年に行われた国民投票の様子


モルドバを拠点とするある人権団体の調査によれば、この投票には次のような疑惑があるという。ただし、この団体は「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(アムネスティに次ぐ世界第二位の人権NGO)」系なので、アメリカやOSCEの息がかかっていることを考慮しなければならない。

・当局は投票率79%という数字を発表しているが、出口調査ではそれほどの投票者を確認できず、せいぜい10~30%程度。よって、今回の投票結果は少なくとも2~3倍に水増しされたか、あるいは全て捏造されたインチキである可能性が高い。
・主にティラスポリやベンデールにおいて、沿ドニエストル政府関係者が投票に行かない者に対して「投票に行かないとルーマニアに強制移住させる」と脅していた。
・当局は、過去に国政選挙や国民投票をボイコットをしたことがある市民を、「反体制的」として有権者リストから除外している。
・秘密警察や軍人が投票所から監視員を追い払ったため、監視員は投票所から200~250mも離れた場所で任務を行う羽目となった。また、当局による投票結果を改竄を目撃している。
・そもそも、投票用紙に書かれている設問の文章が恣意的で、市民が「独立賛成」へ投票するよう印象操作を行っている。


何も知らない人が見れば、「何とけしからん投票なのだ!」と思うだろう。しかし、旧ソ連諸国の選挙に西側の選挙監視団や人権団体がイチャモンをつけるのはいつものこと。事実上アメリカやEUの手先である彼らは、旧ソ連諸国の大統領選などで西側諸国が望まない候補が当選すると、お約束のように毎回イチャモンをつける。
彼らは「このような不正な選挙は国民を愚弄するものであり、断じて認められない」という声明を出しては当選した候補を悪者扱いし、野党勢力にデモを煽動させて政権をひっくり返すのだ。グルジアの「バラ革命」、ウクライナの「オレンジ革命」、キルギスの「チューリップ革命」と、いずれも同じ手口によって親露派の政権が転覆している。欧米系の選挙監視団や民主化支援団体には、このような方法による政権転覆のマニュアルまであるという。

日本では欧米のプロパガンダがそのまま報道されてしまうので、ベラルーシのルカシェンコ大統領は「悪の独裁者」で、オレンジ革命で活躍したウクライナのユーシェンコ大統領やユリア・ティモシェンコ首相は「民主主義を推進する善玉」と思われている。
しかし、ルカシェンコが急激な市場経済化を拒否したことによって国内の混乱を防ぎ、貧乏人が失業しないで済んだことを(たとえそれが根本的な解決にならず、延命治療に過ぎないとしても)評価するベラルーシ人は多い。
一方、ユーシェンコやティモシェンコは横領、脱税、背任などで真っ黒な犯罪者。国会議員の不逮捕特権があるおかげで牢屋にぶち込まれずに済んでいるに過ぎない。ウクライナ国民だって馬鹿ではないので、そのことを知っている。


バルト三国を除く旧ソ連諸国は、市場経済へ急激に移行した副作用としてマフィアが牛耳る闇経済が大きな力を持っている。民主主義の歴史が浅いうえに経済的に混乱したことから、金に目がくらんだ政治家や官憲がマフィアと結託してしまい、どこの国も腐敗が酷い。強権的な政治がまかり通り、まともな選挙ができない国が多いのは事実だ。
西側諸国はそれらの国の背後にいるロシアの影響力を削ぐべく、CIS諸国が民主主義に不慣れな点に付け込み、「自由・人権・民主主義」といった誰も反対できない錦の御旗を掲げては些細な不正を大げさに騒ぎたて、自分達にとって都合が悪い政治家を権力の座から引きずりおろしている。トランスニストリアで人権NGOが騒いでいるのも、この延長に過ぎない。

その証拠に、2005年に行われたモルドバの議会選挙では、OSCEはこれを「公正な選挙」として評価した報告書を取りまとめている。はぁ?あんな腐れ国家でまともな選挙なんかできる訳ないでしょ。案の定、CIS選挙監視団はこの報告を「親米・親EUのモルドバを善玉に仕立て上げるためのインチキだ!」と強く批難している。

お互いに自分にとって都合の良いことを言っているだけで、どちらが真実かなんて分かったもんじゃない!


そもそも、官憲の腐敗が酷かったり人身売買の被害者がいたり選挙がヤバかったりするのは、モルドバだって同じなのだ。誰からの援助も受けられず、爪に火をともすような生活をして経済を立て直した沿ドニエストルと、西欧諸国から散々援助してもらってもグダグダなままのモルドバ、どっちが立派な国だろうか?
アメリカとロシアを比較すると、アメリカの方がはるかに印象操作が上手なので、親露派でアメリカから睨まれている沿ドニエストルは実態以上に悪玉に描かれてしまっている。

それに加えて沿ドニエストル政府はやり方が下手過ぎる。西側の選挙監視団が手ぐすね引いて待っているのに、投票所に秘密警察や兵士を差し向けたりするから、後であること無いこと散々書かれて騒ぎ立てられるのだ。そして、それに対して政府のスポークスマンがやることと言えば、不機嫌な顔をして「お前らは信用できないから、何も話すことは無い」と西側マスコミの取材を拒否するだけ。これじゃヒール認定食らうに決まっている。そのくせ、ルカシェンコのように「独裁で何が悪い!」と開き直る勇気も無い。
おまけに国境警備隊のクズ役人が旅行者相手に賄賂をタカるので、沿ドニエストルの評判は奈落の底まで転げ落ちる結果となる。


※沿ドニエストル国境警備隊のタチの悪さは世界中の旅行者に知られており、「出入国の際に絶対モメる国」として恐れられている。某インターネットサイトには国境でいくらボラれたかを嘆き合うスレッドまで立っており、「私は○○US$やられた」とか「俺は○○US$むしられたうえに、△△を取り上げられた」とか身の毛もよだつ書き込みが満載されている。今のところ、にゃおんちゃんが見た最高の被害額はドイツ人旅行者による200US$。
普通の国であれば、あまりに派手にやり過ぎると諸外国から抗議が殺到して問題になり、腐れ係官どもも少しは控えるようになるのだが、非承認国家である沿ドニエストルにはどこの国も正式な外交ルートで抗議できないので、腐れ役人のやりたい放題の状態が続いている。

ちなみに、筆者は3US$のプチボッタに遭っているが、「係官にそんなつもりは無かったが、お釣りが無かったのでそうなってしまった」という感じ。小額紙幣を用意してなかったこっちも悪いので、係官に対する悪意は無い。
そのかわり、キシナウで腐れ警官に捕まって45US$むしられている。モルドバ政府に謝罪と賠償を要求しようと思う。

<♯`Д´> モルドバ政府は謝罪汁!賠償汁!

《Part 7につづく》

20:55  |  沿ドニエストル共和国  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2008.03.06 (Thu)

【世界の香ばしき国々】第44回:沿ドニエストル・モルドバ共和国(Part5)

◆仁義無き税関論争

沿ドニエストル政府の公式声明によれば、この国は非承認国家ながら約100ヶ国との貿易があるという。海に面しておらず大規模な港湾施設を持たないこの国が貿易を行うとなれば、陸路でモルドバかウクライナを経由するしかない。
敵対関係にある沿ドニエストルとモルドバはお互いに相手国からの輸入品に対してべらぼうな関税を掛けていることから、この国の輸出入の殆どはウクライナ経由で行われていると推測できる。実際、ティラスポリではモルドバ製品を殆ど見かけなかった。

モルドバ政府はトランスニストリア/ウクライナ国境を通過する貨物に対して何の手出しもできない。自国領と主張しているトランスニストリアに出入りする貨物に対して、一切の税関検査ができず、1レイの関税も取れないのだ。モルドバ政府による税関検査が行われていないことから、EU諸国やアメリカは「沿ドニエストル政府は密輸業者とグルになり、国境でまともな検査を行わずヤバいブツをウクライナへ流している」と主張している。
「ヤバいブツ」ってのは、可愛いところなら密輸タバコ、ほんとに凄いものになると武器弾薬や人身売買の被害者となった女性など。トランスニストリアが「密輸の巣窟」と言われる所以はここにある。


モルドバと沿ドニエストル両国は1992年の和平協定続き、1997年に『モルドバとトランスニストリアの関係標準化に関する指針(通称:モスクワ・メモランダル)』という協定を結び、両国民の生活に支障が出ないよう、可能なレベルでの関係正常化を実現した。
簡単に言うと「すぐに解決できる問題じゃないから、とりあえず現状を維持しましょう。強硬姿勢を取って国境を封鎖したりするとお互いに困るから、支障の無い範囲で交流しましょう。両国間に存在する問題については、周辺国も交えてこれからゆっくり話し合いましょう」という内容。

この協定に関する交渉が行われていた頃、モルドバ政府は沿ドニエストル政府が行う輸出入に対して関税を掛けず、さらにそれらの貨物にモルドバ政府が通関作業を行ったことを証明するシールの使用を許可し、代わりにトランスニストリア/ウクライナ国境に共同で税関事務所を設置してモルドバ政府の役人を置くことを提案した。「実を捨てるから、少しは名を持たせてくれ」というモルドバのささやかな抵抗である。
この案を受け入れればトランスニストリアを出入りする貨物に対してモルドバ政府のお墨付きが与えられる訳で、沿ドニエストルは「密輸業者の巣窟」などと罵られずに済む。沿ドニエストル政府はこの提案を受け入れることにした。

ところが、この悪党どもは協定をすぐに反故にし、色々と理由をつけては最後までモルドバ税関の職員を入国させなかった。普通ならモルドバ政府が激怒して協定を破棄しかねないところだが、どういう訳か当時のモルドバ大統領ペトル・ルチンスキは動かず、沿ドニエストル政府はまんまとボロ儲け。ロシアやウクライナ等と同様にハイパーインフレに見舞われてガタガタだった国内経済の建て直しに成功した。
ルチンスキ政権が協定を破棄しなかったのは、協定が守られようが破られようがどのみちトランスニストリアの貨物から関税を取れないことに加え、大統領本人を含む政権関係者の多くがモルドバよりも景気の良いトランスニストリアでサイドビジネスをやって小遣いを稼いでいたからと言われている。

沿ドニエストル・ルーブル
沿ドニエストル共和国の通貨「ドニエストル・ルーブル」



しかし、2004年末のオレンジ革命によってウクライナ大統領が親露派レオニード・クチマから親米派ヴィクトル・ユーシェンコに代わると、トランスニストリア経済の雲行きは一気に怪しくなった。
親露派クチマはロシアの子分である沿ドニエストル政府に対しても比較的好意的な政策を取っていたが、反露・親米を掲げるユーシェンコは同じく反露的なモルドバの共産党政権とタッグを組み、さらにEUやOSCEの主張を受入れてウクライナ政府の姿勢を一転させたからだ。

ウクライナはトランスニストリアを相手に年間2億7,000万US$(約300億円)の貿易を行っていたことから、当初は様子見の姿勢を取っていた。しかし、300億円の取引を失ってもEUやモルドバに協力したほうが、後々WTOやEUに加盟する際に有利になると判断して態度を変えた。
さらに、トランスニストリアのウクライナ系住民(彼らの殆どはウクライナの市民権を持っている)は殆どが親露派であり、ユーシェンコの支持者ではないことも影響した。

一方、モルドバは長年続く国内経済の疲弊に国民がブチ切れ、2001年の総選挙によって共産党が大躍進、党首のウラジミール・ヴォローニンが大統領に就任した。モルドバ共産党はロシア語の公用語化やロシアとベラルーシによる連合国家への参加など親露的な政策を掲げていたが、モルドバの援助元が米独蘭日+IMFであることに加え、2003年にロシア政府がトランスニストリア問題に対する新しい協定(『コザック・メモランダル』)においてモルドバにとっては屈辱的とも言える譲歩を迫ったことから、ヴォローニンはロシアの横暴に腹を立て反露色を強めていた。


反露・親EUでタッグを組んだモルドバ&ウクライナは、早速沿ドニエストルを締め上げにかかった。2006年3月、ウクライナ政府はモルドバ税関当局の証明書があるものに限り輸入を認め、そしてモルドバ政府の役人が駐在する国境を通過する場合にのみ輸出を認めることを宣言した。事実上の経済封鎖である。
すかさずモルドバ政府はキシナウとティラスポリを結ぶ鉄道の線路上にコンクリート・ブロックを置いて封鎖し、アメリカやEUは「沿ドニエストル政府は、毒ガスや汚い爆弾(核爆発はしないが、放射性物質を周囲にまき散らす)を搭載できるロケットをテロリストに密売している」とインチキくさい報道を行って援護した。

成す術が無い沿ドニエストル政府はロシアに泣きついたが、沿ドニエストルとロシアは国境を接していないので直接的な支援はできない。そこで、ロシアは沿ドニエストルに対して一ヶ月当たり4,000万US$の経済支援を行った他、モルドバへの報復として「重金属が混入している」という理由でモルドバ産ワインの輸入禁止措置を発動した。
今度は外貨を稼げる輸出製品がワインくらいしか無いモルドバが悲鳴を上げることとなり、ダブついた在庫を買い叩いた中国が「これで我が国は美味しいワインに当分困らない」と高笑いすることとなった。モルドバ、格好悪過ぎ。
一方のウクライナはユーシェンコ政権ができて以来、ロシアとの仲は最悪の状態。この件で特に嫌がらせはされなかったものの、この数ヶ月前にロシアから天然ガスの供給を止められて欧州中を巻き込む大騒動を起こしている。


このように何かとロシアへ依存している両国が、あの情け容赦無い恐怖の大統領ウラジーミル・プーチン率いるロシアと全面対決するのは得策ではない。そこでモルドバ政府は「手続を簡素化して税金もマケてやるから、こっちの輸出管理制度に従ってくれ」と沿ドニエストル政府に秋波を送ったが、こんなものを受入れればトランスニストリアの企業は両国に対して二重に法人税と関税を支払うことになる。
この経済封鎖によって輸出に頼るトランスニストリア経済は急激に悪化し、沿ドニエストル政府によれば1日当たり200~250万US$の損失が発生したという。

スミルノフ政権が外交下手なせいで「沿ドニエストルは密輸の巣窟」という印象が定着してしまい、ウクライナ&モルドバによる「我々は経済封鎖をしているのではなく、密輸を取り締まっているだけなのだ」という詭弁がまかり通り、アメリカやEU諸国は「これによってトランスニストリアを経由する武器密輸や麻薬密売、人身売買を取り締まることができる」と両国を支持する声明を出した。
沿ドニエストル共和国はまるで『諸悪の根源』のような扱いを受けている。

後にEUとOSCEも加わって「EUBAM」なる組織が作られ、今日までトランスニストリア/ウクライナ国境の監視を続けてきた訳だが、その間に武器や麻薬、売り飛ばされた女性など全く見つかっていない。捕まったのは個人で麻薬を密輸しようとしたモルドバのクサレ警官くらいなものである。
もし仮にヤバいものを運ぼうとするなら、審査が緩いモルドバ国境へ向かうはずであり、当たり前に検査するウクライナ国境なんかわざわざ通るわけが無いのだ。イラク戦争同様、後になってから「証拠はありませんでした」なんてことになった場合、トランスニストリアが被った損害は誰が補填するのだろうか?

※モルドバ/トランスニストリア国境は他の国境と比較して審査が緩い。トランスニストリア市民は沿ドニエストル共和国発行のパスポート(古いタイプのものは「CCCP」と書かれている凄い代物)で行き来できるし、係官はパスポートの写真をチェックするだけでスタンプも押さないし荷物も検査しない。モルドバ政府がそこを正式な国境として認めていないことに加え、人やモノの流れを考慮した両国が手続きを簡素化しているからだ。一方、沿ドニエストルのパスポートではウクライナに入国できないし、ひと通り検査される。
CCCPなどと書いてある香ばしいパスポートではモルドバくらいにしか行けないので、トランスニストリア市民の殆どはモルドバやロシア、ウクライナのパスポートも持っている。ロシア政府はティラスポリに領事館を開設し、ロシア系住民にパスポートを発行してモルドバ政府を怒らせている。

EUBAMによる国境監視
EUBAMによる国境監視

23:53  |  沿ドニエストル共和国  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.02.20 (Wed)

【世界の香ばしき国々】第43回:沿ドニエストル・モルドバ共和国(Part4)

◆トランスニストリアの政治

紛争に勝利した沿ドニエストル共和国は実効支配を確固たるものとし、1995年に憲法を制定する。
憲法では国民主権、民主主義、基本的人権、言論と宗教の自由、私有財産制が保障されており、他国と比較しても特におかしな部分は見当たらない。特徴としては外交中立路線が明記されていること程度か。実際はロシアの傀儡なのだが。
法令なんて運用次第でどうとでもなるとはいえ、少なくともあからさまに狂った憲法を掲げている訳ではない。国連加盟国でもキチガイみたいな憲法を掲げている国は多数あるし、サウジアラビアのように成文憲法が存在しない国もあることに比べれば、全然普通。


国家元首は大統領で任期は5年。準大統領制を導入している他のNIS諸国とは異なり、大統領が首相機能も兼ねている。人口55万の小国に大統領と首相を別個に設ける余裕など無いのだろう。
どうせなら「総統」と名乗ればいいのに。

イーゴリ・スミルノフ大統領多選を制限する規定は無いようで、1991年以来イーゴリ・スミルノフがその職を務めている。
スミルノフは1941年生まれでペトロパブロフスク=カムチャツキー出身のロシア人。長年ウクライナに住んでいたが、1987年にティラスポリにある電子機器工場の工場長としてこの地にやって来た。1989年になるとスラヴ系住民や国営企業幹部の支持を元にモルダビアSSRの人民代議員(国会議員に相当)として政界に進出、1991年4月にはティラスポリ市人民代議員会議議長(市長に相当)に就任した。
そして、その年の9月に沿ドニエストルが独立宣言を行うと、スミルノフは共和国最高会議の暫定議長(大統領に相当)に選出され、さらに12月の選挙で勝利して大統領に就任した。以後、1996年、2001年、2006年の選挙でも勝利し、現在4期目。

モルドバの中では工業化が進んでいる地域を実効支配しているとはいえ、非承認国家であるこの国は諸外国からの援助を受けられない。モルドバは先進国やIMFから様々な援助を受けているのに、この国にはその金がビタ一文入ってこないのだ。
そんなハンディの中でこの国の経済を遣り繰りした手腕を評価する人がいる一方、「ロシアの威を借りて独裁者として君臨し、一族で利権をむさぼる政治マフィア」と糾弾する人もいる。
スミルノフは息子ウラジーミルを税関委員会委員長(税関部門のトップ)に据えて輸出産業関連企業から金をむしっている他、エネルギー関連企業や銀行といった国内有力企業に自分の一族を送り込んで利権を貪っている。この国にもカザフスタンやウズベキスタンと同じ腐敗が存在するのは間違いない。


こんな怪しい国だが、複数政党制による民主的な政治が(少なくとも形式上は)行われており、形式的要件すら満たしていないトルクメニスタンやウズベキスタンよりはるかにマトモだったりする。
沿ドニエストル共和国最高議会(国会)は一院制で議席は43。このうちの6議席はロシアやウクライナ等周辺諸国の代表が務めるという珍しい仕組みを採用している。
現在、議会は与野党が逆転しており、スミルノフ大統領率いる与党『共和党』が13議席、国会議長のエウゲニー・シェフチュク率いる野党『革新党』が23議席を、残りの1議席を「社会民主党」が保有している。共和党が比較的緩やかな経済改革を目指しているのに対し、財界を支持基盤とする革新党は完全な自由主義的経済の実現を目指している。
いずれの政党もモルドバに対するいかなる主権移譲にも反対しており、モルドバとの再統一を支持する団体は国内に全く存在しない。

こういう翼賛体制の匂いがするから、「少なくとも形式上は」なんて書き方になってしまう。この国では、黙っている分には不当に弾圧されることは無いし、政治や言論の自由もある程度は存在する。しかし、国是に反することを言おうものなら、途端に当局から凄まじい圧力を受けることになるのだ。
その証拠に、2001年にはモルドバとの再統一を訴えていた政治家が逮捕されて死刑判決を受けている。西欧諸国の人権擁護団体が一斉に激しく抗議したことから死刑は撤回されたが、この国の民主主義なんて所詮この程度。
他にも沿ドニエストル共産党支持者が公共料金の値上げや国営企業の売却に対して抗議デモを行ったところ、共産党幹部が逮捕されて拘置所にブチ込まれている。「俺たちの生活を守れ!」と抗議しただけで逮捕されちゃうのだから恐ろしい。ソ連が大好きなくせに、相手が共産党でも容赦無し。


しかし、色々と問題はあれど全体的に見れば、この国はモルドバ政府やOSCEが言うほど悪党ではない。アフリカの失敗国家(スーダン、コンゴ民主共和国、ソマリア、赤道ギニアなど)のように市民を虐殺したり餓死させている訳ではないし、国民の生活は本物の貧乏国に比べたら全然レベルが高い。
だが、この国は国際社会に対するアピールが非常に下手で、スマートな立ち回りができない。ただでさえ「正体不明の不気味な国」と思われているのに、不器用なせいで余計に印象が悪く見える。
よせばいいのにスターリンを賛美してみたり、バルト三国で住民弾圧に関与した罪で指名手配されている元KGB幹部を匿ったりするから、『欧州のブラックホール』などと不名誉なあだ名をつけられるのだ。すると上層部は西欧諸国に不信感を持ち、外国人の滞在時間を制限してみたり、秘密警察を使って外国人を監視するから、なおさら印象が悪くなる。
おかげで沿ドニエストル政府の要人はEUやアメリカから出入り禁止を喰らい、今では東スラヴ三ヶ国(ロシア、ウクライナ、ベラルーシ)くらいにしか入国できないお前らはルカシェンコか。 (※3)

※3:アレクサンドル・ルカシェンコ
ベラルーシ共和国大統領にして「欧州最後の独裁者」の異名を持つハゲ。強権的な政治と香ばしい言動が原因でアメリカやEU諸国に出入り禁止になった。
ユーモラスな外見と頭の悪そうな発言から、筆者の界隈では絶大な人気を誇る。


モルドバは経済はまるでダメでもその辺の情報戦に長けており、外交下手の沿ドニエストル政府とは対照的。
今のモルドバでは戦争をしても勝ち目が無いし、そもそも貧乏過ぎて戦争すらできないので、沿ドニエストルに対して様々な情報工作を行っていている。「沿ドニエストルは独裁者が君臨する圧制国家で、密輸や人身売買の巣窟」といったプロパガンダを撒くのが主たる活動だが、他にもトランスニストリアにエージェントを放っては何やらコソコソと動いている。


エウゲニー・シェフチュク議長スミルノフ大統領の評判があまりよろしくないのに対し、トランスニストリアに強い報道機関や研究者の間ではシェフチュク議長の評判は良い。スミルノフが国家元首にも関らずあまり表に出てきたがらないのとは対照的に、シェフチュクは旧西側からの取材に対して嫌がることなく対応しているせいなのかもしれない。
シェフチュクは1969年生まれの若い政治家。弁護士の資格を持ち銀行や企業の経営に携わっていたが、財界からの支持を受けて2000年に国会議員となった。すると、当時の最高会議議長グレゴリー・マラクツェによっていきなり副議長に抜擢され、さらにシェフチュクが2005年の選挙で再選されると、マラクツェは彼に議長の座を譲り渡した。

シェフチュクは西側で暮らした経験こそ無いものの、ロシアで経済学を学び、市場経済の中で育った実業家である。ソ連時代の国営企業の工場長あがりで、実務には長けていても経済に疎く、諸外国相手にスマートな立ち振る舞いのできないスミルノフとは対極に位置する政治家と言える。
シェフチュク自身も、スミルノフが経済や外交に疎く、そのせいで自国が「欧州のブラックホール」などと呼ばれる羽目になっていることに少なからず不満を覚えているようだ。
彼の率いる「革新党」は議会で単独過半数を占めており、トランスニストリア経済を牛耳る一大企業集団「シェリフ・グループ」と強いつながりを持っている。もしかすると、政府に干渉されず自由に商売できる環境を求めるシェリフ・グループが、シェフチュクを支援して国会へ送り込んだのかもしれない。

このように彼は人脈も金も押さえている訳で、いつでも大統領選に出馬できそうな気配なのだが、不思議なことに2006年大統領選に出馬しなかった。
若手政治家の筆頭シェフチュクならば、1991年以来15年以上の長きに渡り権力の座に居座るスミルノフに勝てるかもしれない。しかし、国を二分する激しい選挙戦になることは避けられず、複雑に絡み合う周辺国の利害にも影響を及ぼすことは間違いない。何せロシアしか頼れる国が無いのだから、ロシアから支援を取り付けることができなければ、仮に選挙に勝っても国が立ち行かなくなることは明白だ。
そう考えると、シェフチュクはスミルノフから大統領の座を禅譲されるのを待っているのかもしれない。次の大統領選は2011年、スミルノフは70歳になっているが、シェフチュクはまだ42歳。若い彼なら2011年どころか、2016年までだって待てる。


《Part5につづく》

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2008.02.15 (Fri)

【世界の香ばしき国々】第42回:沿ドニエストル・モルドバ共和国(Part3)

◆トランスニストリア紛争

書記長改め大統領となったゴルバチョフは、沿ドニエストルに対して「こんな独立は認めない」と即ダメ出しするが、翌1991年にソ連そのものが崩壊。15の連邦構成共和国はそれぞれ主権国家として独立することとなった。
モルダビアSSRも『モルドバ共和国』として独立するが、共産主義の呪縛から開放されたモルドバ人は民族主義(大ルーマニア主義)に熱狂した。だからモルドバの国旗はルーマニアと殆ど一緒だし、(1994年までは)国歌も同じ。通貨の単位も同じ「レイ」(ただし、同じ通貨ではない)。
ついには「ルーマニアとの統合を目指そう!」などと言い出す者まで現れた。

「モルドバ(ルーマニア)人国家に暮らすマイノリティ」に転落することを恐れたトランスニストリアの連中は『沿ドニエストル・モルドバ共和国』として改めて独立を宣言する。
しかし、トランスニストリアは農業国モルドバの中で例外的に工業化が進んでいて、GDPの40%を稼ぎ、電力の90%を供給する地域。当然、モルドバ側が独立を認めるはずがない。 トランスニストリアに工業地域が集中しているのは、ウクライナ南部の大都市オデッサから近いことに加え、ソ連政府がモルドバの離反を警戒してのことと言われている。
ただでさえ「モルドバ共和国内の少数民族」として迫害される恐怖があるのに、これだけ整ったインフラを持っていれば、トランスニストリアの連中が「俺達だけで独立したほうが裕福になれるのでは?」と考えたのは当然かもしれない。

ルーマニア国旗     モルドバ国旗
左がルーマニア国旗で、右がモルドバ国旗。
金をばら撒いて名誉教授の称号を買いあさっているオヤジがいる某宗教団体の旗ではない。


沿ドニエストル政府がモルドバの役人をトランスニストリアから追い出すと、両者の対立はついには武力紛争へと発展した。
戦闘は1991年12月に始まったが、ロシアやウクライナからやって来た義勇兵が沿ドニエストル軍に多数加わり、さらにトランスニストリアに駐留していたロシア軍(旧ソ連第14軍)が武器を大量に横流しして支援した。中にはロシア軍を脱走して沿ドニエストル軍に加わった兵士までいたらしい。

戦力の劣るモルドバ軍はドニエストル川東岸から追い出された挙句、西岸にあるモルドバ第4の都市ベンデール(人口約10万人)まで失った。
モルドバ空軍はドニエストル川に掛かる橋を爆破して沿ドニエストル軍の渡河を阻止しようとしたが、失敗したうえに近くの村を誤爆、さらにはトランスニストリアからの対空砲火によってMiG-29を撃ち落されるという大失態を演じた。また、ベンデールやドゥバッサリ(トランスニストリア北部にあるドニエストル川沿岸の都市)周辺では市街戦が発生し、一般市民を含む1,000人近い死傷者を出している。

1992年7月にモルドバが事実上敗北を認める形で両者は和平協定を結び、沿ドニエストル、ロシア、ウクライナからなる平和維持軍がベンデールやドニエストル川沿岸に駐留して停戦を監視することとなった。
モルドバ政府はOSCEによる平和維持部隊の派遣とロシア軍の撤退を求めているが、未だにどちらも実現していない。協定では2002年までにロシア軍は完全撤退することになっていたが、ロシア軍はその後も色々と理由をつけてトランスニストリアに居座っている。ロシア側は、この地域の安全保障を担保する明確な案が提示されないうちは撤退は不可能と考えており、「まずは撤退してくれ。話はそれからだ」というモルドバ側やOSECの主張とは大きな隔たりがある。

1992年の紛争の様子 その1  1992年の紛争の様子 その1
左:破壊されたZU23対空戦車(1992年ベンデール)
右:モルドバ軍の歩兵戦車を狙う沿ドニエストル兵(1992年ベンデール)


現在トランスニストリアに駐留しているロシア軍は、ソ連陸軍第14軍改め「在モルドバ共和国沿ドニエストル地域ロシア軍作戦集団」。モスクワ軍管区所属で、規模は2個の自動車化狙撃兵(機械化歩兵のこと)大隊を中心とする約1,500名。
首都ティラスポリから北方130kmにあるコルバスナにはロシア軍が管理する巨大な武器庫があり、ピーク時には4万トンを超える武器弾薬が保管されていた言われている。これは、ソ連崩壊時にハンガリー等から引き上げてきたソ連軍が置いていったもの。このような膨大な武器弾薬が「非承認国家」という怪しい地域に存在しているため、沿ドニエストル政府と駐留ロシア軍には武器密売に関する悪い噂が絶えない。

事態を重く見たOSCEはキシナウに事務所を置いて頻繁に査察を行い、これまでに約50%がロシア国内に移送されるか廃棄されたことを確認している。しかし、今なお2万トンを越える武器がトランスニストリアに残されているのだ。
OSCEによればチェチェンやアフリカ等の紛争地に流れている武器の多くはこの国を出所とするものであり、インターポール(ICPO:国際刑事警察機構)はこの国の秘密警察幹部を武器密売の容疑により国際指名手配している。

そんな噂は我が国を敵視するモルドバと西側諸国によるプロパガンダだ!

沿ドニエストル政府はこのように反論しているが、果たしてどうだろうか?
火の無いところに煙は立たない。

ベラルーシやウクライナですら、金に困ってソ連時代のポンコツ兵器をイランやイラクに叩き売りしてアメリカを激怒させたことがあるのに、国内に膨大な武器弾薬が捨て置かれているうえに、その両国以上に外貨獲得手段に乏しいこの国がやらないはずが無い。
ロシア国内ですら兵器の管理が徹底できなくて流出が問題になっていたのだから、本国から離れていて監視の目が届きづらいこの地域なら、なおさら容易だろう。沿ドニエストル政府高官と駐留ロシア軍幹部が結託して小遣い稼ぎをしていても全く不思議ではない。


ちなみに、ロシアはここまでこの連中を支援しておきながら、沿ドニエストル政府を承認するつもりは全く無い。沿ドニエストル政府は「ロシア様、お願いだから併合してください。それがダメなら、せめて自由連合(※2)を!」と必死に頼んでいるが、ロシアにその気は無い。
他国の分離独立運動を支援するような真似をしたら国際社会から袋叩きにされるうえに、チェチェンの独立を認めざるを得なくなるからだ。

ロシアにしてみれば沿ドニエストル問題は、モルドバやウクライナがロシアの影響圏を脱してEU諸国へ接近することを防ぎ、影響力確保のため相手を揺さぶるカードのひとつに過ぎない。沿ドニエストル共和国は意外なことに70%以上の企業が既に民営化されているが、そのうちの50%以上はロシア資本なのでなおさらコントロールしやすい。
そもそも、1990年に当時ソ連最高会議議長だったアナトリー・ルキヤノフ(ゴルバチョフが軟禁された「ソ連8月クーデター」の黒幕的存在)が独立紛争を起こすようトランスニストリアの地方当局幹部に命じたのだ、という説もある。

※2:自由連合
外交や防衛などの権限を他国に委ねるが、形式上は独立主権国家であり、どこかの大国の保護国ではない。パラオやマーシャル諸島、ミクロネシア連邦などがこれに該当する。これらの国は外交や防衛の権限を委ねることでアメリカの安全保障体制に協力し、それと引き換えに経済援助を得ている。
実際は信託統治に毛が生えた程度なので、これらの国を独立国と呼ぶのは無理があると思う。





◆トランスニストリアの概況

沿ドニエストル共和国の面積は4,163平方キロメートルで、石川県や徳島県ほどの大きさしかない。
人口は、政府のサイトによれば約555,000人(2004年)となっているが、最新の統計資料では537,000人へと減少している。年率換算すれば-1.1%となるわけで、人口が100万人にも満たないこの小国とにとっては深刻な問題に違いない。この国の経済はモルドバ同様欧州では最低クラスなので、移住するチャンスを得た連中がロシアやウクライナなどへ移住しているのだろうか。

非承認国家ゆえに主要国際機関の調査対象となっていない場合が多く、資料によって統計数値にバラつきがあるが、沿ドニエストル政府が公表しているGDPは4.2億US$(2004年)。一人当たりに換算すると約660US$で、隣国ウクライナ(1,750US$)の1/3程度。数値上はフィリピンやジンバブエより貧しい。
しかし、非承認というハンディを抱えているにも関らず、この地域は前述のとおり工業インフラの整備が進んでおり、機械・金属分野などに優良企業を抱えているため、国民の生活はモルドバ(約880US$)とそれほど違わない。どちらも欧州最貧国には違いないが、物価差を考えれば沿ドニエストルのほうが実質的には裕福かもしれない。それはティラスポリの街がキシナウよりもはるかに綺麗なことからも伺える。

数値上はフィリピンやジンバブエ以下といっても、乞食や失業者が街を徘徊していたり巨大なスラムがあるわけではない。ソ連時代の遺産として最低限の社会基盤や福祉が整備されているし、他の発展途上国のように社会が階層化している訳ではないので、一人当たりGDP660US$という見かけ上の数字ほど貧しくは無い。
1990年代には周辺国のハイパーインフレやロシアの通貨危機の影響によって苦しんだものの、2005年以降は年率5%以上の経済成長率を維持している。インフレ傾向はあるものの、それはロシアやウクライナも同様で、この国だけが特に酷い訳ではない。

余談だが、ナゴルノ・カラバフ共和国の首都ステパナケルトも、バクー(アゼルバイジャン共和国の首都)よりずっと綺麗だという。「こんなことなら分離独立なんかするんじゃなかった」と民衆に言われないよう、施政者は必死なのだ。

沿ドニエストル政府庁舎  プロパガンダ看板
左:沿ドニエストル政府庁舎とその前にそびえ立つレーニン像
右:ティラスポリの街中にあるプロパガンダ看板


民族構成は、モルドバ(ルーマニア)系が31.9%、ウクライナ系が28.8%、ロシア系が30.4%。
約6割を占めるスラヴ系住民がモルドバ系住民を支配する国とも言えるが、それを嫌ったモルドバ系が逃げ出しているという話は聞いたことが無い。スラヴ系とモルドバ系の比率は年代や出典によって若干バラつきがあるものの、どの資料を見ても2%程度の誤差。
人口が減少していることを踏まえても、「この国を出て行く人は多い」のかもしれないが、「モルドバ人だけが逃げ出している」とは考えられない。したがって、トランスニストリア問題の本質は民族対立ではないということになる。

この国はモルドバの民族主義に対する反発から生まれた国であり、「トランスニストリア人」などという民族はいないことから、他の未承認国家とは異なりエスノ・ナショナリズムの立場には立っていない。
だから3つの公用語(ロシア語、ウクライナ語、モルドバ語)を持ち、民族を理由に差別や迫害に遭うことは(少なくとも表面上は)無い。独立紛争によってグルジア人が住めない国になってしまったアブハジアや南オセチアとは全く異なる。そもそも、1991年の紛争の際にはモルドバ系住民も武器を取り、モルドバ軍を相手に戦っているのだ。


民族という概念を拠りどころにできない彼らは、今まで慣れ親しんできた「ソ連的価値観」こそが国民が共有すべき価値観として考えているのではないか。だとすれば、時代錯誤なイデオロギーをブチ上げてソ連を賛美したり、国旗・国章に「鎌とハンマー」を採用して周囲を驚かせていることにも納得が行く。
というか正確には、他に拠りどころとすべき思想や国民が共有できる価値観を見つけられなかったのだろう。

また、スラヴ系が主導権を握っている国にも関らず、国名の中にあえて「モルドバ」と入れているのは、大ルーマニア主義に対するアンチテーゼであり、ソ連的な価値観を踏襲するという意味がある。
「モルドバ人なんて民族はいない。俺達は皆ルーマニア人だ」という大ルーマニア主義に対し、かつてソ連が唱えていた「モルドバ人はルーマニア人とは異なる民族である」という主張(モルドバ主義とでも言うべきか?)を掲げることによって、ソ連崩壊前夜から存在そのものが否定されかけていた『モルドバ民族』の最後の砦となることを主張しているのだ。

彼らは国家運営を行う際に「少なくとも最低限の生活が保証されていたソ連時代から学ぶべきものもある」程度には考えているかもしれないが、「マルクス=レーニン主義による共産国家の復活」を目指しているとは思えない。非承認というハンディを抱えているうえに、周辺国が市場経済へ移行した途端に大混乱に陥ったのを横目で見ている訳で、これは彼らなりに最良の選択をした結果なのかもしれない。


とはいえ、何事にも本音と建前がある。
「全ての民族が平等な多民族国家」というのは、かつてのソ連同様建前で、この国が「スラヴ系主導の国」であることは間違いない。その証拠にモルドバ語の公用語としての地位は有名無実化し、ロシア語以外の言語は殆ど使われていない。モルドバ語で教育する学校も一応存在するが、公文書も街で見かける看板も全部ロシア語で書かれているし、現政権にモルドバ人の閣僚はいない。

しかし、現実にはモルドバと沿ドニエストルの両国民は日常的に相互を自由に行き来し、殆どの人間がモルドバ語とロシア語の両方を理解する。もしモルドバ人が弾圧されていたら、あっという間に皆逃げ出して国内にモルドバ系住民はいなくなるはずだ。
したがって、紛争の発端はともかく、現時点では民族的対立による分離独立運動というよりも、指向する政治体制の違いや、沿ドニエストル政府上層部の持つ利権、さらにはその背後にいるロシアの横槍によって分離状態が固定化していると見るべきだろう。


《Part4につづく》

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