2009.11.19 (Thu)
2009カザフスタン・南朝鮮旅行記(第11回)
◆ゲーセンに悲鳴が轟くとき
ヨーコ嬢によって観光を打ち切られ、アパートへと連れ戻されたにゃおんちゃんは寿司を食いながら彼女と雑談していたが、やがて日が暮れて外が暗くなると、ヨーコ嬢は突如としてあるプランを切り出した。
「ねぇ、ゲーセン行かない?」
ゲ、ゲーセン?カザフスタンにもそんなものあるんですか?まさかカジノのことじゃないでしょうね?
ここカザフスタンでは見かけないが、バルト三国やウクライナでは街中でカジノを結構な確率で見かける。もっとも、カジノといってもラスベガスやリノにあるような豪華で巨大なものではなく、日本人の感覚で言うとゲーセンみたいな感じ。でも、中には一応スロットマシーンなんかが置いてあって、メダルは換金できる。
まあ、暇だし行ってみるか?
ヨーコ嬢はどこかへ電話すると、出かける準備を始めた。あの・・・どちらへ?
「トギーを呼んだのよ。彼女、近くにいるからすぐに来るって」
やがてやって来たトギー嬢の車に乗り込み、昨日行ったナイトクラブのそばにある「MEGA」というショッピングモールへ向かう。あー、そういえば昨日車からチラっと見えたな。
10分も経たないで到着したMEGAは、日本のジャスコなどよりは全然小さいものの、とてもカザフスタンにあるとは思えない(馬鹿にしすぎだって?)ガラス張りが近代的な雰囲気を醸し出す、お洒落なショッピングモールだった。
1階はスーパーマーケット、2階は専門店街、3階に映画館やゲーセン、さらにボーリング場があるというつくり。丸1日過ごすには小さ過ぎるが、映画見てゲーセンで遊べば半日くらいは余裕で潰せる。街中からもさして遠くないので、週末の夜にどこかで夕食を食べてから遊びに来るには丁度良い感じ。

MEGAショッピングモール
ちなみに、ここから数百メートル南に行ったところにも大きなショッピングモールがひとつ、その向かいにも鳥かごみたいな形をしたショッピングモールがあります。作り過ぎだってば。
ゲーセンの名前は「BABYLON」。すごい名前である。空中庭園を意識して付けたのかもしれないが、バビロンは「退廃した都市の象徴」であることを知らないのだろうか?ゲーセンよりは歓楽街に付けたい名前である。
一見したところは大きなショッピングモールによくある屋内型アミューズメント・パーク。別におかしなところもなければ珍しいものも無い。アーケードゲームが置いてあるのが見えるが・・・あれ?カザフスタンって硬貨が無かったよな?コインでも買って遊ぶのか?
入口で突っ立って首を傾げていた私だが、そんな疑問はすぐに解決した。入口にあるカウンターで金を払って磁気カードを買って遊ぶ仕組みなのであった。恐るべしカザフスタン、中央アジアのど真ん中にある田舎と馬鹿にしていたが、こんなハイテクを導入していたとは。
でもこんなゲーム機が置いてあったりして、思いっきりずっこける。

左:頭文字Dのアーケードゲーム。「日本からそのまま持ってきました」って感じ。
右:運転ゲームに挑戦するヨーコ嬢。恐ろしく下手でした・・・orz
さて、それじゃここで何して遊ぼうかね?
「あたし、あれに乗りたい!」とヨーコ嬢が指差したのはフリーフォール。所詮屋内型なので高さはせいぜい15m程度。下から見上げる分にはたいしたものには見えない。これくらいならたいしたこと無いだろう。よし、乗るべ。
さして深く考えず乗り込んだにゃおんちゃんだが、てっぺんまで行ったところで激しく後悔することに。ヨーコさん、思ってたより高いんすけど、これ・・・。
と彼女に話しかけた次の瞬間、垂直落下が始まった。ゲーセン中に響き渡る私の雄叫び。
うおおおぉぉぉぉぉぉ!
恐るべきことに落下は1回では済まなかった。幾度も垂直落下の刑を食らい、私の雄叫びはいつしか悲鳴へと変わっていた。
ひぎゃゃゃぁぁぁぁぁぁ!ふぎゃゃゃぁぁぁぁ!
果たしてどのくらいの時間が経ち、何回落下しただろうか。やっと恐怖から解放されたにゃおんちゃんは呆然自失となっており、真っ直ぐ歩けないほどダメージを受けていた。
お、女の子ってどうしてこういう乗り物好きなんだ・・・。も、もう二度と乗らないから・・・な。
一発でヨレヨレになった私を見て哀れに思ったのか、続いて彼女たちが向かった先は3D映画のコーナー。メガネを掛けて見ると、映像が飛び出して見えるアニメを見ることができる小さな映画館である。
映画自体は面白かったし、確かに物体が飛び出して見えるので迫力はあったが、さっきの垂直落下でダメージを受けている私はまるで乗り物酔いをしたかのような気分になり、さらに調子が悪くなった。
次はもうちょっとマターリしたものにしようぜ・・・。
ヨレヨレを通り越してグッタリ状態に陥った私を見たカザフギャルズは、私を競馬ゲームのブースへと連れて行く。ああ、これなら大丈夫だ。3人で勝負したところトギー嬢が勝ち、係員から何やら景品を貰っていた。
店内を見渡すと、海賊の格好をしたスタッフがいて子供をあやしている。しかし、そのうちの1人の化粧が怖すぎて、子供は喜ぶどころか余計に泣き叫ぶという事態に。スタッフの彼が一瞬見せた悲しい横顔に、すげー哀愁を感じたにゃおんちゃんなのであった。
ゲーセンで遊んだ後、下のスーパーマーケットでお気に入りのポテトチップスを買って帰宅する。昨年、ベラルーシで見つけて以来すっかりお気に入りとなった一品である。あ、写真撮り忘れた・・・。

バビロンの城門ならぬ、バビロンの子供用機関車。にゃおんちゃんはこういうので十分なんです。
◆真夜中のカリヤン・ブルース
最初は帰宅するつもりだったが、ヨーコ嬢の提案で我々は「カリヤン・バー」へ向かうことになった。「кальян(カリヤン)」とはロシア語で水タバコのこと。カザフギャルズは二人ともタバコを吸わないのだが、水タバコはたまに吸いに行くのだという。そういや、水タバコはやったことが無いな。モノは試しだ、行ってみようではないか。
水タバコはアラブ圏で盛んだが、豚肉も食えず酒も飲めないうえにDQNだらけのアラブ圏に、にゃおんちゃんが行くことはまず無いだろう。金貰っても行きたくないような場所だもの。
そのカリヤン・バーは中心街へ車で15分ほど移動したところにあった。レスプブリカ大通りからそう遠くないはずだが、正確な場所は分からない。店の中へ入ると、バーというより食堂といった感じ。ただし、奥にイスラム風のカーテンとついたてで仕切られた座敷がある。そういや、バフチサライ(ウクライナ)で見たクリミア・ハーンの館はこんな感じの部屋がたくさんあったなぁ。
せっかくなので座敷に行ってみることにする。
ヨーコ嬢はどのカリヤンにするか私に尋ねてくるが、ロシア語で書かれたメニューを読めないうえにカリヤンをやったことが無いので皆目見当つかない。任せるよ、良きにはからえ。
とりあえず、にゃおんちゃんはウォッカを、カザフギャルズはジュースを注文して乾杯。昨夜、大虎と化したヨーコ嬢には絶対に飲ませないつもりだったが、彼女も酔っ払ってクダを巻いた自覚があるので、「今日は飲まない。昨日の私はバカだった」とシラフを貫き通した。
カザフギャルズの二人は会計士の学校でクラスメイトだったという。トギー嬢は今でも会計士の仕事をしているが、ヨーコ嬢は全然違う仕事をしている。ヨーコ嬢いわく、「選択を間違えた。私は会計士に向いてない」だそうな。
そんな話をしていると、カリヤンがやって来た。ギャルズがお手本を見せ、私も同じように吸ってみる。んー・・・いい匂いはするけど、それだけだなぁ。ヨーコ嬢は「リラックスするでしょ?」と言うが、それってカリヤンを吸うときに深呼吸するからリラックスするだけじゃないの?
「あなたは吸い方が足りないからよ!もっと深く吸って!」と叱られたにゃおんちゃんは、言われたとおり何度もスーハーするが、別に美味いとも思わないし、リラックスもしないし、何かが効いてる感じもしない。
選んだカリヤンが好みじゃなかったうえに私の反応が鈍いため、終いにはヨーコ嬢は「このカリヤンはダメね!」と怒り出した。選んだのはあなた自身でしょうに。ほんとにわがままな人だなぁ・・・。
ふと気がつくと時間は午前2時を過ぎており、ヨーコ嬢も眠いと言い出したので、帰宅することに。
アジトへ戻ったにゃおんちゃんはウォッカを飲み、MEGAで購入してきたポテトチップスを食いながら、テレビでサッカーの試合を見る。
あれ?去年の夏にキエフでも1週間毎日こんなことしてたよな?そういえばこのポテトチップス・・・去年ベラルーシで買ってすっかり気に入り、キエフに移動してからも毎日食べてたんだよな。
そういえばリナは元気にしているだろうか?数ヶ月前に話したときは、「まだ解雇されていないが、事務所の経営が厳しくていつどうなっても不思議ではない」と言っていた。失業してなきゃいいが・・・。
昨年秋のリーマン・ショック以降、ウクライナ経済は悪化の一途を辿り、通貨グリブナがガタ落ちとなって今ではデフォルト(債務不履行)寸前になっている。去年の夏に行ったときは物価の高さにヒーヒー言わされ、景気の良さを目に見えて実感させられたのに、ほんと世の中は一寸先は闇だ。

帰り道に撮ったどこかの公園の写真です。どこで撮ったものなのか、まるで思い出せません。
≪つづく≫
ヨーコ嬢によって観光を打ち切られ、アパートへと連れ戻されたにゃおんちゃんは寿司を食いながら彼女と雑談していたが、やがて日が暮れて外が暗くなると、ヨーコ嬢は突如としてあるプランを切り出した。
「ねぇ、ゲーセン行かない?」
ゲ、ゲーセン?カザフスタンにもそんなものあるんですか?まさかカジノのことじゃないでしょうね?
ここカザフスタンでは見かけないが、バルト三国やウクライナでは街中でカジノを結構な確率で見かける。もっとも、カジノといってもラスベガスやリノにあるような豪華で巨大なものではなく、日本人の感覚で言うとゲーセンみたいな感じ。でも、中には一応スロットマシーンなんかが置いてあって、メダルは換金できる。
まあ、暇だし行ってみるか?
ヨーコ嬢はどこかへ電話すると、出かける準備を始めた。あの・・・どちらへ?
「トギーを呼んだのよ。彼女、近くにいるからすぐに来るって」
やがてやって来たトギー嬢の車に乗り込み、昨日行ったナイトクラブのそばにある「MEGA」というショッピングモールへ向かう。あー、そういえば昨日車からチラっと見えたな。
10分も経たないで到着したMEGAは、日本のジャスコなどよりは全然小さいものの、とてもカザフスタンにあるとは思えない(馬鹿にしすぎだって?)ガラス張りが近代的な雰囲気を醸し出す、お洒落なショッピングモールだった。
1階はスーパーマーケット、2階は専門店街、3階に映画館やゲーセン、さらにボーリング場があるというつくり。丸1日過ごすには小さ過ぎるが、映画見てゲーセンで遊べば半日くらいは余裕で潰せる。街中からもさして遠くないので、週末の夜にどこかで夕食を食べてから遊びに来るには丁度良い感じ。

MEGAショッピングモール
ちなみに、ここから数百メートル南に行ったところにも大きなショッピングモールがひとつ、その向かいにも鳥かごみたいな形をしたショッピングモールがあります。作り過ぎだってば。
ゲーセンの名前は「BABYLON」。すごい名前である。空中庭園を意識して付けたのかもしれないが、バビロンは「退廃した都市の象徴」であることを知らないのだろうか?ゲーセンよりは歓楽街に付けたい名前である。
一見したところは大きなショッピングモールによくある屋内型アミューズメント・パーク。別におかしなところもなければ珍しいものも無い。アーケードゲームが置いてあるのが見えるが・・・あれ?カザフスタンって硬貨が無かったよな?コインでも買って遊ぶのか?
入口で突っ立って首を傾げていた私だが、そんな疑問はすぐに解決した。入口にあるカウンターで金を払って磁気カードを買って遊ぶ仕組みなのであった。恐るべしカザフスタン、中央アジアのど真ん中にある田舎と馬鹿にしていたが、こんなハイテクを導入していたとは。
でもこんなゲーム機が置いてあったりして、思いっきりずっこける。

左:頭文字Dのアーケードゲーム。「日本からそのまま持ってきました」って感じ。
右:運転ゲームに挑戦するヨーコ嬢。恐ろしく下手でした・・・orz
さて、それじゃここで何して遊ぼうかね?
「あたし、あれに乗りたい!」とヨーコ嬢が指差したのはフリーフォール。所詮屋内型なので高さはせいぜい15m程度。下から見上げる分にはたいしたものには見えない。これくらいならたいしたこと無いだろう。よし、乗るべ。
さして深く考えず乗り込んだにゃおんちゃんだが、てっぺんまで行ったところで激しく後悔することに。ヨーコさん、思ってたより高いんすけど、これ・・・。
と彼女に話しかけた次の瞬間、垂直落下が始まった。ゲーセン中に響き渡る私の雄叫び。
うおおおぉぉぉぉぉぉ!
恐るべきことに落下は1回では済まなかった。幾度も垂直落下の刑を食らい、私の雄叫びはいつしか悲鳴へと変わっていた。
ひぎゃゃゃぁぁぁぁぁぁ!ふぎゃゃゃぁぁぁぁ!
果たしてどのくらいの時間が経ち、何回落下しただろうか。やっと恐怖から解放されたにゃおんちゃんは呆然自失となっており、真っ直ぐ歩けないほどダメージを受けていた。
お、女の子ってどうしてこういう乗り物好きなんだ・・・。も、もう二度と乗らないから・・・な。
一発でヨレヨレになった私を見て哀れに思ったのか、続いて彼女たちが向かった先は3D映画のコーナー。メガネを掛けて見ると、映像が飛び出して見えるアニメを見ることができる小さな映画館である。
映画自体は面白かったし、確かに物体が飛び出して見えるので迫力はあったが、さっきの垂直落下でダメージを受けている私はまるで乗り物酔いをしたかのような気分になり、さらに調子が悪くなった。
次はもうちょっとマターリしたものにしようぜ・・・。
ヨレヨレを通り越してグッタリ状態に陥った私を見たカザフギャルズは、私を競馬ゲームのブースへと連れて行く。ああ、これなら大丈夫だ。3人で勝負したところトギー嬢が勝ち、係員から何やら景品を貰っていた。
店内を見渡すと、海賊の格好をしたスタッフがいて子供をあやしている。しかし、そのうちの1人の化粧が怖すぎて、子供は喜ぶどころか余計に泣き叫ぶという事態に。スタッフの彼が一瞬見せた悲しい横顔に、すげー哀愁を感じたにゃおんちゃんなのであった。
ゲーセンで遊んだ後、下のスーパーマーケットでお気に入りのポテトチップスを買って帰宅する。昨年、ベラルーシで見つけて以来すっかりお気に入りとなった一品である。あ、写真撮り忘れた・・・。

バビロンの城門ならぬ、バビロンの子供用機関車。にゃおんちゃんはこういうので十分なんです。
◆真夜中のカリヤン・ブルース
最初は帰宅するつもりだったが、ヨーコ嬢の提案で我々は「カリヤン・バー」へ向かうことになった。「кальян(カリヤン)」とはロシア語で水タバコのこと。カザフギャルズは二人ともタバコを吸わないのだが、水タバコはたまに吸いに行くのだという。そういや、水タバコはやったことが無いな。モノは試しだ、行ってみようではないか。
水タバコはアラブ圏で盛んだが、豚肉も食えず酒も飲めないうえにDQNだらけのアラブ圏に、にゃおんちゃんが行くことはまず無いだろう。金貰っても行きたくないような場所だもの。
そのカリヤン・バーは中心街へ車で15分ほど移動したところにあった。レスプブリカ大通りからそう遠くないはずだが、正確な場所は分からない。店の中へ入ると、バーというより食堂といった感じ。ただし、奥にイスラム風のカーテンとついたてで仕切られた座敷がある。そういや、バフチサライ(ウクライナ)で見たクリミア・ハーンの館はこんな感じの部屋がたくさんあったなぁ。
せっかくなので座敷に行ってみることにする。
ヨーコ嬢はどのカリヤンにするか私に尋ねてくるが、ロシア語で書かれたメニューを読めないうえにカリヤンをやったことが無いので皆目見当つかない。任せるよ、良きにはからえ。
とりあえず、にゃおんちゃんはウォッカを、カザフギャルズはジュースを注文して乾杯。昨夜、大虎と化したヨーコ嬢には絶対に飲ませないつもりだったが、彼女も酔っ払ってクダを巻いた自覚があるので、「今日は飲まない。昨日の私はバカだった」とシラフを貫き通した。
カザフギャルズの二人は会計士の学校でクラスメイトだったという。トギー嬢は今でも会計士の仕事をしているが、ヨーコ嬢は全然違う仕事をしている。ヨーコ嬢いわく、「選択を間違えた。私は会計士に向いてない」だそうな。
そんな話をしていると、カリヤンがやって来た。ギャルズがお手本を見せ、私も同じように吸ってみる。んー・・・いい匂いはするけど、それだけだなぁ。ヨーコ嬢は「リラックスするでしょ?」と言うが、それってカリヤンを吸うときに深呼吸するからリラックスするだけじゃないの?
「あなたは吸い方が足りないからよ!もっと深く吸って!」と叱られたにゃおんちゃんは、言われたとおり何度もスーハーするが、別に美味いとも思わないし、リラックスもしないし、何かが効いてる感じもしない。
選んだカリヤンが好みじゃなかったうえに私の反応が鈍いため、終いにはヨーコ嬢は「このカリヤンはダメね!」と怒り出した。選んだのはあなた自身でしょうに。ほんとにわがままな人だなぁ・・・。
ふと気がつくと時間は午前2時を過ぎており、ヨーコ嬢も眠いと言い出したので、帰宅することに。
アジトへ戻ったにゃおんちゃんはウォッカを飲み、MEGAで購入してきたポテトチップスを食いながら、テレビでサッカーの試合を見る。
あれ?去年の夏にキエフでも1週間毎日こんなことしてたよな?そういえばこのポテトチップス・・・去年ベラルーシで買ってすっかり気に入り、キエフに移動してからも毎日食べてたんだよな。
そういえばリナは元気にしているだろうか?数ヶ月前に話したときは、「まだ解雇されていないが、事務所の経営が厳しくていつどうなっても不思議ではない」と言っていた。失業してなきゃいいが・・・。
昨年秋のリーマン・ショック以降、ウクライナ経済は悪化の一途を辿り、通貨グリブナがガタ落ちとなって今ではデフォルト(債務不履行)寸前になっている。去年の夏に行ったときは物価の高さにヒーヒー言わされ、景気の良さを目に見えて実感させられたのに、ほんと世の中は一寸先は闇だ。

帰り道に撮ったどこかの公園の写真です。どこで撮ったものなのか、まるで思い出せません。
≪つづく≫
2009.11.14 (Sat)
2009カザフスタン・南朝鮮旅行記(第10回)
◆カザフ人によるカザフ人認定
アスタナの『大統領博物館』にて香ばしき展示物に大喜びするにゃおんちゃん。熱心に見学していると、スタッフのお姉さんに話しかけられた。しかもロシア語で。
キョトンとして首を傾げていると、お姉さんは衝撃的な一言を放った。
「ごめんなさい。あなたはカザフ人だと思ったのよ」
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
2年前のモルドバ以来のカザフ人認定。しかも、今度はカザフ人から食らったカザフ人認定だ。これはポイントが高いぞ。お姉さんは英語がイマイチなので、怪しいロシア語の出番となる。
「あなた、どこから来たの?」
ワタシ、ニポンカラ来マシタ。
「カザフスタンは好き?」
ハイ、好キ。ニポント全然違ウ、楽シイ、ハラショー。
所詮幼児レベルの私のロシア語ではこの程度が限界。たいした話にはならなかったが、お姉さんは最後に興味深いことを言った。
「カザフスタンには綺麗な女の子がたくさんいるのよ」
・・・信じていいんだな?
最上階(5階)へ上がると、そこには「黄金人間」が展示されていた。黄金人間とは紀元前8世紀のスキタイの墓から発掘された子供の遺体。黄金の装飾が施された衣装を身に着けていたので、こういう名前がついた。どういう訳か独立後のカザフスタンを象徴する文化遺産のひとつになっていて、アルマトイの独立記念碑のてっぺんにはこの黄金人間の銅像が建っている。でも、残念ながらこれはレプリカ。オリジナルはどこかの金庫に厳重に保管されているそうな。
そういえば、某三国チャットで「我々の祖先はスキタイである」と言い張って笑い者になった朝鮮人がいたことを思い出した。朝鮮人という民族が確立されたのは中世である。お前らの祖先はモンゴルと支那だ、このアホ。
このフロアには大きな会議室がある。実際に閣僚会議か何かで使われる部屋だという。上座?には一際豪華な椅子があり、その後ろにはカザフスタンの国旗と国章が鎮座している。誰に言われるまでもなく、そこが偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下の席だと分かる。
着席して<丶`∀´>ウェーハッハッハ!と高笑いしてみたかったが、ご丁寧にもナザルバエフ閣下の席だけはテープで囲まれていて立入禁止になっている。おまけに軍服を着た女兵士がおっかない顔をして仁王立ちしているので、おかしな真似は絶対にできない。にゃおんちゃんが移動すると、彼女も後をついてくる。「私はお前を監視している」という殺気を放ちながら。
しかし、よく見ると彼女の着ている服は軍服ではない。しかし、警察官にも見えない。えーと・・・もしかして大統領警護庁の人ですか?挙動不審な見学者がいたら射殺してもいい許可があったりしないでしょうね?
そんなことを考えてビクビクしていたのだが、怖いもの見たさでどうしても彼女に目が行ってしまう。そしてチラ見すること数度、ついにバッチリ目が合ってしまった。引きつった笑顔を浮かべながら「こんにちは」と挨拶したにゃおんちゃんだが、彼女はニコリともせずそれを黙殺した。
いやぁぁぁ、ママ怖いよぉぉぉ〜。
彼女に恐れをなしたにゃおん氏は博物館から退去することを決意し、一目散に階段を駆け下りた。

OSCEのアスタナ事務所。大統領府や国会議事堂のすぐ近くにあります。内部はきっと盗聴器だらけに違いありません。
大統領博物館からの脱出を果たし、時計を見ると16時半。2時間もあんな博物館にいたのか・・・。
これからどこに行くかを考えながらアバイ大通りの道端に佇んでいると、ヨーコ嬢から電話が来た。
「あんた、今何してるの?」
大統領博物館に行ってきたところ。今、アバイ大通りの国会議事堂の前にいる。
「国会議事堂?ずいぶん遠くまで行ったわね!」
え?歩いて来れる距離ですけど・・・?
「そんなことより、あんた寿司食べない?」
す、すし?( ゚д゚)
「さっき用事があって寿司屋に行ったんだけど、ついでにあんたの分も買ってきたのよ」
(気持ちはありがたいが、日本人の私がどうしてカザフスタンで寿司食わねばならんのか・・・)
「今からあんたを拾いに行くから、部屋に帰って寿司食うわよ」
(えぇー?観光の続きがあるんですけど・・・)
「今からそっちに行くわよ。ウロウロしないで、そこで待ってるのよ!」
は、はい・・・。(今日の観光はこれでおしまいだ(T_T))
それから10分もしないうちにBMWに乗って現れたヨーコ嬢。
あのー、あれもあなたのアッシー君ですか?
「何言ってんのよ、あれはタクシーよ!」
おいおい、クーペボディの6シリーズのタクシーがどこにあるん・・・あ、白タクか。納得。
◆カザフ人と特亞を語る
こうして不本意にもアジトへと連れ戻され、寿司を食べる羽目になった。
ヨーコ嬢が買ってきた寿司を見ると・・・元の作りが悪いのか、彼女が乱暴に持ち歩いたせいなのか、少しばかり形が崩れてヨレている。中身は巻き物が2種類とエビの握り。
食べてみる。うーん・・・。
「どう?日本の本物の寿司にはかなわないけど、悪くないでしょ?」
う、うん・・・。(正直に言うと微妙なレベルである)
「このマヨネーズが入ってるやつ、私はこれが好きなの」
そ、そうか・・・。(俺はこれが一番美味しくないと思うんだよー!(T_T))
ヨーコさんも食べるかい?
「私は食べてきたからもういいわ。あなたのために買ってきたんだから、これ全部食べてね」
は、はい・・・。(さっきプロフ食べてお腹いっぱいなのに、こんなに食えねぇ・・・)
ところで、アスタナには日本人がいる寿司屋はあるのかい?
「うーん、私は見たこと無いわね」
それじゃ、この寿司はカザフ人が作ってるのかい?
「いいえ、朝鮮人」
・・・・・・・・・。(何の因果で、はるばるカザフスタンまで来て、朝鮮人の作った寿司なんか食わなくちゃならないのだ(T_T))
「どうしたの?」
あのね、いつも思うんだが、朝鮮人はどうして日本料理屋をやるのだろうね?朝鮮人なら朝鮮料理屋やれ!って思うんだよ。
「さぁ?私には分からないわ」
あいつらはいつも「日本人のふり」をしやがる!寿司屋なんかやらないで、犬肉料理の店でも出せ!
「あなたは朝鮮人嫌いなの?」
大嫌いだー!俺はベラルーシやモルドバやフィリピンのような貧乏でバカみたいな国にも行ったが、実際には「また訪れたい」と思わせる素敵なものがあり、素敵な人々がいた。だが南朝鮮は・・・一国まるごと日本や中国の出来損ないで見るものなんか何にもありゃしないし、朝鮮人は私が知る限り「最も精神的に貧しい連中」だ。あんなに精神が荒廃してる連中は見たことが無い。
「そんなに酷いの?私の友達の高麗人はいい人だけど」
それは彼がカザフスタンで生まれ育ったからだろう?
「いいえ、彼はロシア育ちね」
そういうことだよ。だから彼はいい人なんだろう。
「中国人みたいものかしら?」
あいつらは「中国人の元奴隷」だから、中国人以下だぞ。ところで、カザフスタンにも中国人はたくさんいるのかい?
「いるわよー。市場で汚い商売して皆から嫌われてるわよ」
君も中国人が嫌いなのか?
「嫌いよ!」
支那野郎どもはカザフスタンでも皆さんに迷惑掛けてるのか。あいつらホントどこに行っても嫌われる連中だ。
寿司を食いながら暗澹とした気分になる私。
そういえば、ヨーコ。君は以前に中国に留学しようとしたことがあったよな?
「え、ええ・・・。」
君はあんなロクデナシの似非共産主義者の国で何を勉強しようとしていたんだい?
「あの頃の私はどうかしていたのよ!お願いだからその質問はもうしないで!」
ヨーコ嬢はすごい困った顔をしている
はっはっはー、今までやられっぱなしのにゃおんちゃんだが、ここで1本取ることができた。

有無を言わさず食わされたカザフスタンの寿司。
ちなみに、ヨーコさんはワサビは大丈夫ですが、ガリを食えません。
寿司を食べ終えた私だが、会話はお茶を飲みながら続く。
「あなたは中国に行ったことある?」
無いよ。逮捕されそうだから行けないんだよ。
「どうして?」
だって私はダライ・ラマ14世を尊敬してるからね。いつの日かチベットには行ってみたいが、抑圧されているチベット人を見たら、憤りのあまり猊下の写真をばら撒きかねない。
「それで逮捕されるの?」
そうだよ。(ここで暫しチベット情勢について説明)
「恐ろしい国ね。信教の自由は無いのね」
ああ、ついでに思想の自由も政治の自由も無いぞ。(でも中国人も「カザフスタンの奴にはそんなこと言われたくない」って反論するだろうぁ・・・)
それから、奴らはイスラム教徒も弾圧している。君達の敵だ。
「私はムスリムじゃないわよ」
え?だけど君は「インシャラー(アラビア語で「神の思し召しのままに」という意味)」って言うじゃないか。だから、君はムスリムなんだとずっと思っていた。
「私のお爺さんは敬虔なムスリムだけど、私は無宗教よ」
それじゃ豚肉食べる?
「食べない」
それは宗教上の理由だからじゃないの?
「いいえ、単に好きじゃないだけ」
豚肉、美味しいのに!<;`Д´>アイゴー
「朝鮮には行ったことあるの?」
南朝鮮だけなら、4回くらい行ってる。
「あなたは朝鮮人が嫌いなのに、何でそんなにたくさん行ってるの?」
最初から嫌いだったわけではなく、何度か訪れてるうちに大嫌いになったからだよ。
「北朝鮮は?」
あの国はツアーに申し込まないと行けない。しかもそのツアーがえらく高い。そんな金があるなら他の国に行ったほうがいいだろ?
「そうね」
それに、下手にそんな国に行くと公安からマークされかねないからな。私は100%反共で死ぬほど朝鮮人が嫌いなのに、北鮮のシンパだと思われて公安に警戒されるのはあまりに不本意だ。
しかし、私のビザにはアメリカから「圧政の拠点」と名指しで批判された国のビザが貼ってある。そう、「欧州の網走番外地」ことベラルーシ共和国。しかも2枚も、だ。 (;´д`)トホホ
だが、ベラルーシは「ただの独裁国家」であって、政治的にヤバいイデオロギーを振り回している国ではないから大丈夫だろう。アメリカ人から「そんな国のビザ貼ってあると、入国の際に係官から警戒されるぞ」と言われたのは聞かなかったことにしておく。
アメリカには当分行く予定も無いし大丈夫だろう。
≪つづく≫
アスタナの『大統領博物館』にて香ばしき展示物に大喜びするにゃおんちゃん。熱心に見学していると、スタッフのお姉さんに話しかけられた。しかもロシア語で。
キョトンとして首を傾げていると、お姉さんは衝撃的な一言を放った。
「ごめんなさい。あなたはカザフ人だと思ったのよ」
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
2年前のモルドバ以来のカザフ人認定。しかも、今度はカザフ人から食らったカザフ人認定だ。これはポイントが高いぞ。お姉さんは英語がイマイチなので、怪しいロシア語の出番となる。
「あなた、どこから来たの?」
ワタシ、ニポンカラ来マシタ。
「カザフスタンは好き?」
ハイ、好キ。ニポント全然違ウ、楽シイ、ハラショー。
所詮幼児レベルの私のロシア語ではこの程度が限界。たいした話にはならなかったが、お姉さんは最後に興味深いことを言った。
「カザフスタンには綺麗な女の子がたくさんいるのよ」
・・・信じていいんだな?
最上階(5階)へ上がると、そこには「黄金人間」が展示されていた。黄金人間とは紀元前8世紀のスキタイの墓から発掘された子供の遺体。黄金の装飾が施された衣装を身に着けていたので、こういう名前がついた。どういう訳か独立後のカザフスタンを象徴する文化遺産のひとつになっていて、アルマトイの独立記念碑のてっぺんにはこの黄金人間の銅像が建っている。でも、残念ながらこれはレプリカ。オリジナルはどこかの金庫に厳重に保管されているそうな。
そういえば、某三国チャットで「我々の祖先はスキタイである」と言い張って笑い者になった朝鮮人がいたことを思い出した。朝鮮人という民族が確立されたのは中世である。お前らの祖先はモンゴルと支那だ、このアホ。
このフロアには大きな会議室がある。実際に閣僚会議か何かで使われる部屋だという。上座?には一際豪華な椅子があり、その後ろにはカザフスタンの国旗と国章が鎮座している。誰に言われるまでもなく、そこが偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下の席だと分かる。
着席して<丶`∀´>ウェーハッハッハ!と高笑いしてみたかったが、ご丁寧にもナザルバエフ閣下の席だけはテープで囲まれていて立入禁止になっている。おまけに軍服を着た女兵士がおっかない顔をして仁王立ちしているので、おかしな真似は絶対にできない。にゃおんちゃんが移動すると、彼女も後をついてくる。「私はお前を監視している」という殺気を放ちながら。
しかし、よく見ると彼女の着ている服は軍服ではない。しかし、警察官にも見えない。えーと・・・もしかして大統領警護庁の人ですか?挙動不審な見学者がいたら射殺してもいい許可があったりしないでしょうね?
そんなことを考えてビクビクしていたのだが、怖いもの見たさでどうしても彼女に目が行ってしまう。そしてチラ見すること数度、ついにバッチリ目が合ってしまった。引きつった笑顔を浮かべながら「こんにちは」と挨拶したにゃおんちゃんだが、彼女はニコリともせずそれを黙殺した。
いやぁぁぁ、ママ怖いよぉぉぉ〜。
彼女に恐れをなしたにゃおん氏は博物館から退去することを決意し、一目散に階段を駆け下りた。

OSCEのアスタナ事務所。大統領府や国会議事堂のすぐ近くにあります。内部はきっと盗聴器だらけに違いありません。
大統領博物館からの脱出を果たし、時計を見ると16時半。2時間もあんな博物館にいたのか・・・。
これからどこに行くかを考えながらアバイ大通りの道端に佇んでいると、ヨーコ嬢から電話が来た。
「あんた、今何してるの?」
大統領博物館に行ってきたところ。今、アバイ大通りの国会議事堂の前にいる。
「国会議事堂?ずいぶん遠くまで行ったわね!」
え?歩いて来れる距離ですけど・・・?
「そんなことより、あんた寿司食べない?」
す、すし?( ゚д゚)
「さっき用事があって寿司屋に行ったんだけど、ついでにあんたの分も買ってきたのよ」
(気持ちはありがたいが、日本人の私がどうしてカザフスタンで寿司食わねばならんのか・・・)
「今からあんたを拾いに行くから、部屋に帰って寿司食うわよ」
(えぇー?観光の続きがあるんですけど・・・)
「今からそっちに行くわよ。ウロウロしないで、そこで待ってるのよ!」
は、はい・・・。(今日の観光はこれでおしまいだ(T_T))
それから10分もしないうちにBMWに乗って現れたヨーコ嬢。
あのー、あれもあなたのアッシー君ですか?
「何言ってんのよ、あれはタクシーよ!」
おいおい、クーペボディの6シリーズのタクシーがどこにあるん・・・あ、白タクか。納得。
◆カザフ人と特亞を語る
こうして不本意にもアジトへと連れ戻され、寿司を食べる羽目になった。
ヨーコ嬢が買ってきた寿司を見ると・・・元の作りが悪いのか、彼女が乱暴に持ち歩いたせいなのか、少しばかり形が崩れてヨレている。中身は巻き物が2種類とエビの握り。
食べてみる。うーん・・・。
「どう?日本の本物の寿司にはかなわないけど、悪くないでしょ?」
う、うん・・・。(正直に言うと微妙なレベルである)
「このマヨネーズが入ってるやつ、私はこれが好きなの」
そ、そうか・・・。(俺はこれが一番美味しくないと思うんだよー!(T_T))
ヨーコさんも食べるかい?
「私は食べてきたからもういいわ。あなたのために買ってきたんだから、これ全部食べてね」
は、はい・・・。(さっきプロフ食べてお腹いっぱいなのに、こんなに食えねぇ・・・)
ところで、アスタナには日本人がいる寿司屋はあるのかい?
「うーん、私は見たこと無いわね」
それじゃ、この寿司はカザフ人が作ってるのかい?
「いいえ、朝鮮人」
・・・・・・・・・。(何の因果で、はるばるカザフスタンまで来て、朝鮮人の作った寿司なんか食わなくちゃならないのだ(T_T))
「どうしたの?」
あのね、いつも思うんだが、朝鮮人はどうして日本料理屋をやるのだろうね?朝鮮人なら朝鮮料理屋やれ!って思うんだよ。
「さぁ?私には分からないわ」
あいつらはいつも「日本人のふり」をしやがる!寿司屋なんかやらないで、犬肉料理の店でも出せ!
「あなたは朝鮮人嫌いなの?」
大嫌いだー!俺はベラルーシやモルドバやフィリピンのような貧乏でバカみたいな国にも行ったが、実際には「また訪れたい」と思わせる素敵なものがあり、素敵な人々がいた。だが南朝鮮は・・・一国まるごと日本や中国の出来損ないで見るものなんか何にもありゃしないし、朝鮮人は私が知る限り「最も精神的に貧しい連中」だ。あんなに精神が荒廃してる連中は見たことが無い。
「そんなに酷いの?私の友達の高麗人はいい人だけど」
それは彼がカザフスタンで生まれ育ったからだろう?
「いいえ、彼はロシア育ちね」
そういうことだよ。だから彼はいい人なんだろう。
「中国人みたいものかしら?」
あいつらは「中国人の元奴隷」だから、中国人以下だぞ。ところで、カザフスタンにも中国人はたくさんいるのかい?
「いるわよー。市場で汚い商売して皆から嫌われてるわよ」
君も中国人が嫌いなのか?
「嫌いよ!」
支那野郎どもはカザフスタンでも皆さんに迷惑掛けてるのか。あいつらホントどこに行っても嫌われる連中だ。
寿司を食いながら暗澹とした気分になる私。
そういえば、ヨーコ。君は以前に中国に留学しようとしたことがあったよな?
「え、ええ・・・。」
君はあんなロクデナシの似非共産主義者の国で何を勉強しようとしていたんだい?
「あの頃の私はどうかしていたのよ!お願いだからその質問はもうしないで!」
ヨーコ嬢はすごい困った顔をしている
はっはっはー、今までやられっぱなしのにゃおんちゃんだが、ここで1本取ることができた。

有無を言わさず食わされたカザフスタンの寿司。
ちなみに、ヨーコさんはワサビは大丈夫ですが、ガリを食えません。
寿司を食べ終えた私だが、会話はお茶を飲みながら続く。
「あなたは中国に行ったことある?」
無いよ。逮捕されそうだから行けないんだよ。
「どうして?」
だって私はダライ・ラマ14世を尊敬してるからね。いつの日かチベットには行ってみたいが、抑圧されているチベット人を見たら、憤りのあまり猊下の写真をばら撒きかねない。
「それで逮捕されるの?」
そうだよ。(ここで暫しチベット情勢について説明)
「恐ろしい国ね。信教の自由は無いのね」
ああ、ついでに思想の自由も政治の自由も無いぞ。(でも中国人も「カザフスタンの奴にはそんなこと言われたくない」って反論するだろうぁ・・・)
それから、奴らはイスラム教徒も弾圧している。君達の敵だ。
「私はムスリムじゃないわよ」
え?だけど君は「インシャラー(アラビア語で「神の思し召しのままに」という意味)」って言うじゃないか。だから、君はムスリムなんだとずっと思っていた。
「私のお爺さんは敬虔なムスリムだけど、私は無宗教よ」
それじゃ豚肉食べる?
「食べない」
それは宗教上の理由だからじゃないの?
「いいえ、単に好きじゃないだけ」
豚肉、美味しいのに!<;`Д´>アイゴー
「朝鮮には行ったことあるの?」
南朝鮮だけなら、4回くらい行ってる。
「あなたは朝鮮人が嫌いなのに、何でそんなにたくさん行ってるの?」
最初から嫌いだったわけではなく、何度か訪れてるうちに大嫌いになったからだよ。
「北朝鮮は?」
あの国はツアーに申し込まないと行けない。しかもそのツアーがえらく高い。そんな金があるなら他の国に行ったほうがいいだろ?
「そうね」
それに、下手にそんな国に行くと公安からマークされかねないからな。私は100%反共で死ぬほど朝鮮人が嫌いなのに、北鮮のシンパだと思われて公安に警戒されるのはあまりに不本意だ。
しかし、私のビザにはアメリカから「圧政の拠点」と名指しで批判された国のビザが貼ってある。そう、「欧州の網走番外地」ことベラルーシ共和国。しかも2枚も、だ。 (;´д`)トホホ
だが、ベラルーシは「ただの独裁国家」であって、政治的にヤバいイデオロギーを振り回している国ではないから大丈夫だろう。アメリカ人から「そんな国のビザ貼ってあると、入国の際に係官から警戒されるぞ」と言われたのは聞かなかったことにしておく。
アメリカには当分行く予定も無いし大丈夫だろう。
≪つづく≫
2009.11.09 (Mon)
2009カザフスタン・南朝鮮旅行記(第9回)
◆大統領博物館で偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下について勉強汁
アスタナへやって来たにゃおんちゃんは、この日から本格的に観光を開始する。中心街をブラブラした後に向かった先は『大統領博物館』。アバイ大通りに面した大統領府の裏にある博物館で、なんと入場料は無料。さすが偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下である。
博物館の入口にはゴツい門があってゲートは閉じられたままなので、その横にある小屋から敷地内に入ることになる。小屋の中には警備の警官がいて、金属探知機が設置されている。金属製品をたくさん身に着けているにゃおん氏は、いつものように金属探知機に引っかかりブーツまで脱ぐ羽目になるが、ヤバいものは持っていないので入場を許可される。ありがたやー、ありがたやー。
しかし、警官から「写真は撮るなよ」と言われてショゲる。日本の皆様に香ばしき展示品を紹介しようと思っていたのに・・・残念無念。それでもエントランスにある写真パネルだけは隠れて撮影してきた。下の写真がその1枚である。
建物の中に入ると、入口にいたおばちゃんにゴミ袋を手渡される。
えーと・・・このゴミ袋は何に使うのでしょうか?まさか、かぶるとか?
ゴミ袋を手にしたまま首を傾げていると、おばちゃんは上の階から降りてきた入館者を指差した。彼らを見ると・・・なんと、ゴミ袋を靴にかぶせて歩いていた。床が汚れるからゴミ袋を履いて歩け、というのである。こんな高圧的な博物館は見たことが無い。さすがはのぼせ上がった独裁者偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下の博物館である。
しかし、係員は親切で目の前に階段があるのにわざわざ私をエレベーターまで案内し、「最上階(5階)まで上がってから、階段で降りてくるといいですよ」と説明してくれた。しかし、彼女が押したボタンは3階・・・。まぁいい、何も言うまい・・・。
3階でエレベーターを降りて最初に入った部屋に展示されていたのは、カザフスタンの民族衣装。どんな香ばしい展示品があるかと期待していたが、見事に出端をくじかれた。もしかして、この博物館ってまとも?
しかし、偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下は私の期待を裏切らなかった。展示物がまともなのは3階だけで、4階に上がると「どうだい?俺って凄いだろ?」という自己顕示欲がプンプンする展示物がこれでもかというほど展示されていたのだ。
具体的には各国で貰った大綬(勲章:もちろん日本を含む)、各国の国家元首からの贈呈品、ナザルバエフ大統領の著書(しかも各国の翻訳版まであった)、大統領が愛用していた身の回りの品、家族の写真、若い頃の写真、ソ連時代に貰った勲章などなど。中にはルイス・ハミルトン(F1ドライバー)から貰ったグローブや、大きな工事を受注したIHI(石川島播磨重工)から貰った五月人形などもあった。

これが偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下の博物館。金掛かってます。

ナザルバエフ閣下(右)と今は亡き飯島酋長(左)の写真。これが隠し撮りした唯一の写真。
さて、ここで偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下の輝かしい半生を記載しておこう。
ヌルスルタン・ナザルバエフは1940年7月6日、ソビエト連邦カザフ・ソビエト社会主義共和国(カザフSSR)のアルマアタ州カスケレンスキー地区チェモルガン村で、農民の家に生まれている。色々調べてみたが、彼の家系については両親が農民だったくらいしか分からない。
1960年にカラガンダ冶金コンビナート付属鉱業大学を卒業した彼は、カラガンダ市近郊のテルミタウの製鉄所に就職し、溶鉱炉の技師として働くことになった。若い頃からカラガンダ地区のコムソモール(共産党の青年組織)の役員として働いていた彼は、1973年にカラガンダ・コンビナート地区の委員会書記となり、1977年にはカラガンダ州委員会書記(後に第2書記)となった。こうして地方支部の有力者となった彼は、1979年にカザフ共産党中央委員会の工業部担当書記に抜擢され、アルマアタへの進出を果たす。
当時のカザフ共産党のトップ、ディンムハメッド・クナーエフの目に留まったナザルバエフは、1984年にカザフSSR閣僚会議議長(首相)となった。首相といっても、ソ連は中央集権型国家のうえに、共産党が政府を指導するという形を採っていた国なので、西側諸国の首相のような大きな権力を持っていたわけではない。
時の最高指導者レオニード・ブレジネフの寵愛によってカザフSSRに君臨していたクナーエフの影響力は、ソ連のトップがミハエル・ゴルバチョフへ変わると同時に急速に低下し、1986年に失脚して年金生活へと送られることになった。この際、ナザルバエフはクナーエフを引きずりおろすのに一役買っている。ゴルバチョフによればクナーエフにクビを宣告する際に、クナーエフはナザルバエフの台頭を阻止するよう要請したという。
ゴルバチョフはクナーエフの後任にロシア人のゲンナジー・コルビンを抜擢するが、これがカザフ人の反発を招き、1986年12月の「アルマアタ暴動」へと発展する。ロシア人であるコルビンのカザフSSR第一書記就任に怒ったカザフ人は30,000〜40,000人規模のデモを行うに至り、当然のごとく治安部隊と衝突して5,000人が逮捕、200〜1,000人が死亡する惨事となった。
就任早々大きな政治的ダメージを受けたコルビンは1989年6月まで第一書記を務めたものの、最終的にはナザルバエフに取って代わられることとなった。

ナザルバエフ(左)とゴルバチョフ(右) 1990年の写真
カザフSSRの頂点に立ったナザルバエフは、ペレストロイカの一環による連邦構成国への大統領制導入によって1990年にカザフSSR大統領(兼ソビエト共産党中央委員会政治局員)となり、1991年12月のベロヴェーシ合意によってソ連が解体されることが決まると、カザフスタンの独立を宣言した。
そして、その際の大統領選において得票率98.7%で圧勝したナザルバエフはカザフスタン共和国初代大統領に選出されている。
1995年4月には国民投票によって任期を2000年まで延長(本来は1期5年)することに成功したが、1999年1月に大統領選を前倒しし、得票率79.8%で大勝。この際に憲法改正を行って任期を7年に延長している。2005年12月にも選挙を前倒して実施するが、やはり得票率91.5%でボロ勝ちしている。
2005年の大統領選の際には憲法で定めた三選禁止規定に引っかかることが問題となったが、「1991年の選挙は独立前にやったものだからカウントしない」という屁理屈を持ち出してクリアしている。普通の国なら裁判所がイチャモンを付けそうなところだが、あいにくこの国には三権分立などという概念は無い。
独立後、カザフスタンの地下に眠る原油や鉱物資源に目をつけたナザルバエフは、これら天然資源の開発を進めることによってソ連崩壊後にズタボロになった国内経済を建て直し、多くの国民の支持を得るに至った。ナザルバエフのことを「のぼせあがった独裁者」とか「ニヤゾフの一歩手前」などと罵っているにゃおん氏だが、このような功績によって彼を支持する国民が多いのもまた事実。ヨーコ嬢やその友人達はナザルバエフを「偉大な指導者」として尊敬しているという。だから、そういう個人崇拝をやるから・・・もういい、止めておこう。
以前にも述べたが、カザフスタンは選挙前になると野党の有力者が変死体となって見つかるような国である。お約束どおり、欧州安全保障協力機構(OSCE)は「インチキだらけで到底認められる選挙ではない」という発表を行っている。大統領府のすぐそばにOSCEの事務所を発見したが、きっと事務所の中は盗聴器だらけに違いない。警官に因縁つけられて職員が嫌がらせされてなきゃいいが・・・。
そして2007年5月、与党「ヌル・オタン」が全議席を独占するカザフスタン下院議会はナザルバエフを終身大統領とする決議案を圧倒的賛成多数で可決。同時に憲法改正を行って任期を5年に短縮し、三選禁止規定も残したが、初代大統領であるナザルバエフは「カザフスタンの創始者」だから例外なのだという。以前にも述べたが「初代大統領法」によって、彼は大統領退任後も様々な特権を保証されている。

切手にまでなってしまったナザルバエフ閣下。お前はルカシェンコか。
ナザルバエフには三人の娘がいるが男子の子供はおらず、長女のダリガ・ナザルバエヴァは与党「ヌル・オタン」の副議長を務めるなど有力な後継者候補として見られている。ダリガはかつてラハト・アリエフという医者と結婚していたが、2007年に離婚している。ナザルバエフの娘婿となったアリエフは、当初は治安畑の要職を渡り歩き後継者として期待されるが、何をやらかしたのか駐オーストリア大使として国外へ飛ばされた挙句、誘拐の容疑で刑事告発されて失脚している。まるで北朝鮮のような話である。
末娘のアリヤはキルギスの前大統領アスカル・アカエフの息子のもとへ嫁ぎ、やれ「政略結婚」だの「独裁者同士の血族支配」だのと話題になったが後に離婚し、またアカエフは2005年のチューリップ革命によって国を追われている。
とまぁこんな具合に、ナザルバエフはやり放題なのである。
もういっそのこと『ナザルバエビスタン共和国』に改名するとか、
『カザフ皇帝ヌルスルタン1世』とでも名乗って帝位に就いたらどう?
≪つづく≫
アスタナへやって来たにゃおんちゃんは、この日から本格的に観光を開始する。中心街をブラブラした後に向かった先は『大統領博物館』。アバイ大通りに面した大統領府の裏にある博物館で、なんと入場料は無料。さすが偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下である。
博物館の入口にはゴツい門があってゲートは閉じられたままなので、その横にある小屋から敷地内に入ることになる。小屋の中には警備の警官がいて、金属探知機が設置されている。金属製品をたくさん身に着けているにゃおん氏は、いつものように金属探知機に引っかかりブーツまで脱ぐ羽目になるが、ヤバいものは持っていないので入場を許可される。ありがたやー、ありがたやー。
しかし、警官から「写真は撮るなよ」と言われてショゲる。日本の皆様に香ばしき展示品を紹介しようと思っていたのに・・・残念無念。それでもエントランスにある写真パネルだけは隠れて撮影してきた。下の写真がその1枚である。
建物の中に入ると、入口にいたおばちゃんにゴミ袋を手渡される。
えーと・・・このゴミ袋は何に使うのでしょうか?まさか、かぶるとか?
ゴミ袋を手にしたまま首を傾げていると、おばちゃんは上の階から降りてきた入館者を指差した。彼らを見ると・・・なんと、ゴミ袋を靴にかぶせて歩いていた。床が汚れるからゴミ袋を履いて歩け、というのである。こんな高圧的な博物館は見たことが無い。さすがは
しかし、係員は親切で目の前に階段があるのにわざわざ私をエレベーターまで案内し、「最上階(5階)まで上がってから、階段で降りてくるといいですよ」と説明してくれた。しかし、彼女が押したボタンは3階・・・。まぁいい、何も言うまい・・・。
3階でエレベーターを降りて最初に入った部屋に展示されていたのは、カザフスタンの民族衣装。どんな香ばしい展示品があるかと期待していたが、見事に出端をくじかれた。もしかして、この博物館ってまとも?
しかし、偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下は私の期待を裏切らなかった。展示物がまともなのは3階だけで、4階に上がると「どうだい?俺って凄いだろ?」という自己顕示欲がプンプンする展示物がこれでもかというほど展示されていたのだ。
具体的には各国で貰った大綬(勲章:もちろん日本を含む)、各国の国家元首からの贈呈品、ナザルバエフ大統領の著書(しかも各国の翻訳版まであった)、大統領が愛用していた身の回りの品、家族の写真、若い頃の写真、ソ連時代に貰った勲章などなど。中にはルイス・ハミルトン(F1ドライバー)から貰ったグローブや、大きな工事を受注したIHI(石川島播磨重工)から貰った五月人形などもあった。

これが偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下の博物館。金掛かってます。

ナザルバエフ閣下(右)と今は亡き飯島酋長(左)の写真。これが隠し撮りした唯一の写真。
さて、ここで偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下の輝かしい半生を記載しておこう。
ヌルスルタン・ナザルバエフは1940年7月6日、ソビエト連邦カザフ・ソビエト社会主義共和国(カザフSSR)のアルマアタ州カスケレンスキー地区チェモルガン村で、農民の家に生まれている。色々調べてみたが、彼の家系については両親が農民だったくらいしか分からない。
1960年にカラガンダ冶金コンビナート付属鉱業大学を卒業した彼は、カラガンダ市近郊のテルミタウの製鉄所に就職し、溶鉱炉の技師として働くことになった。若い頃からカラガンダ地区のコムソモール(共産党の青年組織)の役員として働いていた彼は、1973年にカラガンダ・コンビナート地区の委員会書記となり、1977年にはカラガンダ州委員会書記(後に第2書記)となった。こうして地方支部の有力者となった彼は、1979年にカザフ共産党中央委員会の工業部担当書記に抜擢され、アルマアタへの進出を果たす。
当時のカザフ共産党のトップ、ディンムハメッド・クナーエフの目に留まったナザルバエフは、1984年にカザフSSR閣僚会議議長(首相)となった。首相といっても、ソ連は中央集権型国家のうえに、共産党が政府を指導するという形を採っていた国なので、西側諸国の首相のような大きな権力を持っていたわけではない。
時の最高指導者レオニード・ブレジネフの寵愛によってカザフSSRに君臨していたクナーエフの影響力は、ソ連のトップがミハエル・ゴルバチョフへ変わると同時に急速に低下し、1986年に失脚して年金生活へと送られることになった。この際、ナザルバエフはクナーエフを引きずりおろすのに一役買っている。ゴルバチョフによればクナーエフにクビを宣告する際に、クナーエフはナザルバエフの台頭を阻止するよう要請したという。
ゴルバチョフはクナーエフの後任にロシア人のゲンナジー・コルビンを抜擢するが、これがカザフ人の反発を招き、1986年12月の「アルマアタ暴動」へと発展する。ロシア人であるコルビンのカザフSSR第一書記就任に怒ったカザフ人は30,000〜40,000人規模のデモを行うに至り、当然のごとく治安部隊と衝突して5,000人が逮捕、200〜1,000人が死亡する惨事となった。
就任早々大きな政治的ダメージを受けたコルビンは1989年6月まで第一書記を務めたものの、最終的にはナザルバエフに取って代わられることとなった。

ナザルバエフ(左)とゴルバチョフ(右) 1990年の写真
カザフSSRの頂点に立ったナザルバエフは、ペレストロイカの一環による連邦構成国への大統領制導入によって1990年にカザフSSR大統領(兼ソビエト共産党中央委員会政治局員)となり、1991年12月のベロヴェーシ合意によってソ連が解体されることが決まると、カザフスタンの独立を宣言した。
そして、その際の大統領選において得票率98.7%で圧勝したナザルバエフはカザフスタン共和国初代大統領に選出されている。
1995年4月には国民投票によって任期を2000年まで延長(本来は1期5年)することに成功したが、1999年1月に大統領選を前倒しし、得票率79.8%で大勝。この際に憲法改正を行って任期を7年に延長している。2005年12月にも選挙を前倒して実施するが、やはり得票率91.5%でボロ勝ちしている。
2005年の大統領選の際には憲法で定めた三選禁止規定に引っかかることが問題となったが、「1991年の選挙は独立前にやったものだからカウントしない」という屁理屈を持ち出してクリアしている。普通の国なら裁判所がイチャモンを付けそうなところだが、あいにくこの国には三権分立などという概念は無い。
独立後、カザフスタンの地下に眠る原油や鉱物資源に目をつけたナザルバエフは、これら天然資源の開発を進めることによってソ連崩壊後にズタボロになった国内経済を建て直し、多くの国民の支持を得るに至った。ナザルバエフのことを「のぼせあがった独裁者」とか「ニヤゾフの一歩手前」などと罵っているにゃおん氏だが、このような功績によって彼を支持する国民が多いのもまた事実。ヨーコ嬢やその友人達はナザルバエフを「偉大な指導者」として尊敬しているという。だから、そういう個人崇拝をやるから・・・もういい、止めておこう。
以前にも述べたが、カザフスタンは選挙前になると野党の有力者が変死体となって見つかるような国である。お約束どおり、欧州安全保障協力機構(OSCE)は「インチキだらけで到底認められる選挙ではない」という発表を行っている。大統領府のすぐそばにOSCEの事務所を発見したが、きっと事務所の中は盗聴器だらけに違いない。警官に因縁つけられて職員が嫌がらせされてなきゃいいが・・・。
そして2007年5月、与党「ヌル・オタン」が全議席を独占するカザフスタン下院議会はナザルバエフを終身大統領とする決議案を圧倒的賛成多数で可決。同時に憲法改正を行って任期を5年に短縮し、三選禁止規定も残したが、初代大統領であるナザルバエフは「カザフスタンの創始者」だから例外なのだという。以前にも述べたが「初代大統領法」によって、彼は大統領退任後も様々な特権を保証されている。

切手にまでなってしまったナザルバエフ閣下。お前はルカシェンコか。
ナザルバエフには三人の娘がいるが男子の子供はおらず、長女のダリガ・ナザルバエヴァは与党「ヌル・オタン」の副議長を務めるなど有力な後継者候補として見られている。ダリガはかつてラハト・アリエフという医者と結婚していたが、2007年に離婚している。ナザルバエフの娘婿となったアリエフは、当初は治安畑の要職を渡り歩き後継者として期待されるが、何をやらかしたのか駐オーストリア大使として国外へ飛ばされた挙句、誘拐の容疑で刑事告発されて失脚している。まるで北朝鮮のような話である。
末娘のアリヤはキルギスの前大統領アスカル・アカエフの息子のもとへ嫁ぎ、やれ「政略結婚」だの「独裁者同士の血族支配」だのと話題になったが後に離婚し、またアカエフは2005年のチューリップ革命によって国を追われている。
とまぁこんな具合に、ナザルバエフはやり放題なのである。
もういっそのこと『ナザルバエビスタン共和国』に改名するとか、
『カザフ皇帝ヌルスルタン1世』とでも名乗って帝位に就いたらどう?
≪つづく≫
2009.11.04 (Wed)
2009カザフスタン・南朝鮮旅行記(第8回)
◆アスタナにて我が兄弟と出会う(10月4日)
前日はアルマトイからアスタナへ移動しただけで終わったようなもの。本格的なアスタナ観光は今日から。ということで張り切って早起きしたのだが、前夜に買った大量の食材を処分すべく、食べてくれる人がいるわけでもないのにお料理する羽目となり、結局家を出たのは昼近くになった。時間と手間を考えたら、いつものようにスタローヴァヤ(カフェテリア形式の大衆食堂)で簡単に済ませるべきだった。
さて、どこに行こうか・・・。まずは街の中心部にでも行ってみるか。
ブラブラと街を歩くが、印象は「なんの変哲も無いソ連の地方都市」といったところ。ブレスト(ベラルーシ)やポルタヴァ(ウクライナ)のような地方都市とさして変わらない。それでも、アルマトイと比較すると全体的に建物が新しく、緑地帯が多くて区画に余裕があるため、印象はかなり異なる。
しかし、えらい田舎だなぁ・・・。ホントに人口が75万人もいる都市なのか?中心部のショボさたるや相当なもので、人口35万人の旭川市のほうがずーっと都会に見える。といっても、中心街がショボいのはアスタナだけではなく、旧ソ連諸国の都市はどこもこんな感じ。一国の首都であり旧ソ連を代表する都市であるキエフ(ウクライナ)やミンスク(ベラルーシ)ですら、札幌よりショボいのだから。

大統領府の裏にある公園。昼だというのにお日様の位置が随分と低い。
アパートの前を走るサリャルカ通りを北へ進み、アバイ大通りで右折して東へ向かうと、大きな公園にたどり着いた。公園の向こう側にはフェンスに囲まれた大きな建物があり、地図で確認するとそれは大統領府だった。どうやら、ここは大統領府の裏にあるノヴァヤ公園のようだ。確か、大統領府の中には博物館があったな。後で行ってみるか。
時計を見ると家を出てから30分ほど経っていた。少し歩き疲れたし天気も良いから、ここで日向ぼっこして休憩していこう。そう思いベンチを探していると、木陰に私の兄弟(黒猫)が。おぉ!カザフスタンに住む我が兄弟よ!幸いなことに彼は嫌がることなく私に抱かれ、背中を撫でてやると喉を鳴らして喜んだ。ベンチに座り、ニャンコと共に暫し日光浴を楽しむ。
しかし、昼だというのに15時過ぎかと勘違いしそうなほど太陽の高さは低く、自分が緯度の高いところにいることを実感する。これで冬になったらどんなことになるのやら?我が兄弟よ、君はどうやって冬を過ごしているんだい?しかし、ニャンコがそんな問いかけに答えるはずもなく、気持ち良さそうな顔をして私の隣で眠るのみ。
ベンチでニャンコとイチャイチャしていると、近くで遊んでいた子供達が寄ってきた。よしよし、君たちも我が兄弟を可愛がってあげなさい。キャッキャと騒ぎながら猫を撫でる子供達。旧ソ連諸国の人は猫好きが多く、「うちにも猫いるよ」と言う人はざら。街中でもよく見かけるし、この黒猫のようにまるで警戒心の無い人懐っこい猫は全然珍しくない。
これが南朝鮮に行くと、「猫?気持ち悪い!」と言う奴ばかりなのだから、世界は広い。ああ、だから私は朝鮮人が嫌いなのか?

アスタナで会った我が兄弟。人懐っこくて可愛い奴でした。
だが、いつまでもここでニャンコとイチャイチャしてる訳にもいかない。そろそろ行かなくては・・・。
というわけで涙を飲んで我が兄弟に別れを告げ、大統領府へ向かう。ところが、どうやらお昼休みの時間に入ってしまったようで、入口の警備員に「14時半になったら来なさい」と言われて追い返される。仕方ない、その辺をウロウロして時間を潰してこよう。
大統領府の正面に回ると、そこはだだっ広い広場になっていた。ところどころに噴水とベンチくらいはあるが、それ以外は何も無い。日曜日の昼下がりだというのに人が全然いなくて寂しい。何だか、カザフスタンの権威主義的な体制を表しているような気が。
大統領府の北側には国会議事堂が、南側にはショッピングモール(シネ・テンポレ・モールという名前らしい)が、正面にはグランドパーク・エシェル・ホテルがある。ショッピングモールに入ってみるが、売っているのは貴金属やら装飾品やら洋服やらそんなものばかりで、当然のことながら高い。見る気も失せてしまい、銀行で両替だけしてすぐに出る。レートは1USD=151KZTで、アルマトイ空港の両替所と殆ど一緒。だが、ここのレートが悪いわけではなく、空港の両替所のレートが良心的なのだ。

左:国会議事堂。近代的なデザインですが、カザフスタンらしさは皆無ですね。
右:カザフスタンを代表する民族詩人アバイ・クナンバエフの像。彼はウクライナにおけるタラス・シェフチェンコのような存在で、カザフスタン各地に彼の名前を関した道路やら建物がある。
アバイ大通りをさらに東へ進むと、レスプブリカ大通りにぶつかる。この辺りが一応アスタナで一番活気のある商業地区らしい。昨日見た異様な建造物群はこの街の南端に集中しており、この辺りにはおかしな建物は無い・・・と思ったら、あったよ・・・また変なのが・・・。地図を見ても何も書いていないが、まあ政府関係の建物であることは間違いない。しかし、これまた奇抜というか何というか・・・。
写真を撮るべく辺りをウロウロしていると、ベラルーシ大使館を発見。昨年の夏にベラルーシ=リトアニア国境で身柄を拘束されたことを思い出すと腹が立ってきた。誰もいないと思って「バーカバーカ」と悪態をついていると、玄関の横にある警察官詰所に突如人影が。慌てて逃げ出す。驚かすなや!
そして、その1ブロック隣にはロシア大使館が。ここアスタナはどうか知らないが、アルマトイには抑留された日本兵が建設した道路や建物がたくさんある。「いつかシベリア抑留のツケを払わせてやる!」と怒りに震えるにゃおん氏。時間があれば日本人墓地にお参りにも行こうと思う。
にゃおんちゃんの爺さんは元関東軍所属で満州事変にも従軍したというツワモノだが、幸いなことに終戦時は南樺太にいたためシベリアに連れ去られずに済んでいる。しかし、戦後しばらく抑留された過去を持つため、死ぬまでロシア人のことを「露助」と呼んで忌み嫌っていた。その孫が露助の国をチョロチョロしているのを見たらどう思うだろうか?
呑んだくれで粗暴な露助どもだが、私にはとても興味深い連中なのだから仕方ない。
ロシア大使館の向かいに食堂を見つけた。さしてお腹は空いてなかったが、冷やかしで入ってみたところ何やら美味しそうなものを発見。デカい鍋でお米を炊き込んでいる。プロフだ!
プロフは、炒めた野菜や羊肉をお米と一緒にスパイスで炊き上げた、ウズベキスタンの伝統的なお米料理。パエリアの中央アジア版といったところか。試しに食べてみたところ・・・旨い!おぉ、これで私はもうカザフスタンで食い物に困らないぞ。「一週間毎日ボルシチでも平気」な私にとって、「一週間毎日プロフ」など望むところである。

レスプブリカ通りの様子。手前にド派手なビルがひとつ、奥にも変な建物が・・・。

また変な建物が。このセンス・・・どうにかならんですか?
そんなことをして時間を潰していると14時半になったので、『大統領博物館』へと向かう。偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下が、その偉大さを愚民ども国民に伝えるために作った博物館である。腰ぎんちゃくにチヤホヤされてのほぜ上がった馬鹿カザフスタンを世界のTop50に入る経済大国にすべく日夜執務に邁進されているナザルバエフ閣下の半生を知ることができるありがたーい展示物がたくさんあるという。さて、どんなものやら?
≪つづく≫
前日はアルマトイからアスタナへ移動しただけで終わったようなもの。本格的なアスタナ観光は今日から。ということで張り切って早起きしたのだが、前夜に買った大量の食材を処分すべく、食べてくれる人がいるわけでもないのにお料理する羽目となり、結局家を出たのは昼近くになった。時間と手間を考えたら、いつものようにスタローヴァヤ(カフェテリア形式の大衆食堂)で簡単に済ませるべきだった。
さて、どこに行こうか・・・。まずは街の中心部にでも行ってみるか。
ブラブラと街を歩くが、印象は「なんの変哲も無いソ連の地方都市」といったところ。ブレスト(ベラルーシ)やポルタヴァ(ウクライナ)のような地方都市とさして変わらない。それでも、アルマトイと比較すると全体的に建物が新しく、緑地帯が多くて区画に余裕があるため、印象はかなり異なる。
しかし、えらい田舎だなぁ・・・。ホントに人口が75万人もいる都市なのか?中心部のショボさたるや相当なもので、人口35万人の旭川市のほうがずーっと都会に見える。といっても、中心街がショボいのはアスタナだけではなく、旧ソ連諸国の都市はどこもこんな感じ。一国の首都であり旧ソ連を代表する都市であるキエフ(ウクライナ)やミンスク(ベラルーシ)ですら、札幌よりショボいのだから。

大統領府の裏にある公園。昼だというのにお日様の位置が随分と低い。
アパートの前を走るサリャルカ通りを北へ進み、アバイ大通りで右折して東へ向かうと、大きな公園にたどり着いた。公園の向こう側にはフェンスに囲まれた大きな建物があり、地図で確認するとそれは大統領府だった。どうやら、ここは大統領府の裏にあるノヴァヤ公園のようだ。確か、大統領府の中には博物館があったな。後で行ってみるか。
時計を見ると家を出てから30分ほど経っていた。少し歩き疲れたし天気も良いから、ここで日向ぼっこして休憩していこう。そう思いベンチを探していると、木陰に私の兄弟(黒猫)が。おぉ!カザフスタンに住む我が兄弟よ!幸いなことに彼は嫌がることなく私に抱かれ、背中を撫でてやると喉を鳴らして喜んだ。ベンチに座り、ニャンコと共に暫し日光浴を楽しむ。
しかし、昼だというのに15時過ぎかと勘違いしそうなほど太陽の高さは低く、自分が緯度の高いところにいることを実感する。これで冬になったらどんなことになるのやら?我が兄弟よ、君はどうやって冬を過ごしているんだい?しかし、ニャンコがそんな問いかけに答えるはずもなく、気持ち良さそうな顔をして私の隣で眠るのみ。
ベンチでニャンコとイチャイチャしていると、近くで遊んでいた子供達が寄ってきた。よしよし、君たちも我が兄弟を可愛がってあげなさい。キャッキャと騒ぎながら猫を撫でる子供達。旧ソ連諸国の人は猫好きが多く、「うちにも猫いるよ」と言う人はざら。街中でもよく見かけるし、この黒猫のようにまるで警戒心の無い人懐っこい猫は全然珍しくない。
これが南朝鮮に行くと、「猫?気持ち悪い!」と言う奴ばかりなのだから、世界は広い。ああ、だから私は朝鮮人が嫌いなのか?

アスタナで会った我が兄弟。人懐っこくて可愛い奴でした。
だが、いつまでもここでニャンコとイチャイチャしてる訳にもいかない。そろそろ行かなくては・・・。
というわけで涙を飲んで我が兄弟に別れを告げ、大統領府へ向かう。ところが、どうやらお昼休みの時間に入ってしまったようで、入口の警備員に「14時半になったら来なさい」と言われて追い返される。仕方ない、その辺をウロウロして時間を潰してこよう。
大統領府の正面に回ると、そこはだだっ広い広場になっていた。ところどころに噴水とベンチくらいはあるが、それ以外は何も無い。日曜日の昼下がりだというのに人が全然いなくて寂しい。何だか、カザフスタンの権威主義的な体制を表しているような気が。
大統領府の北側には国会議事堂が、南側にはショッピングモール(シネ・テンポレ・モールという名前らしい)が、正面にはグランドパーク・エシェル・ホテルがある。ショッピングモールに入ってみるが、売っているのは貴金属やら装飾品やら洋服やらそんなものばかりで、当然のことながら高い。見る気も失せてしまい、銀行で両替だけしてすぐに出る。レートは1USD=151KZTで、アルマトイ空港の両替所と殆ど一緒。だが、ここのレートが悪いわけではなく、空港の両替所のレートが良心的なのだ。

左:国会議事堂。近代的なデザインですが、カザフスタンらしさは皆無ですね。
右:カザフスタンを代表する民族詩人アバイ・クナンバエフの像。彼はウクライナにおけるタラス・シェフチェンコのような存在で、カザフスタン各地に彼の名前を関した道路やら建物がある。
アバイ大通りをさらに東へ進むと、レスプブリカ大通りにぶつかる。この辺りが一応アスタナで一番活気のある商業地区らしい。昨日見た異様な建造物群はこの街の南端に集中しており、この辺りにはおかしな建物は無い・・・と思ったら、あったよ・・・また変なのが・・・。地図を見ても何も書いていないが、まあ政府関係の建物であることは間違いない。しかし、これまた奇抜というか何というか・・・。
写真を撮るべく辺りをウロウロしていると、ベラルーシ大使館を発見。昨年の夏にベラルーシ=リトアニア国境で身柄を拘束されたことを思い出すと腹が立ってきた。誰もいないと思って「バーカバーカ」と悪態をついていると、玄関の横にある警察官詰所に突如人影が。慌てて逃げ出す。驚かすなや!
そして、その1ブロック隣にはロシア大使館が。ここアスタナはどうか知らないが、アルマトイには抑留された日本兵が建設した道路や建物がたくさんある。「いつかシベリア抑留のツケを払わせてやる!」と怒りに震えるにゃおん氏。時間があれば日本人墓地にお参りにも行こうと思う。
にゃおんちゃんの爺さんは元関東軍所属で満州事変にも従軍したというツワモノだが、幸いなことに終戦時は南樺太にいたためシベリアに連れ去られずに済んでいる。しかし、戦後しばらく抑留された過去を持つため、死ぬまでロシア人のことを「露助」と呼んで忌み嫌っていた。その孫が露助の国をチョロチョロしているのを見たらどう思うだろうか?
呑んだくれで粗暴な露助どもだが、私にはとても興味深い連中なのだから仕方ない。
ロシア大使館の向かいに食堂を見つけた。さしてお腹は空いてなかったが、冷やかしで入ってみたところ何やら美味しそうなものを発見。デカい鍋でお米を炊き込んでいる。プロフだ!
プロフは、炒めた野菜や羊肉をお米と一緒にスパイスで炊き上げた、ウズベキスタンの伝統的なお米料理。パエリアの中央アジア版といったところか。試しに食べてみたところ・・・旨い!おぉ、これで私はもうカザフスタンで食い物に困らないぞ。「一週間毎日ボルシチでも平気」な私にとって、「一週間毎日プロフ」など望むところである。

レスプブリカ通りの様子。手前にド派手なビルがひとつ、奥にも変な建物が・・・。

また変な建物が。このセンス・・・どうにかならんですか?
そんなことをして時間を潰していると14時半になったので、『大統領博物館』へと向かう。偉大なる終身大統領ナザルバエフ閣下が、その偉大さを
≪つづく≫
2009.11.02 (Mon)
2009カザフスタン・南朝鮮旅行記(第7回)
◆カザフスタンの虎
ヨーコ嬢とその友人トギー嬢とチョコレートを食いながらユルユルと談笑していたにゃおんちゃん。「今日はもうこのままお開きでもいいなぁ・・・」などと思っていたが、そうは問屋が卸さない。23時になると、「さぁ、ナイトクラブへ行く時間よ!」と私の尻を叩くヨーコ嬢。彼女は私をトギー嬢の車に押し込み、ナイトクラブへと連行する。
「はぁ・・・どこまで行くのやら・・・」と憂鬱な気分になっていたにゃおん氏だが、そんな心配を裏切るかのように車はすぐに止まった。10分も走ってないよな?歩いて来れそうな距離だが・・・。えーと、ここですか?
「さぁ、ここよ!」と張り切るカザフギャルズの後をとぼとぼとついて行くと、そこには体育館のような大きな建物が。そして、その入口に群がる人・人・人・・・。これじゃ入場するのに何十分かかるか分からんぞ。待っている間に凍死しちまう。なぁ、もう帰ろうぜ?
ところが、入口で来場者を捌いていた男がこちらに気づくと、大声で何か叫びながら手招きするではないか。「彼、ここのスタッフで私の友達なのよ」とヨーコ嬢。結局、我々は1分たりとも待つことなく入場できたうえに、エントランス・チャージすら取られなかった。恐るべし、ヨーコ嬢の顔パス。ちなみに、ヨーコ嬢いわく「彼はバイセクシャル」だそうだ。どうでもいいです、そんなことは。
中に入ると・・・内装の豪華ぶりに驚く。入口にドレスを着た女性達がいて(たぶんスタッフ)、高級クラブに来たような錯覚に陥る・・・が、高級クラブなんてことはなくて、ちゃんとバーカウンターとダンスフロアがある。雰囲気はバブル期の大箱ディスコのような感じだが、こちらのほうがずっと内装に金が掛かっているのが分かる。ドリンクがぼったくり価格だったりしたら、嫌だなぁ・・・。
幸いなことにぼったくり価格ではなかったドリンクを飲みながらフロアを眺める。天井から吊るされたモニターには「Main Club」と書かれたロゴが表示されている。どうやら、ここはそういう名前のクラブらしい。ところどころにお立ち台があり、その上ではセクシーな服を着たダンサーが踊り狂っている。ロシア人もいればカザフ人もいるが、これがまた全員美人ばかり。是非ともお近づきになりたいが、まさかお立ち台のうえに上って口説くわけにもいくまい。
客はおしゃれで高そうな服を着たカザフ人の若者ばかり。アルマトイのクラブと違って、ここはカザフ人比率が高い。お前ら、カザフスタンのセレブ予備軍か。一方、こっちはいつものパンク風ファッション。私が勝てるのは「見た目の凶悪さ」くらいだろう。
ここが「18年前まで共産主義国だった国」で「中央アジア」で「カザフステップのど真ん中」にあるとは信じられない。
ヨーコ嬢、トギー嬢と共に踊るが、年寄りのにゃおんちゃんはすぐに疲れてしまいカウンターへ避難。ビール瓶を片手にクラブ内を徘徊する。モルドバでナイトクラブへ行った際には、どこにいてもジロジロ見られて「まるで宇宙人」のような扱いを受けたが、カザフ人は普通に東洋人の顔をした連中なので、誰も私のことなど気に留めない。下手すりゃカザフ人だと思われているかも。こりゃ気楽でいい。
酔っ払っていい気分になってきたので、音楽に合わせてユラユラしたいところだが、残念なことにかかっている音楽がユーロビート系。ヒップホップでも困るが、ユーロビートもつらい。ヨーコ嬢が「どうして踊らないの?」と尋ねてきたので、音楽が好みじゃないことを伝える。彼女は「あのDJ、最悪なのよ。今日はついてないわ!」と言うが・・・まあ確かにDJも悪かったが、それ以前の問題である。
2時間ほど過ごした後、アジトへ戻ることに。ヨーコ嬢が踊り足りないのではないかと心配したが、彼女はにゃおんちゃんに「おしゃれでリッチでモダンなカザフスタンのナイトライフ」を見せたかっただけなのだという。私が事あるごとに「ボラット!ボラット!」と騒いでいたので、彼女なりに「カザフ人はホントにあんな連中ばかりだと思われたらたまらん」という不安があったのかもしれない。
大丈夫ですよ、ヨーコさん。私はカザフ人がそういう人達ではないことを知ってます。そして、この世にはああいう連中の巣窟みたいな国がありますが、それはカザフスタンではなく、日本の隣にある「Kの国」であることも知ってますから。
帰宅途中、スーパーマーケットに寄ってビールとおつまみを購入。ヨーコ嬢は私にどうしても「カザフスタンのビール」を飲ませたいらしい。ついでなので、「カザフスタンのウォッカ」も購入する。ビールとウォッカのボトルを抱えてご満悦の私に対し、ギャルズは「あなた、買うものはそれだけ?」と怪訝な顔をしている。はい、とりあえずこれさえあれば満足でございますが、何か?
ところが、ヨーコ嬢は「あんた、酒だけ飲んで暮らす気?」と言うや否や、私を食料品コーナーへ連れて行き、トギー嬢と二人で何やら相談しながらカゴに野菜や米など食料品を次々とぶち込みだした。
ちょwww おまwww 誰がこんなに食うんですかwww
しまいには3リッターサイズのミネラルウォーターのボトルまでカゴに入れられて、重いのなんの・・・。たった数日の滞在でこんなに食えねぇっての。
はぁ・・・アスタナでは自炊して過ごす羽目になりそうだ。

カザフスタンは海の無い国ですが、お魚も売ってました。でも干し魚ばっかりのような・・・。

ウォッカがたくさん!どれにするか悩む!ささやかな楽しみのひとつです。
アパートへ戻ると、ビールを飲みながらおしゃべりを再開。「Karagandinskoe」というビールを買ってきたのだが、これがなかなか旨い。名前のとおりカラガンダで製造されているビールだそうだ。
カラガンダといえば「炭鉱と強制収容所の街」というイメージがあるが、そのことをヨーコ嬢に伝えたところ、「なに言ってんのよ!カラガンダといえば同性愛者よ!どういう訳か知らないけど、あの街は同性愛者が多いのよ。ゲイバーもあるし、多分レズビアンバーもあるわよ」という答が返ってきた。ヨーコさん、そんなことはホントにどうでもいいです。 (;´д`)
おつまみに買ってきたチーズも美味しい。スモークチーズではないのだが干からびていて、三つ編に編んである。それを解いて裂いて食べるのだが、塩気があって美味しい。なので、お酒が進み、買ってきたビールはあっという間になくなった。
続いてウォッカを飲み、日本酒を飲むおっさんのように「くぅ〜」と声をあげるにゃおん氏。もちろんストレートで一気飲みである。それがこちら(旧ソ連諸国)のしきたり。チョビチョビ飲んではいけません。
ところが、ウォッカを飲みだした途端にヨーコ嬢の目が座りだした。あの・・・まだショットグラス1杯しか飲んでませんよね?
ショットグラス1杯で大虎と化したヨーコ嬢は、トギー嬢がどれほど素晴らしいか語りだした。「トギーはねぇ、お料理も上手だししっかり者で、私が男だったら彼女と結婚するわ!」などと言って、彼女に抱きつく始末。
あからさまにヤバくなってきたので、トギー嬢に目配せしてお引取りいただくことにした。賢明なるトギー嬢は私の意図を理解し、大虎を連れて帰宅した。本日はこれにてお開き。
さぁ、明日はバイテレクに行くぞ!

カラガンダのビールとチーズ。ちなみに、サラダを作ったのは私です。
≪つづく≫
ヨーコ嬢とその友人トギー嬢とチョコレートを食いながらユルユルと談笑していたにゃおんちゃん。「今日はもうこのままお開きでもいいなぁ・・・」などと思っていたが、そうは問屋が卸さない。23時になると、「さぁ、ナイトクラブへ行く時間よ!」と私の尻を叩くヨーコ嬢。彼女は私をトギー嬢の車に押し込み、ナイトクラブへと連行する。
「はぁ・・・どこまで行くのやら・・・」と憂鬱な気分になっていたにゃおん氏だが、そんな心配を裏切るかのように車はすぐに止まった。10分も走ってないよな?歩いて来れそうな距離だが・・・。えーと、ここですか?
「さぁ、ここよ!」と張り切るカザフギャルズの後をとぼとぼとついて行くと、そこには体育館のような大きな建物が。そして、その入口に群がる人・人・人・・・。これじゃ入場するのに何十分かかるか分からんぞ。待っている間に凍死しちまう。なぁ、もう帰ろうぜ?
ところが、入口で来場者を捌いていた男がこちらに気づくと、大声で何か叫びながら手招きするではないか。「彼、ここのスタッフで私の友達なのよ」とヨーコ嬢。結局、我々は1分たりとも待つことなく入場できたうえに、エントランス・チャージすら取られなかった。恐るべし、ヨーコ嬢の顔パス。ちなみに、ヨーコ嬢いわく「彼はバイセクシャル」だそうだ。どうでもいいです、そんなことは。
中に入ると・・・内装の豪華ぶりに驚く。入口にドレスを着た女性達がいて(たぶんスタッフ)、高級クラブに来たような錯覚に陥る・・・が、高級クラブなんてことはなくて、ちゃんとバーカウンターとダンスフロアがある。雰囲気はバブル期の大箱ディスコのような感じだが、こちらのほうがずっと内装に金が掛かっているのが分かる。ドリンクがぼったくり価格だったりしたら、嫌だなぁ・・・。
幸いなことにぼったくり価格ではなかったドリンクを飲みながらフロアを眺める。天井から吊るされたモニターには「Main Club」と書かれたロゴが表示されている。どうやら、ここはそういう名前のクラブらしい。ところどころにお立ち台があり、その上ではセクシーな服を着たダンサーが踊り狂っている。ロシア人もいればカザフ人もいるが、これがまた全員美人ばかり。是非ともお近づきになりたいが、まさかお立ち台のうえに上って口説くわけにもいくまい。
客はおしゃれで高そうな服を着たカザフ人の若者ばかり。アルマトイのクラブと違って、ここはカザフ人比率が高い。お前ら、カザフスタンのセレブ予備軍か。一方、こっちはいつものパンク風ファッション。私が勝てるのは「見た目の凶悪さ」くらいだろう。
ここが「18年前まで共産主義国だった国」で「中央アジア」で「カザフステップのど真ん中」にあるとは信じられない。
ヨーコ嬢、トギー嬢と共に踊るが、年寄りのにゃおんちゃんはすぐに疲れてしまいカウンターへ避難。ビール瓶を片手にクラブ内を徘徊する。モルドバでナイトクラブへ行った際には、どこにいてもジロジロ見られて「まるで宇宙人」のような扱いを受けたが、カザフ人は普通に東洋人の顔をした連中なので、誰も私のことなど気に留めない。下手すりゃカザフ人だと思われているかも。こりゃ気楽でいい。
酔っ払っていい気分になってきたので、音楽に合わせてユラユラしたいところだが、残念なことにかかっている音楽がユーロビート系。ヒップホップでも困るが、ユーロビートもつらい。ヨーコ嬢が「どうして踊らないの?」と尋ねてきたので、音楽が好みじゃないことを伝える。彼女は「あのDJ、最悪なのよ。今日はついてないわ!」と言うが・・・まあ確かにDJも悪かったが、それ以前の問題である。
2時間ほど過ごした後、アジトへ戻ることに。ヨーコ嬢が踊り足りないのではないかと心配したが、彼女はにゃおんちゃんに「おしゃれでリッチでモダンなカザフスタンのナイトライフ」を見せたかっただけなのだという。私が事あるごとに「ボラット!ボラット!」と騒いでいたので、彼女なりに「カザフ人はホントにあんな連中ばかりだと思われたらたまらん」という不安があったのかもしれない。
大丈夫ですよ、ヨーコさん。私はカザフ人がそういう人達ではないことを知ってます。そして、この世にはああいう連中の巣窟みたいな国がありますが、それはカザフスタンではなく、日本の隣にある「Kの国」であることも知ってますから。
帰宅途中、スーパーマーケットに寄ってビールとおつまみを購入。ヨーコ嬢は私にどうしても「カザフスタンのビール」を飲ませたいらしい。ついでなので、「カザフスタンのウォッカ」も購入する。ビールとウォッカのボトルを抱えてご満悦の私に対し、ギャルズは「あなた、買うものはそれだけ?」と怪訝な顔をしている。はい、とりあえずこれさえあれば満足でございますが、何か?
ところが、ヨーコ嬢は「あんた、酒だけ飲んで暮らす気?」と言うや否や、私を食料品コーナーへ連れて行き、トギー嬢と二人で何やら相談しながらカゴに野菜や米など食料品を次々とぶち込みだした。
ちょwww おまwww 誰がこんなに食うんですかwww
しまいには3リッターサイズのミネラルウォーターのボトルまでカゴに入れられて、重いのなんの・・・。たった数日の滞在でこんなに食えねぇっての。
はぁ・・・アスタナでは自炊して過ごす羽目になりそうだ。

カザフスタンは海の無い国ですが、お魚も売ってました。でも干し魚ばっかりのような・・・。

ウォッカがたくさん!どれにするか悩む!ささやかな楽しみのひとつです。
アパートへ戻ると、ビールを飲みながらおしゃべりを再開。「Karagandinskoe」というビールを買ってきたのだが、これがなかなか旨い。名前のとおりカラガンダで製造されているビールだそうだ。
カラガンダといえば「炭鉱と強制収容所の街」というイメージがあるが、そのことをヨーコ嬢に伝えたところ、「なに言ってんのよ!カラガンダといえば同性愛者よ!どういう訳か知らないけど、あの街は同性愛者が多いのよ。ゲイバーもあるし、多分レズビアンバーもあるわよ」という答が返ってきた。ヨーコさん、そんなことはホントにどうでもいいです。 (;´д`)
おつまみに買ってきたチーズも美味しい。スモークチーズではないのだが干からびていて、三つ編に編んである。それを解いて裂いて食べるのだが、塩気があって美味しい。なので、お酒が進み、買ってきたビールはあっという間になくなった。
続いてウォッカを飲み、日本酒を飲むおっさんのように「くぅ〜」と声をあげるにゃおん氏。もちろんストレートで一気飲みである。それがこちら(旧ソ連諸国)のしきたり。チョビチョビ飲んではいけません。
ところが、ウォッカを飲みだした途端にヨーコ嬢の目が座りだした。あの・・・まだショットグラス1杯しか飲んでませんよね?
ショットグラス1杯で大虎と化したヨーコ嬢は、トギー嬢がどれほど素晴らしいか語りだした。「トギーはねぇ、お料理も上手だししっかり者で、私が男だったら彼女と結婚するわ!」などと言って、彼女に抱きつく始末。
あからさまにヤバくなってきたので、トギー嬢に目配せしてお引取りいただくことにした。賢明なるトギー嬢は私の意図を理解し、大虎を連れて帰宅した。本日はこれにてお開き。
さぁ、明日はバイテレクに行くぞ!

カラガンダのビールとチーズ。ちなみに、サラダを作ったのは私です。
≪つづく≫






