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2013.02.17 (Sun)

黒猫ポンセのグローバル・メタル:第2回 MORTON (from Ukraine)

このコーナーが登場するのは、ULYTAUを紹介して以来なので約3年半ぶり。
我ながら酷いものだが、探す努力をしているわけでもないのに、良質の辺境メタルバンドなんて簡単に見つかるはずがない。

さて、今回紹介するのはウクライナ出身のMORTONというバンド。
2011年に1stアルバム「COME READ THE WORDS FORBIDDEN」が日本とヨーロッパでもリリースされているので、完全にタイミングを逸してしまった。
実は筆者は2010年秋にこのバンドのデモ音源を入手しており、「これは紹介しなくちゃ!」と思っていたのだが、あれから早2年半が経過してしまった。ごめんよ、MORTON。


2010年秋に所用でウクライナへ行った際、弊サイトの旅行記にも登場するポルタヴァ在住のロック野郎アンドレイと再会したのだが、その際に彼が「これはお前の好みだと思うよ」とくれたCDがこのバンドのデモ音源だった。
デモとはいえそのままアルバムとしてリリースできそうなほどクオリティは高く(5曲しか入ってなかったけど)、これはすぐにデビューが決まりそうだなと思っていたら、案の定1年後にアルバムが発売された。日本盤まで出たのはびっくりしたが。

音楽性は筆者のようなオールドスクールのメタラーには涙ものの正統派ヨーロピアン・ヘヴィメタル。
歌詞は全て英語だし、非常に洗練されていて辺境メタル特有のイモ臭さは皆無なので、何も知らずに聴かされたらウクライナのバンドだなんて絶対に思わないだろう。
KAMELOTやDREAM EVILあたりに通じる、本当にオーソドックスでメロディアスなヨーロピアン・メタルです。

MORTONは2010年にマックス・モートン(Vo,G)を中心にウクライナのキエフで結成されている。最初はマックスのソロプロジェクトとして始まったものだったので、デモはもちろんアルバムに収録されている曲もドラム以外は全て彼がプレイしている。彼は自分のスタジオを所有しており、以前はプロデューサーとして様々なバンドに関わっていたらしい。

デモを制作した頃はマックスがギターを兼任する4人編成だったが、現在はマックス・モートン(Vo)、アレキサンダー・ルドネフ(G)、ローマン・スコロバガトコ(G)、アンドレイ・カルポフ(B)、ディミトリー・スモトロフ(Ds)の5人編成となっている。



MORTON / Sleeping King
デビュー前に作られたPVなので今とメンバーが違います。



MORTON / Foreteller
こちらは2012年8月に開催された「kRock Festival」出演時のライヴ映像。


マックスはライヴでもちゃんと歌えてますね。
彼はトニー・マーティン(元BLACK SABBATH)が大好きだそうで、言われてみればサバスに加入したばかりの頃のトニー・マーティンを彷彿させる部分があるかも。声質は全然違うけど。


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テーマ : ヘヴィメタル - ジャンル : 音楽

07:14  |  ロックな生活  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.07.09 (Sat)

【思い出の80'sメタル】第14回:DEFENDERS OF CREATION(Part2) - LIONHEARTに感激しる

前回の続きです。さて、今回は残り3バンドを紹介します。
今回で「DEFENDERS OF CREATION」に関する記事は終了となります。

◆CANNES / 1.Love Gone 2.Liar
「カンヌ」というバンド名ですが、名前すら聞いたことありません。全くもって正体不明です。という訳で調べたところ、驚愕の事実が判明。
なんと、このVoは後にPRAYING MANTISに加入し、「CRY FOR THE NEW WORLD」で素晴らしい歌を披露して一躍有名になるあのコリン・ピールだった。いやー、びっくりした!
髪型も衣装も我々が知るPRAYING MANTIS時代の彼とは全然違うので、映像を見ただけでは全く気づかなかった。

CANNES

さて、そのコリン・ピールが1980年代半ばにやっていたこのCANNESなるバンドだが、アルバムは1枚も出していない模様。
メンバーの格好はLAメタル風だが、楽曲はメロディを大事にしたオーソドックスなHRで、メロディックHRと呼べないこともない。
しかし、曲はつまらないし、コリン・ピールの歌も結構ヨレヨレ。にゃおんちゃんがティノ・トロイなら、この映像を見てこのVoをバンドに入れようとは思わない。それくらい冴えない歌を披露してます。
「コリン・ピールのことなら何でも知りたい!」というマニア(そんな人いるのか?)以外にはお勧めしません。



◆LIONHEART / 1.Hot Tonight 2.Heartbeat Radio
デニス・ストラットンがIRON MAIDENを脱退(というかクビになった)後に結成したバンド。1984年に「HOT TONIGHT」でデビューすると、日本では"Dangerous Game"という名曲が話題になるが、日本以外ではさっぱり売れず翌年には消滅している。
2ndアルバム用のデモテープに収録されていた"Heartbeat Radio"を演奏しているので、1985年頃の映像と思われる。

LIONHEART

LIONHEARTはあれだけ素晴らしいアルバムを作りながらも殆どライヴをやっていない・・・というか、マネージメントが弱小でまともにツアーもできなかった可哀想なバンド。なので、ライヴ映像が残っているだけでも凄いのだが、このときの彼らはメンバーが凄い。
「HOT TONIGHT」のレコーディングに参加しているチャド・ブラウン(Vo)、デニス・ストラットン(G)、スティーヴ・マン(G,Key)、ロッキー・ニュートン(B)の4人に加え、アルバム・リリース後に加入したアンディ・バーン(Ds:元GRAND PRIX)とフィル・ランゾン(Key:元GRAND PRIX)がいるのだ。NWOBHMマニアなら泣いて喜びそうなメンツである。
デニス・ストラットンは後にPRAYING MANTISに加わって何度も来日しているし、スティーヴ・マンとロッキー・ニュートンはMcAULEY SCHENKER GROUPに加入するし、フィル・ランゾンはURIAH HEEPの一員として現在も活躍中。ほら、凄いでしょ!?

キャリアのあるメンバーが集まっただけあって演奏も素晴らしい。チャド・ブラウンはアルバムで聞けるとおりの美声を披露しているし、何より凄いのがコーラス。楽器隊のうちドラム以外の4人は全員歌えるので、他のバンドには真似できない分厚いコーラスを聞かせてくれる。ヨーロッパのバンドには機械を使って誤魔化してる奴らが多いのだが、このバンドはそんなことしてません。生でばっちりハモってます。
2曲目はアルバム未収録の新曲(当時)だが、ライヴ用に大幅にアレンジが変えられており、デモ音源では聞けないギターバトルやインターセクションが追加されている。こういうところでもこのバンドの実力を感じたりするが、それが仇になったのかアンディ・バーンが曲の構成を間違えて演奏が崩壊寸前になるというスリリングなシーンを見ることができる。まぁ、何とか立て直すのだが、他のメンバーはさぞかし焦ったことだろう。

にゃおんちゃん的にはこのバンドが本作の最大の見所と断言する。



◆THE GRIP / 1.We Don't Want It 2.Bet Ya Gonna Loose Her
「そういや、こんな奴らいたなぁ」という感じで、名前だけは覚えているがそれ以外は何も思い出せず、記憶の糸を辿るのに一苦労した。
改めて調べてみたところ、1985年にロンドンで結成された3人組で、1988年に「BE YOURSELF」でデビューするがその翌年に消滅している。

2曲とも1stアルバムに収録されている曲だが、ギタリストがMcCOYで出てきたときと全く同じ衣装を着ているので、多分同日に収録されたのだろう。ということは、1985年頃ということになる。

THE GRIP

見た目はグラムっぽい感じたが、音のほうはスカスカでもルーズでもなく、ポップでメロディアスで元気のいいHR。LITTLE ANGELSを彷彿させる、と言ったら褒め過ぎか。ちなみに、ウィリー・ダウリング(B&Vo:写真右)が後に結成するHONEYCRACKとはタイプが全く異なる。
「BE YOURSELF」は結構いいアルバムだったような記憶があるのだが、このライヴ映像はデビュー前ということもあってか、演奏は粗いしパフォーマンスも何だか安っぽい。

ウィリーはTHE GRIP解散後、キーボードプレイヤーとして初期のTHE WILDHEARTSに短期間在籍するが、そのTHE WILDHEARTSのギタリストだったCJと共に1994年にHONEYCRACKというバンドを結成している。(HONEYCRACKではVo&G)
THE WILDHEARTSが売れたのを見た『Epic』は、柳の下のどじょうを狙ってこのバンドと契約すると猛プッシュして売り出すが、バンドはアルバム1枚で空中分解。CJはTHE JELLYSを経てTHE WILDHEARTSに復帰、ウィリーはJACKDAW4というバンドをやっている。


≪終了≫

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19:02  |  ロックな生活  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.07.04 (Mon)

【思い出の80'sメタル】第13回:DEFENDERS OF CREATION(Part1) - マッコイさん、それ反則です

以前に「ECT COMPILATION」というブートDVDの紹介記事を書きましたが、一体どういう訳か『Power Gate』から「DEFENDERS OF CREATION」という名前でリイシューされているのを半年ほど前に発見しました。
収録されているバンドがかなり入れ替わっていて、HAWKWIND、PERSIAN RISK、VENOM、ROCK GODDESS、HEAVY PETTIN'、SHE、TRASH、WARLOCKの9バンドが削除され、ROGUE MALE、McCOY、PETE HATE、CANNES、LIONHEART、THE GRIPの6バンドが追加されています。その他については収録バンド及び収録曲に変更ありません。

どういう経緯でこの差し替えが行われたのか不明ですが、LIONHEARTを見たかったのでこっちも買っちゃいました。遅くなりましたが、追加されたバンドについて紹介したいと思います。
その他のバンドについては「ECT COMPILATION」の記事をご覧ください。



◆ROGUE MALE / 1.Dressed Incognito 2.Crazy Motorcycle
北斗の拳に出てくるヒャッハーな人達のような格好で話題になったイギリスのバンド。ブレードランナーやターミネーターの世界を彷彿させることからサイバーメタルなどと呼ばれたが、音楽性はMOTORHEAD直系の爆裂R&R。
2曲とも1stアルバム収録曲なので、「FIRST VISIT」をリリースした1985年頃の映像と思われる。

ROGUE MALE 1985

FLATBACKERがメジャーデビューしたときも驚いたが、実はこのバンドもメジャーの『Elektra』からデビューしている。
当時はMETALLICAやANTHRAX、SLAYERあたりがやっとメジャーに移籍し始めた頃だというのに、こんな「ヒャッハーなMOTORHEAD」がいきなりメジャーデビューしたのだから、にゃおんちゃんの周りでは「こいつら何者?」と結構話題になった記憶がある。
しかし、不幸なことにその後スラッシュメタルが流行ったせいで、彼らのような非スラッシュのエキストリームメタル・バンドは相手にされなくなってしまい、このバンドも1986年に2ndアルバムをリリースした後に契約を失って解散している。

で、肝心のライヴはどうかというと、親分のMOTORHEADほどの迫力は無いが、そつの無い演奏を披露している。R&RベースのHMバンドである彼らは元々テクニックで勝負するようなバンドではないわけで、勢いとノリが出ていればそれで十分。
噛み付かんばかりの勢いでマイクに向かって吼えるジム・リトルはやっぱりキャラが立っており、このメイクと衣装に加えて猫背&ガニ股でノシノシ歩くところなんか、ほんとに北斗の拳の世界から出てきた小悪党のよう。

こういう音楽性なんだから、我慢して続けていれば今頃は皆からリスペクトされる存在になっていただろうに、そこはやはりいきなりメジャーからデビューしちゃったのが仇になったのだろうか?



◆McCoy / 1.Freemind 2.Ride The Night
元GILLANの海坊主ことジョン・マッコイが、GILLAN解散後にやっていたソロ・プロジェクト。ライヴなんか殆どやってないだろうに、映像が残ってるなんて凄いことです。

ジョン・マッコイは、ポール・サムソン(G:当時SAMSON)やコリン・タウンズ(Key:元GILLAN)といった昔のバンド仲間に手伝ってもらい、1985年に「THINK HARD」というアルバムをリリースしているが、そんなメンバーでツアーに出られるはずもなく、ニッキー・ブルックス(Vo)、マーク・キーン(G:当時THE GRIP)、ロン・レベル・マシューズ(Ds:元WEAPON)という編成でヨーロッパ・ツアーを行っている。
2曲とも1985年リリースの「THINK HARD」収録曲なので、この映像もその頃のものだろう。

McCOY 1985

ギターとベースのヘッドにパイロが仕込んであり、火花を撒き散らしながら演奏が始まるというバカっぷりで、初っ端からいきなり笑わせてくれる。
ギタリストとドラマーはカットTシャツを着てLAメタル風、Voの女性は上下とも黒い衣装でどことなくゴシック・メタル風。それに対してジョン・マッコイはいつもどおりTシャツの上にジャケットを羽織っているだけ。もちろん、頭はツルッぱげ+辮髪。彼の場合はあの巨体だから選べる服が限定される訳で仕方ない部分はあるが、それにしたってこの見た目はバラバラ感はあり得ない。一歩間違えばコミックバンドだ。

ところが、キャリアのある連中が揃っているだけあって恐ろしく演奏が上手く、笑いはすぐに驚きに変わる。特にジョン・マッコイのベースが素晴らしい。音の粒は揃っているしドライヴ感はきっちり出ているし、さすがGILLANという職人集団にいただけのことはある。

2曲目のエンディングで再びパイロが炸裂して紙吹雪が降ってくるのだが、その量が尋常ではなくスネアドラムのヘッドやメンバーの髪の毛が紙クズだらけになるというオチが付く。Voのお姉ちゃんなどは明らかに戸惑ったリアクションを示しているのに対し、髪の毛が無いジョン・マッコイだけはケロッとしており、冒頭に続いて最後でも笑いを取る。
やっぱりコミックバンドだったのか?



◆PET HATE / 1.Wreck The Radio 2.Girls Grow Up Too Fast
NWOBHM期にSILVERWINGという名前で活動していたグラムメタル・バンドだが、後にPET HATEと改名して『Heavy Metal Records』からアルバム2枚をリリースしている。
2曲とも2ndアルバム「BAD PUBLICITY」収録曲なので、1984~85年頃の映像か?

PET HATE

当時、どういう訳か日本盤も発売され、某丸焼け誌にもレビューが載ったバンドだが、HM/HRにカテゴライズしちゃうのが申し訳なくなるくらいスカスカのグラム・ロック。初期のHANOI ROCKSなどが好きな人ならイケると思うが、デトロイト・パンクからの影響で衝動的な部分もあるHANOI ROCKSと異なり、このバンドはひたすらスカスカでチープでポップ。むしろ、同じレーベルに所属していたWRATHCHILDと比較すべきか。

決して演奏が上手なバンドではないが、WRATHCHILDのようにズタボロな訳ではなく、彼らのシンプルでポップな楽曲を演奏するには差し支えないレベル。
チープながらもキュートでポップなところは初期MOTLEY CRUEやWRATHCHILDに通じるので、あの手のグラムメタルが好きな人ならチェックする価値はある。また、イギリスのバンドなのでメロディに湿り気があり、アメリカのバンドと違ってバカ丸出しじゃないところもポイントが高い。


≪Part 2につづく≫


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2011.02.07 (Mon)

それでも君を

ゲイリー・ムーア、死去

ギタリストのゲイリー・ムーアが日曜日(2月6日)、休暇で滞在中だったスペイン、コスタデルソルのホテルで亡くなった。58歳だった。

現在のところ、死因は明らかにされていないが、睡眠中に亡くなったと報道されている。彼の死を発表したマネージャーは、あまりに突然のできごとに「まだ信じられない」とBBCに話している。「彼はものすごく元気だった。彼はロックの犠牲者じゃなかった。健康だった」

北アイルランド、ベルファストで誕生したゲイリー・ムーアは14歳でバンド活動をスタート。1969年、16歳のときにスキッド・ロウへ加入しレコード・デビューを飾った後、シン・リジィに参加。その後のソロ活動も成功し、レジェンド・ギタリストとしての地位を確立した。

シン・リジィのギタリスト、スコット・ゴーハムは「『Black Rose』時代、ゲイリーとプレイできたのは素晴らしい体験だった。彼は素晴らしいギタリストで素晴らしい人間だった」と、1967年からゲイリー・ムーアを知っているというブライアン・ダウニー(Dr)は「ものすごいショックだ。彼のために祈る。いなくなってしまったなんて信じられない」と哀悼している。

ゲイリー・ムーアは2010年春、21年ぶりに来日公演を行なったばかりだった。

Anger As Art/Abattoirのフロントマン、スコット・ゲインズは、ムーア・ファンを代弁するこんな声明を発表している。「ゲイリー、フィル(・ライノット)が出迎えてくれていると願っている。コージー(・パウエル)を探してくれ。そして、俺らがそこに行くまでに、アルバム何枚分かの曲を作っておいてくれ」

2011年2月7日 BARKS


THIN LIZZYの名曲"Still In Love With You"にこんな一節がある。
"Is this the end? I'm still in love with you" (これでおしまいなの?今でもあなたを愛しているのに)


1986年1月4日、THIN LIZZYのリーダー、フィル・ライノットが亡くなったその日、深夜ラジオでそのことを知ったにゃおんちゃんは泣きながらこの曲を聴いていた。最愛のバンドTHIN LIZZYの再結成が永遠に不可能となったからだ。(後にジョン・サイクスとスコット・ゴーハムがTHIN LIZZY名義でツアーをするが、あれはあくまでトリビュート・バンドであって本物ではない)

あれから25年、また泣きながら"Still In Love With You"を聴く日が来ようとは・・・。
2011年2月6日、"Still In Love With You"でギターを弾いていたゲイリー・ムーアが、突如として天国へ旅立った。享年58歳。
現時点では死因は不明だが、ともかく、にゃおんちゃんは最愛のバンドのリーダー(フィル・ライノット)、最愛のドラマー(コージー・パウエル)に続き、最愛のギタリストも失った。



THIN LIZZYは1983年に解散したが、多くのファンがフィルはまたいつかTHIN LIZZYを復活させるだろうと思っていた。実際、フィルはブライアン・ダウニーとジョン・サイクスを誘ってすぐに再結成するつもりだったらしい。
ところが、ジョン・サイクスは当時『Geffen』との契約を得てアメリカ進出に乗り出していたWHITESNAKEに加入してしまう。途方に暮れたフィルとブライアンだったが、STAMPEDEのローレンス・アーチャーを見つけて始めたのがGRAND SLAMなのである。
にゃおんちゃんが「サイクス!てめぇがTHIN LIZZYを名乗るんじゃないよ!」と憤るのはこの経緯を知っているからである。

結局、GRAND SLAMはマスコミから「THIN LIZZYの二番煎じ」などとボロクソに叩かれた末に1年ちょっとで解散してしまう。失意のどん底に叩き落されたフィル親父に手を差し伸べたのは、かつて殴りあいの喧嘩の末に絶交となっていたゲイリー親方であった。
ヒースロー空港でばったり会った二人は、また罵り合いを始めるのではないかという周囲の心配とは裏腹に、「久しぶりだね。元気だった?」とハグを交わしたという。これをきっかけに親交を復活させた二人は、レコーディング中のゲイリーの新作にフィルが参加するという形で、1979年リリースのTHIN LIZZYのアルバム「BLACK ROSE」以来のコラボレーションを実現する。

1985年にGARY MOORE&PHIL LYNOTT名義でリリースされたシングル"Out In The Fields"は全英チャートで5位となるヒットを記録し、これで再びレコード契約を手にしたフィルはソロ・アルバムの製作に取り掛かる。その後間もなくリリースされたゲイリーの「RUN FOR COVER」では、9曲中2曲でフィルの歌とベースを聴くことができる。
一方、フィルとの再会でアイルランド人としての自分を再確認する機会を得たゲイリーは、次作はアイルランド色の強いものにすることを決め、再びフィルと競演するための楽曲("Wild Frontier")まで用意していた。

しかし、フィルの死によって全ては幻となった。「いつの日か、フィルとゲイリーの二人がブライアンとスコット・ゴーハムを誘いTHIN LIZZYを再結成してくれるに違いない」という夢を絶たれ、にゃおんちゃんは号泣したのであった。 


1987年、リリースされたばかりの新作「WILD FRONTIER」を聴き終えたにゃおんちゃんは、感動のあまり目をウルウルさせていた。何気なしにレコードジャケット(当時はまだアナログが主流!)の帯をずらしたところ、ジャケットの隅に小さく書かれた「FOR PHILIP」の文字が。次の瞬間、にゃおんちゃんの目からは涙が溢れ出していた。
こうして、ゲイリー親方はにゃおんちゃんにとって最愛のギタリストとなった。もちろん、それまでにリリースされたアルバムも大好きだったが、この日からゲイリー親方はにゃおんちゃんにとって「フィルの魂と志を継ぐ唯一無二の特別なミュージシャン」となった。

1989年リリースの「AFTER THE WAR」は、期待していた「WILD FRONTIER」の続編ではなかったものの、"Blood Of Emeralds"というアイリッシュ・トラッド色の強い曲が収録されており、次作を期待させるに十分な出来だった。(コージー・パウエルにドラムの叩き方を指図するという暴挙をやからし、怒ったコージーが脱退してしまうという事件を起こしているが・・・)


ところが、1990年の「STILL GOT THE BLUES」で風向きが変わる。
この当時、HM/HR界ではブルース色の強いバンドがもてはやされており、これを見たゲイリー親方が「俺が若造どもに本物のブルーズってものを見せてやる!」と言い出したのがきっかけだった。当初は、1枚だけブルーズ・アルバムを作り、その後はまた元のロック路線に戻るはずだったのだ。当初は・・・。
「STILL GOT THE BLUES」は親方が大口叩いて作っただけあって傑作となり、HM/HR界の住人はもちろん、ミック・ジャガーやジョージ・ハリスン、さらにはアルバート・キングやアルバート・コリンズなど本職のブルーズ・ギタリストの大御所達にも絶賛され、なんとアメリカだけで200万枚の売り上げを記録する大ヒットとなってしまった。

それまで、日本やイギリスではアリーナ規模の会場でライヴをできる存在だったのに対して、アメリカではRUSHの前座がいいところだったのに、いきなりダブル・プラチナムである。これですっかり気を良くしたゲイリー親方はブルーズ路線へと転向してしまう。
その後、ジャック・ブルース&ジンジャー・ベイカーの元CREAMコンビと「BBM」を結成し、1994年にアルバムをリリースするが、わがままなおっさんの3人組だけに予想通り(?)これ1枚でプロジェクトは消滅。1995年には敬愛する元FLEETWOOD MACのピーター・グリーンのトリビュート・アルバム「BLUES FOR GREENY」でソロに戻る。
このあたりまでは、「早くロックやってよぉ」と思いつつも、ちゃんとアルバムを買っていたにゃおんちゃんだが、ここでゲイリー親方は仰天の行動に出る。


1997年リリースの「DARK DAYS IN PARADISE」は、あろうことかドラムンベースによる奇怪なビートの上にゲイリー親方のギターが乗っているという珍作となり、これで完全にブチ切れたにゃおんちゃんはゲイリー親方に絶縁状を叩きつけ、「またハードロックをやるまで、もうあんたのアルバムは買わない!」と誓ったのであった。
キレちゃったのはにゃおんちゃんだけではなかったようで、あらゆる人からボロクソにコキ下ろされたこのアルバムはセールスも惨敗し、ゲイリー親方はメジャー・レーベルとの契約も失った。しかし、懲りない親方は同路線で1999年に「A DIFFERENT BEAT」を発表し、またしても袋叩きに遭う。

さすがに反省したのか、ゲイリー親方は2001年の「BACK TO THE BLUES」で再びブルーズ路線に戻るが、もはやにゃおんちゃんの興味を引く存在ではなかった。
2003年にはハードロック路線に戻る気配を見せ、「LIVE AT MONSTERS OF ROCK」なるライヴ盤をリリースするが、すっかり不信感に囚われたにゃおんちゃんはこれすらもスルーした。「ほんとにやる気あんなら、ボブ・ディズリーとニール・カーターを呼び戻しなさいよ」ってなもんであった。
2010年には21年振りの来日公演を行うが、演奏するのはどうせブルーズ曲ばかりなわけで、高い金を払って見に行こうとはこれっぽっちも思わなかった。
こうして、ゲイリー親方の離別は13年に及んだ。



2010年夏、何を思ったのか親方はニール・カーターを呼び戻し、1980年代のハードロック曲を演奏するツアーに出た。
実は、にゃおんちゃんは所用で2010年9月下旬にウクライナへ行っていたのだが、キエフの街中至るところにゲイリー親方のライヴ告知のポスターが(そして、SCORPIONSの最後のツアーのポスターも)貼られていて驚いた。何とか見に行けないものかと思案したが、親方がキエフにやって来るのは1週間後。さすがに1週間も帰国を遅らせるのは不可能で、泣く泣く諦めた。

「ニール・カーターを呼び戻したってことは、次はハードロックのアルバム作るのね?また日本にも来るよね?」と思っていた矢先の今回の訃報であった。
今夜は我が家にあるゲイリー親方関連のCDとDVDを片っ端から引っ張り出し、ウォッカを飲んで泣きながら追悼しようと思う。先日、1985年「Run For Cover Tour」のライヴ音源を手に入れて喜んでいたのだが(にゃおんちゃんはこの1985年のラインナップが一番好き)、まさかこんなことになろうとは・・・。


親方、謹んでご冥福をお祈りいたします。
天国でフィルやコージーとバンドやるんでしょう?
いつか、僕がそっちへ行く日が来たら、ライヴを見せてくださいね。


And I remember a friend of mine.  (忘れ難き我が友)
So sad now that he's gone. (彼が逝ってしまい、今はとても悲しい)
They tell me I'll forget as time goes on. (時が経てば忘れると人は言うけれど)

"Wild Frontier"より





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2009.09.15 (Tue)

黒猫ポンセのグローバル・メタル:第1回 ULYTAU (from Kazakhstan)

『GLOBAL METAL』といえば、メタラーにして文化人類学者であるカナダ人サム・ダンが、インド、中国、インドネシアなど、「そんなにところにロック・バンドいるのかぁ?」という国のヘヴィメタル・シーンを探るという映画。

変な国ばかり旅している私ですが、訪れた国のロック・バンドは可能な限りチェックするようにしています。所詮一介の旅行者であり、サム・ダンのようにカメラを担いで潜入取材するだけの時間もバイタリティもコネもありゃしないが、メタルシーンのメの字もありゃしないような国で頑張る連中のことは気に掛けてるのよ。

で、探してみればこれが意外といるんです、メタル・バンド。
圧政国家ベラルーシにすら結構います。ロシアは何気にメタルが盛んな国なので、ベラルーシにいても不思議ではありませんが。しかし、残念なことにその殆どは腐れメタル・レベルなので金出してCDを買う気になるようなバンドは殆どいませんが・・・。
そりゃそうだよね、良いバンドがたくさんいたらフィンランドのように話題になっているはずで。

しかし、凄い連中がいないわけじゃない。「そんなにところにメタル・バンドいるのか?」というような国にも、逸材が埋もれていたりするのです。
そこで、このコーナーではそんな「日本のメタラーには縁もゆかりも無さそうな、どこにあるのか分からないような国から出てきたバンド」を紹介します。


記念すべき第1回は『ULYTAU』。カザフスタンのバンドです。
凄いですね、カザフスタンですよ。あんな、草原と羊とロケット打ち上げ基地と核実験場しかないような国にもメタル・バンドがいたんです。しかも、逸材が。

まずは、写真を見て笑ってください。

ULYTAU

エスニックかつスタイリッシュな格好をしてますが、どこか違和感があるというか、笑えるというか・・・。


今度は、音を聴いて驚いてください。




どうです?やるもんでしょ?
「カザフスタンのKORPIKLAANI」とでも言いましょうか、ジャンル的にはフォーク・メタルになるんでしょうか。でも、KORPIKLAANIが徹底したお馬鹿路線なのに対して、こちらは正統派です。あっちのヴァイオリン弾きがキャラの立ったヒッタヴァイネンさんなのに対し、こちらはエキゾチックな美女でございます。
また、こっちはヴォーカリストがいないので全曲インストです。

しかし、何より心を捉えるのはこの琵琶・・・じゃなかった、 「ドンブラ」
カザフスタンの民族楽器です。沖縄における三線(さんしん)みたいなもんで、これに合わせて皆で民謡を歌うのがカザフ人の宴会だそうな。このドンブラがあるおかけで、ULYTAUはどこかの国のフォーク・メタルの二番煎じにならずに済んでいます。


ULYTAUは、アルア・マカノヴァ(ヴァイオリン)、エルジャン・アリムベトフ(ドンブラ)、マクシム・キチギン(ギター)からなる三人組で、2001年に結成されています。バンド名はカザフ語で「大いなる山」という意味。2006年に1stアルバム「JUMYR-KYLYSH」をリリースすると世界各地をツアーし、日本にも来たそうです。
MANOWARのジョーイ・ディマイオがいたくお気に入りらしく、今度のワールド・ツアーでULYTAUを前座に起用するとのこと。

いやー、こんなに凄い奴らだったとは知らなんだ。今にして思えば、くろくろ和尚のところで写真を見た記憶があるが、この格好とカザフスタンという国名を見て大笑いして終わってしまい、音までチェックしなかったもんなぁ。


絵づらは意味不明ですが、こっちもかなりイケてます。
腰をクネクネさせながらヴァオリンを弾くアルア姉さんに痺れます。




カザフスタンに行ったらドンブラを買ってこようかな・・・。


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